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But I believed you.

 誰を立ててもこういう衝突はあると予想していた。


 幼馴染のイローナに捕まって、庭のベンチに腰を据える羽目になった。ウルヤスは中立的な気持ちと態度で話をきいている。もう自分にはロヴィーサがいるのだから。


「私は幼い頃より殿下のいちばんお側にいられるのだと、信じておりました」


 嫁候補が集められたなど、ただの見せかけでしかなかったのだと、ロヴィーサがウルヤスに挨拶するまで疑っていなかった。四家を従えるほど王家にまだ力があると見せしめるため。自分以外は、王家への忠誠を示すために差し出されたにすぎないと。


「イローナ嬢は、変わらず大切な友人だよ」


 ああでも確かに、ウルヤスから確かな約束を仄めかされたことすらなかった。端々(はしばし)に女性として尊敬はされていると感じても、二人の間には燃えるものはなかった。


「ありがとうございます。……でも、私では、足りませんでしたでしょうか。ロヴィーサ様の侍女頭はベルッタ様がお務めですね。殿下のため、私は妃となるために勉強も欠かしておりませんでしたのよ。ロヴィーサ様の補助に役立ちます」


 王子のズーアプラーナ国留学中に、イローナは勉学に力をいれた。彼が帰国したときに振り向いてもらえるように。手紙も送らず我慢して、妃を目指していた。


「ああ。ベルッタ嬢をロヴィーサの側付きにしたのは、彼女が武術を得意としている点が大きい。妃の周囲を警戒しないわけにはいかないからね」


 確かに、女人で武に通じている者は少ないし、王子妃の世話役には適役だ。しかし。


「ベルッタ様など、故郷に帰りたいと公言しているではありませんか。そのような責任感のない者が……」


「帰りたいと思うのは自然なことだと思うよ。無理に君たちを留めているのは王家だ。ホームシックくらいさせてあげようじゃないか。問題はない」


「これまでも彼女はじゅうぶん問題を起こしております」


 たびたび仕事に遅刻することや予定の変更を把握できないことを挙げた。


「それらはどれも彼女の能力が原因で起きているわけではない。そもそも人と人がいれば間違いは起きる。肝心なのは問題を起こした後にどう対処するか、だろう。彼女は私情を挟まず正直で公平に動ける人間だと評価する」


 不満が滲みでてしまっている令嬢に、ウルヤスは優しく語りかけた。


「いまはベルッタ嬢に任せているが、望んで努力するのならいずれ君にも昇進のチャンスは巡ってくる。頑張って」


 話は終わり、とウルヤスは席を立った。

 違う。幼馴染みとしてひいきをしてほしかったのではない。恋心を認めてほしかった。

 イローナは浮いた手をネックレスに戻し、下を向いた。





****





「イローナ。どうしたの」


 通りかかったカイヤが隣に座る。泣きそうになっているところを見逃せなかったのだろう。


「……私は、殿下と幼馴染なの。お側にいたかったのに、私を選んではくださらなかった」


 気の弱そうなイローナが王子に憧れていたのは、付き合いの浅いカイヤにも感じ取れていた。


「辛いわね。けれど殿下はもうお心を定められたのだから、どうしようもないわ。仕事に励んで、見返してやるのよ。妃よりも綺麗になって、優秀なところを見せて『もったいないことをした』って思わせてやるの。やれることをやれば、それに見合った男性だってついてくるわ」


「……はい……」


 カイヤの言うことは正しいのだと思う。けれども、イローナの心に響かなかった。いまは失恋の痛みと悲しみをこぼさぬよう抱えるのに手一杯で。


 柔らかい果実のような恋心は固い壁にぶつかって形をひしゃげ、その身が裂ける。じくじくと傷口から腐っていく。





****





 イローナとは別の苦悩をベルッタは抱えていた。

 日によって予定を知らされなかったり、部屋に虫が撒かれていたり、汚されていたり。ベルッタの状況を知りたがったロヴィーサにだけは、最初の伝言ミスがあってから細かく報告をして相談させられていた。


 だからそういったことが起こるたびに、侍女を入れ替えるようにしようと提案された。異動の通知をして、新しい人物を受け入れれば教育し、また軽い嫌がらせは繰り返される。

 ため息をつきながら終業後に部屋に戻ると鍵が開いていた。朝はかけたと思ったのに。


 そこにいたのが見慣れた男だったので、拳を緩めた。


「イッカ? わたし、鍵をかけ忘れてたかしら?」


「……オレが来たときには開いてましたよ」


「留守番してくれてたのね。ごめんなさい、遅くなったわ」


「いえ。これからカレヴィ殿に定期報告を入れますが、お嬢はなにかお伝えしたいことありますか?」


 父が聞いたら血相を変える事実はあるけれども、それを知らせたくはなかった。


「いいえ、ただ元気だって言っておいてくれる? わざわざ聞きに来てくれてありがとう、父様によろしくね」


「はい!」


 彼とはいつも通り別れたのに。


『すみません。ソンダーブロに呼び戻されました。

 本当にすみません、許してください』


 仮護衛のイッカは本命護衛バルテリの代わりだった。彼がやってくる前に、扉に挟まれた置き手紙だけの挨拶でイッカはいなくなった。


「父様に呼ばれたなら仕方ないけど……突然とはいえそんなに謝らなくていいのに」


 謝罪で始まり謝罪で終わる文に苦笑する。それだけ父娘は恐れられているのだった。





****




 ソンダーブロ州に帰郷して、統治者であるカレヴィ・アーティサーリの前で敬礼する。


「イッカ・ミエティネン、戻りました」


 カレヴィと同じ空間にいて、緊張しないときがない。軍部の人間誰もがそうだ。この男に比べれば、かの娘はなんと穏やかなことか。


 任務を終えた部下におかえり、もご苦労だった、もない。

 刺すような視線が返ってくる。ひとたび皮膚に触れれば貫通するまで止まらない、目を向けるだけで命を奪う武器となり得る。


 執務室の机上で手を組んで、口を開くまでが長かった。


「バルテリほどの働きを期待していたわけではないが。

 王城での貴様の任務をなんと心得る」


「ベルッタ様の護衛です、総統殿」


 ハッ、とカレヴィは息を吐いた。彼が立ち上がると、イッカは己が虫ケラにでもなった気分にさせられた。


「貴様がしていたことが我が姫の護衛だと思うのか」


 拘束するものもないのに筋肉がきしみ、寒気にぶるりと震える。


「な、なにをおっしゃいますか……」


「他家に買収され、ベルッタを害する者よ」


「まさか」


 カレヴィが机を離れて近づいてくる。


「あの子は虫が平気だから楽しませるために虫を部屋に撒いたとでも?」


 もう一歩。部屋の扉が背後で開いていようとも、イッカのための逃げ場はない。


「ベルッタの個室の鍵を複製するのも守るためだったと言うのか?」


「そんーーっ、……!」


 脳が揺れた。まともな視界が戻って、床に這いつくばる自分に気づいた。ガンガンと頬が痛む。拳ひとつで、こんな。

 こうなっては言い訳は通用しない。全て知られている。


 しかしなぜ。


「どうやって、なんて貴様ごときに教えると思うかい? 戦争というのは、相手に気づかれないうちに情報を掴んだほうが勝つのだよ。場合によっては争いが始まる前に阻止できる」


 イッカは起き上がることもできない。


「それにしてもベルッタの護衛をせっかく任せたというのに、重要性をわかっていなかったとは。ああ、父親というものは辛いね。かわいい娘を見守るしかできないなんて」


 机に寄りかかって、カレヴィがトントンと側面を指で叩いている。


「この場合足りなかったのは『訓練(トレーニング)』か『しつけ』(ディッシプレン)か」


 刻まれていたリズムが止まる。


「ああ、いや。『拷問(トーチャー)』だったな」


 はじめて人間らしく笑う。それから言うことを聞かない犬を叱る、調教師(ハンドラー)の面がまえに変化する。


「どうか苦しんでおくれ。私の姫が悲しんだ以上に」


 イッカは人生の終わりを知った。





But I believed you.

(信じてたのに。)

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