71話 狂気
集中力とは忍耐力だと思う。
僕の部屋には誘惑するものがたくさんある。
その時代に生まれたことを感謝します。
一斉に意識がルトに持っていかれる瞬間。
これを待っていましたと言わんばかりに、アックスがゆっくりと弓を引く。
弓矢使いに重要なことは『どれだけ冷静であるか』
そしてどれだけ今の『一射に集中できるか』だ。
絶対に外さない自信と、絶対に揺るがない呼吸、余計なことを考えない精神力。
それを一番理解しているアックスだからこそわかる、このパーティの弱点。
「恐ろしい速さで成長してるからこそ、その隙間が現れる」
「ニーナぁ!!! 後ろぉ!!!」
「──!?」
バレるはずもない。
殺意は殺している。
誰の目にも止まらない隙を狙った。
この場にいる全員がルトに持ってかれていたはずだった。
──たった1人を除いた金髪の剣士以外は……。
「くっ……どこまで見えてんだよっ」
放たれる矢と同時にニーナは振り返り、目を見開く。
うちは戦士じゃないから、この矢を弾き切る自信はない。
でも、弾けずやられる未来も見えない。
バフ──。
聖女の祈りの欠点は長時間のロスと、詠唱者には適応外というもの。
だからこそ、自身に『賭けまくれ』
バフ──。
身体強化、動体視力向上。
出来るだけ自身のスペックを彼女に近づけさせる。
何度も何度も穴が開くほど見させられた。
部屋の窓から、模擬戦で、この試合もそうだ。
毎日見てきた、剣の振り方に体の動かし方、体重移動、タイミング、全て覚えてる。
記憶力だけなら負けないんだから……。
布で巻かれた矢尻がメイスのリーチに入る。
──きた!
メイスを構えて振り切る姿はまるでそこにセリーヌがいるかの如く、鮮やかで美しい曲線を描く。
『模擬セリーヌ!』
弾かれる矢に、相手を睨みつけるニーナの目、アックスは次の矢を矢筒から抜き取る時に気づく。
「後4、5本──心許ないな」
それだけじゃない。
一度目はルトの魔術、2度目はニーナ本人から弾かれた。
唯一の頼りアルゴは金髪にマークされてる、エミリーも攻撃を往なすのに必死。
「やりづらいな……」
こぼした不満はニーナの耳に届く。
「ん? いいチームっしょ!」
完全にオーラはセリーヌだ。
一歩前へ踏み出し、近接へと持ち込む。
それと同時にアックスは一歩後ろへ飛ぶ。
「ちょっと! 逃げないでください!」
「遠距離の僕からすると近距離にされるのが一番きついんだよ」
「だからって逃げられちゃ、どうすることもできないじゃん!」
アックスはエミリーを横目に、ニーナから距離を取る。
「君は天才だからわからないだろうけど、矢を弾く行為はそうそうできっこないんだよ」
「ふふん。うちが天才なのはうちでもわかってますよ」
アックスの頭の中にはルトとの一対一を想像している。
「3人の中だったらまだ、あのルトくんが楽かな……」
◇
「避けるのに必死だなぁ!」
「よく口が開きますね」
ルトの木刀を往なし、錫杖で受け流す。
「剣技そのものはまだど素人で助かりました」
「ハッ、舐めんなよ」
きっとアックスは私と交代したがってる……。
この剣士は矢を弾けるほどの実力はない。
もうワンアクション──。
交代できる隙を作る。
せめてルトを倒す。
そうすれば手数が増え、こっちに流れがやってくる。
エミリーとアックスの考えは同じ『何でもいいからアクションを起こせ』
「私たちは二個も上の先輩なので教えてあげます」
「あぁ?」
エミリーは後ろへ飛び、距離を稼ぐ。
「そちらのパーティの司令塔は貴方だと思ってました」
「?」
「ですが、私たちのパーティの司令塔も私じゃない」
◇
「パーティにおいて最も大事なのは仲間の士気を上げさせる役。君たちはルトくんだよね」
「……そうなの?」
意識をしたことがなかったニーナは首を傾げる。
「僕らのパーティの心臓はエミリーなんだよ」
アックスの目線がニーナからエミリーに切り替わると同時に、ニーナも気づく。
◇
「『雷光槍』!!」
「また3本の槍かよ!!」
エミリーの周りに現れる光り輝く槍。
「いえ、数の暴力です」
一般的に、雷光槍の詠唱一回で出せる数は3つ。
これは絶対的ルールで、当然で、常識だ。
「安心して下さい。この術は生命に対してはそこまでの威力ではありません、まぁ脳や心臓と言った場所に刺されは致命傷にはなります」
展開されている雷光槍の数、9本。
絶対的ルールの範囲外、常識破りの改変。
「天才なのはあなた方だけではありません」
「たかが3倍じゃねーか! 順番に──」
今までの技とは別物。
9本全てが同時に飛ぶ。
「やってやんよぉ!!」
脳汁。アドレナリンでルトの頭には冷静が欠けている。
アックスを追う結果、ニーナもここから遠く離れた。
セリーヌはアルゴがマークしている。
この全てを待っていた。
「『雷光槍』!!」
遠くから聞こえる声に驚くのはエミリーだった。
頭上から同じ数の槍が全ての槍を無効化する。
「何故──っ、いつ詠唱を!?」
離れた距離から的確な精度の技。
3本だったらまだわかる。
雷光槍の詠唱文は短い、でも9本が同時にやってきた事実。
「早口でも無理があるはずなのに……」
「天才が上回ったなぁ!」
◇
──楽しい。
ずっとこの時間が続けばいいのにと感じてしまうほどに、この打ち合いは止まらない。
「楽しいな」
「えぇ、同じく!」
アルゴは私の答えに満足したのか、少し頬が緩んだ。
アルゴの打撃は重く鋭い。
そのせいで、腕は悲鳴を、足は鉛が入ったみたいに重い。
でも、まだやりたい。終わらせたくない。この魔物はどこまでも強くなる。
ここに来てよかった。
ここで戦えて、ここで交えて、ここで知れて──。
「これは本気だ」
アルゴの得意とする真っ向切り。
圧倒的な自信で構成されるその型は理想的な動きだ。
ガラ空きのはずの懐に誰もが気づくはずなのに、まるで無敵だと言わされる。
あぁ、一体どれだけ努力すればここまでの強さになれるのだろうか。
いつの間にか美しく、目に見えた努力に私は息を呑む。
向けられる期待、振り上げられる努力の差、迫り来る刃の風音、脈拍の興奮に呼吸が荒れる。
まるで芸術。
この完成された攻撃を私は往なすことも躱すことも出来た。
「受けたい──!」
頭上からの攻撃を真っ向から受け止める。
「最っ高!!」
「ハッ! 同意見だ!」
受け止めた木刀はミシミシと音を立てて、ヒビ割れる。
アルゴの木刀はそんなものじゃ止まらないというように、私の脳天を叩き潰す。
あぁ、いつか正面からこいつを倒したい──。
揺れる脳に視界がぼやけ、ゆっくりと、ただゆっくりと意識を失う。
◇
どさりと地面に倒れ込む音に、残り4人が振り向いた。
「セリー!?」
「……まじか」
ニーナ、ルトは声を漏らす。
「終わり……、もう終わったのか」
アルゴは倒れたセリーヌを一瞥し、ルトを見る。
「棄権しろ。もう勝負は見えてる」
「……そうかもっすね。でもうちのヒーラーは同意してくんないんすよ?」
視線はニーナに映る。
「うちは結構しつこいで有名だし、ルトも腹立つくらい負けず嫌いだから棄権はなし」
両手でバツを作って笑う。
「それに最近知ったんですけど、この理不尽が俺をさらに向こうへ連れてってくれんすよ」
「いいこと言うじゃんルト! じゃぁ、最後はみんなで理不尽に打たれましょ!」
ニーナは笑いながらメイスを空へ掲げる。
その行為に皆首を傾げる。
「一応ネタバラシ。聖女の祈りは3分きっかりで終わってたことと、9本の槍は空から降ってきたってこと」
闘技台上空──。
雲よりも高いその位置にはニーナが1分半の時間で生成出来た数およそ120本の雷光槍。
「じゃ、そゆことで」
メイスを振り下ろし、すぐさま自分は闘技台を降りて走る。
振り下ろされるのと同時に動いたのはアルゴだった。
素早く地面に伏せてるセリーヌを闘技台から投げ飛ばす。
それを見たアックスも理解し、すぐさま武器を捨て、ルトを担ぎ上げ場外へ走る。
しかしすでに降ってきた槍は腕を擦り、つま先へ刺さる。
「痛っ──」
勢いよく飛び、場外にダイブ。
取り残されたエミリーを片手で抱え、アルゴは木刀一本で全てを弾く。
「すごー、雨の日傘いらずじゃんね」
ひと足先にウォームアップエリアへ帰還していたニーナが他人事のように感心する。
「ニーナ……ちょっとやりすぎじゃない?」
「へ? でもルトは理不尽大好きって言ったからさ」
「う、うん。まぁ、それでいいや」
ロズが引き攣った顔で目線を逸らす。
「ごめんね。もっと安全に逃げたかったんだけど……」
「いや……助かりました」
つま先を庇いながら立ち上がり、ルトに手を差し出す。
「アックス先輩でしたよね」
「ん? うん」
「俺がもし、女だったら絶対好きになってますわ」
「ははっ、今度は女子を庇うよ」
「ハァハァ……すまんなエミリー、逃すの間に合わず」
「──い、いえ……むしろ、こ、こっちの方が……刺激が強くて──」
アルゴのデカく硬い腕に包まれ、エミリーの顔は赤く染まる。
◇
「ハハハハハッ!! やってくれるじゃねーかあのニーナってやつ!!」
「笑い事ではすみませんよマザード」
「すみません、すみません、すみません」
「いえいえ、テレス先生のせいでは……むしろ私が忠告しておけば……」
関係者席の半数は大爆笑の渦、その残りは引いてしまっているカオスな光景に、ファセスは苦笑いで思う。
どうして冒険者になるような人たちは狂ってる奴が多いのだろうかと。
◇
真っ白な空間、床はまるで水面の如く私を反射する。
歩くたびに水紋がゆっくりと広がる。
「ここは何処?」
だだっ広い空間。
辺りには何もなく、本当に白い空間だけが広がってる。
ただ歩く。
それしかすることがないがため、真っ直ぐに歩く。
「私さっきまでアルゴ先輩と戦ってだはずなのに……」
最後の一撃、頭に直で喰らって……そこから記憶がない。
本当にここは何処なのだろうか。
「あ! やっと意識がこっちに来た」
急に現れたその声に、驚いて顔を上げる。
「やぁ、初めまして……ん? 今回は女剣士なんだ……ワクワクするね」
「だ、誰……?」
見た目は好青年。
白髪で、色白。
ところどころ傷が目立つが、整った顔をしている。
服装も裕福な装飾が施されてるし、綺麗なマントから見える剣も高そうだ。
「あぁ、自己紹介しようか」
「は、はい」
その青年は右手の甲を見せるようにポーズを取る。
「僕はアズメイェル・ジー……あ、今はアズエル・グレイライトって言われてるんだっけ……?」
「アズエル……?!」
手の甲には八芒星がはっきりと書かれている。
「うん。君たちが言う聖神様ってやつさ」




