第八話 伝説
俺とアリシアはそれから10分ほど朝日を黙って見ていた。
すると、朝日がある方角よりも少し右の方。つまり南方から煙が上がっているのが見えた。
森 というか林の中央のあたりから煙は上がっていた。
「アリシア、あれって…」
そう言って俺は煙に向かって指を差す。
「ああ、あれはカレイド村だな。ゼノが交易を行っている村で、私も行った事があるがいい人達ばかりだ」
カレイド村 か。
前にもらった本の中にそんな村や地名などは確認できなかった。
村というくらいだし、規模としては小さいのだろう。
「そうなんだ」
一言だけ返事をするとアリシアは恐ろしい事を言ってきた。
「あの村には小さな子供もいるからな。お前と同い年くらいの子もいるだろうな。きっと女の子もいるぞ?」
アリシアはクスっと笑ってからかうように言ってきた。
同い年とか怖いんだよ…。
前の世界で俺よりも劣った同い年なんて存在しなかったんだから。ましてや女の子なんてトラウマ級だ。
「俺はアリシアがいるからいいもん」
アリシアは表情を変えずに答える。
「…そうか、ありがとう」
あああ! もう! これでも一世一代の大名シーンだったんだぞ⁉
これ人生初の告白にカウントされるのか? 人生2回分で初だからな。
するとアリシアは、行こうか とだけ言って元来た道を歩き出した。
俺は黙ってそれに続く。
しかし村か。ゼノがたまに行く村っていうのなら俺もそのうち顔を出す機会くらいあるかもしれないな。
まあ転生したガキはいないだろうし、行った先で子供と遊んでこいなんて言われたらたまったもんじゃないけどな。
俺は子供がきら……苦手なんだ。
朝日をたっぷり浴びて、私とユラはゼノとリリが待つ家へと歩みを進めた。
私は振り返らないように、ユラがきちんと付いて来ているか気配を確認しながら歩いている。
周囲の魔物の気配? もちろん気を配っているとも。
私をそこらの魔法使いと同じにしないでほしいな。
誰かと一緒にベッドで寝ていれば相手が起きているのか、寝ているのか呼吸の仕方で分かるくらいだ。
昨夜はじめて体験したから分かったのだ。
体験したのがどちらかなど、女の私に言わせる愚か者はいないだろうな?
ユラは大きくなった。
体が大きくなったのは勿論だが、中身までしっかり成長しているようで本当にうれしく思う。
初めて会ったときはまだ1歳くらいだったな。
その時はおかしな奴だと、少し警戒していた。
まあ1歳で会話できるなどおかしな奴の領域を超えているとも思うが…。
とにかく、そんな印象はすぐに霧散した。
妙に、というか意味不明なレベルで大人びた雰囲気を纏うこの可愛い顔をした子供はたまに抜けているところがあって、そこがとても可愛い。
魔法の適性を持っていて、資質もそこらの魔法使いとは一線を画すものがある。
私もそう言われて育ってきたから分かる。
それにこの子は私なんか簡単に追い越してしまうだろう。
悔しい と思うところも無い訳ではないが、それよりもこの子の、ユラの成長を見守っていきたい。
これからどんな風に成長するのだろうか。
それを思うと、自分の事のように心が躍る。
ゼノとリリはこんな素晴らしい子を授かってなんて幸せ者なのだろうか。
……それにしても、私には溜息が出る…。
大人びているとは言え、こんな4歳の子の言葉にこんなにも心が動かされるとは…。情けない。
私が少しからかったのに反応して、ああ答えただけだ。
深く意味を考えるな! 相手は子供だぞ! しっかりしろ!
全く…。 しかし、太陽を背に歩くのはタイミングが悪いな。
この赤らんだ顔を今ユラに見られるのは、ちょっと恥ずかしい。
家が見えてきた。
丘から家までは一度も止まる事なく、俺もアリシアも一言も喋らずに帰ってきた。
それに行きよりもアリシアの歩調が速く感じたのは気のせいだろうか?
お腹が減っていたのかもしれない。
丘から家までは15分くらいだったろうか。それくらいであの景色が楽しめるのならそのうちまた来てみよう。
家に近づくにつれて、空腹を刺激するようないい香りが漂ってきた。
今日はいつもより早めの朝ご飯になりそうだな。
それにこの時間ならゼノも一緒だ。
家に入ると既に机に皿が並べられていた。
リリアは食事の準備で忙しそうだ。
しかしゼノが見当たらない。
今日は早めに家を出たのだろうか。
「ユラ、帰ってきたところで悪いんだけどお父さんを呼んできてくれる?」
リリアが火の様子を見ながら俺に話し掛ける。
まだ寝てんのかあいつ。
朝からお疲れなやつなのか? まったく。
まあ俺もそうなるはずだったのだが…。
分かった と返事をして寝室へ向かう。
そしてノックをしてから少し待ってドアを開ける。男の裸なんて少しも見たくないからな。
ベッドの上にはゼノがいた。
返事が無かったし、まだ寝ているのだろうか。
ベッドまで近づいてゼノの体を揺する。
「お父さん、ご飯できたって」
唸るような声が聞こえる。これ大丈夫か?
もしかしたら俺とアリシアが家を出た頃もまだ最中で、終わったのは少し前 みたいな感じなのかもしれない。だとしたらリリアは元気すぎだな。
少し匂ってみるが、それらしいものは感じられなかった。
起きそうにないのでその場を後にし、リリアに報告する。
「お父さん起きないよ?」
リリアとアリシアは示し合わせたように苦笑いした。
「昨日は随分と飲んでいたようだからな」
「嬉しかったんでしょ 息子の成長が」
そう言いながらリリアは料理の入った鍋を机まで運んでくる。
いつもの野菜スープだ。大豆のようなものが入っているのだが、なかなかにイケる。
それからパン。硬いのでスープに付けて食べないとしんどい。
そして目玉焼き。うちで鶏を飼っている訳ではないので、結構珍しい。だいたい週一くらいで出てくる。
盛り付けが済んだところでリリアとアリシアは黙って食事を始めた。
あ、ゼノを待つ訳じゃないのね。一家の主人を前になんかあっさりしてて男として少しだけ寂しくなるぞ。
リリアは俺とアリシアが早朝何をしていたのか聞いてこない。
師弟関係というものに関してどこか一線引いているのだろうか。
絶対に聞かれると思ったから話をまとめておいたのに。
そう思っていると少し顔色が悪そうなゼノがのそのそとやってきた。
小さめの声で おはよう、とだけ言って食卓に交じってきた。
「まだ寝てなくて大丈夫なの?」
リリアが心配したように声を掛ける。
「ああ、狩りに行くのはキビシイけどな」
ゼノはキビシそうな顔でそう言ってスープに手を付けた。
「全く、息子の晴れの日に情けない」
アリシアはやれやれという感じだ。
「ああ、そうだったな! 今日から修行だったな! どうだユラ、楽しみか?」
二日酔いなど無かったように元気に聞いてくる。
「う、うん 楽しみだよ」
あなたが寝ている間も伝統に心打ちひしがれていましたとも。
「ゼノ… 2人はもう日の出前から起きて修行を始めてたのよ?」
「そうなのか。どんなことをやったんだ?」
ゼノの調子のいい声にリリアは溜息をついて食事を続ける。
やっぱりその辺リリアとしては少し気を使っているのだろうか。
別に気にしなくていいと思うのだが。
「丘のところまで行って、朝日の力を感じてた」
まあ、一応嘘ではないな。
「朝日? 魔法使いはそんな事をするのか。力って、魔法の力でも感じたのか?」
「うん、体中に行きわたってるのが感じられたよ」
アリシアがフッと笑う。
「嘘をつくな」
嘘って程じゃないさ。受け取ったものもあったし。
俺とアリシアで何が楽しいのか分からないゼノとリリアは置いてけぼりだ。
まあその辺は、俺とアリシアの秘密って事で。
二日酔いのゼノはスープを飲んで少し具合が良くなったように見えた。
しかし万全では無いのだろう、それ以外は残していたし、やはり狩りも今日はしないらしい。
週2、少なくても週1の休日がデフォルトとして体の内に染み込んでいる俺としては、天気とか関係なくこういう日があってもいいような気がする。
まあそれだとリリアがかわいそうだからせめて手伝ってやってくれ。
食事の片づけは俺とリリアがやった。
いつも通りテキパキと進めていく。
そこでそういえばと思い出した事があった。
「お父さん、丘でカレイド村の辺りが見えたよ。お父さんたまに行くんだよね?」
ソファに座ったままのゼノが体をこちらに向けた。
「ああ、父さんが取引に行ってる村だな。あそこはいい人達ばかりでいい村だぞー」
なんかアリシアと同じような事言ってるな。
良い人ってのは前世の影響であまりいいイメージが無いのだが…。俺は良い人にすらなれなかったのだが。
その後ゼノはカレイド村の事を少し教えてくれた。
人口は200人ほどで30代以下の若者が多く、活気のある村らしい。
特産として回復薬の元になる薬草の栽培が行われているらしく、行商人が毎日往来するほど潤っているそうだ。
しかし、薬草の栽培に人手を取られて狩猟などで肉を獲ってくるのはそう簡単な事ではないようだ。
そこでゼノ登場。
ゼノは家庭を豊かにするために肉以外が仕入れられる村へ交易へ行く。そして村で肉 獲物を売る。
得た金銭を使って必要なものを村で誰かから買う。それかタイミングが合えば行商人から買ってもいい と。
そうやってうちは成り立っていたんだな。
ゼノさんまじ感謝です。今日はゆっくりしていてください。
片付けが終わり、リリアはいつも通り家の事を続けるようだ。
俺もいつもなら手伝っているところだが、今日ばかりはそうもいかない。
「ユラ、そろそろ行くとしようか」
修行があるからだ 待ちわびた魔法の修行。
この世界では日常のものと言っても過言では無い魔法。
魔法を初めて使ったときから今まで醒める事の無いこの感動に俺は、これから磨きをかけていく。
やはり、あれだな。この世界に来てからワクワクが止まらないな。
アリシアは俺を連れて、日の出前に行った丘の方角へと歩みを進めた。
出掛けに杖を持っていくようにと言われたので、今回は本当に魔法の修行をするのだろう。
勿論これまで杖を使って魔法を発動させたりはしていない。
興味は絶えないが、そのうち嫌でも使う事になるだろうし。
丘の方角だと思っていると全くその通りで、再び俺達は丘のところまでやってきた。
少し違うのは、アリシアが丘の先を降りた事だ。
2m程のの高さの丘。
今の俺の身長は1mくらいだろうか。この高さはちょっとというかかなり不安があるぞ…。
そう思って下をのぞき込んでみるとアリシアが、恐らくは土魔法で階段を作り上げていた。
おぉ、なんかこういうのも感動するな…。
丘を下り、俺とアリシアはさらに歩き続けた。
カレイド村のある方角に、10分程だろうか。後ろを振り返ると丘がとても小さく見える。
アリシアが足を止め、振り返る。
「今日からの修行はここで行う。見通しが良く、魔法を誰かに誤射する心配が無いからな」
なるほど。確かに魔法の誤射なんてやったら人が平気で死ぬからな。
「まずは簡単に説明からだな」
と言ってアリシアは魔法の説明を、実際に魔法を使いつつ、してくれた。
魔法の属性は基本4属性。
火 水 風 土
火属性は一番初めにアリシアが使っているのを見たな。
風属性俺も日常的に使っているし、土属性もついさっき見た。
水属性だけまだ見た事が無いな、と思っているそばからさっそくアリシアが水属性の魔法を見せてくれた。
野球のボールサイズの水玉がアリシアの手の平で漂っている。その水って飲めるのかな。
「この水は飲み水にもなる。冒険者界隈で魔法使いが重宝される理由の一つだな」
らしい。
冒険者なんかだと長丁場になる事もあるかもしれないし、持っていく荷物の大幅な削減が出来るだろうな。
基本4属性の説明が終わった辺りでアリシアはナイフを取り出し、自分の指に刃を押し付け、軽く引き抜いた。
うっ…。ちょっとそういうの慣れてないし、自傷行為ってなんか怖いな…。
そしてアリシアがその指を俺の目線の辺りまで近づけたところで、見る見るうちに傷が治っていった。
「おお…」
「これが回復魔法だ。今くらいの傷であれば一瞬で治ってしまうが、昨夜話したように瀕死になるほどの重体だと、完治までに半日以上掛かる事もある」
傷の具合によって修復速度が異なると…。じゃあーー
「腕とかがとれたら、新しく生えてくるの?」
「そこは回復魔法の精通度合いで変わるな。私は出来ないし四肢の欠損の復元など、そんな事が出来る魔法使いなど滅多にいない」
それにと、そんな貴重な回復魔法が使える者は王族・貴族に持っていかれるので、基本的には目にする機会はない とアリシアは続けた。
また、魔法協会なる組織が存在し、そちらの本部などの重要拠点とかだと、いるかもしれないそうだ。
協会とかあんのか 強制加入じゃなきゃいいけど…。
基本4属性と回復魔法について説明したアリシアは、あとこれは伝説上での話なのだがな と話してくれた。
昔々平和に暮らしている人々がいました。
人々は魔法使いの助けもあって戦争も、飢餓も無く、幸せに暮らしていました。
しかし悪の魔法使いが現れたことによって、世界は平和の時代を失ってしまったのです。
悪の魔法使いは闇の魔法を使い、人々を争わせ、戦争と飢餓をもたらしました。
魔法使い達は力を合わせ、悪の魔法使いに立ち向かいましたが、敗北してしまいます。
悪の魔法使いにって世界は支配されてしまうと思われていた時に、正義の、光の魔法使いが現れたのです。
光の魔法使いは悪の魔法使いを打ち破り、世界は再び平和を享受する事ができたのでした。
「この物語に出てくる闇と光。これが伝説として今も残る、あるかどうかも眉唾な特殊な属性だ」
へえ、光と闇。めっちゃあるあるな感じだな。正義と悪みたいな対立構造も含めて。
「伝説って事は、もう誰も使える人がいないって事?」
「ああ、魔法協会の発足に光の魔法使いが関わったという言い伝えがあってな、正式な継承筋だと主張している」
なるほど、なんかやばそうな感じはしないでもないな…。
顔に出ていたのか、アリシアは協会についても説明してくれる。
魔法協会。魔法使いの全てに って言っても犯罪者は勿論例外で、 門戸を開き、様々な活動のサポートを行っているらしい。
基本的に慈善団体的な活動をしている為、魔法使いからの信頼も厚く、各国としても厚遇の構えなのだとか。
魔法使いの信頼 という点が強いようで、支配者層からの資金援助もあって、活発に活動しているようだ。
アリシアもたまに世話になっていると言っていた。
アリシアが使っているような組織なら大丈夫そうだな。まあ自分の目で見てからって事になるだろうが。
全ての説明を終えたのか、アリシアは居住まいを正した。
「では最後に、魔法使いの宣誓をしてもらう。私の後に繰り返すように」
おお、医者っぽいな。ヒポクラテスのなんか。
アリシアは人差し指と中指だけを立てたような指の形をさせ、その腕を前方へ伸ばした後、口を開いた。
『魔を闇を払い正の道行き理もって光あらん(まをやみをはらいせいのみちゆきことわりもってひかりあらん)』
俺はアリシアの後で同じ文言を口にした。宣誓ていうか何か魔法の詠唱みたいだ。
「これも日の出の風習と同じで、全ての魔法使いが知っていて当たり前のものだ。決して忘れないように」
これもそっち系か。なんか変なのが多いな…。
「説明はこれで終わった。後は実践あるのみだな」
そう言ってアリシアはニンマリと笑った。