渦仙人
仙人がいた。
仙人はぐるぐると渦巻きの入っている壺を大事にしていた。壺はひんやりと冷たくて、その中は時にゴウゴウと激しい渦をつくり、時には妖精のほっそりした足でかきまわしているようなのどかな渦をつくった。
壺はいつでも水が満ちていて渦が巻いていた。
ただ一度、仙人が仙人でなかったころ、母親が死んで水は半分近く涸れたそうだ。
ただ一度、額のほくろが特徴的な鹿の如くたおやかな美女を森の住みかまで追いかけたとき(大方、人外だったろうが)、水は溢れてこぼれたそうだ。
危うく仙になり損ねるところだったと言ったが、美女を逸したことは悔しそうだ。
時々水抜きしなければならない。
ごみが混ざったり、温くなった時には。
水はいつでもキンと冷えて澄んだ、純粋であるべきものだから。
水量が減ったときにはむしゃむしゃ食べれば元に戻る。
仙人は大抵壺を眺めて暮らしている。
渦は最高の好敵手で迷宮で神秘で歌い手で単純な解答を呑み込む世界であって、空っぽの壺は身震いがする、という。
渦と対することが仙人の行だそうだ。
ある日、仙人は壺にひゅるんと飛び込んで消えてしまった。
慌てて壺を逆さにふっても空っぽで水の一滴も出てこない。
仙人と渦は空っぽの壺を残して、どこかの世界へ引っ越して行ってしまった。