01 現実とゲーム世界と
「結局、ボクは、何も」
空っぽで、痛々しくて、聞いているこっちが泣き叫びたくなるような少女の独白……やっぱり声優さんってすごいわ。スマホを持つ手が震えてくるもの。
「……」
吐息が風を呼んだ。粉塵と埃を舞わせた。もう学園都市は滅びきって、彼女の仲間も誰一人として生き残っちゃいない。廃校から出て、瓦礫を踏んで、灰色の海の方へと向かう様子を最後にムービーはブラックアウト。
白い「to be continued...」をジッと見てからHome画面へ戻った。
美少女部隊管理型セミオートRTSゲーム『灰都のフロムヘル』。かつて透明だった私たちは、なんてしゃらくさいキャッチフレーズもある大人気ソシャゲだが。
まー、話が暗い。鬱展開ばっかし。
キャラは可愛いし、着込む系のロボットもカッコいいし、ポストアポカリプス的水没都市っていう戦場も雰囲気あるし、敵モンスターもグロいからぶっ倒す爽快感やばいんだけどさ。
第五章の解禁はいつになるんだろう。頼むからバッドエンド一直線だけはやめてくれよ。
正直者が馬鹿を見るのも、傲慢野郎や恥知らずがのさばるのも、現実だけで十分間に合っている……それがリアリティだとしても、子どもには幸せに笑ってほしい。ゲームなんだし、ご都合主義でいいじゃないか。
さりとて、ゲームへ課金してもシナリオが変わるわけじゃない。慈善団体への募金だってどれだけ役立ったのやらよくわからない。貧乏人に力なし。
いっそ、俺の命を換金して、どこかで泣いている子へプレゼントできたらいいのに。
―――なんてことを考えていたら。
クラっと眩暈して。クラクションが鳴り響いて。ドカンと衝撃があって。
くだらない人生がブラックアウトするその瞬間に、夜の雪を思わせる白黒の少女が……灰フロの未実装キャラにそっくりの子が、俺へ微笑みかけてきた気がした。
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「あ痛っ」
可愛らしい声がした。わかる。俺もすごく痛いし。ってか大丈夫?
交通事故の当事者になるのは始めてだけれど、子どもをひいた場合って大人の時よりも罪重くした方が……いい…………どこここどゆこと??
廃墟だ。床も網フェンスもボロボロの、屋上的な場所。
空は、混ぜすぎた絵の具みたいな曇り空。見渡す限り広がっているのは、何もかも台無しになってしまった街並み。建物という建物が壊れ崩れて、灰色の海へと半ば身を沈めてしまっている。
「水没都市……」
また可愛い声。だよね。俺もそう思う。っていうか、俺がそう言った。
「……俺、女の子なんですけど……」
手、細っ。スカート履いているし。ってかこの制服ってアイギス士官学校のやつだ。<鉄壁のホダテ>と違って無改造だけれど。髪も黒いしロングだし。
灰都のフロムヘル、じゃん。
え、どういう悪夢? いわゆるひとつのゲーム世界転生だか転移だか?
あ! まさか憑依とかじゃないよね!?
ととととりあえず、顔、顔が見たい知りたい。黒髪ロングのキャラっていうと<閃弾のシデン><黒楼のディナ><双牙のワアン>、あとは<細花のミスズ>ってことも!
塔屋のドアガラスにぼんやりと映ったのは―――モブ少女。
あー、うん、目隠れのパッツン前髪がいかにもモブだよねえ。
制服的にそりゃそうか。腕章にも治安維持軍って書いてあるし。一応『連合』の主力軍ではあるけれど、その末端も末端、名もなき一般兵ですわ。
ん、なんかお腹が気持ち悪い。腹減りだ。喉も痛い。水欲しい。
何かないかな。ドアの向こう、集積した荷物をあさる。うーん、ゴミばっかり。各種缶詰やレトルトパウチ、袋詰めのお菓子やドライフルーツ、ペットボトルと、どれもこれも空っぽだ。油の一滴、レーズンの一欠片もない。
弾薬は結構な量がある。銃器も色々と。鞄も水筒も三つずつある。毛布は一枚きり。
階段下から立ち上る嫌な気配……まるで暗がりが淀んで悪臭を放っているかのようだ。臭いの元がわかる。物置になっていた空き教室のうちのひとつからだ。そうと知っている。
だって手が、この細っこい手が、戦友の重さを覚えているんだ。
ああ……マジかあ。そういうことかあ。
第二章だ。
ここ、第七辺境区のイレイス高校校舎跡なのか。サブクエスト「宝探し屋探し」で探索する場所で、宝の地図入りUSBを入手できるわけだが。
テキストで説明されていたっけ。
治安維持軍部隊の死体と物資が、屋上にも転がっているって。
「―――……っ!」
悲鳴? 今、聞こえたような……振動。どこだ。フェンスへ。見えた。ビルの残骸の陰から機動アーマー。うわ、両腕とも半ばもげているじゃないか。ブーストジャンプもスッカスカのへっぴりジャンプだ。
その後方、水柱を上げて、出た……出やがった。
おぞましくも黒々とぬめる邪知暴虐の怪物、フロムヘル!
シャチを卑猥にしたみたいな見た目ってことは捕食タイプだ。一番しつこい奴だ。どんなに逃げ隠れても……そもそも逃げきれないぞ、あの機動アーマーじゃ。どうもジャンク品っぽいし。
狙撃銃は、あった。援護すれば何とか追い払えるか?
無理でも、やる。せめて逃がしてやりたい。
銃、重っ。でも撃ち方はわかる。身体が理解している。このモブ少女―――黒髪のモブ子は、きっと必死に戦ってきた。ひとりぼっちになっても、命を投げ出さなかった。
どういうわけか今は俺だけれど、この子の懸命を穢せやしない。
狙って……ここ。外れた。思ったより弾道が沈まない。もう一発……よし、命中。どんどんいっとけ。命中。命中。どうせ大したダメージにはならないんだ。気を引ければいい。機動アーマーが態勢を整えるなり、逃げるなりする助けになれば……って、うわ、あんたこっちに来るの!?
ドンガラガッシャーンっと着地した機動アーマーは、やっぱりボロくて。
火器も失われていて。フロムヘルを撃退できるはずもなくて。
囮になるしかないか、なんて、いよいよ覚悟を決めたところへ。
「うわあああん! 助けて! 死んじゃうよおっ!」
情けない泣きべそが飛び出してきた。いや、着とけし。てか、見たことある顔だし。雑に脱色したロングヘアー、適当にひいた眉、だらしなく品がないのに妙に親近感の湧く美人もどき……ジャージでコンビニ行く姉ちゃん的な?
あ、こいつ<宝勘のコガネ>だ! 宝の地図入りUSBの持ち主の!
え、すげえ、生きているところ初めて見た!!




