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短編

生贄からの一発逆転ライフ~へっぽこ聖女は竜のエサになるのを全力で回避します~

作者: 雑食ハラミ

不肖私、本日付けで生贄を拝命されました!


自分でも何言ってるか分かりませんが。


ついさっきまで、聖女のお付きとして神殿で働いてました。聖女見習いってやつです。ここずっと日照り続きで作物が枯れて困っていたら、占いで「聖女を竜神の生贄として献上しろ」とお告げが出たんですって。でも聖女さまは、聖なる力が強いから生贄にしたらもったいないとかで、聖女と名の付くものなら見習いでもいいじゃんということになり、私が選ばれましたとさ。めでたしめでたし。


って、全然めでたくねーよ! なんで私なんだよ! ふざけんなよ!


そこは一流の聖女さまでないと竜神も怒るんじゃないの? 雨を降らしてもらうという大事なミッションなのに、ろくな力も持っていない私でいいの? と思い切って尋ねたら「お前は肉を食らう時に『この牛はどんな性格だったのか?』と考えるのか?」と言われてしまった。正論すぎてぐうの音も出ませんでした。


それでも、私はやせっぽちだし、胸もぺたんこだし、食べてもまずいと思うよ。食べるならでっぷり太ったおじさんの方がうまそうと思うのだが、なぜかこういう時は若いオナゴと相場が決まっている。余裕があれば食べられる直前に聞いておこう。なんであなたたちは若いオナゴが好物なの?


そんなわけで、私は輿に乗せられ、霊峰のてっぺんに連れて来られた。標高が高いせいか季節は夏なのに肌寒い。険しい山道を自分で登らなくて済んだのだけは幸いだったが、生贄にされるという貧乏くじを引かされたのだからこれくらい当然だと思う。


出発する時にひらひらした装束を着せられたが、これが生贄の装束らしい。今まで着たことがない高級な素材でできており、デザインも素敵だったので最初はテンション上がったが、気温が低くなるにつれてスースーして凍えて来た。これじゃ風邪ひくじゃんと思ったが、どうせ食われるのだからどうでもいいのだ。私を運んできた男たちは、私一人を残したまま山を降りて行った。


一人残された私はひたすら竜神さまを待っていた。待ってる時間が退屈でじれったいから、ぱくっと一飲みでいいから早く来てくれないかなと思ってしまった。体が冷えたみたいでさっきからトイレに行きたいんだよ。当然ここにトイレはないし、その辺にするのも生贄としてどうよって思うし。さっさと食べられてしまえば、少なくとも尿意に苦しまずに済む。とにかくこの状況を何とかしてくれ!


しばらくして、頭上を大きな影が覆った。いきなり眼前が暗くなって慌てて空を見上げたら何か大きなものが舞っていた。風圧で体が持っていかれそうになり、私は慌てて岩にしがみついた。全体像を掴もうと目を凝らすが、大きすぎてよく分からない。なにこれ? とパニクってるうちに動物の足のようなものに身体をつかまれそのまま宙に浮いた。そのままいくつも山を越えて深い茂みのようなところに転がされた。


「ここはどこなの……!?」


余りの急展開に私は尿意も忘れ、体を起こして辺りを見回した。


「竜神の巣だよ。ようこそ……なんて呼べばいい? 生贄さんというのもおかしいし」


目の前には10歳くらいの少年が立っていた。いや、よく見ると人間と少し違う。耳が大きくてとがっている。そしてこの世の者とも思えぬほど整った顔立ちをしている。こんな美しい人を私は見たことがなかった。


「もしかしてあなたが竜神……まさかショタだったの?」


「ショタとはどういう意味だ? 俺は竜の一族の末裔だ。人間界を任されているから一部では竜神などと呼ばれているらしいが」


「やっぱり竜神さまだったのね! 私は、生贄として連れて来られたんです。なんでも雨が降らなくて日照り続きで困っているんですって。私と引き換えに雨を降らして欲しいらしいんだけど……その前に、ここトイレあります?」


「はあ?」


ショタ、もとい竜神さまは、その美しいご尊顔を歪ませて聞き返した。


「竜だって食べるのだから排泄もするでしょう? その排泄物はどこに捨てるんです? 私もそこへ連れて行っていただきたいのですが?」


突拍子もない聞き方なのは自覚しているが、竜の生態など分からないのでこれが一番伝わりやすい説明だと思った。竜の体は馬鹿でかいので人間のトイレとは似ても似つかないかもしれないが、とにかくトイレに行きたくてたまらなかった。


竜神さまはすごく不満そうな顔をしながら、それでも教えてくれた。私はさっさと行って用を済ませて来た。竜の排泄場所がどんなところか興味ある人もいると思うが、本筋とは離れるので割愛させていただきます。


「ふう。すっきりした。ありがとうございました」


「お前、自ら生贄として身を捧げに来ておいて、俺に頼むことがそれなのか」


晴れ晴れとした私の顔を、竜神さまはあきれたように見つめて言った。


「えっ? どういう意味です? 私は雨を降らして欲しいとお願いに来たんですよ? まさか今ので終わりって言うんじゃないでしょうね」


「だってトイレどこですかと尋ねたじゃないか。それが望みなんだろう?」


「それは交渉に入る前の段階ですよ! もじもじしてたら頭もよく働かないでしょう? ノーカンよ、ノーカン!」


「いいや、既にお前の望みは叶えた。次は俺の番だ」


ちょっと待ってよ。こんなに苦労して竜神さまに会いに来たのに、叶えてもらう願いがトイレを借りるって、余りにも情けなくない? 故郷の人に顔向けできないわ。って、ここまで考えたところで、私はもう顔向けをする必要はないのだということに思い当たった。


考えてみればひどい話だ。本当は聖女さまがここに来るはずだったのだ。それを、優秀な人だともったいないというしみったれた理由で三流の私が選ばれた。何に代えてでも雨を降らせたいんでしょう? そんなにみみっちくてどうする! 本気度が足りませんよ! そのたるんだ根性を鍛え直してやる!


「お、おい……なに一人で憤慨してるんだ?」


「だって聞いてくださいよ! 私聖女は聖女でも最低ランクの聖女なんですよ! 蚊に刺された時に十字マークを付ける程度の力しか持ってないんです! そんなの爪で普通にやればいいし! 別にかゆいの治まらないし! それなのに、トップの聖女さまの力が失われるのはもったいないとかなんとかで、私が選ばれたんです。でも私知ってるんです。本当は聖女さまと王太子がデキてるって。王太子が大反対したんですよ。聖女さまと結婚するつもりでいるから。確かに私は、ごく潰しのすねかじりという自覚はありますけど、そんな理由で生贄に選ぶなんてひどくありません?」


どうせ食われるのだからと開き直った私は、ぺらぺらと喋った。そんな私の話を竜神さまは黙って聞いていた。


「そうか。確かに人間はひどい生き物だな。俺も随分見くびられたものだ。ムカつくからその国を焼き滅ぼしてやろうか?」


「あーあーお願いします。ぱぱっとやっちゃってください」


私は売り言葉に買い言葉で適当に答えた。振り向くと、既に竜神さまの姿はなかった。どこに行ったの? と首をひねっているうちに竜神さまは戻って来た。


「ただいま。早速滅ぼしてきたよ」


「おかえりなさい、早かったのね。って本当にやったの?」


これにはさすがの私も驚いた。驚いたなんてもんじゃなかった。


「だってぱぱっとやっちゃってくださいって言ったじゃないか。だから手早く済ませて来た」


「言ったけど、だからって本気にする人いないでしょう? 私がここに来た意味もないし。どうしたらいいの???」


とは言え、どうしようもなかった。元より確認する術もないし。ここは遥か遠く離れた竜神の巣だ。元いた国には戻れないのは分かっている。そんなところは私にとってもう存在しないも同然だ。サイコパスみたいだがそう割り切ることにした。ごめん、みんな。私は心の中で手を合わせた。


それより、今後の自分の身の振り方を考えなくてはならない。私は雨を降らせる代わりに竜神さまに食べられる覚悟だったが、国がなくなった以上竜神さまが私を食べる理由もなくなったと言える。もしやこれはチャンスかもしれない。私は一縷の望みに賭けることにした。


「竜神さま。私を食べるのと引き換えに雨を降らせる約束でしたよね? でも国は既に滅んでしまいましたから、私を食べるという契約も不成立なのではないでしょうか……?」


私はおずおずと言ったが、すごい形相で睨まれてしまったので、思わずひいっと声が出てしまった。


「こんなガリガリ娘食べてもまずいだけだろ。俺は痩せた女は嫌いなんだ。肉が付いている方が好みだから俺好みの女にしてやる。ほら」


竜神さまはそう言うと、魔法のように食べ物を出してきた。今まで見たことがない果物や木の実が山のように盛られている。その一つを手に取って食べてみるとうまい!桃と梨が合わさったような甘い果物だった。こんなおいしい果物食べたことがない。


元々私は孤児だった。孤児だったところを神殿に保護されて、と言うと聞こえはいいがただの労働力が欲しかっただけだろう。雨風がしのげるだけマシだったが、食うものも満足に与えられぬまま神殿で働かされた。そこで聖女の能力が見いだされれば、出世もできたかもしれないが、さっきも言った通り蚊に刺された時十字マークを付けることしかできなかった。そういうわけで、いい年になっても下っ端聖女見習いとしてこき使われていたのだ。当然満足に食べることもできなかった。


だからここは私にとって天国だ。他人に気兼ねせず好きなだけ食べられる。自分が食べられに来たのに、食べてばかりいるなんて変な話だが、とりあえず感謝だ。太ってから食べようという魂胆なのかもしれないが、死ぬ前に満腹感を味わえるだけでも御の字だ。


それから毎日おいしい食べ物に囲まれる生活になった。このまま順調に行けば、私はぷくぷく太るだろうが、それだと早く食べられてしまうので、密かにダイエットをして太らないように努めた。しかし、一度竜神さまに見つかり、どうして運動をしているのかと尋ねられたことがある。私は焦りながら必死で答えた。


「肉は締まった方がおいしいと聞いたことがあります。ぜい肉だけだと脂身ばかりでまずいって。竜神さまにおいしく食べていただくために自らトレーニングをしております」


それを聞いた竜神さまはふうん、とつまらなそうな反応をした。


「俺は丸い方が好みなんだがな。まあ、お前もここにいても退屈だろうから運動でもして気を紛らわせてるんだろう」


退屈と言えば、竜神さまは私に色々なことを聞いて来た。最初のうちは自分がいた国の話をしたがそのネタも尽きたので、自分が読んでいた本の話をしたらこれが受けがよかった。竜神さまはそれから足しげく通うようになり、私に本の続きを聞かせてくれとせがむようになった。


「それ本当にネコなのか? だって青と白の体なんだろ? どら焼きが好きってのも変だし。つーかどら焼きって何?」


「耳をかじられたショックで青くなっちゃったんですよ! その前は黄色だったんです! どら焼きってのは私もよく知らないけど円盤状の食べ物で甘いみたいです」


神殿には昔の遺跡から発掘された本が多数所蔵されていた。何でも、太古の時代に高度な文明が発達したが、地球に巨大隕石が落ちて一旦滅び、その上に私たちの文明が築かれたらしい。遺跡からは、様々なものが発掘された。昔の人は本が好きだったようで絵と文章が一緒になった絵物語も多かった。その中でも行き場のない本が神殿に保管されており、私は仕事をサボっては絵物語をよく読んでいた。余りに面白いため古代の文字を覚えてしまったほどだ。


「ああ面白かった。今度は、両手を合わせて力をためて衝撃波ぽいやつを出す話の続きを教えてくれ。俺みたいなのが出てくるんだろう?」


「7つ揃えると願いをかなえるってやつですね。分かりました」


いつの間にか私は、竜の一族の集まりにも呼ばれるようになり、絵物語の語り部として重宝されるようになった。竜神さまは子供だから子供が喜びそうな作品をチョイスしたが、大人が集まるところには眉毛が太い殺し屋の作品を選んだし、女性が多い場合は、殿方同士の恋愛話をするとなぜか喜ばれた。


「俺が子供だって? まさかお前、俺のことそんな風に思ってたの?」


ある時、竜神さまが私に尋ねて来た。


「だって見た通り少年じゃないですか。人間と竜の年の取り方は違うかもしれませんが、本当はいくつなんです?」


「うーん、人間の使う単位に換算すると、ざっと100年くらいかな。確かに竜の中では若手だけど」


100年! それでもショタ、いや若手なのか。私は竜の時間の流れ方の悠久さに気が遠くなった。


「それじゃ私あっという間にお婆さんになってしまいますね、って、その前に食べられてしまうか」


「ん? お前食べられるつもりだったのか? 生贄ってそういう意味だと思ってたの?」


「え? そういう意味じゃないんですか? だから太らされてるとばかり……」


「太っている方が好みと言っただけだ! なんか、包容力があっていいだろう、その……ふくよかな女性は……」


ショタの竜神さまはめずらしく頬を赤く染めながら弁解するように言った。やだ、かわいい。


「ってことは、痩せているより太った女性の方が好きってだけですか? なーんだ、ダイエットなんかして損しちゃった。本当は運動も好きじゃないんですよねー」


それでは、私はここでおいしいものをたらふく食べさせてもらって、自由にさせてもらって、まるで天国にいるみたいじゃないか。生贄ってなんだったんだ?


「生贄としてここに連れて来たからには、子作りをしてもらう必要がある。なぜか竜族同士では子は成せないんだ。人間の女としか……そのためにお前を連れてきた」


え? 今何て言いました? 有頂天になっていた私はにわかに我に返った。


「それって、竜神さまと……ってことですか?」


「えっ? 嫌なのか?」


いや、嫌っていうよりあなたまだ子供じゃない。その……子供となんて……それとも本来の姿に戻ってするの? その場合どうやってするの? つーかできるの? 私そんな趣味ないんですけど!!


という疑問をオブラートに何重にも重ねて尋ねると、竜神さまは目を細めて言った。


「それじゃあ、俺がもっと年を取ればいいんだな? それまでお前も年を取るわけにはいかないが。今食べているものは若さを閉じ込める作用がある。それでお前も若さを保つことができる。それまで待ってくれるか?」


え? そうだったの? むしろすごく長生きするってこと? 私は余りにも意外な展開に目を丸くした。長生きする分にはオールOK。この竜神さまとなら退屈もしなそうだ。ちょっとせっかちですぐに国を滅ぼしちゃう癖があるけど、それはおいおい直していこう。


それにしても、この美ショタが美青年になる日が楽しみだ。それまで私も自分磨きを頑張らねば。竜神さま好みの女になるべく毎日たくさん食べて太りましょう。おまけに竜の一族のみんなも私を歓迎してくれているみたいだしいいこと尽くめだ。こうして私の生贄ライフは大逆転を迎えたのだった。めでたしめでたし。


最後まで読んでくださりありがとうございました。


興味を持っていただけたら他の作品も読んでくださると嬉しいです(ただし作風はシリアスです)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 勢いがあって楽しいし、こんなふうに生きたいと思いました。 [気になる点] 最後のほうが、少しダレました。まとめたからでしょうか。
[一言] 千夜一夜風のオチかと思ったけど、ストレートな話でしたね。ちなみにシリアスは嫌い。これくらいのんびりとしたのが好きですね。一国滅びてるけど。ますますのご活躍をお祈りします。
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