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ヘルメン  作者: 吉田定理
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 ネットのとある動画投稿サイトでは、数年前からオリジナルの楽曲を作成して投稿するのが流行っていた。いわゆるDTM――デスクトップミュージック。機械に人間のように歌を歌わせるソフトウェアも流行し、これを使用した楽曲の投稿が毎日何十件とある。その中には熱狂的な支持を集め、数百万回の再生数に達する動画も現われた。誰もが安価に自宅のパソコンで作曲し、架空の歌手に歌を歌ってもらい、ネットを通じて世界に発信することができるようになった。新たな発表の場を得たことにより、埋もれていた才能が次々と発見されることとなった。彼らの楽曲はカラオケでもランキング上位を占め、アニメやゲームの主題歌に起用されたりもした。俺はそんな華々しさに憧れ、いつか自分も彼らの仲間入りをしたいと思っていた。それが作曲を始めた理由だった。

「すげえ。ちゃんと曲になってる」

 藤井はヘッドフォンで俺の作りかけの曲を聴いて、興奮したように言った。

「いつごろ完成するんだ? 完成したらネットに投稿するのか?」

「まあ、自信作が出来たらな」

 俺は強がってみせた。一応作曲も趣味の一部だったが、一曲を完全に仕上げたことは一度もなかった。たいてい二分以内でAメロ、Bメロ、サビ程度のものを作っては、それを投稿するレベルまで洗練することなくお蔵入りにしていた。自分で作って自分で楽しむ、あるいは気の知れた友人たちと楽しむだけなら、このクオリティでも充分だ。しかし誰もが視聴できる動画投稿サイトで公開するのは抵抗があった。俺のパソコンの中にはこれまでに作った十曲ほどが、そんな状態で日の目を浴びずにいた。

 入学から数ヶ月経った頃、藤井もDTMに必要なソフトウェアをインストールし、手探りでオリジナル楽曲の作成を始めた。俺たち二人は真面目に勉学に励むわけでもなく、怠惰な大学生活を送っていたが、ある日変化が訪れた。どこからか藤井が『電子音楽研究会』なる怪しげなサークルのチラシを見つけてきたのだ。まさに俺たちと同じくDTMをやっているらしい。俺はあまり自分の曲を人に見せたり、人から感想をもらったりはしたくなかった。なんせ自信がない。だから「もう新歓の時期は終わってる。中途半端だ」などと遠まわしに拒否したが、藤井が「そんなの関係ない。今からでも遅くない。ここに入ろうぜ」と強烈に誘ってくるので、仕方なく一緒に見学に行った。そうしたらメンバーは昨今の流行に乗っただけのような、DTM初心者ばかりで俺が一番作曲に詳しいくらいだった。それでメンバーたちからも猛烈に誘われて藤井と一緒に加入してしまった。

 俺たちは会うたびに音楽の話をした。今作っている曲のこと、ソフトを使う技術的なこと、電子音楽研究会――電音研のこと、そして将来の野望。毎日何万回も再生される曲を作り、動画ランキング一位をさらって、ネットの中だけでなく世間一般でも有名になりたい。実際、この動画投稿サイトからメジャーデビューしたアーティストもおり、チャンスは手の届くところにあるような気がしていた。

 藤井はDTMに必要なソフトを買って、一ヶ月のうちに最初のオリジナル楽曲を完成させた。

「西村、曲が出来た! 聞いてくれ」

 大学で会った際、いきなりそう言われて俺は少し動揺した。しかし楽器もろくに触ったことのなかった男がこんなに短期間でまともな曲を作れるわけない、と思い直した。俺のうちで藤井のUSBに入っている曲を再生した。ベースの低音と控えめなドラムの音で構成されたイントロが流れ出す。十秒ほどで機械っぽさの抜け切らない声がメロディに合わせて歌いだした。歌詞がよく聞き取れない。全体的にチープで薄っぺらく、音が鬱陶しいくせにスカスカした印象の曲だった。格好良い曲を目指したのだろうが、ベースはずっと同じフレーズを繰り返すだけの単調なものだし、あまり疾走感がなく、サビも盛り上がりに欠けた。

 俺は内心で安堵した。

「どうだ? 俺が魂で作った処女作」

 四分ほどのそれが流れ終わると、藤井が感想を求めてきた。

「初めてにしてはいいんじゃないか」

 無難な感想だ。仮にこれを動画サイトに投稿したとしても、好意的な意見が返ってくるとは思えない。電音研のメンバーたちも、コメントに困るのではないか。

「だよなあ。俺、結構センスあるんじゃねーの?」

 藤井は調子に乗っていた。

「今日帰ったら投稿するからさ、お気に入り登録してくれよ」

「待て待て。悪くない出来だとは言ったが、さすがに厳しいと思うぞ。荒削りすぎるというか」

「投稿することに意義があるんだよ」

「それは敗者の言い訳だろ。早まるなって」

 藤井の楽曲が支持を集めることはまずありえない。そう確信していたのに俺は焦っていた。作曲を初めて一ヶ月の男に初投稿で先を越されることになるのは屈辱だった。

 だが説得むなしく、俺は藤井に先を越されてしまった。

 藤井の処女作の月間再生数はたったの三十二回だった。お気に入り登録数は二。一人は俺で、もう一人は電音研の誰かだと予想がつく。楽曲に対するコメントで肯定的なものはほぼ皆無だった。作者を馬鹿にしたようなコメントさえある。

「予想通りというか、なんというか……」

 結果報告を受けた俺は藤井の横でそう呟いた。大学図書館の雑談もOKなフリースペース。その片隅の八人がけテーブルが、電音研の活動場所である。

 藤井は深刻な顔をして

「俺はもうダメだあああああ!」

 と叫び、椅子から崩れ落ち、床に頭を擦りつけた。それから頭を軸にして出来損ないのブレイクダンスみたいに回りだした。あまりに見ていられないので電音研の面々が

「藤井くん、最初はそんなものだよ、気にしない気にしない」「次があるさ。みんなで頑張ろう」などと慰めていた。

「だけど何回聞いても鬱陶しさだけはすげえよなこの曲。ある意味新しいというか……」

 ぽろっと口から漏れた言葉だった。

「本当かっ?」

「ああ、うん、良くも悪くもというか」

 動きを止めた藤井に、俺は曖昧に返した。

 一時はあれだけ絶望して見えた藤井だったが、案外へこたれていないらしく、次の楽曲を作り始めた。電音研の素人メンバーたちから毒にも薬にもならなそうなアドバイスをもらっていた。俺は電音研のメンバーがかつて投稿した楽曲の動画を見せてもらったが、藤井より何割かマシなくらいでしかなく、ランキング上位のクリエイター陣とは天と地ほどの差が見受けられた。コメントに困った俺は「すごいですね、いいですね」を連呼してその場を流した。

 俺は自分の楽曲を投稿して藤井や彼らのように惨めな結果を見るのは御免だった。いつかはメジャーデビューがしたい。人気の作曲家になりたい。そう思ったが、作るものは全て中途半端。趣味の領域、自分独りの領域を出なかった。

 藤井は二作目、三作目を投稿。再生数は徐々に増えていったが、四作目でも1000再生には達しなかった。

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