第六話 誕生日
あの事件以降、アリシアは頻繁にうちに来るようになった。
しかし宣言通り俺に魔法を教える事はない ただそれ以外での事ならいろいろとあった。
一緒に池の周りを散歩したり、森の中を散策したりと。
森の中ではザコ魔物と遭遇して、アリシアは仕方なく魔法を使っていた。
俺も使える風魔法だった。参考にしろ みたいな心遣いがあったのだろうか…。
そのアリシアの魔法は今なら分かるが精度が凄かった。
ブレが無いというか…無駄が無いと言った方が良いのかもしれない。
今の俺には真似できない芸当で、それはもう勉強になった。
目を輝かせていた俺にアリシアは苦笑いしていたが。
他にもゼノとリリアも混ざって池の近くの場所でピクニックしたりなんかもした。
場所は俺が叩き折った木のところ。
リリアとアリシアはやはりもう何も気にしていないようで、あの出来事は笑い話になっているほどだ。
3歳の誕生日では本と、やはり菓子類をアリシアが買ってきてくれた。
本はこの世界の事について書かれたものだ。歴史や伝説、地図は無かったが世界の国々の情報なども載っていて重宝した。
昔話レベルであればリリアがよく話してくれるが、さすがに限界があるからな。
菓子類は、ナメルと呼ばれる砂糖の塊のようなもの。
本当に砂糖の塊なのでとてつもなく甘く、とんでもないカロリーモンスターだ。
アリシアに聞いてみたところ、兵糧として使われたのが起源だと言われているらしい。
確かにそれなら納得…か? 栄養は取れるだろうが偏りすぎる気がするのだが…。
アリシアはちょっと分からないがうちの家族は相当にヘルシーな食生活を送っている。
なのでナメルを一つ二つ口にしたところで何の問題も無いだろう。
クッキーのときは気が回らなかったが、今回はゼノとリリアにもお裾分けする。
2人とも甘味は久しぶりだったのか、とろけたような笑顔で喜んでいた。
まさか甘味初めてじゃないだろうな…。それとも貴重品なのだろうか。
前の世界では感じる事は無かったが、この世界に来てから時間がゆっくり流れているような気がする。
勿論それは気のせいだろうし、子供の身分に甘えているだけかもしれないが、この感覚が俺は好きだ。
合わせると俺は40年近く生きてきた事になるのだが、今になってそんな風に思う事があるとはな…。
この世界にやってきた理由や方法などは見当もつかないが、誰かが何かした結果なら感謝しなければな。
そこからの1年も振り返ればあっという間に過ぎていった。
そして今日は俺の誕生日だ。4歳の。
ついに4歳の誕生日という事で、明日からアリシアの弟子になって魔法の修行に励む事になる。
待ち焦がれたこの瞬間。
魔法自体は毎日使っていたので、暇という事は全く無かったのだが。
そろそろ夕飯だ。
俺の体も結構な大きさに成長したので最近は食事の準備や片付けなど、出来る範囲でお手伝いをしている。
それと風魔法は掃除と相性がいいみたいで、リリアにとても喜ばれている。
夕食の準備が出来上がりそうになった頃家のドアが開かれ、ゼノとアリシアが帰ってきた。
「ただいまー。おっ! ユラはまたお手伝いしているのかー。偉いぞー」
そう言って俺の体に抱き着いて頬ずりしてくる。
リリアとアリシアならいつでも歓迎なのだが、ゼノのこういうスキンシップはまじで遠慮していただきたい。
俺は本気で嫌がり、ゼノが少ししょんぼりして去っていくのが毎度の流れになっている。
それ娘にやるやつじゃないのかよ…。おひげやだー ってやつ。
そうして夕飯の準備が整い、恒例のプレゼントタイムとなった。
勿論アリシアが街で買ってきてくれたやつだ。
アリシアが机の下からなにか持ち上げて俺に差し出してくる。
結構大きいな。それで軽い。
前回は大きさは普通で重かった。分厚い本が入っていたからな。
慣れた手つきでラッピングを剥がしていくと、やはり恒例の菓子。
と、なにか細長い箱が入っていた。
こちらの箱にはラッピングがされておらず、外箱と比べるとやや薄汚れているだろうか。古いだけか?
その箱を開けてみると、中には杖が入っていた。
あの杖だ。英国製の大人気魔法映画で使われていそうなやつ。
当然俺は行った事は無いが大阪の人気テーマパークでも売っているらしい。今やだれでも魔法使いになれる時代になったのだ。
「アリシア、これって…」
杖だーやったーなんて言う訳にはいかない。多分俺はこの世界で杖なんて言葉を聞いた事が無いからな。
「ああ、魔法の杖だ」
ですよね。まさか耳かきじゃあるまいし。
そして恐る恐る手に取ってみると、まるでこの杖に出会うために生まれてきたんじゃないかと思えるほどにその杖が輝いて見える。
杖の呼吸、声が聞こえるようでもあり、有り余る力を感じる。
そして風魔法を弱めにして前髪をなびかせてーー
「何をしているんだユラ?」
アリシアが困った顔をして聞いてきた。
ゼノとリリアは何が起こったか分かっていないようだ。
いやちょっと、かの名作の再現というか、ちょっとふざけただけです。
別に杖からは何も感じなかった。
慌てて杖を箱に戻し、アリシアにお礼を言った。
「杖の事についてはまた明日詳しく話す。それまでは絶対に杖を持って魔法を使わないように」
らしい。
杖の役割はなんだろう。注意事項を考えると強い魔法が放てるようになるとかかな。
アリシアは持ってないし初心者用なのかもしれない。
分かったと返事して、もう一つのプレゼントを手に取ってみる。 ……これは…‼
布のようなものに包まれていて、顔の近くに持ってくると薫る芳醇な香り。
まさか…あれなのか…?
布を剥がすと黒味が強く、しかし茶色の、あれが入っていた。
「チョコレートと言ってな、最近街で大流行なのだそうだ。私もまだ食べたことが無くてな、ついに買う事が出来たんだ」
同じ名称なんだ などという考えは無く、前の世界でも最強格、甘味の王と言っても差し支えないあのチョコレートが、目の前にある。
アリシアは私も食べた事が無いと言っていたが…寄こせというのか? おれのチョコを? 本気で?
顔には決して出さず、葛藤する事5秒。俺は笑顔で
「皆でたべよう!」
と、実に大人な対応をする事ができた。
4歳になって体だけでなく心まで成長していたようだ。
分けられたチョコレートを口にした3人は感動で声が出ないようだった。
ゼノとリリアなんかはこいつら泣くんじゃないか?ってくらいに感動していた。
俺の方はチョコレートを口に放り入れると逆に冷静になってしまった。
この世界でのこれまでの甘味の中では一番美味かったのだが、しかしハードルを上げ過ぎたようだ。
キット〇ットにたけ〇この里。チョコの最高峰を思い出すと涙が溢れてきそうだ。
俺は良い笑顔で おいしいね とだけ言って残りは箱の中にしまっておいた。
食事を済ませ、片付けの手伝いなども済んだところで、いつもと違う点に気付いた。
アリシアがまだいる。
いつもなら食事を済ませた後は主にゼノと話をしていて、片付けが終わるまでには帰っていたのだが、今日はまだいる。
ソファと呼ぶのもおこがましいあのカッチカチソファでゼノと、未だお話し中だ。
何かあるのだろうか。
ソファのあたりまで進んで、俺はアリシアの横に座った。
「今日はまだ帰らないの?」
気になった事をそのまま聞いてみた。
「ん? ゼノとリリに聞いてないのか? 明日の初めての修行に備えて今日はこの家に泊まる事になったんだ」
え、聞いてませんでしたが…。
隣にいるゼノに視線を向ける。
苦笑い。忘れてたのか。
いや、別にそれは良いんだが。
聞きたい事は、どこで寝るの?だ。
この家の間取りは2LDK+αだ。
2のうち一つがゼノとリリアの愛の巣。もう一つが俺の部屋。
庭の一角にはゼノの狩猟で使う道具なんかが詰まっている。
まさかアリシアが巣に潜り込むって訳じゃないだろうし、このソファは寝るには適していない。
冒険者のアリシアからしたら全く問題にならないかもしれないが、それは家主としてゼノを疑う。
するとアリシアは良い笑顔で言ってきた。
「それなら私が作ったベッドがあるだろう」
え゛…。それって、もしかしてわたくしのベッドですか…?
つまりわたくしにこの床同然のソファで寝ろと…。
修行はもう始まってたんですね…。
するとアリシアは何のことは無いと、すました顔で言ってきた。
「なんだ、私と一緒に寝るのはそんなにいやか?」
え… それって、もしかしてもしかします?
全力で首を横に振って否定しておいた。
嫌な訳が無い。ありえない。
「そうか、ならもう少ししたら床に就こうか。明日は早いぞ」
俺は3人が話に夢中になった頃合いを見て、全力で水浴び場へ向かった。
「毎回悪いわね、ユラのプレゼント」
食事の片付けが終わった後、リリはワインの入ったグラスを持ってソファに腰掛けた。
「いいさ、報酬の受け取りやらなにやら、私も街へ行かなくてはならないからな」
食事の時から既にワインを口にしていたし、私は少し顔が赤くなっているだろうな。
同じく先にワインを飲んでいたゼノも顔が赤い。いつもよりペースが速かったのか、泥酔手前だ。
「俺が行けたらいいんだけどな、さすがに息子の誕生日プレゼントの為とは言え命を懸ける訳にはいかないからな」
それはそうだ 余裕があってのプレゼントや酒なのだからな。
私はかつての出来事を遠い昔の事だったように思い出して、呟く
「あの時も余裕はあると思っていたんだがな…」
その言葉にゼノが反応する
「あの時って、初めて会ったときの事か?」
私は返事の代わりに苦笑いをして続ける
「簡単な依頼のはずだったんだがな…。やはり命を懸けて仕事をしている以上死ぬときは死ぬのだと、あの時は思ったよ…」
残ったワインを一気に飲み干し、テーブルへ置く。
リリが追加を注ごうとするのを手で制すると、リリは手に持ったボトルをそのまま自分のグラスへと傾けた。
「あの時は血だらけのあなたをゼノが運んでくるからびっくりしちゃったわよ。うちにはまともな道具も無かったし、助けも呼べないしでもう死んじゃうんじゃないかって思ってたんだから…」
ゼノが思い出したように続ける。
「あの時アリシアをこのソファに寝かせてたな。手足は付いてたけど腹のあたりが千切れてるし、頭からも血がだらだら出てたからな ほんとにどうしようかと思ってたよ」
「フフ… なら一晩で回復した姿を見て驚いたろうな」
リリがゼノのグラスにワインを注いだ
「あとで魔法使い様だって聞いたときはなんか納得もしたけどね でもあんな凄い傷を治せるなんて…。…ユラは大丈夫なのよね?」
私はその問いに食い気味で返事する。
「それについては絶対に大丈夫だ。約束する。命に代えてもユラは守る」
その言葉にゼノもリリも安心したように笑顔になる。
「アリシアは今日はあんまり飲まないのね。あしたの修行に備えてるの?」
リリの質問に私は少しだけ意地悪そうな、いやらしそうな顔をしてしまっただろう。
「それもあるが…。お前たちの息子は今夜初めて女と寝るんだぞ? 初めての女があんまり酒臭かったらトラウマだろう」
リリは苦笑いだ。当然冗談だと分かっている。
直後ゼノが急に立ち上がった。
「うちの息子を男にしたやってくれえ! 頼むぞおアリシア!」
そしてそのままソファに倒れこんで寝息を立て始めた。
「今日は随分と飲んでいたな…」
私の一言にリリアはまた苦笑いしていた。
ーーその頃、11月の寒空の中で、水をこれでもかと体にぶちまけてる少年がいた。
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