第三話 魔法適性
あれから1年くらい経っただろうか。
魔法の特訓は続けているのだが、成果は全く無い。
出来ない事に慣れてしまってもはや焦りなども全く無い。
少し手持無沙汰感があってなんとなく体を動かしていたら立つ事が出来た。
やはり両親の踊りを見る事になったが、普通立ってから少しずつ会話できるようになるような気もするのだが…両親は気にしていないようだ。その方が助かるが。
この子は天才だなんだと祭り上げられても困るのだ。
中身は高卒工場勤務のおっさんなのだから。
あ、でも異世界物で字すら読めないなんてのは定番だし、四則演算だってできる俺は世界トップクラスの頭脳なのか…?
頭脳じゃなくて知識と経験だけか まあでも力にはなるか。
転生モノの前世知識とかは目に見えない最強バフだからな。
この世界の文明レベルははっきりしていないがエンジニアとかだったらワンチャン世界獲れたなこれ。
立って少しは歩けるようになってくると、両親の了解を得て、庭 家のすぐ外だけなら出歩いてもいいと言われた。
アリシアが食事の際に言っていた事をリリアは気にしたのか、抱っこでなら何度か外に連れてってもらっていたが、自分の足で大地を踏みしめてってのは中々にいいものだった。
外に出てまず分かった事だが、周囲に家などは全く無い。
森があったり、ただ大地が続いていたりと、この家以外に人工物を確認する事は出来なかった。
引きこもりとは言え1年以上ここで過ごしていたのだから薄々分かっていはいたが、完全にぽつんと一軒家だった。
お隣さんとかがいるのなら、徒歩1時間コースの行程になりそうだな。
まあそれは置いておいて、行動できる範囲は広くはないが出来る事をしてみた。
庭を歩いて草花などの前世との違いを見つけようと思ったが、専門家でもないのに分かるはずも無かった。
庭の畑で野菜なんかも見てみたがこちらも分からない。
ただ食卓に並んで口にもしていたから分かってはいたが、ニンジンらしきものがあった。
これがこの世界特有のものなのかどうか分からない。
前世では意識的に野菜なんて食べてこなかったが、コンビニ食の弊害がこんなところでも出てしまった。
こんな野菜無かったよな…なんてものが向こうでもあったのかもしれないし。
それにニンジンについては見た目 味共にニンジンだったが呼び方は違う。
レノ らしい。
結局何も分からなかった。
しかし魔法の方が行き詰っていた事もあって、外の世界では時間を忘れて過ごす事ができた。
外にいるとたまにゼノと一緒にアリシアが顔を見せる事があった。
あいさつ程度しかしないが、アリシアは俺と顔を合わせると少しだが怪訝そうな表情になっている気がする。
汚っさん転生のデバフでも出て嫌悪を感じているのかもしれない。それはどうしようもないので勘弁してください…
そういえばこの家に鏡は無い。 なので自分の顔を正確に確認する方法が無いのだが、桶にたまった揺れる水面とにらめっこしていた時になんとなくだったが、掴めた。
可愛らしい顔 とアリシアが言うだけあって確かにその通りだと思う。
この年だと女の子だと間違われても全く不思議ではないほどに可愛らしい感じのお顔だった。
遺伝子って残酷すぎる…。
それと、窓で反射して顔が映らないだろうかとも思ったが、それは風を通さないという最低限の役割しか果たしておらず、揺れる水面の方が遥かにマシだった。
そろそろ俺の誕生日らしい 来週にアリシアが来てお祝いをするとリリアが言っていた。
この世界の暦は多分だが元の世界と同じだ。
カレンダーなどは当然のように無いが、誕生日が11月13日 と言われた事がある。
それにゼノもリリアも来週とか先月とかそんな表現をしているし、少なくともなんとなくの概念として暦は存在するのだろう。
13月とかあるのかもしれないが。
暦が似通っているという事で、もしかしたらこの世界は元いた世界の未来の世界なのかもしれないな。
核戦争とかで文明ごと滅んだ世界が復興を果たしている と。
魔法について説明が出来ないので無いとは思うが。
ともかく誕生日。来週で2歳になるようだ。
アリシアも同席。食事前に水浴びでもしておこうかな…。
誕生日。お祝いされた。
食事の内容がいつもより少し豪華になっていた。アリシアも来ているしな。
しかし俺が食べられるものは限られてくる。
好き嫌いなどではなく、年齢的に食べるべきでないものがあるというだけだ。
酒は勿論の事、消化されやすいものを と両親からも日頃から言われている。
その事に俺も全く異存は無い。おいしく食べられても上から出てくるくらいなら簡単に諦められる。
それとどうもリリアは食事の腕がいいらしい。
食材やら調味料やらかなり限られているだろうにいつもなかなかのレベルを出してくる。
ゼノはいい嫁さんを見つけたみたいだ。
ただし、甘未の類はこの世界で一度も口にしたことがない。
カップ麺なんかを欲しがってた頃もあったが今はとにかく甘いものが食べたい。
甘い料理でも菓子類でもなんでもいいから。
この世界にはその類が一切無い てのは考えにくいので、そのうち目にする機会くらいはあるだろう。楽しみだ。
さて、2歳。 2回目の誕生日なのだが、やはり今年もプレゼントてきな…って‼
アリシアさん!それ!
「この2人に頼まれていてな 3人からの誕生日プレゼントという事で」
四角い何かの箱。それにラッピングぽい装飾が施されたものを手渡された。
プレゼントとかそういう習慣あったんだ! やったー!
いざ開封しようとすると、なにか日本人的な心理が働いたのかラッピング的なものをきれいに剥がそうと…繋ぎ目が分からない。
あきらめてビリビリと破いていくと、四角い感じの箱。
中には鉛筆と紙。 それに……‼
クッキー的なものが入っていた。
クッキーだろこれ! 甘未だーー!
「街に行く機会があってな その時についでに買ってきたんだ 2人に感謝しろよ?」
アリシアが教えてくれた。
やっぱ街とかあるよな。
お礼を言わねば。
「お父さん、お母さんありがとう! アリシアもありがとう!」
3人とも笑顔だ。楽しそうにしている俺を見ていて自分たちも嬉しいのだろう。
そういえば、声帯の訓練をして声出しもやってたからな。もうあの舌ったらずな感じはだいぶマシになった。
これ食べたいな。聞いてみるか。
「これクッキー? 今食べていい?」
リリアが答える。
「あら、クッキーなんてよく知ってたわね。少しなら食べてもいいけど、ご飯もちゃんと食べてね。」
やべ。クッキーとかこの世界で初見だった。気抜き過ぎた。
まあいいや。久しぶり…いや、初めての甘味だ! 味わっていただこう…。
クッキーを口に含む。 砂糖だろうか。 甘味が口いっぱいに広がり、セロトニンが出まくってる気がする。
…けど……。 まずいな、クッキーが。
甘いのは甘いけどクッキーとしてのレベルは相当低いだろう。
長年コンビニで食材を調達していた俺は、不味いものなど暫く食べていない。
多少クセが強いとかの差はあっても十分食えるものだった。
普通の料理に関しては、リリアの手料理は現代食にも遜色が無いと言っても俺としてはいいくらいだ。
しかしこのクッキーはひどい。
……あれだな。前世の俺が両親にこのクッキーを渡されたらきっと不味いと言って捨てるまでいってたかもしれない。
その辺は体は小さくなっても中身は成長したのかもしれない。
「おいしい! ありがとうアリシア!」
代表で買ってきたという事でアリシアにもう一度お礼を言ったら顔を赤くして頷いていた。
相変わらずのシャイガールだ。普段はキリっとしてるからギャップが可愛い。
そういえばプレゼントはあと2つあったな。
それらを手に取ってみる。
鉛筆らしきものが数本と、これはノートか?
「ユラはまだ2歳だがもう喋れるしな 字なんかも覚えて勉強も出来るようになるんじゃないかと思ったんだ」
ゼノが教えてくれたが、勉強… やっぱり筆記用具だったか。
ノートの紙の質は悪い っていうか紙が厚いな。一瞬ノートと分からなかったくらいだ。
鉛筆のほうは俺の感覚よりも一回り太いだろうか。
こういった物からも少しだが世界の事が分かってくるな。
やはりこの世界は文明レベルが低いようだ。こんな暮らしで今更ではあるが。
勉強という恐ろしい言葉は置いておいて、単純に役に立つものとしてこれらはありがたい。
魔法の特訓とか他にも使い道はあるだろう。
この世界の文字は見たことは無いが、とりあえずこのノートに日本語を書くなら絶対に見つからないようにしよう。
場合によってはオーパーツ的な存在になりかねない。
そんなのばれたら… 国の…なんかが来るだろ…‼
「ありがとう! 頑張る!」
勉強を頑張るとは言って無いからな。
ゼノもリリアも満足げな表情だ。
しかしアリシアだけは思案気というか、たまに会うときに見せるあの表情をしていた。
あれ、デバフ出てたか? 内なるオーラ出ちゃってた?
するとその表情のままアリシアは口を開いた
「やはり… ユラ、お前魔法適性を持っているぞ」
!!!!!!
えっ‼ 適性⁉ まじすか⁉
俺よりも早く言葉を発したのはリリアだった。
「えーっ! ほんとなのアリシア⁉」
目を輝かせながらアリシアに詰め寄るリリア。
「いや、多分なのだがな。私も子供の適性を見るのは初めてだが、普通4歳を超えたあたりでその確認をするだろう? ただ2歳になったばかりのユラからは既に適性が感じられる」
アリシアは言葉を続ける
「まあ初めてユラに会ったとき、あの時は1歳になったばかりの頃か。その時点で喋れていたし会話も成立していた この時点で普通からは外れていたのだろうな」
あ、一応気を逸らせようとやってたのだが流石にアリシアには通じなかったか。追及されなかったのはありがたいが。
ていうか魔法適性。あんのか、俺。
今までの努力自体は無駄だったかもしれないが、多分方向性を間違えていたんだ。
だが魔法が使える…。
やばい、まじで泣きそうだ。今泣くのはやばいだろ。堪えろ俺…。働いていた頃を思い出すんだ。鮮明に……。それはそれで泣きそうだ。
…よし、それじゃあ今アリシアに聞くことは2つだ。
一つ目はーー
「いやーーやっぱりこの子は特別だと思ったんだ! いやーー凄い、うん」
いやゼノさん、それは良いけどアリシアにーー
「ならアリシア! お前がこの子の師匠になってくれないか⁉」
おぉ! ナイスだ!
一つ目はアリシアに師事を仰ぐこと 一番手っ取り早いし、俺もアリシアに教わりたいと思ってる。
まあダメでも最悪は良いのだが…。
「それは構わないが、毎日ここへ来てというのは無理だな。それにユラはまだいくらなんでも幼すぎる」
そりゃそうか。まあでも予約みたいなのは出来たってとこだろう。
じゃあ本格的な指導はまだ先の話として、とりあえず初歩的なところだけ教えてほしいな。
「魔法ってどうやって使うの?」
いけるか…? まだ幼いし危険とか言われるかな…。
「そうだな…まあいいか。火属性なんかだと危険かもしれないが、風属性なら危険は少ないだろう」
やっっったーーー‼ これでもう俺のもんだーー‼
あ、パパママのOKとらないと…
チラッと二人を見てみる
2人は俺の視線に気づくと少しだけ困った顔をして、ゼノが話し出す
「魔法って基本的には危険なもののイメージがあるんだが…。そこのところどうなんだアリシア?」
アリシアが少し笑って答える
「問題無い。どんな魔法なのか見せようか」
続けてアリシアは俺の少し横のあたりを見つめて、手を翳す
ゼノもリリアも俺も黙って視線をアリシアに向ける
『葉揺らし水面撫で疾風のごとく花散らせ ウインドブラスト』
瞬間、俺の横を風が通り抜け、振り返ると窓に掛けられていたカーテンが大きく揺れ動く。
魔法だ…! 本当に魔法だ!
興奮を隠しきれていないだろう俺の顔を見てリリアが嬉しそうな声でアリシアに対し言葉を発する。
「これなら大丈夫そうね。でも、こう…力加減とかで危ない事になったりしない?」
「ああ、それなら問題ない これから初めて魔法を使おうという初心者が使う魔法なら高い出力は出せない。起こらないだろうが風魔法なら最悪でも軽いケガで済むだろう」
その言葉を聞いてゼノとリリアは安心したようだ。
そしてアリシアは俺に向き直って真剣な顔で念押ししてきた。
「この魔法でお前もこの二人も傷つく事は無い。だが、知らないとは思うし偶然も無いだろうが、他の詠唱を試さないように。約束できるか?」
俺は多分、これまで前の世界でもこの世界でもしなかったような満面の笑みでアリシアの約束に返事をする。
「うん! 約束する! よろしくお願いします! アリシア先生!」
アリシアはシャイガールよろしく顔を赤くした。
そして先生はやめろ…と呟いていた。
2歳の誕生日は本当に良い事だらけだった。
念願の甘味にプレゼント、なにより魔法適性があった事。
アリシアにこれから、まあ本格的なのはまだ先の話だろうが、魔法を教えてもらえる。
詠唱も教えてもらえたからあとは練習あるのみ。
人生で最良の日だった。
アリシアが帰っていった。
今更だが、女性であるアリシアがこの暗い中を一人で歩いて帰るというのに誰も何も言ってなかったな。
ってか多分アリシアは3人の中で一番強いか。ゼノの強さはちょっと分からないけど、魔法が使えるアリシアにそんな気遣いは無用だったか。
ゼノとリリアは食事の後片付け。ゼノは皿を下げ終わったら狩りの準備か何かをしていた。
俺はプレゼントを抱えつつ、自室のベッドに腰掛けた。
このベッドは俺がこちらで生まれたときには無かったものだ。
歩けるようになり行動範囲が広がって、普通に会話まで成立させている俺にあの柵付きのベッドを使わせるのはどうかと思ったのだろう。
数週間前に、ゼノとリリア、それにアリシアまで混ざってこのベッドを作ってくれた。
成長して体が大きくなっても使えるように、ベッドはそれなりの大きさになっている。
多分前の世界のシングルベッドをすこし横に大きくしたくらいのサイズだ。セミダブル程は無い。
ベッドに登るとき用のちょっとした階段まで備え付けられている。これがないと多分ベッドに登れないだろう。
ベッドに腰掛けて、一連の出来事を思い出してみる。
まず、もらった誕生日プレゼント。クッキーと筆記用具。
どちらもとりあえずはベッドのすぐそばのあたりに置いておく。
クッキーはきっと日持ちしないだろうから、明日、明後日までに食べきっておこう。
不味いのは確かなのだが、この甘味に乏しい生活をしばらく続けてきた俺の舌は現状に都合よく鈍くなっている。
喜んで全て食べてしまおう。プレゼントに対して大概失礼だな俺…。
ノートは物事の記録にはうってつけだが、日本語しか書けない現状、しばらくはページを切り取ってそちらに書き込み、ノートは見られても問題無いようにしておかなくては。
それからポテチの袋の中や腕時計に仕込みをする事も忘れないようにしよう。
そんなプレゼントたちと、何より魔法について。
魔法適性があった 今思い出してもつい笑顔になってしまう。
アリシアの使った風魔法はさっき見た感じでは風を起こすだけだった。
火とか水とかなんかみたいに物質的な顕現が無い分、少しインパクトには欠けるが、しかしそれでも俺は満足していた。
アリシアの魔法が横を通り過ぎたときにただの風ではない何かを感じた。
いや、魔法の風だからただの風ではないのだが…。うまく言えないが、特別な何かを感じた。
それをこれから自分で使えるようになると思うと…。ワクワクが止まらないな。
2歳児のこの体はやはり年相応なのか、興奮しつつも強い眠気が襲ってくる。
あの特別な何かを、詠唱を忘れないように、ちぎったノートにさっそくメモを書いてみた。
明日からはついに、魔法ありの異世界生活だ。