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ヘルメン  作者: 吉田定理
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 二年生に上がると、後輩ができた。これまで電音研には女子がいなかったが、新しい後輩は莉子りこという名前の女子だった。俺を含めた馬鹿な男どもはその事実だけでテンションが跳ね上がって浮かれたが、まあこんな地味なサークルに入ってくる女子なんてだいたい知れている。要は莉子は色気とか華やかさとは無縁の地味な女子である。同じ音楽をするにしても、マイクを握ってステージに立って歌うような女子と、パソコンをいじって曲データを編集するような女子とでは全然種類が違う。

「これ、西村先輩が作ったんですか」

「ん、まあな」

「かっこいいです! こんなの作れたら最高です」

 とはいえ女の子から賞賛されれば嬉しくないわけがなかった。

「誰でもこのくらいできるようになる」

「これ、フルバージョンないんですか。あとボーカルは?」

「遊びで作っただけだから、ないんだ。まあ、いずれ完成したら投稿してみるつもりだけどな」

 これが俺の逃げ口上だった。ちょっと遊びで作っただけだから。暇つぶしにやってみただけだから。

 相変わらず曲を完成できないが技術も知識も持っている俺と、一向に再生数の伸びない曲を作り続ける藤井では、まだまだ俺のほうに分があった。

 みな分からないことがあれば俺に聞くし、俺の意見は簡単に受け入れられるし、いつの間にか俺がリーダーのようになっていた。

 しかし五作目。藤井が作曲を始めて一年が過ぎたころ、俺は藤井の投稿した動画を見て目を疑った。再生数が一ヶ月の間に一万を越えていた。人気の投稿者の楽曲と比べればまだまだだったが、一万という数字はインパクトがあった。日本円の最も大きい額面というのも寄与しているのかもしれないが、この一万という数字は一つの壁のように思えたのだ。

 俺は震える手でマウスを操作し、藤井の動画を再生した。アップテンポの、そして独特なリズムのイントロが流れ出す。背景画像は見覚えあるギターの写真――藤井のギターだった。機械の音声が、肉声のように自然に歌い出す。イントロから打って変わって落ち着いた感じのAメロ。Bメロは怪しく雰囲気が変わる。そしてサビへとテンポが上がっていく。サビではまるで小さな遊園地のように賑やかに細やかな音が跳ねる。最後は明かりが消えていくようにしんみりと終わり、またAメロ――。

 音の単調さも薄っぺらさも改善されて、ちゃんと完成した音楽になっていた。目立った短所は見つからない。再生バーが0:00に戻り、再びイントロが流れ始める。

 俺はそれを断ち切るようにブラウザを閉じた。ヘッドフォンが沈黙した。

 いつの間にこんなことになってしまったのか。これは本当にあの藤井が作った曲なのか?

 俺はケータイを開き、藤井にかけた。

「藤井、投稿されてる最新の曲だが……」

「えっ、何? どうしたの?」

「どうしたって、再生数見てないのか?」

「結構前に見たけど。もしかして四桁行ってる? あ、それより今作ってるヤツ、もうすぐ出来るから感想聞かせてもらっていい?」

 藤井の創作ペースは上がっている。

 俺は通話を切り、藤井から送られてきた音楽データをパソコン上で開く。一分あたりで堪えられなくなってプレイヤーを閉じた。

 今度は自分が作ってきた楽曲のデータのうち、最新のものを開く。未完成のサウンドが俺の頭を満たすが、音の中に意識を埋没することはできない。音の隙間から漏れていくのだ。

 俺はシーケンサを開いて未完成の曲をいじり始める。何かに急かされるように、画面を音の並びで埋めていく。途切れた音列の、その先を刻んでいく。

 深夜三時まで作業して、俺は行き詰った。このまま作業を続けても、これがいい曲になるとは思えなかった。藤井の曲のほうがまだ聞くに値する。それに比べてこのつまらないメロディは何なのか。踏み込み切れないアクセルが作り出す偽りの疾走感。興奮と心地よさの合間に見え隠れする、冷めた感情。もっとぴったりなストリングスの響きがあるはずなのに、俺はそれを見つけられない。これ以上手をつけるところが見出せない。

 俺が一度も曲を完成させていない一方で、藤井は六作目を投稿し、その動画は一週間で五万回再生された。



「俺、いつか音楽で有名になりたいんだ」

 藤井は以前そんなことを言った。

「俺が作った曲が人気になって、音楽会社から連絡が来て、デビューして有名になって、がっぽがっぽ」

「藤井。誰だってそうなれるならなりたいに決まってる。俺もそのつもりで作曲してる」

「俺たちライバルだな? それとも友か?」

「まあ、友と書いてルビがライバルなんじゃないか?」

「それだ西村! ともにどこまでも走っていこうぜ。うおおおお!」

「やめい。お隣さんに迷惑だ」

 藤井はときどきちょっと暑苦しい男だった。

「もし西村が志半ばで死んだとしても俺が西村の遺志を継ぐぞ」

「勝手に殺すなよ」

「逆にもし俺が死んだら、西村は俺の遺志を継いでくれるよな?」

「まあ、暇だったらな」

「それでこそ友だ」

 そんなんでいいのかよ!? 突っ込む俺に、肩とか組んできちゃったりするのは、若干鬱陶しかった。

「藤井、あんまり不吉なことを言うと大変なことになるぞ? 言葉は現実化するんだからな」

 偉そうに言う俺だったが、どこかで聞きかじったフレーズのリピートである。

「言葉は現実化する? そうなのか? つまり死ぬのか? やべえ! バリヤー!」

 と言って藤井は机の縁を両手で握った。

「……何してんだ?」

「これ、どっかの国のおまじない。木を触ると悪い魔法を打ち消せるんだぞ」

「表面はニスでコーティングされてるが」

「それくらいいいんだよ」

 そういうところは適当なのだった。



 ライバルであり友である俺たちの距離はどんどん離れるばかりだった。藤井の楽曲は、大学二年目の後期には投稿されれば即ランキング入りを果たすほどになっていた。世間のメジャーなアーティストたちが作る曲とは一線を隔しているように見えた。がちゃがちゃと玩具の人形たちが奏でるような、一見雑音のような賑わしい音の集合。曲の途中で急にリズムが変わったり、曲調が変わることもあった。しかし曲として破綻はせず、電池の切れかかったロボットがギリギリ止まらずに転ばずに行進するみたいに不安定でありながら、いい意味で予測を裏切る音楽だった。

 俺はこのころには曲を作るのをやめた。そして藤井が投稿前、あるいは投稿後に感想を求めてきても、なんだかんだ理由をつけてコメントしなかったり、曖昧なことを言ってその場を逃れるようになった。

 この時期には今まで俺を頼っていた電音研の連中は藤井のほうばかり見ていた。藤井の存在感が増していて、莉子も藤井の曲を誉め、創作秘話や歌詞の真意を知りたがった。俺は全てが馬鹿らしく思えてきて集まりに参加しなくなった。

 俺たちは無事に三年生に進級した。藤井の創作は順調だった。時々意見を求めて電音研に顔を出していたようだが、俺と同じく、さほど頻繁には行っていないみたいだった。

そしてぼちぼち就職活動を始める時期になった。

「なあ西村。現実って何だろう」

 大学の掲示板に貼り出された合同企業説明会のポスターを見て、藤井が呟いた。

「就活だろ」

 俺は実も蓋もない答えを返した。

「なあ西村。就活って何だろう」

「就職支援課のお姉さんに聞いてくれ」

「なあ西村。俺はどこか遠くへ行きたい」

「原付貸してやろうか?」

 結局俺も藤井もこの狭い町に居続けた。企業説明会には行かなかったが、ゲーセンとパチンコには行った。

「なあ西村。俺たちどうなるんだ?」

「分からないけど、俺は枠にハマって生きるのは嫌だ」

「俺もそう思う! そして俺は西村の原付で、枠をはみ出そうと思う」

「いいけど、センターラインははみ出すなよ」

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