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「桔梗君、少し話がしたいの」
「……なぁに?神子戸さん」
サロンの隅で、先輩方にちやほやされているそいつに話しかけた。
「先輩、お話の途中、申し訳ございません…………」
今日の私はスペシャルケアをして艶々になった髪を下ろしている。
多分一時的な艶だろうけど、それでもいい、これは戦場に向かうための鎧みたいなものだ。
「桔梗君を少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
先輩と言っても相手はたかが小学生。
こちとら精神年齢ババァだぞ。それに今世は苗字が神子戸と言うバフもある。
ぶっちゃけた話、神子戸家に堂々と文句を言える家は少ないのだ。けへへ。
「あっ、あぁ、もちろん」
「梢様同級生ですものね」
「どうぞ、お二人でお話なさって」
「えー、僕先輩方とお話してたいです」
うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!最推しのぶりっ子きたァァァァァァ!!
下から目線で先輩たちにおねだりをするその姿はまさしく桔梗庵!!可愛いなお前!!最強のぶりっ子だよお前!!
先輩達は見事にハートを撃ち抜かれたらしく「あらー、そうなのー」「それなら………でも梢様が……」と、桔梗と神子戸家の権力の間で揺れている。
チッ、私も思わず食らってしまった…………そりゃそうだ、最推しがショタでぶりっ子したんだぞ?尊死しそうだったわ。
「ね、神子戸さん、話があるならここで…してくれる?」
「嫌です、個室に行きましょう」
心を無にして最推しの攻撃を無効化する。
うそです、本当は滅茶苦茶食らってます。
先輩方がちょっと内密なお話をしたり、勉強をしたりする時に使われる、カラオケルームくらいのサロンと同じ豪華な内装の防音室がサロン内にある。
サロンの奥にある扉を通り、そこの廊下に四部屋くらいあるはずだ。
そこを指さすと、桔梗は露骨に嫌そうな顔をした。
「なんでー?あそこ僕きらいなんだけど」
「そうですか、行きましょう」
「えぇ?そんな、…………ちょっと、なに?」
彼の前にしゃがみこみ、服の裾を掴み、耳元で先輩たちに聞こえないくらいの音量で言った。
「分かるでしょ早くして」
一瞬、彼のまん丸の、綺麗な瞳が猫のように細まった。
「………んー、わかったよ、………ごめんなさい先輩!僕ちょっと神子戸さん、とお話してきます!」
ほんわかしながら桔梗に手を振る先輩達。
それにふわふわ手を振る桔梗の腕を、無心でつかんで引っ張った。
はー、死にそう。可愛いなクソ。
・
「で、なに?」
机に肘をついて、めんどくさそうに髪をいじる桔梗。
多分私が同じことをしても、彼のような滲み出る愛らしさはないだろう。しかも彼はまだ少年時代、高校生になったら妖艶な雰囲気が混じるようになる、キュート百パーセントの彼は今の内だ。
違う。
こんな最推しにときめくために密室に連れ込んだんじゃない。今の私は神子戸梢。コイツに対して前世の感情を持ち込んではいけない。
「私の靴と教材が消えまして」
「ふーん」
「九重さんが貴女に命令されてやったと」
「えー、僕そんなこと言ってな―い」
ふぁぁと口を開けて、つまらなそうにそう言った彼。
猫みたいな動作。かわいい。………違う!可愛くない!!全然!!
「コホン………ではなんで九重さんはそう言ったのかわかりますか?」
「嘘ついたんじゃないのー?それともなに、神子戸さんは僕よりその子を信じるの?」
彼はゆっくりと瞬きをして私を見つめる。
もう耐えられなかったので、口から零れてしまった。
「うわかわいい」
「………………ハァ???」
「あっ、いけない。違う。全然可愛くないですあなた」
「え?今僕に可愛いって言った?」
「全然可愛くない、ぜんぜん」
「ハァ??僕は可愛いでしょ!!」
キャオ――――――――!!フィィィィ!!アァァァァアア!!
かうぃいー!可愛い――!
両手で口を押さえて、可愛い可愛いと連呼する。
ダメなんだ、駄目なんだよ私、猫属性駄目なんだよ!!本当に!!
あぁぁ、なんで私彼と対面して座ってるんだっけ。えぇ、なんでだっけ。
あぁ、そうだ。
ごめん九重ちゃん!こいつ懲らしめるの無理かもしれない!可愛すぎる!!
「フン、なんだお前。変な奴だな」
「フンって言った?今?」
「うるさいなお前」
私の興奮状態に、少し怯えている様子の庵くん。
前世では桔梗庵ファンは桔梗庵のことをいおりくんって呼んでいました。
私もこれから心の中ではそう呼びます。いろいろと吹っ切れてしまいました。
「もう、もういいよお前。なに?教材と靴?弁償するよ。お前怖いあっちいって」
「いやいやいやいや、庵くんに弁償させるとか」
「なんなんだよお前怖いな」
しっしっ、と、私に手であっち行けという動作をする庵くん。
「アッ、ということは、やっぱり庵君がやったという事ですね」
「神子戸家のご令嬢がサロンに全然来ないから、どういうやつなのか遊んでやろうと思っただけ」
「うわ性格!!」
「本当になんなのこの女!コワイ!」