ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
お母様が亡くなった。馬車の事故だった。
お父様は、然程悲しそうな素振りを見せず、淡々とお母様の葬儀が行われた。
悲しんでいるのは、わたくしとお母様を慕っていた使用人達だけ。
それから程なくして――――
「お前にも新しい母親が必要だろう」
なんて嘯いて、お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「うわ~! すっごくおおきなおやしき!」
「まあ、なんて素敵なのかしら」
キラキラした目で、うちの中を見回す母子。
「きょうから、ここがあたしのおうちなのね!」
「ほら、挨拶しなさい」
と、優しい瞳で母子を見やるお父様。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
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わたくしに必要だから、と迎えたこの新しい母親は昔からの父の愛人で、新しい妹とやらはわたくしの異母妹。
そして、この『いいなぁ』という言葉と、わたくしに伸ばされる手から始まる。
異母妹が、わたくしの物をどんどん奪って行くことが。わたくしの、お母様から頂いた形見のアクセサリーが一番最初の出来事。
それを皮切りにして、異母妹が「いいなぁ」「欲しいなぁ」と言った物は、全てわたくしから奪われてしまう。
わたくしのおやつ、わたくしのぬいぐるみ、わたくしの本、わたくしのアクセサリー、わたくしのドレス、わたくしの侍女、わたくしの家庭教師、お母様の遺した形見の貴金属類、わたくしの部屋、わたくしの味方だった使用人達、わたくしの――――まだ見ぬ、婚約者の殿方。
おやつを食べられたりするのは可愛らしい方。異母妹の欲しがりは段々とエスカレートして行き、取られた物が壊されたり、破かれたりする。
やがては、異母妹の我儘で誰かが傷付けられたり、解雇されたり・・・
どんどん大事なものを奪われて行くわたくしは追い詰められ、この母子と父に使用人のような暮らしを強いられ、ドアマットのように扱われる。
そのような扱いを受け、数年後――――年頃になったわたくしはこの家から追い出されて、命の危機さえ覚えるような羽目に陥る。
そしてその危機で、どこぞの高位貴族の殿方に助けられ、「行く宛が無い、それも弱っている者を放ってはおけない」と言って拾われ、その殿方に庇護されて溺愛され――――
傷付いた身体、そしてどん底まで落ちていた自己肯定感やらプライドやらの心を癒され、同時に愛情を育まれる。
その後、わたくしを溺愛する殿方は、わたくしをズタボロにして捨てた家族を地獄へと叩き落とし、ざまぁ。
わたくしは、その殿方に愛されて幸せな生活を送る・・・
という物語が、一瞬で頭を駆け抜けた。
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あれ? これって、よくあるドアマットヒロイン的な物語じゃね?
そう思った瞬間、
「……っ!?」
ぐらりと揺れる視界。
目に入るのは、伸ばされた女の子の小さな手。けれど、その小さな手が始まりだ。
わたくしの……ドアマットヒロインとしての、奪われる人生の、最初の一手。
それを意識した途端、バシッ! とその小さな手を払っていた。
「っ!?」
「なにをするっ!?」
払った手はあまり痛くはなかったのか、パチパチと驚いたように瞬く異母妹。怒ったような声を上げたのは、父。
ああ、そうだ。
物語、では・・・
こうやって、異母妹の手を振り払い、父に威圧されて叱られたヒロインは異母妹に謝り、泣く泣く形見のブローチを渡してしまう。
だから、ここが分水嶺だ。
物語の主人公とわたしとの。
「……これ、は……お母様の形見なので、あげることはできません」
わたしを叱り付けようとした父……いや、ヒロインの父を強く睨み上げる。
この野郎は、わたしの父親じゃない。
ここでわたしが屈すれば、わたしの扱いはドアマット一直線になる。
ドアマットヒロインなんて、ごめん被る。
だから、わたしは引かない。
「妹が欲しがっているんだぞっ? 姉なら、妹に快く譲ってあげるものだろう。さっさとそれを渡しなさい!」
低い不機嫌な声が返すと、
「あなた、いいのよ。ごめんなさいね? それがお母様の形見だって知らなかったのよ。許してくれるかしら? それに、今日初めて会ったんだから急に妹だなんて思えるはずはないわ。ほら、あなたもお姉さんにごめんなさいして」
意外にも、父の愛人がヒロインの父を宥め、異母妹へわたしに謝罪をするよう促した。
ん? あれ?
なんか、思ってた反応と違うな・・・もしかして、屋敷に来た時点では、まだこの愛人はちょっとはまともなのか?
うちに来てから贅沢を覚えたり、異母妹をこの家の跡取り娘として婿を取るという画策(ちなみに、わたしが婿を取ってうちを継いだ場合は当然ながら、後妻の彼女は肩身が狭くなる)をして、段々性格が歪んで行くのか?
それとも、今は猫を被っているだけだろうか・・・? う~む、わからん!
「ええ~! それなら、あたしもおかあさんのカタミほしい!」
なんて、無邪気に言う異母妹。
ふむ・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
バシン! と、平手で異母妹の頬を張る。う~ん……お嬢様(しかも、まだ十歳)なだけあって、威力が弱いな。あと、わたしの手も若干痛い。人生初ビンタで、ちょっと手首傷めたか? 少し鍛えた方がいいかもしれない。
「うわ~ん! おねえちゃんがぶった~っ!?」
わたしに打たれてびっくりした顔が、みるみるうちに泣き顔に変わる。
「なにをするかっ!? 妹をいきなり殴るだなんて、お前はっ!」
怒鳴り付ける低い声は無視して、
「泣いてないで、謝りなさい」
異母妹へ言う。
「謝るのはお前の方だろっ!?」
「なにを言っているのです? わたくしは、彼女へ話しているのです。さあ、あなたのお母様へ、今すぐ謝りなさい」
「え? は? あ、あたしにっ!?」
「は?」
驚くヒロイン父と、その愛人。
「あなたのお母様は生きて、ちゃんとあなたの傍にいてくれるじゃない。なのに、お母様を亡くしたばかりのわたくしの目の前で、ご自分のお母様の形見がほしいなどと。それは、あなたが、『お母様に死んでほしい』と言ったのと同じことですよ。それとも、お父様は、娘が母親に死んでほしいと言ったことを、叱りもせずに放置するおつもりですか?」
異母妹からヒロインの父へと視線を向けると、たじろいだ表情。
「っ、そ、それは……」
「さあ、今すぐ、お母様に『酷いことを言ってごめんなさい』と謝りなさい。そうじゃないと、あなたのお母様はいなくなってしまうかもしれませんよ。わたくしのお母様みたいに。それでもいいのですか?」
「そ、そうだね。その子の言う通り。今のは、この子が悪かったね。ほら、お母さんにごめんして」
少し身を屈めて泣く異母妹と目線を合わせる愛人……異母妹の母親。
「ぅ~……ご、ごべんなざぃ~、おがぁざん、どこもいがないで~っ!?」
すると異母妹は、ぐしゃぐしゃの顔で自分の母親へ抱き付いて謝った。
ふむ・・・これなら、矯正は可能かもしれない。将来、なんでも奪って行く性悪馬鹿女にならずとも済むかもしれない。
よし、これからビシバシ躾けてやるか。
なんて一人で頷いていると、
「確かに、この子も悪かったかもしれんが。いきなり人を殴るなど、淑女のすることではない。お前も反省しろ」
水を差す不機嫌な声。
「あら、お父様はわたくしのために新しいお母様を連れて来たと仰っていましたが、実はあの子が欲しかっただけですか? 新しいお母様は、別にいなくなっても構わないと? だから、あんなことを口走っても叱らなかったのですか?」
異母妹の母親へ聞かせるように、わざとゆっくり返すと、
「なっ、なにを言うかっ!?」
異母妹の母親がヒロインの父を、ギロリと睨んだ。
まぁ、あれだ。貴族の愛人をしていて、生まれた子供だけ取られて捨てられるなど、よく聞く話。
よし、ここでこの男と異母妹の母親との仲に亀裂を入れておくか。
「あら、違いましたか? てっきり、政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
異母妹の母親の目が警戒するように男を睨み、娘を守るようにぎゅっと抱き締める。
「っ、そんなことあるワケないだろうがっ!?」
怒鳴り付ける声に、
「あら、そうでしたか。それは失礼しました。うちに引き取ったというのに、新しい物を彼女へ用意するでもなく、わたくしの物をお下がりとして与えようとなさるものですからてっきり・・・うちは新しい物を用意してあげられない程に困窮しているワケではないと思いますので。ならば、彼女を正式なうちの娘としては扱わないのかしら? と。でも、そうですわね。駒として、道具として扱うだなんて、ご本人達の目の前で直接言えるワケはありませんものね?」
にっこりと返す。
これで異母妹の母親は、益々この男を警戒することだろう。
そして、わたしの物を異母妹へ与えることは、新しい物を買ってあげないで、わたしのお下がりで異母妹に我慢させること。うちの娘としての扱いではない、と刷り込むことができたはず。
これでわたしの物を異母妹にやらんで済むだろう。まぁ、数年後にはわたしの方が異母妹のお下がりを使うことになるかもしれんが。
当面は、私物を奪われる心配はないだろう。
「可愛い自分の娘をそんなことに使うはずがないだろうっ!?」
おお、あっさりと自分の娘だと自白したな。
「へぇ……娘、ですか。そうですか……もしかして、この子はお父様の実の娘なのですか? お母様とわたくしがいたというのに? 余所で、彼女とお付き合いをして? 娘までいた、と? まあ、うちには嫡男がおりませんものね。嫡男が欲しかったのか、それとも他家へ嫁がせるために、高位の貴族家と縁を繋ぐためにわたくしの他にも娘が欲しかったのかはわかりませんが。お母様の喪が明けきらないうちに、その愛人親子を我が家へ入れる、と」
「な、なんでお前がそんなことをっ」
「ああ、それとも、娘だけ政略のために取って、その母親はただで使える使用人として働かせるおつもりで? お父様も、一端の冷酷な貴族の一員だったのですわね。新しいお母様も、騙されて娘を奪われるだなんてお可哀想に……」
気の毒に、という表情で、異母妹を抱き締める母親を見やると……
「どういうことなのっ!? 始めっから、この子を奪うつもりであたし達を騙してたってのっ!?」
「だ、黙れっ!!」
鬼のような形相で男を睨み付ける異母妹の母親。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! いや、実際には高笑ってはいないが。
「いい加減にしろっ!! わたしとお前はもう既に籍を入れている。そんなことがあるはずがないだろう。落ち着きなさい」
「へぇ……もう既に籍を、ですか」
わたしの低い声と蔑むような視線を感じたのか、異母妹の母親の背がビクリと震えた。
「そうだ! 悪いかっ!?」
「そうですわね。お母様が亡くなって、まだ喪が明けきらぬというのに。自分と血の繋がった実子と愛人親子を家に連れ込んだ挙げ句、既に入籍済み。これはこれは、随分と薄情なことで。さすが、他人を利用するのに躊躇いが無い冷酷な貴族ですこと。新しいお母様も、さぞや大変でしょうね。貴族の婚姻は、平民の婚姻とは違って、簡単に離縁することはできませんもの。それに、入籍したからと言って、貴族夫人として扱われるとは限りませんもの。妻という名目の下、家族になったのだからと使用人のように……いえ、むしろ使用人と違って、無給でただ働きさせて、奴隷のように扱き使うという殿方もいらっしゃるそうですからね。新しいお母様も、本当にお可哀想に」
「お、お前はなにを言ってるんだっ!?」
「大丈夫ですわ。新しいお母様? お父様……いえ、この冷酷な伯爵様があなた方母子にそのような仕打ちをしたとしても、わたくしが守って差し上げます」
「ほ、本当ですかっ!?」
男へ向ける怯えと警戒が、わたしの言葉へ縋るような視線に変わる。もう一押しと言ったところか。
「ええ。では、使用人として扱われないように、まずは貴族夫人としての心得やマナーを教えて差し上げますわ」
安心させるように微笑みを浮かべ、しっかりと頷く。
「ありがとうございます」
「では、新しいお母様と妹をお部屋へ案内してあげて」
と、執事に言い付けた。
「ま、待てっ!? 勝手は許さんぞっ!!」
追い掛けて来る怒声に、
「あら、伯爵様は新しいお母様が貴族夫人としての振る舞いを覚えることを、お望みではないと? やはり、娘が目的でしたか?」
そう返すと、ヒロインの父はなにも言えずに沈黙する。
まぁ、ここでわたしの邪魔をするということは、彼女を貴族夫人としては扱わないというのと同義。
とは言え、邪魔をしようがしまいが、既に異母妹の母親の心はあの男からは離れたようだけど。
✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧
こうして、わたしはドアマットヒロインのフラグをへし折り、異母妹とその母親とは義理の姉妹、義理の母子として仲良くなった。
わたしが、貴族夫人、そして貴族令嬢の常識やらなにやらをキッチリ叩き込んで躾けたお陰か、平民出身なのに弁えた後妻だとして、割と上々な評判を得ている。若干、マナー講師とその生徒っぽい関係にも思えなくもないが。
うん? ヒロインの父? 愛人だった異母妹の母親に、それはそれは警戒され、異母妹にも同じく「お父さんは、アンタを利用するつもりだから気を付けるんだよ」と言い聞かせた結果――――
うちの中では『家族』の輪に入れず、寂しそうにしている。偶に、仲間に入れてほしそうなじっとりとした視線を感じるが、そんなの知らん。今の異母妹の母親は、わたしと仲良しなのだよ。
オマケに、お母様の喪が明ける前に強引に後妻を娶った男だと、社交界での評判もガタ落ちだ。自業自得ではあるが、その影響でうちもちょっと傾いて来ている。
あれだな。わたしも、そろそろ十五歳。母方の親戚に後見人になってもらって、このクソ親父からさっさと爵位を取り上げた方がいいかもしれない。
転生者のお約束として、経営チートでがっぽがっぽ儲けて高笑いしながら左団扇で暮らしたいものだ。まぁ、実際にそれができるかは兎も角として。それを夢見て目標にするくらいはいいだろう。
そのためにも、もうひとがんばりするとしよう。
左団扇への第一歩として、まずはヒロイン父の排除に本腰を入れよう。
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。もしかしたら、わたしじゃない、ドアマットにされている不遇なお嬢さんとでも結ばれるんじゃね?
ほら? わたしがドアマットヒロインになるフラグをへし折ったからね。
物語的には、大分破綻している。今更、わたしがドアマットヒロインとしてヒーローに拾われるという展開なんてもう、絶対にあり得ないでしょ。
つか、数年間にも渡ってのドアマットで不憫、不遇な生活に耐えてまで出逢いたいか? って聞かれると、わたしならイケメン溺愛なヒーローよりも、現在進行形での快適な生活を選ぶわ。
まぁ、でも・・・わたしがドアマットじゃなくて、実父を蹴落として伯爵家を牛耳りながら左団扇を狙っているような女でも、それでもヒーロー(予定)と出逢うなら、それが運命ってやつなんじゃないの?
わたしが、ヒーローに惹かれるかはそのとき次第……かなぁ?
読んでくださり、ありがとうございました。
よくよく考えたら、浮気する野郎が元凶だよなぁ……と。なので、主人公はその元凶なおとんを蹴落として当主になります。(*`艸´)
ヒロイン父と異母妹の母親との関係に亀裂を入れるため、主人公はなにげに悪辣なこと言ってますね。
そして、ヒーローは不在で終了。(笑)
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