65話 人生とは料理である
努力はどちらかというと嫌いです。
でと努力しないとどうしようもない場面があることがあるので、努力はします。
勝った……。
一年差の年上の先輩達に勝った。
別に驚きはない。
予感はしていた。
セリーヌは強い。
ロズもそうだし、フォルトだって飛び抜けてる。
でも意外なのはルトだ。
この中で一番魔術が使えないし、剣術も習い始めて一年も経ってないはず。
なのになんで、こんなに戦えている?
なんでここまで立ち回れてる?
いや、知っている。
うちは気づいている。
気づかないふりをしているだけで、知りたくないだけで、目を背けてきた。
「まただ……」
胸がざわつく。
心が焦る。
この1ヶ月、強制的に朝から夜まで練習をしていた時はなんともなかったはずなのに。
窓から見えるセリーヌの素振りを見ている時、ロズが当たり前のように朝早くから練習していると耳にした時、寝不足になるまでルトが魔術の勉強をしてると知った時、決まって私は胸がざわつく。
人の努力を見るのが嫌いだ。知るのが嫌だ。
見れば見るほど、知れば知るほど自信……いや、自分自身が醜く見える。
模擬戦の後、一番心が締め付けられた。
他のみんなは頑張っているのに、それを見たくないがために、その場から去った。
寮に帰ってきて、風呂に入っている間脳裏に張り付いているみんなの頑張っている映像が、ずっとずっとチラついて、締め付けられる。
こうしている間もみんなは汗をかいて汚れも気にせず必死に努力をしている。
そう考えれば考えるほどどうしようもなく、もどかしくなる。
だからこの1ヶ月の強化期間は嫌々でも顔を出して真剣にやったと思う。
それでも足りないからこの胸が叫ぶ。
理由はすぐに出る。
単にうちよりもこの4人は努力をしている。
それだけだ。
前まであった優越感はどこに行ったのか、今は焦燥感に溢れている。
なんでそんなに頑張る?
なんでそんなに努力をする?
なんでそんなに笑っていられる?
なんでそんなに楽しそうにしていられる?
わからない。
うちだけ置いて行かれている。
「ニーナ!」
「!?」
セリーヌに名前を呼ばれて空に掲げた手のひらを見る。
「ハイタッチ!!」
「……あ、うん。おめでとう!」
きっと私は優しくないのだろう。
心からこの言葉が出ない。
ハリボテの激励。
「次の出番まで時間があるから、昼過ぎ集合で各自自由行動で」
ロズは次の試合のため、荷物を片付けながら指示を出す。
「言葉通り、出番無くしてやったぞ!」
「あ、あぁ。ルトにしては気が効くじゃん」
今回の試合の主人公はルトだ。
私はきっと観客から見ればモブ。
名前のない役。
別に目立ちたいとは思わない。
なのになんでこんなにザワザワする。
「問題は次の相手だな」
「次もさっきみたいにうちの出番がないように頼んだ」
ルトの肩に手を置いてその場から退散する。
うちには価値はない。
あの4人誰かが欠けていたら負けていた。
でもうちは違う。代わりに別の人が選ばれていても、勝てた。
口に出るものは嘘ばかりだ。
でも今更頑張るのは──。
「ニーナ、昼過ぎに待機室集合ね!」
親指を立てて返事をする。
試合には勝ったはず。
なのに込み上げてくる敗北感。
このままこの輪に入れば苦しくて痛い。
逃げるようにうちはその場を後にする。
◇
うちが物心ついた時には、農家の次女として牛の世話をすでに覚えさせられていた。
ノアリアとプレナイの中間に位置する山の中腹にある実家。
その仕事は畑作、畜産に果樹もある。
まるまる山一つを持っているため、人手がいくらあっても足りない。
家族も大家族で、じいちゃんとばあちゃん、両親に、親戚も数人一緒に住んでいて、兄弟姉妹は6人。
15人もの大所帯だ。
でもうちはこの仕事が嫌いだ。
この家が嫌いだ。
基本任せられる仕事は土仕事に家畜の排泄物の処理ばかり、幼かったから仕方ないはずなのに、臭いし汚いし、楽しくない。
朝も早いし、向いていないとも思っっていて、早くこんな家から逃げ出したかった。
そんな中5歳のころ、山の麓の村にある教会に1人の修道女がやってきた。
そのお姉さんはシスターでありながら、魔術も人に教えれるほどの実力があり、村の子供達に指南をしていた。
うちもよく家を抜け出して教えてもらっていた。
自分で言うのもなんだが、才能はあった。
初めて魔術を使った時、意外と簡単だと感じた。
周りの子供達はなかなか出来なかったのに、そつなくこなせる。
何が難しいかもわからないし、逆に周りの子供が鈍臭いなと思ってしまう。
魔術の次は神聖術もうちだけに教えてくれた。
まぁ、周りが出来ないから出来の良い方に教えてくれていただけだろう。
「ニーナちゃんは将来なんになりたい?」
シスターから言われた一言。
なりたくないものはすぐに口から出てくる。
「……農家以外」
「ニーナちゃんは才能があるからその道に進んだら?」
才能。
きっと魔術と神聖術のこと。
その道とは冒険者か、国の魔導団だろうか?
「きついの嫌い。楽なのが良い」
昼過ぎまで寝れて、好きな時間に仕事をする。
暇な時間は趣味が出来、特に不自由ない衣食住。
なんなら一生寝ててもお金が手に入る仕事がいい。
「……うーん。楽な仕事かー。難しいね」
「シスターは? どんな仕事がいい?」
当時、シスターは職業と思っていなかったうちはそう質問をした。
「え? あー、そうだねぇ。先生かな? 私、人に教えること好きだし、子供も大好き」
「シスターはニーナの先生だよ」
その言葉がうれしかったのか、頭を撫でてくれた。
「できるだけ楽な仕事をしたいなら、いっぱい勉強しないとダメだね。学校とか、行くのはどうかな?」
「学校……」
一般的に、学校に行く人たちは裕福で、余裕がある人ばかり。
それこそお嬢様が多い。
でもうちはそんな家に生まれていない。
農家の生まれで、両親も兄姉も学校に行っていない。
だからうちも学校に行かずに家の仕事をする。
それが当たり前だ。
「推薦入学ならいけると思うよ」
「すいせんにゅうがく?」
「うん。他の人たちよりも勉強が出来て、将来有望の人たちのこと」
この頃には周りよりも秀でていることぐらい感じていた。
簡単な計算もできるし、文字の読み書きもシスターに教えてもらって出来る。
「お父さん達に頼んでもらったら?」
シスターからの後押しで、うちは家族に全てを話した。
仕事をサボって教会に通っていたことに怒られると思っていたが、意外と納得された。
今思えば仕事をサボっていたことはバレていたのかもしれない。
それに、遊んでいたわけじゃないことをわかってもらえたこともあるだろう。
「わかった。今度の試験で合格出来れば学校に行くことを許可しよう」
「そうね。お金はないけど……推薦合格だったら否定する理由がないわ」
推薦で合格し、さらにその中でも優秀な生徒には奨学金が給付されるとも母が言っていた。
お金が欲しかった訳ではない。
ただ、学校に行けば家から出られる。
嫌いな仕事から逃げられる。
その一心でうちはシスターの元で勉強をした。
お陰で主席合格をし、入学を許可された。
「寮生活になると言っても夜更かしはするなよ」
「はい」
「ご飯はちゃんと食べるのよ」
「はい」
「向こうでもたまには手紙を送れ」
「はい」
ここからリューベルまでは丸2日。
初めての長旅。
山の麓の村まで実家のボロい荷馬車に揺られながら両親が口うるさく小言を言う。
「村に着いたらシスターが次の街までの馬を用意してくれてるんだろ?」
「うん。そこで一泊して、また別の街まで馬車移動」
「にしても学校も太っ腹だよな。交通費だけじゃなく、宿泊費も出してくれるなんてよ」
お父さんは手綱を持ち、前を向いたままあくびをする。
「だって、首都リューベルよ。私たちには手も届かない場所よね」
「あー、そうだな」
いつもよりも早い朝に眠そうに返事を返す。
「それに村のシスターにもお礼しないとな」
「えぇ、勉強も教えてもらって、リューベルまでの道順すら調べてくれるなんて、本当にいい人ね」
村に着くと、すでに乗る予定の馬車が待っていて、隣にはシスターが迎えてくれた。
「おはようございます。ついに今日ですね」
「おはようございます。眠いです」
シスターは眠気なんてないのか、笑顔だ。
というか、常に笑っている。
それ以外の表情なんて見たことない。
だからこそ、うちはシスターが好きだ。
正直両親よりも尊敬している。
自分が努力するのが嫌なせいで、人の努力を見るのが嫌い。
苦労しているのを見ると、うちもやらなきゃ行けないと錯覚してしまうから。
でもシスターはずっと笑っていて、苦労してるところを知らない。
だから好きだ。
「向こうでも元気でね」
「はい! 帰省した時は顔を出しますね」
そう言うと、シスターは珍しく申し訳なさそうな顔をした。
「……ごめんね、来月からここを離れるから会えないの」
「え……」
「ノアリアに戻るように言われてて、双子の姉が勤務地から離れたから代わりにそっちにいくの」
優しく頭を撫でられる。
「だからもし、ノアリアに来たらその時会おうね」
「……うん」
これが私が尊敬する唯一の人。
誰よりも辛い顔を見せず、いつも笑っている優しいシスター。
◇
「こんな所に居たんですね。探しましたよ」
闘技場から離れ、屋台も出ていない人気のない川沿いのベンチに座って呆けていると、クエン先生が隣に座ってきた。
「こんな誰もいない所、1人で何をしているんですか?」
「クエクエが来たから2人」
クエン先生は苦笑いをしながら、話を始める。
「豊作戦が始まってから……いや、始まる前の練習から様子が変でしたね」
「うちはいつも変だし、別に気にしすぎでしょ」
周りとは違う。
天才だと持ち上げられて、努力を怠って、あの輪にいちゃいけない。
「ニーナさんは入学試験、主席だったそうですね」
「まぁ、天才だから」
痛い所を突く。
「それに、神聖術も一位でしたね」
「昔習ったことあったので」
この会話は意味があるのだろうか。
天才のニーナは昔の話。
今はもう廃れて薄れてしまっている。
「ニーナさんは努力は馬鹿らしいと思いますか?」
「……その質問って答える意味──」
少し反抗気味に反論しようとすると、クエン先生は口を挟む。
「努力が恥ずかしい、全力は馬鹿らしいなんて思うことは誰だってあります」
「え?」
予想外の回答に頭が追いつかない。
「僕も本気を出すのは疲れるから嫌いだしね」
「は?」
余計に理解が出来ない。
大の大人が口に出す言葉ではない。
「もう少し頑張ってみて」と、テレス先生からいつも言われる。
「見習えよ」と、ルトから放たれる言葉。
「真面目にやれ」と、父から怒られた記憶。
「期待してた」と、セリーヌから出たため息。
それなのにクエン先生は努力をしろと指図せず、逆に肯定される。
「人生って料理と似てるんですよ」
「……?」
「例えば、沢山の食材を調理して、完成した料理を残さず食べると皿の上には何も無いです。これが産まれてから、死ぬまでの工程」
頭の上にクエスチョンが消えない。
「じゃあ、その皿を空に出来る料理って、どんな味がしますか?」
「……美味しい味?」
「そうです。美味しく無い、不味い料理は一口食べたら二口目なんていけません。では、美味しく調理するにはどうしたらいいですか?」
「レシピ通りに作る?」
この答えは少し違ったようで、クエン先生は言い直す。
「えっと……では、ステーキを作りましょう!」
「はい」
「今、すごくお腹が空いています。目の前には焼かれていないステーキ肉が二切れ。一つは何も下準備がされていない物。一つは昨日からタレに漬け込んだ物。どちらを焼きますか?」
そりゃぁ、下準備された肉だろう。
味が染み込んでいるし、肉も柔らかくなる。
「もちろん後者ですよね。今度は僕が愛してやまないカレーです。食材を面倒くさいと言って、カットも皮剥きも省いて作りますか?」
「作らない。ちゃんと下処理はする」
「はい。ちゃんと切る、剥く、焼く、茹でる、アクを取る。面倒くさいし、時間が掛かる。でもちゃんと下準備をすれば美味しいカレーが出来ます」
人差し指を立てながら、クエン先生は立ち上がる。
「美味しいと完食出来る、当たり前のことです。美味しくするには下準備をしっかりする。これも当たり前のことです」
「人生の話じゃなくない?」
「いえ、人生と同じです。辛いとか、嫌いとか、やりたく無い、面倒くさいという感情は全て下準備。幸せな人生を完食するための下準備なんです」
うちの前に立ち、今度は親指を立ててクエン先生自身を指す。
「だから僕は嫌いな本気を出してます」
「料理と人生は同じ……」
親指は人差し指に再び変わり、うちの事を指さす。
「で、ニーナさんは何をします?」
「うちは──」
ずっと前に気づいていた。
分かっていた。
忘れていることにしていただけ。
努力を見るのが嫌いだってのは、自分に嘘をついて、逃げる言い訳にしているってことに。
胸がざわつくのはくすぶっていたことに。
あの試合を見ていて、踵を浮かしていたことに。
もう、嘘つきにはなりたく無い。
もう、置いてけぼりにされたく無い。
もう、逃げることを考える事をやめたい。
「うちは──皆んなに追いつきたい。もっと真剣に、努力をして……本当に心から皆んなと喜び笑いたい」
「……えぇ、それが人生です。悩んで、もがいて、くすぶって……でも、その感情が出てくる理由はちゃんと魂が燃えているからです」
うちはずっと考えていた。
昔出会ったシスターはいつも心から笑って幸せそうだった。
大変な事なんて体験したことが無いみたいに、辛いことなんて知らないみたいに、楽しそうに、ただ幸せそうにしていた。
でも、今ならわかる。
それが一番大変なことぐらい。
修道女になるには幼い頃から何十年も修練を積まないといけない。
それは安易なものではない。
すごく苦労をして、努力をして、もがいて、あがいて、我慢をして、やっとの思いでシスターへとなる。
その経験をしてきたからこそ、ああやって笑っていられることに。
「そう言えば、テレス先生が呼んでいましたよ。次の試合まで時間がありますので、行ってきたらいいですよ」
「テレス先生が?」
クエン先生は頷いて闘技場の方角に指を向ける。
「クエクエありがとう! うち頑張ってみる!」
「はい。期待しています」
ベンチから立ち上がり、クエン先生に礼をして、その場を急いで後にする。
足が軽い。
気分がいい。
心地よい鼓動が聞こえる。
さっきまでのモヤモヤがまるで嘘のように消えている。
「セリー達にも作戦に加わる話しないとっ」




