HOPE
ここは魔の街。まともな人間なんか居やしない。
とあるBARの一角。黒色のスーツ姿の男はカウンターの隅でHOPEをふかしている。
カランカラン。ドアのベルが鳴った。今日も眠れぬ夜に一人の客がやって来た。
茶色のハットに同色のトレンチコートを着た男は、カウンターの隅に座っているスーツの男の元に向かい声を掛けた。
「よお」
男は振り向き、無言でトレンチコートの男を見つめた。
「あんた、いつもここに座っているよな」スーツの男に向けて言った。
「悪いか」トレンチコートの男に冷たい目線を浴びせながら答える。
「いや、あんたがいつもここに居ようが居まいが、それはあんたの自由だ」
スーツの男は煙草を消し、視線を元に戻す。「で、何か用か?」
「いや、用事はない。あんたのことが気になったから声を掛けただけだ」
「なんだ?お前はそっちのけがあるのか?」「そうかもな」
時刻は夜の23時を回っている。店には無口なマスターと客二人しか居ない。
「今から人を殺しに行く」スーツの男は淡々とした声でそう話す。
「それは穏やかでないな」トレンチコートの男は驚くことなく、無表情で言った。「相手は誰だ」
「お前が知ってるやつだ」スーツの男はそう言うと、注文したバーボンのロックを一気に飲み干した。
「そうか」スーツの男はそう言うと、椅子に掛けていたコートを着て席を立った。
「だが、今日は止めておけ。お前と出会った記念日を誰かの不幸の日にしたくない」そう言うと、トレンチコートの男はマスターに一万円を出した。「お前にプレゼントだ。マスター。釣りはいらねぇ」
「ありがとう。また逢おう」男は再びHOPEに火を付け、トレンチコートの男を背に右手を上げ、店を去った。
その後の二人の姿は誰も知らない。