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婚約が破棄されたので家宝の壺を割ってみました

作者: 三香

 それは珍しくもない王位争いに与した貴族の結末であった。

 片方が勝者となり。

 片方が敗者となり。

 政争に敗れた高位貴族は失脚ではなく、新国王の不興を買ったことから一族もろともに処刑となって、派閥の下位貴族たちは危険視されない力しか所有していなかった故に命は助かり、かわりに爵位も領地も没収されて身ひとつで国外追放となった―――ただ、それだけのことであった。


 単に。

 リリエラが勝者側の派閥の男爵令嬢で。

 アルヴィスが敗者側の派閥の男爵令息だったから、二人の婚約が破棄されただけのことだったはずなのに。


「ちょっと待ってくださいませ!!」


 国境門の列に並ぶアルヴィスに駆け寄ってきたのはリリエラであった。ドレスではなく質素なワンピース姿で、巨大な鞄を斜めがけしている。チャラン、と鞄にくくりつけている綺麗な彫金が施された金属製のお守りと色石の飾り紐が音を立てた。


 突然あらわれたリリエラに、アルヴィスは驚愕して目を見張った。

「リリエラ……。どうしてここに?」

「押しかけのお嫁入りに参りました!」

 リリエラがアルヴィスに飛びつく。

「家宝の壺を破壊してお父様に勘当されたので、アルヴィス様がお嫁さんにしてくれないと路頭に迷ってしまいます!」

「ハァ!?」

「お父様の目の前で大事な壺を壊したのです。その場で「勘当だーっ!!」とお父様が怒鳴ったので、書類を書いてもらいました。これ、お父様の直筆の書類です」


 はい、とリリエラがアルヴィスに書類を渡す。


 そこには、「リリエラを勘当する」と男爵の署名があった。ついでに国境を越えるための平民の身分証も重ねられていた。


「アルヴィス様は行く宛のない哀れな元婚約者を追い返したりはしませんよね?」

 にっこり、と確信犯的にリリエラが笑う。


 とっても可愛いがアルヴィスは対応に困って眉尻をさげた。

「リリエラ、ダメだよ。僕は何も持っていないんだ。君に苦労をさせたくない」

「大丈夫です、アルヴィス様。私は騎士の妻となるために料理も掃除も洗濯も針仕事も、家事の全てを教えられております。ほら、厨房からお鍋も貰ってきました」


 リリエラが鞄を開けると、裁縫と料理の道具がギッシリと詰まっていた。

「実はかなり重いのです」

「うわ、リリエラが折れちゃうよ。貸して、僕が持つから」

 いつもの習慣でアルヴィスがリリエラから荷物を受け取る。


 ニマ〜と微笑むリリエラに、ハッとした時にはアルヴィスは荷物を肩にかけていた。


「しまった……」

「うふふ、アルヴィス様は重い荷物を再び私に持たせたりはしませんよね? でしたら私は荷物すら所有しない可哀想な女の子。もうアルヴィス様に頼るしか方法はないのです」

「ぅぅ、しかし……」

「覚悟を決めてお嫁にもらってください。私は、アルヴィス様と婚約破棄して別の男性と幸せになるくらいなら、アルヴィス様とともに不幸になりたいのです」


 国境門の行列である。

 アルヴィスとリリエラの前後にも人が並び、周辺にも人が多数いた。訳ありな様子のアルヴィスとリリエラは注目の的で、人々は好奇心が抑えきれずに興味津々であった。


「ひょえ~、あのネーチャン強えなぁ」

「うーん、あのニーチャンってヘタレっぽいぜ」

「いいなぁ。あんな可愛い娘に迫られて」

「ともに不幸になりたい、なんて一生に一度でいいから言われてみたいなぁ」


 面と向かっては言わないがヒソヒソと囁く周りの人々は完全にリリエラの味方であった。

 

「嫌だよ、ともに不幸になるなんて。僕はリリエラを絶対に不幸にしたくないんだよ」

 押せ押せで突き進むリリエラに、形勢不利になりつつもアルヴィスは抵抗する。しかしリリエラの方が口達者であった。

「では、ともに幸福になりましょう。そうすれば問題解決です。いっしょに泣いて、いっしょに笑って、ずっと隣にいたいのです」


 もともと口争いでリリエラに勝ったことのないアルヴィスは大きな溜め息をついた。


 リリエラとアルヴィスが婚約したのは3年前。

 年齢と家柄の釣り合いによる男爵家の14歳の三女と16歳の四男の婚約で、アルヴィスは騎士として叙任されたばかりであった。

 騎士爵はあっても財産はないアルヴィスであったので、結婚後も富裕な平民レベルの生活をおくる予定だった。リリエラもそれを承知していたからセッセとメイドから掃除や料理などをこの3年間に習っていたのだが。

 寄親の貴族が処刑されて。

 アルヴィスが騎士宿舎から慌てて屋敷に戻ってみれば、両親も兄たちも金目のものを根こそぎ持って逃亡済みだった。タイミングの悪いアルヴィスは自身の貯めた騎士の給金も取り上げられて、文字通り一文無しでの追放刑となってしまったのである。

 一方、アルヴィスの家族は追跡から逃げおおせずに捕縛されて奴隷落ちとなっていた。


「……僕は本当に何も持っていないんだよ。一生懸命に貯めたリリエラとの結婚資金もなくなってしまったんだ……。上司が掛け合ってくれて、温情で身につけていた物だけ許されたけど……」

「私、刺繍ができます。縫い物も。結婚したら内職をしようと思っていたので凄く上手になったんです」

 胸を張るリリエラにアルヴィスは苦笑をもらす。

「知っているよ。騎士の妻になるのだからとリリエラが努力をしてくれていたことを。僕の家は、四男にまで与える財産はないと言って9歳の僕を支度金も無しに従騎士見習いとして騎士団に放り込むような家だったから。二人で小さな家を買おうと約束したんだよね」

「そうですよ。結婚資金を失っても、これから二人でお金を貯めればいいじゃないですか。二人とも健康なのですから二人で働けばいいのです。それでいつか家を買いましょう。私はアルヴィス様と婚約していた3年間を遠い夢の中にしたくないのです」


 挫けることのないリリエラにアルヴィスはとうとう降参した。胸の奥が熱く疼く。目尻が濡れて涙が溢れそうだった。


「…………僕の片翼になってくれるのかい?」

 嫌いになって別れたのではない。今ここでリリエラを突き放すことが最善だと理解していても、アルヴィスは19歳と若かったし、リリエラを心から愛していた。

「はい。私はアルヴィス様の片翼になりたいです。二人で両翼となって飛びましょう」

 王国におけるプロポーズの定番の台詞だった。相手を片翼と呼び、二人で両翼となる。きっと二人でならば空も飛べる、どんな困難も越えられる、と。


 リリエラは17歳で、若く一途だった。男爵家の三女という底辺なのも幸運だった。政略ではないのだ、家の余り者同士のただ都合のよいだけの婚約。社交界では、リリエラが消えたとしても噂にすらならないだろう。


 剣だこだらけのざらついたアルヴィスの手をリリエラが握る。

「ずっとずっと剣の鍛錬をして、誠実な性格で、私に優しくて、ピーマンが嫌いなアルヴィス様が大好きです」

 アルヴィスもリリエラの柔らかな手を握り返す。

「僕も。料理上手で、意志が固くて、春のような笑顔が可愛くて、毛虫に悲鳴をあげるリリエラが僕も大好きだよ」


 手と手を取り合うリリエラとアルヴィスを漣のようにヒソヒソと周囲が祝福する。

「う〜む、よくわからないがプロポーズ成功か?」

「もしかして駆け落ち?」

「話の流れ的には押しかけ女房だな」

「とりあえずめでたい!」


 そんな祝福ムードの周囲を感じて、リリエラとアルヴィスが初々しく照れながら順番通りに国境門を通過した。


「隣国だ」


 街道の脇の右側には森が広がり、木々と草の濃い緑の匂いが鼻をつく。

 木々の枝を透かして午後の透明な光がユラユラと躍っていた。鬱蒼と生い茂る草が密集する森の入り口には野花も群生しており、艷やかな花々で織られた絨毯の上には蝶々が飛び交っている。


 アルヴィスが近づくと、鳥が数羽、梢から飛び立った。光が砕ける水底の水影のように揺らぐ影を残して、高い鳴き声が澄んだ風の中を渡っていく。


 アルヴィスは野花の群生地にしゃがむと、手早く花々を折って茎と花を交差させて編み込み、花冠を完成させた。細い茎、白い葉脈の葉、ふっくらとした蕾、花色が鮮やかで可憐な花姿の小花が絡み、野花らしい趣の楚々とした花冠であった。


「リリエラ」

 くすぐったいみたいにアルヴィスが顔を少し赤くして花冠をリリエラの頭に載せる。

 リリエラも嬉しげに頬を花色に染めて微笑んだ。

「ありがとうございます、アルヴィス様」

「今は花冠だけれども、働いて必ず花嫁のベールを買うから」

「その働き先なのですけど」

 リリエラはワンピースの隠しポケットから封筒を取り出した。

「紹介状があるのです」


 紹介状が有ると無しでは信用度が天と地ほどに異なる。真っ当な就職先の選択が可能となり、安全性も高い。


「アルヴィス様。私が無事に国境まで来れたのも実はお父様のおかげなのです。夜だったから外は真っ暗でした。でも、屋敷から出ると家と取り引きのある商会の馬車が待っていて国境まで送ってくれたのです。紹介状も商人から渡されました。おそらくお父様が手配をしてくれたのです」

 瞬きをして、アルヴィスが鞄に付けられた金属製のお守りを見る。夫婦を守護する麗しい女神の姿が刻まれていた。

「……そうか。僕、頑張るよ。リリエラの家族は僕を信頼して僕にリリエラを任せてくれたんだ。リリエラの家族の信頼を裏切らないように精一杯働くよ」

「私も仕事します。毎朝、アルヴィス様の好物のパンも焼きますね」

 リリエラがアルヴィスに寄り添った。


 リリエラの瞳にアルヴィスが映り。

 アルヴィスの瞳にリリエラが映る。


 お互いを見つめ合ったリリエラとアルヴィスは。

 母国を振り返って、 深く礼を執った。

 それから手を繋いで街道を歩き出した。


 緑と花の香りを含んだ風が二人を祝う恋の歌を歌うように、ふんわりと背中を押してくれたのだった。


その夜、二重底となっていた鞄の底からリリエラの持参金を発見してびっくり。泣き笑いをしたリリエラとアルヴィスであった。(娘を幸せにしなければ地獄に落とす! byリリエラパパ)

ちなみにリリエラの家には家宝の壺と呼ばれる物がたくさんあり、何かあれば家宝の壺を壊すことが様式化していた。(だって上に対して言い訳ができますもの。byリリエラママ)



読んでいただき、ありがとうございました。




【お知らせ】

リブリオン様より大幅加筆して電子書籍化しました。

「悪役令嬢の母(予定)です。20年後の娘のために将来のヒロインの地位を横取りしましたけど文句あります?」

表紙絵は、くろでこ先生です。

8月25日にシーモア様より先行配信の予定です。

9月15日に他電子書籍店様より配信の予定です。

加筆の部分に、番外編として20年後の小説のヒロインや猫のクレオパトラのことなどもあります。

もしお手にとってもらえたならば凄く嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
二人の未来に幸あれ! 孫が出来たらリリエラの家に里帰り、で再会できるといいですね。
ああ、嫁入りの時実家の自分用の茶碗割って決意を示す儀式(地域限定?)
リリエラとアルヴィスの家族の差が凄い…。 可愛らしいお話ありがとうございます。ホッコリ
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