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You beat me.

 それでベルッタの部屋の扉が開かずに、さすがのベルッタの鍛えた力でも頑丈で修理代のかかりそうなドアを蹴破ることもできずベランダから降りたことを説明して、実際の現場を見てもらった。


 彼女の証言には一貫性があり自作自演ではあり得なかった。クーロが虚偽を確かめるために違う角度からも質問をする。不愉快に思ったバルテリが腕を組むだけで脅しているように見えるのでやめさせた。


「あなたに驚いたとはいえ、女性に対して非礼が過ぎた。深く謝罪する。……すまなかった」


 青年は真摯に謝ってみせた。

 抵抗したベルッタを取り押さえたときでさえ、きちんと彼女の言うことに耳を澄ませていたし、蔑視などもなかった。ただ真実を知ろうとしたまでの行動だったのは伝わっている。武器の所持の確認にしてもさらっと終わり体を変にまさぐられることもなく、腕を掴むにも乱暴ではなかった。


 冷静な頭で振り返れば客観的に考えられる。

 そういったことから、彼を信じてもいいのかも、と思う。ああもあっけなく押し倒されたことはやはり気に入らないのでほんの少し、悔しいけれど。それは自分の修行不足というだけ。

 代わりにバルテリが拳と蹴りをお見舞いしたことだし。


「結構よ。勘違いされても仕方なかったと思うわ。

 バルテリにやられた傷は痛いでしょう。王城を守る者として余所者に負けたなんて恥よね。その痛みに免じて帳消しにするわ。骨が折れてたりしてない?」


「手応えはあったが、深手じゃねぇぞ」


 バルテリを肯定して、クーロは腹に手を当てる。頬のほうはすでに赤味が引いている。腫れもない。バルテリはあの状況でも我を失わず手心を加えてくれた。


「顔はもう治っている。腹も痣にはなっているだろうが、骨に損傷はない」


 ベルッタは目を瞠った。


「……ほんとに? バルテリの蹴りを受けて折れない人っているのね」


 折れる、というのは心であり体の骨だったり両方だったりもするのだが。


「お嬢、それ以上は侮辱なんじゃねぇか。クーロはちゃんと強ぇぞ。つーかオレもどさくさに一発食らった」


 分厚い腹筋が緩衝していたため、ピンピンしている。


「……たった一発しか、」


「なにそれすごいじゃない! あっ、気に障ったならごめんなさい。お詫びに手当てさせて。湿布を貼るくらいしかできないけれど」


「あなたの予定は? 俺にこれ以上構うことはない」


「心配しなくてもとっくに大遅刻よ。湿布貼るのに五分もかからないし、いまさら五分十分遅れるのでも変わらないでしょ。それにロヴィーサなら説明すれば理解してくれるわ」


「なら俺も同行しよう。閉じ込めの現場を見ているから証言できる」


「あら。口添えはありがたいわね」


 ドアにはつっかえ棒に飽き足らず念入りに鍵穴が潰されていたので、午後にでも管理人により取り替えることが決まった。ひとまずは鍵が取り外されて一旦入ることができた。


 着いてきたバルテリに手当てされるのかと思いクーロは上着を脱いだが、彼は部屋の隅に己が居場所を決めており、代わりに湿布薬を手にしているのはベルッタだった。シャツに手をかけてそこから動きの止まったクーロを不思議そうに眺めた。


「脱がないと湿布貼れないわよ? 恥ずかしいならまくるだけでもいいけれど」


「いや。女性の前で脱いでいいものかと……」


「気にしないで。男の半裸なんて見慣れてるわ。大きな怪我を診れるほどの技術はないけれど、簡単な治療ならいつもうちの軍でしているもの」


 ソンダーブロで編成している私軍のことだろう。演習や訓練で軽い怪我は絶えない。自分たちで応急手当てを覚えるのも大事だし彼らは一通り医療行為を学んでいるが、ベルッタは自ら彼らと接点を作るために積極的に軍部へ足を運んだ。

 国を、自分の故郷を体を張って日々守ってくれる人たちに感謝を表明するために。


 淑女として「男の裸を見慣れている」という発言こそとんでもない恥だと思うが。

 覚悟を決めたクーロが上半身を曝け出しても、ベルッタは真剣な目をして患部を見るばかり。厚い胸板にも滑らかに盛り上がった二の腕にも無駄な贅肉のない腹も関係なく、手当ても素早く適切だった。


「わたしも動転していたとはいえ失言をしたわ。職務上必要でやったことなのに、『変態』なんて呼んでごめんなさい。わたしに謝ってくれてありがとう」


 出会い頭に吐き捨てたことをベルッタは反省していた。


「そんなことはいい。なにか不自由があったときは俺を呼べ。力を貸そう」


「ありがとう。でも自分でなんとかできるうちは頑張るわ」


 じっとクーロの顔を、正確には彼の片頬を見つめる。バルテリの拳が入ったにしては、信じられないほど軽傷だ。わずかに鬱血してはいるが、口の中も切ってないし歯にも骨にも影響はなさそう。


 黒い穏やかな瞳とかち合うと、クーロもこちらを見ていたのだと気づいた。


「世話になった」


 変わらぬ表情で脱いだ服を着る。


「これで相殺になった?」


「そうだな。では殿下のおられる部屋へ」


 と言いつつ、バルテリの前で足を止める。


「バルテリ殿はどうする」


「オレは殿下の近衛として呼ばれたんでな。召集令状によると」


 表向きはな、とベルッタだけに聞こえるようにした。


「では今日から同僚だな。よろしく」


 クーロが手を出したので、バルテリも握手に応じた。


「城の警備兵ではなかったの?」


 近衛とは王族にべったり張り付いているものではないのか。


「持ち回りで両方やっているだけだ」


「人手不足とか?」


「俺が好きでやっている。城に新しい人員が入ったときには警戒も兼ねて」


 廊下を歩きながら、クーロはバルテリにとある部屋までの道を示した。


「中でニーメラ少佐が待機しているはずだから、召集令状を提示すればいい」


了解(テン・フォー)。……お嬢、また後でな」


「うん。頑張ってね」


You beat me.

(俺の負けだ。)


補足。

【10-4 】テン・フォー

無線電信(通信)の普及時代から使われるようになった「知らせを受け取った」「わかった」の意味。


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