出会い
柔らかな光が床に反射し、窓の外では桜の花びらがひらりと舞っている。新入生たちが整然と並べられた椅子に座り、ソフトテニス部の入部説明会が始まるのを待っていた。置鮎里香は、窓際の席に座り、友達と小声で話を交わしている。
友達
「ソフトテニスって、どのくらい練習キツいんだろうね?」
里香
「うーん、普通じゃない? この学校、そんなに強豪校ってわけでもないし」
二人で笑い合いながら、特別な緊張感もなく説明会を待っていた。ごく当たり前の新学期の始まり。特に印象に残ることもなく、淡々と進んでいくだろうと里香は思っていた――あの自己紹介が始まるまでは。
「えーっと、1年の佐藤です。部活は団体戦です。二兎も三兎も追っていきましょう。えっと、よろしくお願いします。」
「1年の繁本孝太郎です。中学から続けてて、レギュラー目指します!未来を見ることが出来ます!マタスクエナカッタヨー!!」
一人ひとりが順番に立ち上がり、名前や抱負を簡単に話していく。里香はそれをなんとなく聞き流していた。特に興味があるわけでもなく、次は誰だろうという程度の感覚で――。
ふと、場の空気が変わった。
立ち上がったのは、背が少し低めで、きっちりと眼鏡をかけた男子。少し癖のある髪が目を引く。全体的にどこか頼りなさそうな印象だが、マイクを握る手元にだけ妙な自信が感じられる。彼は軽く咳払いをして、笑顔を浮かべながら自己紹介を始めた。
水屋湊志
「えーっと、1年の水屋湊志です! ソフトテニスは全然やったことないですけど、体を動かすのは好きです!」
一瞬、普通の挨拶かと思った。しかし彼はそこで終わらなかった。
湊志
「あと……」
意味深に周囲を見渡し、笑みをさらに深める。そして次の言葉を放った。
湊志
「可愛い先輩の皆さん、連絡待ってます!」
一瞬の静寂の後、ざわめきとクスクスとした笑い声が広がる。
「何それ?」
「誰、あいつ?」
「めっちゃ自信家じゃん!」
里香も思わず目を丸くしていた。だが、その一方で彼の視線が一瞬、自分に向けられたような気がした。いや、正確には「どこか定まらない視線」だった。それが妙に引っかかる。
里香(心の声)
「……何、あの人。場を盛り上げようとしてるだけ……だよね?」
隣に座る友達が小声で吹き出した。
友達
「里香、どう? ああいうの」
里香
「いや、別に……普通かな?」
淡々と返しつつも、彼の奇妙な自己紹介と視線が脳裏に残る。
学校帰りの道を歩きながら、里香はなぜか彼の言葉を思い出していた。
里香(心の声)
「可愛い先輩、連絡待ってます……って」
思い浮かぶのは、彼の自信満々の笑顔。あの不思議な視線。なぜか、そのすべてが胸の奥でモヤモヤとしている。
自分がどうして彼のことを考えているのか、それが分からない。それが少しだけ気に入らない。
そんな時、スマホが振動する。画面には「ソフトテニス部のグループチャットに招待されました」と表示されていた。メンバー一覧を開くと、「水屋湊志」の名前を見つける。
その瞬間、なぜか彼の名前を見た途端、胸の奥がざわつく感覚を覚え、そっと画面を閉じた。その感覚が面倒なのか、期待なのか、自分でもわからないままーー。