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デスターン  作者: 春川立木
59/72

55話 who

ゴールデンウィークって四連だっけ……

幼少期、物心つく前の事はあんまり覚えていない。

ただ、ぼんやりと覚えている事は人が考えていることが薄らと感じていた事。


言葉なんて分かりもしない。

本を読んでも何にも理解出来ない文字。


でも、大人達が求めている行動、伝えたい内容はなんとなく分かっていた。


「シギョウ様は天才かも知れません」


母親に抱かれながら、メイドの1人がそう言った一言。


まだ、赤子の頃なのに、自分の名前はシギョウなんだ……と、理解できた。


天才って言葉も初めて聞いたし、意味も知らない。

なのに特別で普通ではない、褒められている言葉だと分かる。


なんとなくの雰囲気、情景、人の本心が分かる。感じ取れる。


だんだんとメイドだけじゃなく、母も父も姉も周りの大人達も皆僕のことを神童と呼ぶようになった。


僕は人とは違う。

選ばれた天才なんだと、疑いもしなかった。


──でも、違った。


文字を覚え始めたあの日。

朝起きていつも通り食堂に顔を出した時、初めて嘔吐した。


昨日の夜に食べた料理が悪かったわけじゃない。

空っぽの胃の中から吐き出されたのは胃液のみ。


喉がヒリヒリと痛むまま、テーブルに着いている父を必死に見る。


「え……?」


父を見ているはずなのに、周りに舞う文字、頭の中に直接流れ込む文字、まるで文字に殴られているかのように、処理できないほどの情報量。


視界の端から端まで埋め尽くされる


        ──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字

        ──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字 

        ──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字

        ──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字 

        ──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字

        ──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字──文字 


「うっ……!?」


その日僕は人に会うことを辞めた。







僕は神童でも、天才でもない。

凡人よりも下で、どうしようもない程にクズだ。


他の人には無いものを持っていても、利用できる能力も度胸もない。


部屋にあった一冊の本。

唯一文字を覚えて良かったと思う瞬間。


文字だけで物語が進み、人の思考も邪念も存在しない。


文字に毒された皮肉な代物なのに、本だけは僕を落ち着かせる。


よく夜に誰もいない瞬間を狙って書庫に本を取りに行った。


知識を集めればこの状態もなんとかなると縋った。


なのに、窓を見た時に、外にいる人達と目が合うだけで吐き気が止まらない。


その人が辿ってきた歴史に思考、見たもの感じたものが一瞬に脳に入り込んでくる。


あり得ないほどの情報の多さに、気を失った。





初めて、扉が吹っ飛んだ。

1人の少年、僕と同い年の白髪の子供が扉をぶっ壊した。


咄嗟にシーツに包まった僕を無理やり殻を破るように、シーツを剥がす。


久しぶりの人の顔、両手を剥がされ強制的に顔が合う。


また、あれがくる──。


白髪の少年が辿ってきた人生、思考、感情。


「なに……これ……」


僕が知らない世界を彼は知っていた。


この世界に存在するはずのない高く角ばった建物に、馬車とは違う乗り物、学校と呼ばれる学舎での時間。

銃と言われる武器で好きな女を庇い、死ぬ光景。


「知らない世界……」


今まで以上の情報に過去最高の拒否反応がやってくる。


吐き気とは別に痙攣、頭痛が僕を襲う。






そして今、再びその少年はアズエリック・フォールは僕の胸ぐらを掴んでいる。


僕の顔を見つめて、耳が壊れるほどの大声で叫んでいる。


知らない人間に対してここまでの怒りがなぜ湧くんだ。

たかが赤の他人だろ。

たかが知人の弟だろ。

たかが穀潰しの子供だろ。


なのに──

なんで……こんなにも本心が俺の脳にぶつかって来るんだ。


言葉と思考が全く同じで、必死でただ僕に対しての怒り。

呪いとは関係ない、人としてのあり方。


あぁ、確かに僕は怠け者だ。

そして根性なし。


何度も死にたいと嘆いていた。

でも、一度も試したことがない。

甘えていたんだ。

この地位に、この身分に、末っ子で長男のこの僕に。

エスタ領主の跡取りに絶対なれるという令息に。


人は楽をしたい生き物だ。

これは賢いから生まれる感情であり、常に先を見据えているからこそ出てくる思考だ。


でも、彼は違う。

その生き様も、言動も全てを今知ったから分かる。


常に前を向き、剣を振り、力をつける。

母親が死んだ時も、嘆くよりも先に殺した相手を自分の手で殺すと前を進んでいた。


掴まれていた胸ぐらはいつの間にか離されて、続いて黒髪がやって来る。


──こいつも一緒だ


さっきのやつと全く同じだ。

同じ環境で死んで、別の場所で生まれたこいつも自分のせいで追い出されて、自分のせいで母を失い、今ここにいる。


白髪のやつよりは真っ直ぐではないが、僕を救いたい気持ちも、誰1人も失わせない気合いは同じ。


こんな同年代が近くに居たなんて……。


「お前らはなんなんだ……」

「?」


咄嗟に出た一言。

嫌味ではなく、自分自身に対してあの2人より劣っているからこそ出てきた言葉。


父や姉に向けた最低な言葉。

全人類を敵に回すような言葉。


合わせる顔がない。

というか顔を見せられない。

また、あの時みたく人の顔を見て吐いてしまえば……。


「え……?」


黒髪のクルトが被せたローブ。

言葉通りに被ったフード。


──聞こえない?

──いや、見えない……。


今までの文字も、今までの風景も、思考も感情も、何もかもなかったような、ただ静かな部屋。


「……聞こえない」

「良かった。合っていました」


クルトの声がはっきりと聞こえる。


「エル。ここは領主様達だけにしようか」

「あぁ、そうだな」


彼らはその場を後に、部屋から出ていく。







「シギョウ! 分かるか?!」

「シギョウ! 分かるの?!」


カモクとミルナはシギョウの顔を見つめる。


「う、うん。なんとも……ない」


凝視されても吐き気が来ない。

初めての体験にシギョウは驚きと困惑がごっちゃになる。


「……どういう──なにが、え?」

「お前の呪いはそのローブで相殺されたんだ」

「は……? 相殺? え……は?」


まだ、理解出来ていないシギョウにカモクが飛びついた。


「えっ、ちょっ……!」

「やったの!!」


それに続いてミルナが抱きつく。


「良かったなぁ!!」

「良かったの!!」

「え……?!」


全てが突然で、何が何だか状態で、どうしたらいいかわからないシギョウもだんだんと気づく。


「ごめんなぁ! ずっとほったらかして……」

「ごめんなの! もっと早く気づくべきだったの!!」

「…………」


呪いから解き離れたことを悟るシギョウの両手は父と姉の背中を力強く抱きしめている。


「……ご、ごめんなさい!! ……ずっと、ずっと、ずっと心配かけて……、グズっ、最低なこと言って……ごめんなさい!!」


泣きじゃくりながら、シギョウが叫ぶ。


四年間、ずっと1人だけだったこの部屋。

希望も気力も無かったこの部屋。


アズエリックの拳でこじ開けた開かずの間。

クルトの知識と勘で解いた呪い。


そして今、この部屋には嬉しさと感動で埋め尽くされる泣き叫びが、階段を降りるクルトとエルに届いている。







「流石って感じだな」

「え?」


遠くから聞こえる歓声を聞きながら俺はクルトに拳を見せる。


「クルトのお陰だろ?」

「あ、あぁ。でも、エルがいたから出来たんだ」


拳をぶつけて笑みをこぼす。


「エル」

「ん?」

「成人したら冒険者になろう」


え?

今更……?


「なるつもりなかったのか?」

「いや、今日で決心がついたんだ。人の喜ぶ姿はこっちも嬉しいって」


クルトの表情は今まで以上に輝いている。


「そうだな。成人って16?」

「違うよ」


え?

もっと遅かったっけ?

前世と同じ18か?


「18でもないからね。15歳が成人ね」

「え? お前も思考が読めるのか?」

「いや? 顔に書いてあった」


流石だ。

流石俺の相棒のクルトだ。


「あと6年かー」

「長いね。13歳でも僕は良いんだけど、ロンさんがなんて言うか……」


ロンさんのことだ。

成人してからじゃないとダメだ!!って言ってきそうだよな。

過保護だから。


「でも、直談判すれば許してくれるんじゃねーか?」

「え?」

「ロンさんも冒険者だったんだろ? 否定はしないと思うんだよな」


階段の最後の五段を軽々と飛び、クルトを見る。


「言ってみよーぜ。今から」

「今……早くない?」


早いも遅いもねーぞ。

言いたいってタイミングで言わなきゃ言えなくなるし。


俺はクルトを置いて、先に玄関に走る。


「ちょっ! 勝手に帰るのまずいって」

「うるせー。言いたい時に言わねーと言いづらくなるぞ!」


クルトは走る俺をみてため息をついた。


「はぁー、言いたい時に言わないとか……」


クルトは今だに聞こえる歓声を聞きながらこぼす。


「エル……。君は誰なんだ」

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