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男だからぶつかることもある

 □■□


 会議室には、重い沈黙が落ちていた。

 カイン、アルベール、アーサー。そしてラウルも、珍しく姿を見せて部屋の隅にいる。俺を安心させるためだろう。

 俺はこれまでの経緯を、改めて四人に説明した。

 俺が先代魔王を倒した勇者、エアルの生まれ変わりであること。

 現魔王ダリアンは、エアルと親しかったこと。

 俺が異世界に生まれたが故に、ダリアンは俺をこの世界に召喚するため、マベルデ王国を利用したこと。

 俺を手に入れるまで、呪いをやめるつもりがないこと。

 話し終えた後、誰も彼もが考え込むようにして、口を開かなかった。

 責められるのが怖くて、意味がないとわかっていながら、俺は謝罪を口にした。


「……ごめん」

「なんでハルトが謝るんだよ」

「だって、俺のせいだろ。全部……。俺がいなければ、起こらなかった」

「それは違う」


 力強い声で遮ったのは、カインだった。


「ハルトのせいじゃない」

「けど」

「魔王にそう誘導されているだけだ。呪いをかけたのも、召喚に手を加えたのも、全て魔王が行ったことだ。ハルトは謝るようなことは何もしていない。君がしたのは、呪いをかけられた人々を救うことだけだ。胸を張って良い」

「そんなの……俺が原因なんだから、マッチポンプじゃん」

「どうしてハルトが原因なんだ!」


 声を荒げて、カインは机を叩いた。


「君はただ生まれただけだ。勇者の魂がハルトに宿ったのは偶然だ。君は生まれたことが罪だとでも言う気か!?」

「あながち、間違ってないかもな」

「ならば関わった者全てが罪人(つみびと)だ! 俺がいなければ召喚は行われなかった! マベルデ王国がなければ召喚技術は存在しなかった! 勇者がいなければ生まれ変わることもなかった! そうやって因果の全てを否定すれば満足か!」


 カインの台詞に、俺は言葉に詰まった。

 そんなこと。俺が一番、わかってる。けど、それなら。


「ならどうすりゃいいんだよ! 今までは、呪いを解くことだけを考えてた。でもダリアンの目的はそこじゃない。俺が向こうに行く以外に、解決策が何もないじゃんか!」

「どうして君は一人で解決しようとするんだ!」


 びりびりと響いた声に、思わず俺は怯んだ。

 燃えるようなカインの瞳が、俺を射抜く。


「何故ハルトが動くことが前提なんだ。何故ハルトの身一つを材料に考えるんだ。俺たちを何だと思ってる! 君一人守れない無能だとでも思っているのか!」

「そこまで!」


 パン、と手を叩く音に、ヒートアップしていたカインと俺が止まった。

 二人で音の出どころ、アルベールを見る。


「カイン殿下。言いたいことはわかりますが、それではハルトを追いつめますよ」

「……すまない」

「ハルトも。あなたは今、視野が狭くなっています。一人で考えても、有効な答えは出ないでしょう。だから我々がいるのです。もっと頼ってください」

「……悪い」


 頭が冷えた俺は、一度顔を覆った。深く息を吐くと、そのまま髪をかきあげて、皆の顔を見る。


「俺にはもう、どうしたらいいのかわからない。だから皆の力を貸してくれ」


 頼れる仲間は、それぞれが笑顔で応えた。


「魔王は結局、女を男にすること自体には、特に執着してないんだよな」

「召喚も済んだ今となっては、ハルトを脅す手段にしているだけですからね」

「向こうの要求は、一貫してハルトが欲しい、ということ。これに代替案を出すのは難しいな」


 三人が真剣に話し合ってくれることは、嬉しい反面、少々照れくさい。何せ議題は、俺を魔王に渡さないようにするにはどうしたらいいか、だ。

 国の偉い人たちが俺の身柄について議論するなんて。日本にいた時は考えもしなかった。なんか恐れ多い。

 居心地悪そうにしている俺に、ラウルがウインクをした。和ませようとしてくれたんだろうか、俺も小さく笑みを返す。

 カイン直属の部下、ってことだったから、立場上対等に議論に参加したりはしないんだろう。


「消極的な方法ですが、ハルトは春には元の世界に帰るでしょう。ハルトがこの世界から退去すれば、魔王は呪いを続ける意味がないのでは?」

「けどそれだと、腹いせに魔王が呪いをやめなかったらどうするんだよ!」


 思わず声を上げたが、アルベールは冷静だった。


「あなたがそうやって焦るのが狙いなんでしょう。罪悪感から、こちらに残ると言い出せばしめたもの。いなくなった人間に手を出すのは、どうあっても不可能です。ハルトの身の安全を考えるなら、それがもっとも確実です」

「けど……」


 それでは、俺は自分がいなくなった後、この国の人たちがどうなったのか知る術がない。

 それとも、消えた後のことを知りたいと思うことが、傲慢なのだろうか。


「そうだな。元々、呪いは続く前提で、ハルトを帰して新たな聖女を呼ぶ予定だった。魔王が諦めてくれれば良し、そうでなければ、また国で対策を行うだけだ。俺たちがやることは変わらない」


 カインの言葉に、俺は俯いた。確かに消極的だが、安全で、確実だ。

 これしか、ないのだろうか。


「……ダリアンに、エアルのような存在が、もう一度現れてくれたらな」


 ぼそりと呟いた言葉に、誰もが困ったように眉を寄せた。

 わかっている。そんな人物がいなかったから、ダリアンは二百年経っても尚、一人でいるのだ。

 ――エアル。


(お前、なんでダリアンにあんな約束したんだよ)




 それからというもの。

 俺は魔王城へ通うことをやめた。解呪の儀式は変わらずに行っている。

 呪いを受けた人々がいることは変わらず、俺が聖女として認識されていることも変わらない。帰還までは、このルーティンは続けられるだろう。

 転移用のピアスは、使用できないように封をかけてアルベールが保管している。

 意外にも、ダリアンがこちらに乗り込んでくるようなことはなかった。

 会えなくても構わないのなら。あの執着は、なんだったのか。

 飽きたのならそれでもいい。むしろ好都合だった。けれどなんとなく、胸にもやもやしたものが残った。

 俺がどんな風に過ごそうと、変わらず月日は巡る。

 ――春が、近い。

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