Don’t you dare.
ガンガン、と無作法なノックでキスが中断された。
「お姫さん、オレが悪かったから戻っ……」
上半身裸の、ベッドの上に立ち膝をした男。その脚の間に寝転がる娘。
ザッ、と一瞬で詰め寄る。掴む襟ぐりがないのであごにしておいた。よし、ズボンは履いているしベルトも締まっている。お嬢は着衣に乱れなし。
「未遂だな? 未遂にしとけ。頼む未遂だと言っとけや、オレとお前のために」
バルテリは乱暴に懇願した。パシリとあごからゴツい手をどかし、クーロは石化するベルッタを抱き上げて宥めた。
「未遂だが。……それがなぜバルテリと俺のためなんだ」
「んなもん、カレヴィのオヤジに命ぁ獲られるからに決まってらぁな。オレがそうならんように引導渡してやる」
そういう彼はすでにカレヴィの鉄拳を受けたのだろう、顔の輪郭が歪んでいる。彼らの姫に怪我をさせたから。そしてベルッタを襲う現場を抑えられたクーロはこれよりさらに深い業を背負うわけか。
「外へ出るか。部屋を汚したくない」
「おうよ」
手近にあったブランケットにくるりと包まれて、ベルッタはベッドにそっと置かれた。もうずっと思考停止している。クーロがしていてもいいはずの混乱を、ベルッタが一身に引き受けていたんじゃなかろうか。
ーーキスしてたらバルテリに邪魔された!
庭から、平和とはかけ離れた音が聞こえはじめてやっと、ベルッタが現実に戻ってきた。ブランケットから抜け出して庭に走った。
打ち合いではなく、バルテリから大人しく折檻を受けている。一撃いちげきは本気ではないが、なにしろ打ち込む数が多い。
「どうして無抵抗に殴られているの!」
「それだけのことをしたと思うからだ」
喋るだけの余裕もある。なのに防御さえしない。
「お姫さん、手出しすんなよ。カレヴィのオヤジがクーロのやったこと耳にしたら、こいつ命がいくつあっても足りねぇ。オヤジへの心証をよくするためにオレがやってるんだ」
「やめなさいったら! グーで殴るわよ!」
拳を振り上げても、バルテリは眉を下げるだけだ。
「お姫さんに殴られても、くすぐったいだけなんだが……」
「ほんっと、頑健すぎてムカつく男ね。ちょっとは自分で考えて、父様に諫言するくらいしなさいよ。わたしの味方はできないっていうの?」
「だってよぉ。お姫さんとは婚約もしてねぇ奴だぜ? オレも許せねぇし……。オヤジからオレが勘気をこうむるだけならいいが、よくてもクーロが命を落とすぞ。……どう考えても」
血のついた片手でぐしゃぐしゃと頭を掻きむしり、唸っている。
「わたしはクーロが好きで受け入れたの!」
「好きあってるのはいい。筋を通さなかったことが禁忌なんだ」
ベルッタとの仲を認められないまま、クーロは一線を越えようとした。いくら二人がお互いを想い合っていたとしても、きちんと親から許しを得て関係を形にするまで、言い換えれば婚約か結婚を決めるまでは乗り越えてはいけない一線だった。
「叱るなら身内であるわたしでしょう?!」
「いやいや、オヤジがお姫さん殴れるわけねーだろ」
「見た目ほど内側に損傷はない。派手にやってくれてむしろ助かる」
あざどころでなく頬もまぶたも腫れているし、口の中も切れて血があごを伝う。鼻が変形してるんじゃないかと疑うほど鼻血も流れている。
「そんなの絶対痛いでしょ! 損傷しかないわ!」
「ベルッタがキスしてくれれば早く治る」
真顔で言い放った。ベルッタがぼぼっと赤くなる。
「ば、馬鹿じゃない?!」
「血の味のキスはロマンティックじゃないか」
「そういうことじゃないわよ!」
「……こいつぜんっぜん反省してねぇじゃねぇか」
バルテリの拳から力が抜けた。折檻の意味がかき消された。バルテリの努力も。
「俺がベルッタにしたことに反省も後悔もない。殴られてベルッタの伴侶として認められるのならいくらでも殴られる。
やれ」
「やれ、じゃねーよ正気か! とんだトンチキ野郎だぜ……!」
Don’t you dare.
(やめておけ。)




