10 霞ヶ峰基地
分け入っても分け入っても緑、緑、緑。つねに坂。たまに崖。
山道なめてたわ。迷うし飽きる。グランヴォルドなしだったら力尽きてもいただろう。いくら歩いても進んだ気がしないのってものすごく疲れる。
「大人とか男とかって、どんなんだろーな?」
ラジオ代わりのアマミ音声。これがなかったらくじけていたかも。
「えっと、大きい……みたいだよ? 遺物のサイズ……服とか、乗り物とか、みんな大きいから」
受け答えはイツキだ。かっわいい声しているんだよね、この子。イスラ工学院内のバトルトーナメントで対戦者全員を病院送りにしたとは思えない。
「ちっげーよ、顔とか性格とかだよ。大飯喰らいの暴れん坊で? 寝てても唸る毛むくじゃらなんだろ? それってもうモンスターじゃん。実物見てみてー」
「それレべリオンのゴシップ誌……良くないよ、アマミちゃん。え、エッチな記事もあるし」
「ほーん? よーく知ってるじゃんか、イツキぃ」
「ち、違っ! 売上整理していたら、その、プレビュー画像が……!」
「経理業務ならプレビューきっとけばー?」
仲良きことは麗しきことかな。目の前をゆく一機の機動アーマーを見守る。
装着しているのはイツキで、バックパックと呼ぶのもためらわれるようなあの大きな箱的なものの中身がアマミだ。空調完備で自走もできるらしいが、ずーっとああだもの。
「あの、モブコさんはどう思います? 大人の人とか、男の人とか」
「大したもんじゃないですよ。疲れていて、だらしなくて、いい加減で……ずるかったり、偉そうだったりして……そのくせカッコつけたがりでもあって」
「ほーう? 珍説だな、そりゃ。どこ情報?」
「モ、モブコさんもこっち側なんですね……意外です……」
こっち側? なんのことだ?
「ま、AP兵器使いったって色々あるもんさ……脱走するくらいなんだからよ」
ああ、なるほど。旧統治者不信派ってことか。
AP兵器は全て旧統治者時代の製造物。
学連の主要十二校のうち、AP兵器を運用できているのは聖十字学園、天秤橋学園、真紅帝学園、アイギス士官学校、プロキア専門学校、ゴスペル芸術学校。これら六校は学園都市から去った大人たちを信じ、様々な形で大人の教えを守っている学校でもある。
それとは逆に、大人を信じず嫌っているのが、ニューパラダイス学院、フリーダムライト学院、レベリオンスター学院、イスラ工学院、ドリフ商学院、ベリア農学院の六校。
ニワトリかタマゴかって話なんだよな、これって。
AP兵器を使えるから大人を信じるのか。それとも、大人を信じるからAP兵器を使えるのか。逆もまたしかり。ファンの間でもしきりに議論されていたが結論は出なかった。
「……まあ、でも、大人になるって素敵なことですよ」
「そうかー? モンスターっぽくなるのにー?」
「きっとカッコいい大人もいますから。それに―――」
かつて憧れたヒーローを想う。フィクションの中だけじゃないさ。子どもの頃、いかにも楽しそうで、うらやましかったあの人やこの人……カッコつけてくれていたんだって、今ならわかる。
「―――この世界は、生きていく価値があるんです。絶対に」
子どもにそう思わせられない大人なんて、カッコ悪いぜ。強がってでも笑え。
たとえ山歩きに辟易としていても、だ。うぐぐ。バーッと飛んでいくだけなら楽なのになあ。レーダーのX帯とL帯の差だのSARモードの限界だの……空からじゃ見つけられないとはね。
「見ぃつけた。ほら、あそこの尖ってるやつ木じゃねーもん。通信アンテナの成れの果てさ」
え、どこ? あー、あれか? すごいな、言われてもよくわからないぞ。
「そんじゃ、様子見よろしく。遺跡にゃフロムヘルがつきもんだ」
「了解」
遺跡か。ゲームじゃ見慣れているけれど、さて、どんな感じなのかね。
「グランヴォルド、戦闘出力へ。武装をチェック」
『了解だ。APリアクター、戦闘出力に移行―――推力安定。ASSを解除、格納兵装を実体化するぞ』
ガチャリと鳴って視界が下がった。武器ってクソ重い。各種カメラでチェック……右腰に六連装リボルバーランチャーおよび予備弾倉、OK。左腰のEMPショットガンおよび予備弾倉もOK。両脚部の射出ハーケン、OK。背部のヘビーハイドロパイルバンカー……でっか……OK。
『チェック完了。ASSを起動する―――』
スーッと消えていく各種武装。これもAP兵器のチート機能だよな。重武装なのに格闘戦ができるんだから。
『―――格納兵装、非物質化完了。通常兵装も確認するかね?』
「もちろん」
ガントレット・ドローン六個、OK。盾、OK。左右の拳骨、実にまったく問題なし。
手指をにぎにぎとしながら、ふと思う。
「なあ、大人ってなんだ? グランヴォルド的にはさ」
『本機の設計者であり製造者である、という回答で満足するかね? 彼ないしは彼女らに関係するデータは何一つ保存されておらん、とも付け加えておくが』
「大人の在り様の話だよ」
『誰かを護れる人間だ』
断言された。なるほど、いかにもグランヴォルドという答えだな。
『お前が、理想のそれを体現できるよう願っておる』
「……ああ」
覚悟はある。防ぐべき悲劇もわかっているし、戦うための手段もパワフルな形で保有している。問題は方法だ。だってやり直しがきかない。研究された攻略法もない。全ては、考え抜いた末での出たとこ勝負……ゲームじゃないんだし、それが当たり前なんだけれども。
お、網フェンスだ。網フェンスだよな? ツタ植物の絡みつき方が尋常じゃないぜ。飛び越えると目立つし音が響くか。静かに丁寧に引きちぎろう。
のっしのっしと敷地へ入る。うーん。水没都市よりも廃墟らしい廃墟だ。幽霊とか出そう。
「ここのデータとかも持っていないんだよな?」
『ない。だが小僧の言っていたようにミサイル基地なのだとすれば、地下へ、縦方向に深い構造であることが予想される』
「そういうものなのか?」
『通常の基地は兵員居住区画や車両格納庫を中心とするが、ミサイル基地は発射サイロや発射台を中心とする。また、補給の利便性よりも耐爆性やシェルター性、秘匿性を重視するものだ』
「なるほど……だからこんな場所にあるのか」
四方を山に塞がれて、ここは窮屈だ。鬱蒼とした植生に呑まれた様子も、なんだか原始的な生命力に呑まれた感じがして生々しい。
「うわっ!?」
声が出た。今、影が、人影が横切った。そこにも、あそこにもいる。うわ、めっちゃいるぞ。人型の陽炎というか影法師というか……あ、そうかこれが。
『どうした、小僧』
「いや、動いていたからちょっとビックリしただけ……幻影タイプがさ?」
幻影タイプ。フロムヘルの中で唯一無害なやつだ。
こいつらは何もしない。こっちを認識することもない。ただ漂いつづける。ゲームだと遺跡の背景画像の中へ雑に描かれているだけだし、イベントムービーでは省略される程度の存在だ。
だから、べリア農学院なんかじゃ校舎内で見かけたりもするんだよな。
「なあ、幻影タイプをレーダーで捉えることってできる?」
『できるぞ。そら、この通りだ』
「うわ……レーダー真っ白……ちなみにさ、こいつらって倒せるの?」
『PRRで消し去れるが、すぐに再出現するぞ。霞を相手にするようなものだ』
「だよな。やっぱりフィルタリングしておいてくれ」
『ふむ、了解だ』
特に脅威となるフロムヘルはいないかな……しかしまあ、変な感じだなあ。
荒廃しているとはいえ歩道があって交差点もあって、幻影タイプは雑踏よろしく動きもするから……なんか街を歩いているような気分になる。
建物の中も現代風というか前世風というか……ここ食堂かな? 幻影の客も座っているし。
……なにを食べて、どんな風に暮らして、どうして消えちゃったんだろうな。ここの大人は。ゲームで主人公キリエへ呼びかけていたプレイヤーのように、見えない形で、今もどこかに存在していたりするのだろうか。
『味方機から通信要請が入っておるぞ』
「おっと、うっかりしていた」
今のところ問題はなさそうだ。つまりは、地下なんだろうなあ。エクストラダンジョン的な危険度なのは。