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プロローグ

 仕事、コンビニ、家。


 この往復をどれだけ繰り返してきただろうか。

 それも分からない程に辟易としているのかもしれない。



 今日の仕事もダルかった。

 そうで無かった日など一日も無いが。


 そう思いながらパソコンの電源を入れて、コンビニで買った飯を食べる。



 昨日はどこまでやったかな…。

 俺は10年近く続けているWEBゲームを起動させる。


 これといって面白くも無いが、何もしないよりはマシと思っていつもやっている。

 まあそれでも俺の人生の楽しみの一つだな。悲しい事に。



 タバコを吹かしつつマウスにキーボードに操作していく。



 部屋を見回せば散乱した何かのごみの山。

 片付ける気など起こさせない程の威容を放っている。


 その山にたった今食べ終わったばかりの弁当の袋を追加する。


 昔見たごみ屋敷の番組を彷彿とさせる。



 まさか俺がこうなるとはな。



 やりたくない事はやらない。

 片付けなんてしなくても誰も何も怒らないのだから。



 そうして眠気を感じてきたら、次はこっちだ。


 ブックマーク登録からすぐにいつものサイトに飛ぶ。

 俺が一人暮らしを始めた頃に見つけた大のお気に入りだ。


 まあこれはエロサイトなのだが、著作権ガン無視のこのステキな無料サイトはどういう訳か長い間俺を癒し続けてくれている。


 このサイトが閉鎖したら軽く死ねるな 俺。



 そう思いつつ数十分後にすっかり気持ちよくなった俺は、軽くシャワーしてからベッドに横たわる。



 はぁ 明日もまた仕事だ。



 そう思いつつ、眠る。


 いつもの憂鬱な夏の夜だ。




 朝。


 いつも通りの最悪な目覚め。



 最後に心地良く目覚めたのはいつだっただろうか。

 そんな経験はあっただろうか。


 そう思いつつも、タバコだけは数本吸ってから職場へと足を運ぶ。



 俺はこの製材所で働いている。


 運ばれてきた木材を言われるままにカットしていく。

 やる事と言えば大体これだけだ。


 誰だって出来る簡単な仕事だが、誰だってやりたがらない最悪な仕事だろう。

 疲れるし、暑いし、つまらないし。



 もっと勉強とか頑張ったらもっといい会社とかに入れたのかな。


 そんな事をこれまで何万回考えてきただろうか。


 まあ勉強は出来ないし、この顔じゃいい会社に入るのも無理だろうけどな。


 そう自らを卑下して、落ち着いている自分がいる。



 生まれてこの方、良い事なんて一つも無い。


 目標とか目的とか、やりたい事なんて何もない。


 ネットには楽しそうに人生を謳歌する奴らがごまんといるが、どうやったらそんな風に幸せになれるのだろうか。



「まあ、そんなのはもういいんだけどな」



 そんな俺の声は機械の発する大音声に遮られた。




 俺はこの会社で腫物扱いだ。

 あ、社会でも腫物扱いなんだけどな。


 とにかくそんな訳で、休憩中の俺に話しかけてくる奴は一人もいない。

 いや、一人はいるのか…。


「お疲れ様です!」


 そう言って良い笑顔で通り過ぎていく青年。


 あいつは去年ここへ入社してきた可哀そうな若者の一人で、誰にでもあんな風に元気に声を掛けている。


 俺だけに特別にしている訳では無い。



 それにしたって、挨拶一つ誰も俺に返してこない中で、あいつの存在は俺の中で異質なものだった。


 俺なんかに話しかけるなよ…。

 他の皆になんて言われる事か…。



 あいつに声を掛けられるたびに、俺の心は痛む。


 人の為にそんな事を思っている自分が不思議だった。




 今日も仕事が終わると、コンビニで夕飯を買って家に帰る。

 いつも通りだ。


 そうしていつも通りパソコンの電源を入れて、いつも通り慣れ親しんだゲームを起動させるが、いつも通りには進まない。



 ……なんだ?

 なんで画面を読み込まないんだ?



 いてもたってもいられず、公式サイトを覗いてみると、驚愕した。


 サービス終了の文字に。



 俺は頭が真っ白になった。

 これほどの衝撃は生まれて初めてだ。


 10年近くも続けていたのだ。

 愛着もあるし、時間を掛けて育てたキャラクターが無に帰した。


 それはこれまでの時間が全て無駄だったのだと、そう言われたようでもあった。



 どれくらいそうしていただろうか。

 買ってきた弁当の事など忘れて、暫く呆然としていた。



 もう何もやる気が起きない。


 俺は震える手でマウスを操作し、ブックマークからいつものエロサイトを開いた。

 こうでもしないとおかしくなりそうだ。



 そうして画面に映る 404の文字。


 そこで俺は再び頭が真っ白になった。



 そこからさらに暫く、俺は呆然としていた。




 もう何もやる気が起きない。


 今度のは本当の意味でだ。



 俺は立ち上がるとそのままベッドに横になり、目を瞑った。

 数時間ほどそうして、やっと眠りにつく事が出来た。




 朝目覚めると、いつもよりも遥かに気分の悪い目覚めだった。


 体が自分のものでは無いかのように重く感じる。



 そうしてその日、俺は初めて仕事をサボった。


 俺のケータイは会社からも誰からも、一度も鳴る事は無かった。





 次の日、俺は出社した。


 サボりの一日はむしろ色々と考えてしまって、逆に苦痛だと思ったから。



 上司は俺に一言だけ苦言を呈してからもういいと言って、俺は追い出されるように、いつもの仕事を始めた。



 いつも通りの仕事。


 誰だって出来る簡単な仕事だが、誰だってやりたがらない最悪な仕事だろう。

 疲れるし、暑いし、つまらないし。


 俺は溜息を吐きつつ、ふと左隣に目をやる。


 そこにはあの青年 高田が同じようにして作業しているところだった。

 しかしよく見れば…。



 …あいつ、保護カバー付けてねえじゃねえか。


 保護カバー。

 作業者の命を守るといっても過言ではないそれを、高田は未装着のまま機械を動かしていた。



「おい」

 返事は無い。

 当たり前だ。

 これだけの騒音の中で声が届くはずも無い。


「高田‼」

 尚も返事は無い。


 仕方ないと俺は高田の元まで歩いていく。



 そして気付く。

 高田の腹部に機械の高速回転する刃が迫っている事に。



「ばかっ‼」


 俺は咄嗟に高田の服を掴んであらん限りの力で引っ張り込む。



 俺は何故、そんな事をしたのだろうか。


 俺はこいつと、誰かと仲良くでもなりたかったのだろうか。


 良い事をして褒めて欲しかったのだろうか。



 高田の驚いたような目が、俺の視線と交差する。


 そうして高田の体は刃に触れることなく俺のいた方に飛んでくる。



 しかし逆に両者の位置が入れ替わるように、俺の体は刃の方に飛んでいく。




 刹那、痛みを感じたと思った瞬間に俺の意識は喪失した。





 次に見た光景は自分の体の形が変わってしまって、驚くほどたくさんの血や何かが周囲に飛散している光景だった。



 ……あ、幽体りーー



 俺の思考は最後まで続く事は無かった。

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