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今日は小雪様と高級ホテルのキラキラアフタヌーンティーに行く。
胸元に上品なリボンがついている、黒いワンピースに白のカーディガンを羽織ってルンルンで車に乗った。
運転手さんに嬉しそうですねと言われた。当たり前に嬉しい。
多忙な小雪様は、エブリデイ大体暇な私とも、なかなか都合が合う日がなかった。
そもそも小雪様のスケジュールがぎっしぎっしなのだ。小雪様は二か月に一回くらい、丸ごとフリーな日があるが、その日がたまたま私が神子戸家主催のパーティーで神子戸家長女として出席しなければいけない日だったりした。
流石に父親を恨んだ。
そんなこんなで、どんどんどんどん先延ばしになってしまい、ようやく今日が、小雪様と待ちに待ったアフタヌーンティーに行ける日というわけである。
髪の毛はクリスマスに今年初めて枕元に置いてあった、ハイブランドの可愛いバレッタを使ってヘアアレンジした。
おいおい父親よ、夜中に私の部屋に忍び込んだのは物音でバレていたぞ。
ちなみにプレゼントには、サンタが書きました!とでも言うように、英語の美しい筆記体で書かれた手紙も添えられてあった。
父親、ハイスペック。
つばきは英語が難しくて読めないと私に翻訳してもらいに来た。つばきに翻訳して読み聞かせるが、超親バカなことばかり書かれていて読んでるこっちが恥ずかしくなった。
つばきは私に翻訳をお願いする際「サンタさんが書いた手紙かもしれませんわ!」なんて興奮して喜んでたのに、私が読み上げる内容で父親が書いたとわかったらしく、死んだ目で手紙の内容を聞いていた。
私には勉強はうまくいってるか?とか、学校でなにか嫌なことは無いか?とか言う内容だった。
おいサンタがそんなこと聞くわけないだろ、これじゃあただの父親から娘への手紙じゃん。
まぁ、捨てるのもなんなので勉強机の棚に仕舞っておいた。
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「小雪様!」
「梢ちゃん!御機嫌よう」
ホテルのラグジュアリーなロビーのソファーに座って、小雪様は分厚い本を読んでいた。
私が駆け寄ると、本を閉じて白いファーバッグの中に入れ、小雪様は立ち上がった。
「お久しぶりです、小雪様」
「えぇ、とても会いたかったですわ。なかなか都合が合いませんでしたものね………、梢ちゃんの着ているワンピースとても可愛らしいですわ」
「えぇありがとうございます」
うへへ、褒められた。とても嬉しい。
小雪様はグレーのセーターに白いロングコートを羽織り、ビジューのついたファーマフラーを付けていた。そして相変わらず綺麗なボブカットである。
マフラーをつける時期になったから、ボブがより一層可愛く見える。
自分の肘まで伸びた髪を指でくるくる掬った。
私も髪バッサリ切っちゃおっかなぁ、乾かすの時間がかかって面倒なんだよなぁ。
いやいいか。まだ冬だし、寒いし。
「わー!景色がとても綺麗ですね」
「うふふ、お母様と一度来たのだけれど、紅茶も種類がたくさんあって、すっかり気に入ってしまって。いつか梢ちゃんと一緒に来たいと思っていたの」
ホテルの最上階に来たかと思えば、さらに奥の方のVIP専用の個室に通された。
その二人だけではあまりに広すぎる個室の窓際に置いてあるフワフワのソファーにお互い座って、ガラス張りの外の景色を見ながら、最近あったことやサロンの話、クリスマスパーティーの思い出を話す。
あぁ、とてもいい景色。
高所恐怖症の人は死ぬと思うけど。
小雪様はセイロンブレックファースト、私はカモミールティーを頼んだ。
名前が長い紅茶がいくつもあったが、どれがどんな味なのか全くわからない。
小雪様は「最近はブラックカラントティーが好きですの、母はミルクティーが好きで、キーマンをよく飲むのですが」などと呪文のようなことを語り始めた。うん、うん、と笑みを浮かべて首を縦に振る。
本当のお嬢様って、こういうお話についていけるんだろうなぁ。
つばきは沢山習い事をやっていて、お嬢様らしいお嬢様であり多分小雪様のお話にもついていけるが、私はというと前世オタ活で得た知識くらいしかお上品な知識がないのだ。
私が持っている知識は前世、凄くギリシャ神話が好きな友人に「アフロディーテはち●こから産まれたんだよ!」とかそういう変わった知識をみっちり教え込まれたり………なのですごく偏りがあると思う。
アフタヌーンティーの食べ方はきちんと恥をかかないように履修してきた。
アフタヌーンティースタンドの下から上に向かって食べるのだ。
食べ終わった後はナプキンを畳まないでふわっとさせた状態で置いておくらしい。なんでも、畳んでしまうと「あまり楽しい時間ではなかった」「おいしくなかった」という意味になってしまうからだそう。
一番下の段のサンドイッチをエイッと取る。
むしゃむしゃ………………うまい!!流石高級ホテルのアフタヌーンティー!!
ぺろりと食べてしまった。次は中段のスコーン。
ふんふん………以外にも生地がしっかりしていて、ふわっとほぐれる感じではない…………あ、中になにかはいってる。ブルーベリー?とっても美味しい。
食に徹していると、私をじぃと見つめる小雪様の視線に気づいた。
たまに紅茶を飲みながら、私を見つめる瞳は柔らかく、顔の造形も童顔ながらも初めて会った頃とは違った。
少女らしいあどけなさを宿しているが、段々大人の女性になろうとしている。
…………そうか、この人はもう15歳か。
時が経つのは早いなぁ。
物語が始まる、私が高校二年生の頃にはこの人は二十二歳か。そう考えると、今まであんまり意識して来なかったが私と小雪様って結構歳離れてるんだなぁ。
………………。
「小雪様」
「あら、ごめんなさい。見すぎだったかしら?」
「違うんです、……………小雪様は、大人になっても、私と、こうして遊んでくれますか?」
目の前の美しい少女は、ぱちくりと瞬きをした。
「私と、梢ちゃんはずっとお友達ですわ」
「………………」
「梢ちゃんが成人しても、時々一緒にお酒を飲んだり、二人でまたこうしてお茶したり………。これからも、ぜひ私のサロンにいらして?私の方が先輩ですのでお勉強で分からないところがあったら教えてあげられますわ。それと、私梢ちゃんのピアノがもう一度聴きたいんですの」
「…………………………ありがとうございます」
「うふふ」
小雪様はちょっと嬉しそうな顔をして、ティーカップに口を付けた。