第二話 魔法
あの後すぐに、両親に喋れる事がバレてしまった。
1歳で喋れるというのがどういう意味を持つのか分からなかったので、もう少し秘密にしておきたかったのだが仕方ない。
それよりも何よりも、この世界には魔法があるみたいです。
それが分かってからは興奮が止まらない。
息子が喋ったと再び謎の踊りを見せていただいた後、いつも通り3人と、それにさっきの女が加わって4人で食卓を囲んでいる。
庭にいたときは分からなかったがこの女もかなりの美人だ。
母親とは少しタイプの違う美人だが、美人は美人。
色素の抜けた茶色…とでも言うべきだろうか 腰まで垂らしたその髪はその一本一本が透き通るようで、美しい。
しかもおっぱいが大きい 母親もなかなかのサイズだったがその形にこそ光るものを感じた。
その点この女は俺の知っている中で世界一巨乳の女だ。
まあ美人で巨乳なのは置いておいて、この女 いやアリシアと紹介されたか。
…アリシアは魔法を使った。
恐らくだが火系の魔法だろう。
焚火に一瞬で火が付いた。
前にネットで見た事があるのだが、焚火の着火はなかなかに難しいらしい。
あの一瞬であの火量は魔法でもなければあり得ないと思っている。
油でも撒いた後なら話は別だが。
というか何よりも、翳された手から光 まあ火だろう が焚火に突っ込んで炎上した。
もう魔法だろ。それ。
俺はアリシアから魔法の事を聞きたくてしょうがなかったが、人見知りスキルの発現と、1歳で初めて喋った子供、赤ん坊がいきなり魔法についての質問をすることの異常さは理解出来ていた。
聞くなら少しずつ外堀を埋めていって、その後だろう。
そのアリシアは料理に対しまずいとも美味いとも言わず、黙々と食事している。
俺の視線に気づいたのか、アリシアが初めて言葉を発した。
「可愛い子じゃないか。リリにそっくりだ。息子だと聞いていなければ女の子かと思ったところだぞ」
その声を聞いた俺は、強い、とか美しい、とかそんな言葉を連想した。
どんなピンチでもこの人なら助けてくれるのではないか、と思わせられる。
そんな安心する声だった。
というかリリ。母親の名前か? 初めて知った。
両親はお互いをママ、パパと呼び合っている。
俺にそう呼んでほしくて覚えさせるようにでもしているのだろうか。
出来たら避けたいところだが、考えておこう。
「そうなの、ゼノは目元は俺に似ている なんて言うけど目の色がこれじゃねえ」
ゼノ。
両親の名前が分かった。
ゼノ と リリか。
なんかドクター.ゼノを名乗ってそうだ。
1年以上知らなかったってのは我ながらどうかと思うが、1歳児が知らない というのならまあ納得は出来るだろう。 …仮にも親に興味なさ過ぎたか。
「まあでもリリアに似ているっていうのは俺もそう思うよ」
ん? リリア? ああ、リリアを略してリリなのか。
この会話だけでこの3人がそれなりに親密な間柄だというのが分かった。
きっと俺が生まれるよりも前から知り合っていたのだろう。
人数が増えたからか両親もどこか楽しそうに食事をしている気がする。
アリシアは持っていたスプーンを机に置いて、徐に口を開いた。
「というかユラはまだ1歳なのだろう? それもこの前になったばかり。 言葉を話すのが早すぎないか?」
おっっと 俺に話しかけてきたのか?
俺は30年以上生きていても、人とまともに話せないような個性を持っているんだ。
しばらく練習が欲しいところなのだが…。
アリシアの問いには誰よりも早く父 ことゼノが答えた。
「そうなんだよ!何言ってるのか分からなかったんだけど、リリアは聞いてたか?」
「ううん…叫んでるのは分かったんだけどそれだけしか… これ喋った内に入るの?」
あれ…なんか勘違いしてたか?
両親の問答にアリシアが割って入る。
「私も何を叫んでたのかは知らないが、その前に凄い と言っていたぞ」
え⁉ あれ聞こえてたんですか⁉
俺だって言われてそんな事呟いてたな…って思い出したくらいなのに。
この人なんか凄い。
「えーっ⁉ 中にいた私でも聞こえなかったのに… 流石ね、アリシア」
なるほど、アリシアは流石なのか。
「まあ、たまたまな で、どうなんだユラ?」
あ、やっぱりそうなりますよね…。
なんかごまかしても後で絶対ぼろ出すだろうし、まあいいか。
「うん… しゃべれるよ…」
舌ったらずなかわいい声が喉から、口から発せられた。
人見知りスキル常時発動で制限出来ないんでこれくらいが限界なんです…。
自己評価が低めだったようで、両親は本日二度目、累計3度目の謎の踊りを見せてくれた。
アリシアはその様子に少しだけ困ったような、しかしどこかうれしそうな顔をしていた。
演武の後、両親はこぞって俺に話しかけてきた。
いつ喋れるようになったのとか、パパとママどっちが好きとか、パパママって呼んでだの。
最近喋れるようになった事、ママの方が好きな事を伝えると、リリアはそれはもう大層だらしない顔で喜んでいた。
ゼノは少しだけ落ち込んだように見えたがパパママと呼んでやると、やはり2人してだらしない顔で喜んでいた。
ついでにアリシア と呼んでみると本人は顔を赤くして下を向いてしまった。
なんだ、シャイガールじゃないか 俺と一緒だね♡
というかここまで来てやっと、喋る事と会話する事の大きな違いに俺は気付いてしまった。
喋るだったら偶然というものがある 赤ん坊が意図せずに発した言葉がパパとかママとかだったら強く印象に残るかもしれない。 鳥にだって話せるやつはいる。
しかし会話は全くの別物だ。
相手の言葉を理解した上で、自分も意味のある言葉を相手へ伝える。
1歳の子供が出来たら絶対におかしいだろう。
これで普通の子供ではない事は明らかだ。
魔法のある世界なのはさっき分かった事だ。
悪霊が乗り移っている とか35歳のおっさんの魂が入っている とか感ずかれたら確実に殺される。
まあ殺されるは冗談にしても、そういう魔法がある可能性を考えると、身上は明かせない。
会話ができるというのはもう取り消せないから、最低でも中身がおっさんというのは隠し通すようにしなければ。
仮にバレて、その上で特に駆除対象などでなかったとしても、この二人を見ていると少し気の毒に感じてしまうしな。
この3人を見てみると俺が会話できていることに不信を感じている風には思えない。
だらしなくなったままの2人と、うつむいた1人。
3人の中で、この子供と会話する事が出来る というのが当たり前になりつつあるのかもしれないな…。
ならここですべきなのは…無理だな。
早くスキルの解除方法を調べなければ…。
少しするとだらしない顔を少しだけ引き締めて、リリアが聞いてきた。
「ユラわぁ、なにかききたいこととかないの?」
それを考えてたんだよ…。
今3人に変な印象を与えたくない。
なんとか気をそらせつつ、小難しい事を口にしないように っと。
「ぱぱは、いえにいないときはなにしてるの?」
単純に知りたい事でもある。
ほぼ間違いなく狩猟だろうが、意外とどっかの会社の社長とかかもしれないし。
ゼノはこれ以上は無いと思っていただらしない顔をさらにだらしなくさせた。
「ぱぱはねぇ、かりをしてみんなのごはんをとってきてるんだよぉ」
やっぱりか。
まあ社長様の下でニート生活は無理みたいだ。ニート生活事体は諦めていないがな。
ゼノが続ける。
「きょうもいっぴきしかをしとーー」
仕留めて と言おうとしたのだろうか。
1歳児に話す内容じゃない事にすぐに気づいて汗をだらだらさせながらさらに続ける。
「い、いや、お外で草とかをつんできてるんだ」
何それ。俺でもできそう。
ゼノのフォローなのかどうか分からないが、アリシアが俺に聞いてきた。
「ユラは窓のところで凄い と言っていたな 何が凄かったんだ?」
アリシアさんはまじでフツーに質問してきたな。
なんかこっちの2人が俺に合わせて話してたのがありがたくなってきた。
「そと… はじめてみたから…」
「外を初めて見た?ゼノもリリも外の景色を見せた事が無かったのか?」
リリアが答える
「うーん… 意識して窓辺に連れてった事は無いわね。でも見た事無いって事は無いと思うんだけど…」
それにゼノが答える
「日が沈んでいて森が綺麗に赤く染まっていたからな。それが凄い なんじゃないのか?」
あ、それでお願いします。
あれは本当に凄かった。言葉にするのは難しいし、出来てもうまく伝わらないような気がする。
それに、この体で喋るのはすごく疲れる。
コミュ障抜きにしても文字数の制限はかなり厳しいのだ。
ゼノがリリアとアリシアに向かって嬉しそうに話し始める。
「もうこんな事も分かってるなんてうちの子は将来大物だぞ! トンビが鷹を生んでしまったな! あっはは!」
む なんかそれ男というか旦那が口にすると少しむかつくな。
そりゃ種付けはしたろうけど産んだのはリリアなんだから。
女性陣も同意見なのかゼノは他全員の冷たい視線を一身に受ける事に。
小声でごめん といって少し小さくなってしまった。
しかしすぐにリリアは表情を和らげる。
「まあでも、ほんとにそうかもね… 私たちの子供がこんなにも早く喋りだして… 幸せになってくれたら何も言う事は無いけど、そんな枠に囚われるような子じゃないのかもしれないわね…」
う… うれしいな、その言葉は。語彙が足らなくてごめんよママ。
ゼノもリリアのような柔らかい笑顔になってこう言った。
「ああ、幸せになってくれればそれだけでいい でももしかしたら魔法適性も持ってて、すごい力で英雄の仲間入りを果たすかもしれないな…」
……え? 魔法適性?? 適性???
そんなのあんの?適性って…
言われてみれば世界の誰もが魔法を使える方がどっちかって言うとおかしい気もするが…
え…? でもまじ…?
まじかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本日2回目の絶叫は口から漏れる事は無かった。
さすがにこの体は学習したようだ。
それは置いておいて…。 魔法適性か…。
あの後間も無く食事兼おはなしは終了し、アリシアは帰っていき、両親ものんびりとしている。
俺は最後に残った自分の冷静な部分で、一言 ねむい とだけ言って、自室のいつもの柵の付いたベッドへ運んでもらった。
一人で考える時間が必要だったのだ。
そして今、一人暗がりで柵に背を付けて座り、改めてゼノの言葉を考えていた。
もしかしたら魔法適性も持ってて。
適性とかあんのかー…。
ゼノとリリア この2人は恐らくだが魔法が使えない。
直接言っていた訳ではないが、生まれてから一度もそんなところを見た事がない。
危険だから家の中や俺が近くにいるときに使わないようにしていた という可能性は十分考えられるが、それでも全く見ないというのは少しおかしい気がする。
まあ二人が魔法を使えるかどうかは多分だが、俺が魔法を使えるのかどうかには関係のない話なのだろう。
ゼノはさっきの席で俺が魔法適性を持っている とも持っていないとも、そんなニュアンスの言葉を使わなかった。
もし遺伝が左右するものなら、俺が魔法を使えるかどうかは初めから分かっていてもおかしくないのだから。
それにアリシアが帰る間際に言った、適性だけはどうしようもない という言葉の意味。
どちらとも取れなくはないが、俺はこの言葉を思い出して、魔法が使えるかどうかは完全に運 ランダムだろうと考えた。
魔法がある世界で自分は魔法が使えないと知れば、俺は平気ではいられない。
それはこれまで、この俺が数か月に渡って修行…てか魔法を出す練習を続けていた事からも分かるだろう。
心が不安で押しつぶされそうになるも自分を鼓舞する為に、慰めるように口に出して言葉を発した。
「おれはできる。ぜったいまほうがつかえるようになる」
過去最高の長文を発しきった喉は疲れてその疲れは体全体に行きわたり、眠気まで襲ってきた。
横になって痛みを訴える喉をさすっていると、気付いた事があった。
俺は殆ど泣く事が無かった。うんこでも食事でもどんな時でも。
だから声帯が弱いままにここまで来てしまった。
いや、泣かないようにしてきたのは俺なのだが。
強烈な眠気の中、明日からは話す練習をしようと思いながら眠りについた。
喋るために声帯を鍛えようとしている1歳児がそこにはいた。
次の日から俺は声帯を鍛える事に主力をおいた。
まあ魔法に詠唱が必要なパターンかもしれないし、舌っ足らずのたどたどボイスのままなのはいやだったし。
寝て起きたら謎の自信が心の奥底に根付いていて、魔法が使えないかもしれないというネガティブなイメージは残りつつもなりを潜めていた。
これは前世の頃から変わらない、俺の数少ない長所だろう。
アリシアは初めて会ったとき以降家の中に入ってくる事は無かった。
まあ一緒に食事どころか、家に入ってきたのも俺が確認できる範囲ではあの日だけだったし、あれがイレギュラーだったのだろう。
アリシアの事はまだよく分かっていない。
魔法適性について魔法を使える人間に聞くのが一番いいと思ってはいるが、なにかぼろが出たときにアリシア相手だとフォロー出来ないかもしれないので、仮に話す機会があっても暫くはやめておいた方がいいだろう。
という事で両親から切り崩す事にした。
時間を掛けてそれ関連についてやんわりと聞き込んでいると、いくつか分かった事がある。
魔法適性については、魔法が使える人間なら相手が魔法が使えるかどうかなんとなく分かるそうだ。
適性が発覚する年齢は大体4~5歳くらい。
自我というか物心というかそんな感じのものが芽生えだしたら って事だと思う。
自分の子供がそのくらいの年になると大体の親は魔法使いを呼んで、適性を見てもらうらしい。
自分達もやってもらったと2人は懐かしそうに話していた。
ならやっぱり両親共に魔法が使えないのだろう。
そのくらいの年になったらアリシアに頼んでみようと両親が言っていた事から、適性に遺伝は関係無い事が確定した。
或いは両親共に魔法が使えれば確率が上がるくらいのバフは付くのかもしれないが。
まあこれで不安が少しはマシになったな。
それと、この世界では魔法が使える人間を魔法使い と呼ぶようだ。
魔術師とか、魔導士とかそんなのもあるが、なんとなく一番ベーシック感があるな。
魔術師とかの方がちょっとかっこいい気がしないでもないが。
ああそれと、適性があったら適性を見てくれたその魔法使いに弟子入りするみたいだ。
それかその魔法使いの都合が悪いとかだと他の魔法使いを頼ると。
弟子入りといってもたまに家に来る家庭教師的な感じらしいが。
何の知識も無しに、生まれて数年の子供が自発的に魔法が使えるようになるものでも無いか。
まあ仮にも12年間勉学に取り組んできた俺だって半年近く毎日やっても成果が上がらないくらいなんだし。
適性について4~5歳で発覚すると言っていたがそれは本当なんだろうか。
そのくらいの年齢にならないと、言ってしまえば人間は本当に役立たずだ。基本寝食いくらいしか出来ないだろうし。
そんなのに魔法教えるとかはさすがにムリゲーだから、大体会話できるようになったら適性見て、魔法の練習も一緒にやっちゃおうっていうセットになってるような気がする。
つまり魔法の適性は生まれた瞬間から本来決まっている可能性もある…かもしれない。
っていうかそうやって自分に言い聞かせないと4歳までの期間で気が狂いそうだ。
よし、心の平穏の為にもやな事は忘れて特訓に勤しもう。
そういえば最近離乳食以外にも普通に肉とかも少量だが食わせてもらってる 想像ほど酷くはないが、カップ麺やら揚げ物やら体に悪い食べ物が恋しい。
おっぱいはとうに卒業してしまった。恋しい。