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鏡の世界

作者: カケル

鏡を見乍らこう唱えてみる。

『お前は誰だ』。

何度も唱えているうちに、その者は鏡の中に引きずり込まれたり、鏡の中の自分がひとりでに答えたり、しまいには発狂して死んでしまうなんて都市伝説があったりする。

ネットを見る限り、ゲシュタルト崩壊だ何だという脳の錯覚で終わってしまうのが真実らしいが、所詮はネットの情報。

やってみなくては意味がない。

学校の休み。

両親は共働き。

家には俺しかいない。

洗面台に手をつき、真正面から自分を見る。

「お前は誰だ」

一回目。

変化なし。

「お前は誰だ」

二回目。

特に変化なし。

「お前は誰だ。お前は誰だ――」

連続で口にしても、結果は変わらなかった。

十一回目を終え、十二回目を迎えた時。

「お前は――」

『俺はお前だ』

「っ!」

唐突に鏡の中の俺が口を開く。

尻餅をつき、鏡を見上げる形で『俺』を見た。

『俺』は姿勢を崩さずに俺を見下げる形でのぞき込んできて。

ニヤリと笑い、『俺』は腕組みをした。

『なんだよ、さっきから「お前は誰だあ、お前は誰だあ」って。うるさいったらありゃしないぞ』

鏡の中の『俺』はそう言う。

愉しそうに、つまらなさそうに。

『それとも何か、お前は鏡の世界に興味関心だあって言う、妄信主義者の類か?』

「は、え、あ、え、あ?」

俺は混乱の極みだった。

迷信じゃなかったのか、都市伝説じゃなかったのか、作り話じゃなかったのか。

俺は混沌の極致だった。

『ん? お前、もしかして面白半分でやった馬鹿野郎だな?』

俺の様子を見てか、『俺』は納得して頷いている。

『いるんだよなあ。そう言うバカなことをする奴が』

「……ど、どれくらいいるんだよ」

俺はそう訊き返していた。

『あ? そうだな……世界で換算して日に千単位で確認してくるバカがいるな? ま、大抵の境界人は反応しないのがほとんどなんだが』

「きょ、境界人?」

『鏡の向こう側の住人だよ。解りやすくていいだろ? 俺たちはそちら側に依存している。だから死ねば俺たちも死ぬ。そんな簡単な話さ』

俺は立ち上がり、再度洗面台に手をついて鏡を見る。

何処からどう見ても俺だった。

見間違いようもなく、『俺』は俺だった。

『確認は済んだか?』

改めて『俺』を見ると、彼はにやにやと笑っていた。

『俺はお前と同じく好奇心旺盛でな。つい声を掛けちまったわけよ』

愉しそうに『俺』は言った。

『何か訊きたいことはあるか?』

俺は意を決して。

「ああ。そっちの世界はこっちとどう違うんだ?」

『違いかあ。特にないなあ。お前らが鏡に映らないときは別のことをしている。遊んだり、食べたり寝たり働いたり。そっちと大して変わらないことをしているぞ』

「夢の国とかじゃないのか?」

『阿呆か。お前らが働いている姿が鏡に映ったとき俺たちは姿を現すんだぞ? 全く仕事をしていないわけがないだろう』

「ただ真似をしている、ってわけじゃないのか」

『それだったらそっちも俺たちを真似していると言えるな』

「……こっちとそっちは繋がってるのか?」

『こっちに来たいのか? 来れるぞ。二度と帰れないがな』

「え?」

『俺とお前がいるから繋がれているのに、どっちかが反対側に来たら元の世界との繋がりが無くなっちまう。つまり存在が消える。コインの裏表が無くなるってのはそう言うことだ』

「頭が痛くなる話をするな」

『はははっ、そりゃあ解らないだろうな。こっちにはこっちのルールがあり、そっちにはそっちのルールがある』

俺は驚くほどに冷静に、『俺』の話を聞いていた。

『それでどうするんだ?』

「どうするって?」

『こっちに来るのか?』

「……やめとく」

『賢明な判断だな』

『俺』はにやりと笑った。少し不気味だった。

『そんじゃあ俺は帰るが、他に何かあるか?』

「聞かないでおく。なんかあんまりそっちに踏み込んじゃいけない気がするから」

『ああ、そうしておけ。そっちと違って、こっちは都市伝説が迷信じゃなく真実だからな。面白半分で首を突っ込んでいい内容じゃない』

「……そうだな。現に今も」

『ああ。よく解ってるじゃねえか』

ニヤリと笑う『俺』。

恐ろしいほどに愉快な笑顔だった。

『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。よく聞く言葉だろ?』

「ああ」

『もう面白半分でこんなことするんじゃねえぞ。下手すりゃ死ぬぜ?』

嘘をついているようには聞こえなかった。

「うん」

『じゃあな』

そう言うと、『俺』は俺と同じ格好で元に戻った。

口を開ければ口を開けて、手を上げれば手を上げた。元の鏡に戻っていることを確認して、ホッとする自分がいることに気づく。

「……お前は誰だ」

そう口にした。

二言目を口にしてようとして、何故か鏡の中の『俺』が牙をむいているように見えた。背筋が凍った。これ以上言うと取り返しに付かないことになるだろうと、そう予感したのだ。

「……鏡の世界」

こんなことを話しても誰も信じはしないだろう。

けれど俺は信じている。確信している。俺はこれ以上向こうに踏み込んではいけないことを。

乗り出していた身体を引く。

すると鏡の『俺』がにこりと笑った。

俺が笑っているだけかもしれない。

けれど何故か安心した。安堵した。

「……」

俺は洗面所から離れ、玄関へ向かう。

朝の散歩だ。

玄関に置かれた鏡。

そこには私服姿の俺がいる。軽快な服を着た俺が。

身なりを整えると、鏡の俺も身なりを整える。

「……よし」

確認を終えると、覗き込むのをやめて俺は玄関を開けた。

少し考える。

もしもあのまままた『俺』を呼び出していたら、俺はどうなっていたのだろう。

好奇心は人を殺す可能性だ。

そこまでの命はかけられない。

「行ってきます」

鏡に俺が映っていないのに、鏡に向かってそう言った。

映り込んではいないけど、『俺』がひょっこり顔を出して、『いってらっしゃい』と言ってくれているような気がした。

そっち側とあっち側。

境界線や一線は引くべきだと、改めてそう思った。


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【集】我が家の隣には神様が居る


こちらから短編集に飛ぶことができます。

お好みのお話があれば幸いです。


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