69話 聖女の祈り
他人に対して優しくなれる人間はきっと人生という生きることに余裕を持ってる人間なんだろう。
自分もそうなりたいのに、優しさと甘やかしの違いは難しい。
圧倒的な速さで、ラストローテになった。
小細工なんてない。
真正面からの実力行使。
強い。
ただそれだけで、この男は決して砕けない自信を持っている。
「ラストローテきちゃー!!」
絶望的なこの惨状に、ニーナだけが浮かれている。
「……まじかよ。あの速さ」
「ルト、作戦どする?」
浮き足立ってるニーナを他所に、強がりなルトですら息を呑んでいる。
「ル、ルト……やばいかも」
「あぁ、そうだな。流石は最高傑作って感じだ……」
「? でもうちらの最終兵器も負けてないでしょ?」
いつもより気合い十分なニーナは、笑いながら私を指す。
「は? お前この状況で、何言ってんだよ」
「だって、セリーは無理だなんて言ってないじゃん。やばいかもって言ってんじゃん」
「……え? セリーヌ、お前まさか勝てる気あんのか?」
衝撃的なルトの言葉に私は少し寂しさを感じる。
「え、勝つつもりないの?」
「いや、あるけどさ──」
先ほどまでの威勢はどこにいっちゃったんだよルト。
「全力には全力で、でしょ?」
「……あぁ、そうだったな」
ルトは深呼吸をして、相手を睨む。
「さて、まずは後衛を──!」
作戦会議をする間もなく、相手のアックスが矢を放つ。
「ぶっね!!」
ギリギリで掠った頬を触り、ルトが構える。
「後衛2人は俺狙い! 最高傑作、セリーヌマーク!!」
出来るだけ簡潔に、されど的確に相手の狙いを理解しているルトは叫びながら闘技台いっぱいに走り出す。
「ニーナ! バフ!!」
「やってる!」
目線をアルゴに向ける間に、すでに目の前に立っていた。
「!!」
圧倒的な威圧感に驚き、私は後ろへ飛ぶ。
「お前らの司令塔はあの剣士なのか?」
「おたくはエミリーさんですよね」
剣を構えて、腰を落とす。
「あぁ、狙いを俺から変えるか?」
「それができればもうやってますけどねっ!」
ほぼ同時に踏み込み、木刀どうしがぶつかる乾いた音。
重っ……。
筋肉量が全く違う。
2発、3発と、その重さは体全体に重なり合う。
やばい……、真っ正面の打ち合いだと部が悪すぎる。
出来るだけ、角度をつけて力を分散させないと。
「木刀は好きか?」
「……どっちかと言うと、嫌いですっ!」
「俺もだ」
いちいち喋りかけないで!
こっちは受け流すのに必死なんです!!
「この木刀はすぐに折れる、俺の力に耐えきれずにな」
「…………」
息切れしないの!?
「それに真剣とは重さも違うし、緊張感も出ないしな」
「…………」
そりゃ、ぺちゃくちゃ喋ってるから緊張感が感じれないんでしょうが。
「お前たちは魔術も齧ってるらしいな」
「…………」
「俺は魔術のことなんて何一つ知らん。だが、その分剣術に注ぎ込んできた」
「…………」
小細工に足を掛けてみるが、簡単に躱され反撃が来る。
「生まれは何処だ?」
「…………」
「流派は?」
「…………」
「剣を習ってどのくらい経つ?」
「…………」
「なぜ、答えてくれん」
「集中してるからです!! 喋らないと死ぬんですか!!」
「…………」
言い過ぎた?!
「アルゴ君の質問には答えなくちゃいけないでしょう!? せっかく仲良くなりたくて会話を試みてるんですから!!」
エミリーの横槍が入る。
「いや! 必死でやってる所で会話するのはむずいでしょ!」
アックスのツッコミで、アルゴがハッとする。
「そうか。またタイミングを……間違えた」
一瞬で、声色が変わり、無駄口を叩いていたアルゴが消える。
彼の持つ剣は天頂に掲げられ、自身との力の差を見せつけるかの如く、両手で握られた柄を全力で振り下ろす。
まただ。
またこの恐怖感。
なぜ、こんなにも怖がっているんだろう。
圧倒的な力量と、技量、背丈、体格、声、息遣い、その全てが全身を震わせる。
マザードさんと戦っている時には感じないこの感情。
全てにおいて、俺が勝っている。
そう聞こえる。
────。
◇
詠唱を途切れさせない……。
常にバフをかけ続ける……。
「……やばっ」
バフをかけてると感じる。
エミリー先輩の性悪さを。
味方へバフを捨て、端からこちらを邪魔するためのデバフを送り込んでくる。
「うっとうしいな……」
バフを無効するためのデバフに、シンプルな嘔吐、鈍足、鈍り、目潰し、混乱。
それを相殺するためのバフに費やして、他のバフがかけられない。
「行けるかな……」
彼女の頭の片隅にあった作戦の一つ。
現実的では無いものの、成功出来れば勝てる可能性が格段に上がる。
「ルトばっか構ってたらセリーもやばいだろうし」
2年生で習う範囲外。
エミリー先輩もまだ習ってないって言ってた。
卒業試験で習う範囲のレベル。
分厚い教本に書かれてる中の57ページにもわたって説明されている一つの祈り。
そのほとんどが神語で構成されており、修練期間5年間を費やして学び、習得できてやっと聖女となる。
「ふー」
深く、息を整えて集中する。
出来る。
できないはずがない。
だって、うちは天才なんだから。
「『序』
オルミル・ルーヘン・グレイライト。ソノイス・カムイノゥシ・ルト。メーネゥジィーナ・エントロキーメコュム・アズメイェル。
『翔』
ネフィラテンノーチラン・レストイェチランノスト。ブリアゥントライメシス・ヒュメンジスネコムィネ────」
神語が闘技場を包む。
テレス先生はどう思うかな。
今まで手を抜いてきたことはバレてたけど、ここまで出来るとは思ってなかっただろうし。
眩い光がルトと、セリーヌを包む。
「!! 聖女の祈り!?」
エミリーは驚いた顔でニーナを睨む。
◇
「テレス先生!?」
関係者席にて、鼻を啜る音を聞いたアリアが音の方を向くと、神聖術講師であるテレスが鼻水を垂らしながら大泣きをしていた。
「クエン先生……グスッ、私今泣いてますよ……」
「えぇ、あれがニーナさんです」
慌ててアリアがハンカチを取り出してテレスに渡す。
「ありがとうございます」
「いえ……」
貰ったハンカチで鼻をかみ、ベトベトの布を持ち主に返す。
「…………」
手のひらに乗ったハンカチを、虚無の顔で見つめるアリアがそこにいる。
◇
『聖女の祈り』
ほぼ全てが神語で構成られる理由は、大雑把で断片的な直訳しか出来ておらず、詠唱の方法が神語のみな為、独特な発音と独特な術式、さらには詠唱にかける時間が最短でも3分の長文であると言う所以である。
大まかに6つの術式で構成されている『聖女の祈り』は「序、翔、天、獄、朧、焉」に分けられ、それぞれ唱えてるたびに対象の能力を段階を踏み加速させる。
◇
「おいおいマジかよ……、あの歳で聖女の祈り使えんのかよ」
「今年の2年はどうなってんだ!?」
観客席から飛び交う称賛。
素人にはわからない。
名のある冒険者や、プロの聖職者にはわかるこの偉業。
幼い頃から神語に触れてきたニーナだからできること。
「マウォインテレス・アサィンネシ・ファセィスニアルヒェルー・アルェリコネシア。
『天』
ヒィーメスクネノムス・ユゥクィトラシル──」
神語は第二言語並みに理解が出来、読み書きはもちろん、神語を用いた会話も教会のシスターと行っていた。
しかしながら普通の人間であれば、それが出来ようが1発で『聖女の祈り』が使える訳ではない。
その実は本人自身、特に気にしたことがないし、特別だとも思っていない能力である。
1度目にすれば記憶ができる瞬間記憶、映像記憶という才能を持つニーナだから出来る芸当。
◇
何が起きてる……。
この光……
あからさまに体が楽になっている。
「ニーナ……本当に何が起きてるんだ」
一回戦目の時から違和感はあった。
顔色が悪そうだったし、落ち着きもなかった。
なのに、この試合が始まる頃には何かが取れたかのように、別人になってる。
まぁ、正直どうでもいい。
『ルト、人の意志は簡単には変わらないんだよ。でも……人の意思は変わるものだ』
走り続ける俺はふと、親父の口癖を思い出す。
無駄な思考だ。
今ここにはいらない。
だからこそ、どうでもいいんだ。
息切れは起こしていない。
マザード先生の追い込みのお陰だろうか。
それともニーナのバフのお陰だろうか。
どうでもいい。
思考の邪魔だ。
目も冴えてるし、頭も回る。
今やらなくてはいけないこと、考えなくちゃいけないことは弓矢の妨害と、聖女への嫌がらせのみ。
的を絞らせず走り回り、隙を見てエミリーのそばに近づく。
意図的に俺が挟まれる形をとる。
それだけでアックスは速く仕留めなくてはいけないと、焦り始める。
『やりずらいだろう』
森に生息するアルクは単独行動を主にとる。
天敵は狼やハイタイガーなどの群れをとる魔獣たち。
アルクは襲われそうになると、相手の群れに突っ込み、紛れ、狩られる的を減らそうとする。
ほとんどの場合、群れたちに捕食されるのがオチだが、稀に誤って群れ同士で噛み合い、争いになり、その隙にアルクは逃げ生き延びる。
俺の作戦の全ては親父の受け売りだったり、俺が見てきた魔獣の習性だ。
流石に四年生だ。
聖職者も攻撃パターンが存在する。
だが、プロでもないだろ?
だから俺からは攻撃しない。
できるだけ近づき、お前らの誤射を待ってやる。
「我慢比べだぜぇ!!」
◇
「あの剣士、ルトって言ってましたっけ……?」
「はい。それがどうかしましたか?」
ファセスの口角は無意識のうちに上がっている。
「いい性格の悪さしてるなって、それに周りもよく見えてる」
もう見た目で判断はしない、一回戦目で度肝を何度抜かれたかわからないから。
「まぁ、そうですよね、わかりますよね。ファセスさんも一応前線で戦ってる身ですから」
「……一応って」
「でもルトさんを司令塔だと思っていると痛い目に遭いますからね」
何故かドヤ顔でアリアが胸を叩く。
「……可愛い」
「死んでください」
◇
「光星の如く、焦燥の撃を『雷光槍!!』」
──きたっ!!
逃げ回って3分ほどでやっとエミリーの攻撃。
意外と遅かったが、たった3本の光の槍。
セリーヌが言っていた。
雷光槍は急なカーブが出来ず、狙いがわかりやすいと。
「舐めんなぁ!!」
俺は一つ目の槍を弾き、前に出る。
「一本弾いて満足しないでくださいね」
「知ってんだよぉ! 俺だってバカじゃねぇからなぁ!!」
2本目を避け、足を止めず3本目を受け流す。
「へぇ、馬鹿じゃないですか……。魔術をろくに扱えない分、気力だけはすごいです。褒めましょう」
受け流した槍は後方のアックスの視界を妨げる。
「やっと近づけたなぁ! 俺の射程圏内によぉ!!」
勢いよく振り切る剣。
ずっとこれを待っていた。
アックスは矢で邪魔をして、俺を聖職者に近づけさせないようにしていた。
だから俺は誤射を待ってたんだ。
エミリーが攻撃してくるという誤射を。
「でも、3本弾いても満足してはいけませんね」
「!!?」
「私のナイトがやってきます」
その言葉を聞いて、俺は思い出す。
この闘技台には最強がいたことを。
◇
────あぁ、わかった。
────思い出してるんだこれ。
────前世の記憶を……。
自分より高い背、低い声、体格、骨格、呼吸音。
その全てはまるで小動物を蔑む王の如く。
前世で体感した、本庄先生にリンクする。
怖い。
ただ怖い。
そう思ってた、さっきまで。
……あれ?
気が楽になってきてる?
ふと、自身の体を見ると、淡い光が包み込んでいる。
あぁ、ニーナか。
あったかい、安心する。
目線を戻して、アルゴを見る。
すでに振り下ろされてる木刀を私は往なす。
軽い。
さっきまでの重さが嘘みたいだ。
剣聖とはまた別の感じ。
頭がスッキリしていて、よく回る。
体が軽く、速い。
やっぱりニーナはすごいな。
いつも私を助けてくれる。
私に出来ないことを簡単にやってのける。
「先輩。本気でいいですよ」
「?! 本気だが……」
「嘘でしょう。私がどこまで出来るかを少しずつ探ってるような動きです」
「……」
「それに、先輩の目が嬉しそうだし」
「フッ。あぁ、わかった。全力で来い」
先ほどとは違い、スピードとパワーが上がる。
目で見てわかるぐらいだ。
どれだけ手加減をしていたんだろう。
あぁ……強い──
この学校にはこんな魔物がいたんだ……。
マザードさんとばかりやってきたから、こんなに違う戦い方を知らない。
──でも、戦えてる。
きっとニーナのバフが無ければこんなに動けなかっただろう。
力任せなのに、繊細な剣筋。
嫌なところばかり攻めてくる。
「ハハッ!」
「!」
自然と口が開く。
笑いが込み上げる。
「なぜそんなに嬉しそうなんだ……」
「わかりませんっ!」
受け返し、反撃。
まだ、終わりたくない。
少しのミスで負けるこの撃ち合いにヒヤヒヤよりもワクワクとソワソワが混ざり合う。
「楽しい──」
あっさりとした弾きに追撃の攻撃、でかい図体のくせに、身軽に避ける。
ハハッ、どうやったら倒せるだろう?!
どう動けば隙ができるんだろう?!
どう切り返せば……
どう動き始めれば……
どうしたら……
『この魔物を撃ち負かせるんだろう』
「アルゴ君!!」
遠くから聞こえる声に、魔物が反応する。
え……、
よそ見……?
その時、私の中にチャンスという言葉は無かった。
それよりも、私との戦いに茶々を入れられ、総攻が止まったことに対して怒りを覚えた。
声の先にはルトの木刀と、エミリーの首筋。
すでにアルゴは走っている。
待って、待って、待って──
まだ私と戦ってる途中でしょうが!!




