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荒れまくった情緒がなんとか落ち着いたのは三日後のことだった。
あの後家に帰った後、私は幼い妹に心配されるほど生気を失っていた。
つばきに「おねぇさま、大丈夫ですの?」と毎日学校から帰ると優しく髪を梳いてもらって、ようやく元気になった。私の髪もつばきの持っていた、イノシシの毛が使われている櫛で梳かれたおかげで、ボサボサしていた髪の毛にちょっぴり艶が出た。
ありがとうつばき。大好き。
抱きついてきた頭をよすよすすると、顔がふにゃぁと柔らかそうな笑顔になった。
キュン死させられそうになったので、罰としてほっぺたをもにゅもにゅしといた。柔らかかった。
そんなこんなで、今の私のメンタルは安定しているのだが、あの時はヤバかった。
そりゃもう訳が分かんないくらいに。
今考えたら、あれは漫画のキャラに触られた興奮ではなく、恐怖が心を支配していた。
恐怖?なんだそれ。
ぶん殴られるならともかく、腕を掴まれただけだし。
なにより桐間はまだ小学一年生だぞ。高校生ならともかく、少年に腕を掴まれただけだぞ?
結局昼休みまでずっと考えこんだが、思い当たることはなかった。
「うーんよくわかんない」
「なにがわからないの、神子戸さん?」
いきなり隣から声がして肩がビクッと跳ねた。
横を向くと、さらさらふわふわした甘めの美貌の美少年がいた。
「羽澄……様」
「うんそうだよ、僕羽澄。ふふ」
ふふ???可愛いかよ??
普通の小学生男子が言わなそうな言葉が、ビックリするほど似合ってるね君。
というか、いきなり教室が静かになったのは
「羽澄様、なにか用ですか?」
「あぁ、えぇっとね。ここじゃなんだから、………………放課後サロンに来てくれる?」
羽澄は柔らかい声で私にそっと耳打ちした。
しょたいくまーの声エッr………………こほん。
「嫌です」
「え」
「他に、ここではできない話、できる場所ありますか?」
「うーん。そうだね……うーん」
こめかみをトントンと叩いて考え込む羽澄。
そんな大人でもなかなかできない、おしゃれな動作をさり気なくしないでくれ。
周りを見ろ、女の子たちが君しか見てないぞ。………………あれ?さっきまで本を読んでいたはずの桐間が教室にいない。
「羽澄様、桐間様がいません」
「………え?諒太が?読書をやめてどこかに行ったの?」
桐間の座っていた席を見てあり得ないという顔をする。
うん、わかるよ気持ち。私も驚いたから言ったんだもん。あの、桐間諒太が、趣味の読書を切り上げてどこかに行くなんてこと、ありえないよね。
めっちゃ付き合い長い奴の言うことみたいだけど、公式設定資料集に書かれていた事パクっただけです。
「神子戸さんごめんね。諒太を探してくるよ」
「あ、待ってください」
「ん、どうしたの」
「私も連れて行ってもらえませんか?」
そう言うと羽澄が、え?と言う顔をした。なんだその顔は。
なんでこんなことを言ったかというと、ビビり散らかして強引に手を振りほどいたあのことを、桐間に謝ろうと思ったからだ。
いやー、多分なんだけど、話すのは結構できると思うんだよね。つばきもそうだし。
腕を掴まれたり、触られたりするのは無理かもしれないけど、今はすごく精神が安定しているので、何が原因であんなことになったのかできる限り探ってみたい。
それだけじゃない。
桐間がもし、私のあの行動に大変御冠だったら、今後の私の学園生活が絶望的なものになるかもしれない。私が神子戸家の娘であっても。
この学園で一番怖いものは桐間諒太の怒りだ。そして彼の家の権力だ。
全力で謝って全力で許してもらおうと思う。
「うーん、なにするの?」
「先日、桐間様に大変失礼なことをしてしまったので。五体投地で謝罪がしたいなと」
「五体投地………ふつうの小学生からすらっと出てくる言葉じゃないよ」
お前が言うな、羽澄。