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私としてはなにもしていないと思ってるんだけど。
むしろ、あとから思い返すとオタク丸出し興奮脳内鼻血で大変恥ずか死なんだけど。
どうやら、あの後、九重ちゃんは桔梗にとんでもなく丁寧に謝罪されたらしい。
「梢様がなにかやってくださったのですね!ありがとうございます!」と、桔梗に謝罪と同時に貰ったらしい絶版本を大切そうに抱きかかえていた。
えっ、謝罪と同時に本を渡されたの?
そして許した上に、もしかして貴女、庵君にちょっとときめいてる?
もしかして…………と思って聞くと。
「その………実はそんな悪い人じゃなかったのかなって……いろんな人に好かれてるし………………」
彼女は大変愛らしく、頬を少し染めた。
………………九重ちゃん、貴女将来モラハラ男に捕まる素質がありそうで怖いわ。
・
妹のピアノの発表会に来た。
そしてなんということでしょう、隣には父親がいる。
ウキウキ車に乗り込んだら、この人が隣にすらっと乗り込んできた。
えっ今日会社の会議があったんじゃないですかぁ?
クソ親父の秘書の嶋崎さんに聞くと、「つばきお嬢様の発表会とのことで欠席されました」だってよ!
ケッ!!
今日はつばきを褒めまくって、つばきとイチャイチャする予定だったのに。
この人がいたらつばきとイチャイチャできねーじゃん!!ラブラブチュッチュできないじゃん!!!
「………………」
「………………」
席についても、つばきが演奏の番になるまで、私もクソ親父も無言である。
気まずい沈黙。みなさーん!私達、血の繋がった親子ですよー。
ちらちら父親の横顔を見ると、子供が二人いる父親とは思えない程若々しかった。
繊細でどこか儚げな少年らしい顔立ちをしている。そして、この人メチャクチャモテるらしい。
ケッ!
どこを取っても私に似つかない!本当に私はこの人の娘か?!儚げ要素欲しかったわ!
私は確かに派手じゃないだけどそうじゃないよね?!
そんな事を考えていたらつばきの演奏の番が来た。
つばきの演奏曲はバダジェフスカの「乙女の祈り」だ。
…………私が小学三年で弾けた曲である。
小学一年で弾ける子はあまりいなんじゃないだろうか。
変奏部分も表現力豊かに、完璧に弾きこなす妹。
公式設定集にもピアノとヴァイオリンが得意って書いてあったもんなぁ。
すごいなぁ、すごいなぁ。頭の中で東海道新幹線が浮かんだ。
惚れ惚れしながら聴いていると、隣の親父がなぜか切なそうな顔をしていた。
えっ?なんで?感動するのは分かるけど、なんでそんな切なそうなの??
演奏が終わり、拍手の音に紛れて、父親は辛そうに涙を拭いていた。
えっ?なんで?…………あっ、お辞儀するつばきかわいい。
・
「お姉さまぁ!!と、お父様」
「めちゃくちゃ上手かった。もう最高。プロ」
「まぁ!お姉さまったらー!」
キャッキャッとはしゃぐつばき。かわいい。
今つばきが着ている発表会のドレスは薄い桃色の上品でかわいいレースたっぷりの、オーダーメイドのドレスである。多分すごく高い。
つばきの華やかで可愛らしい美貌も相まって一際目を引く。
それにあんなに完璧な演奏をされては、他の子たちがちょっと可哀想に思えた。
「お父様、どうでしたか?」
「……あぁ、一番上手だった。………………流石、お母さんの娘だな」
そう言ってつばきの頬を撫でる父。
少しくすぐったそうに笑うつばき。
…………ほぉん。母親のことはあまり覚えてないけど、我が家にもグランドピアノがあるのを知っている。
私の母親は、ピアノが上手だったのかもしれない。
家に帰って、一階の家の端の空き部屋にそ―っと入った。
この部屋、防音設備がばっちりである。
少し狭めの部屋で、真ん中にはどっしりとグランドピアノが置かれてあった。
メーカーを見る。うぉ、えっ、うぇ、これウン千万するヤツじゃん。
たっっっっか。こんなピアノ家に置くか普通??
つーっと、指で触るが埃一つない。
定期的に掃除してあるらしい。調律も問題なさそうだ。
「よぉ、うし」
あまりに高級なので、ちょっとビビるが、おそるおそる鍵盤に触れる。
うわ、いい音。
椅子の高さを調節し、深呼吸をしてピアノに向かい合った。
前世では一応弾けた、ショパンの幻想即興曲を弾いてみる。
どこまで弾けるか試してみようと思った。
「………………うん、むり」
五小節目まで弾いて諦めた。
指がちっさい。硬い。
どうしよう、ここまで弾けなくなってるのは流石にプライドがズタズタ。
…………いや!私小学一年生ですしぃ!!ピアノ習ってませんしぃ!!
この位普通なんだけどぉ?いやむしろ完璧に幻想即興曲弾ける小学一年生なんて見たことないわ!!
クッソ悔しいな、何とか弾けるようになってやる…………五年後くらいには!!