53話 シギョウ
ちょっとバッティングしただけで、筋肉痛。
もう、無理だ。
動けやしない。
馬車に揺られて俺たちはエスタ城に向かう。
「会うとしても顔を見せてくれないならどうしようもないね」
「まぁ、確かにな」
窓から見える景色、人がこちらを物珍しそうに覗いてくる。
「そんなに珍しいかね、この馬車」
「お父様の馬車は自慢なの」
鼻を鳴らし、腕を組むミルナは先ほどまでの赤面はいつの間にか引いている。
「エルは作戦あるんでしょ?」
「は? ないが」
そう言うと、クルトが眉をひそめて訴えてくる。
「いや、エルが今日行こうって言ったじゃん」
「そりゃ、悩んだら動けばいい。それにクルトだって会いたいって熱弁してたじゃねーか」
クルトはため息をついて、俺を哀れそうに見つめる。
「なんだよ」
「いや、昔仲良かった友達に似てるなって」
俺からすると、クルトも前世で親友だったやつに似てるけどな……。
「ん?」
「どうかしたの」
「いや、ちょっと思い出したことがあっただけだ」
エスタでの事件。
魔族のフィーナから受けた魔法で前世の世界? みたいな所にクルトがいたことを思い出す。
「まさかな」
◇
「着いたー!」
馬車でおよそ20分。
5ヶ月前に見た景色と変わらず、でかい玄関がもてなしてくる。
「こっちなの」
ガイドミルナについて行きながら周りを見渡す。
「いつ見てもえぐい作りだよな」
「もう見飽きたけどね」
なんと贅沢なやつなんだ。
ここ最近書庫を頻繁に出入りしてたクルトは常連のため、この凄さに慣れてしまっている。
「そういやメルさんのところには行ってんのか?」
「んー、ぼちぼち? 来月からメルさんアズレットに行くって言ってたし、忙しいんじゃない?」
階段を登り、3階に向かう。
「なんでまたアズレットなんか遠くのところに?」
「岩村って場所に腕利きの鍛治師がいるらしくて、住み込みで見習いになるんだって」
「すげぇ……」
武器屋の店主が武器が好きすぎると、自分で作る方に行くんだな。
「魔術を放てる剣が完成しない理由は剣の声が聞こえないからだ! って言ってたからね」
なんだよ剣の声って。
命でも宿らせる気か?
「ここなの」
くっちゃべっていると、目的地に着いたようでルート案内を終了された。
「さて、どうするか……」
皆の前には5年程、誰も開いているところを見たことのない開かずの間がある。
「壊すか」
俺は腕を振りながら前に出る。
「待って、待って考えようよ」
「えー、領主公認なんだろ?」
クルトの右手が後ろから俺の襟を掴み、止めさせられる。
「破壊が公認な訳ではないよ。最悪の場合の話ね」
うー、めんどくせーな。
「どうせ開けるんだろ? 結果は一緒だと思うがな」
「開けてもらうと、こじ開けると、破壊するのは大きな差があるんだよ」
俺を後ろに引っ張り、代わりにクルトが前に出て、ドアを叩く。
「こんにちわ。シギョウ様、いらっしゃいますでしょうか?」
「…………」
返事がない、ただの屍のようだ。
「僕はクルトです。孤児院に住んでて、シギョウ様と同じく9歳。ミルナお嬢様に魔術を教えている先生でもあります」
一般人が聞いていたら普通に疑問が出てくる自己紹介だよな。
「…………」
「返事がないね」
「死んでんじゃね?」
破壊の案が却下されたお陰で、俺のやる気スイッチはオフに切り替わっている。
「なんてこと言うんだよ。まだ亡骸を見てもないのに、失礼だよ」
「いや、お前も失礼だろ。亡骸の可能性を考えてる時点で」
俺のツッコミで冷静になったクルトは手を叩いて納得する。
しかし、クルトが納得できたところで、解決にはなっていない。
「うーん。どうしようか」
「任せるの」
頼もしい姉の登場。
ミルナは肩を鳴らしながらドアの前に立つ。
「シギョウ! 開けるの!! 拒否権はない!」
うお、初めてミルナ嬢の怒号を聞いた気がする。
「もし、開けないならこの扉を壊すの!!」
「え?! まじ!? 任せろ!!」
意外とミルナも乗り気だったのか。
後ろで俺も肩を鳴らす。
「最後の警告なの! 開けるの!!」
「…………」
返事のないシギョウに呆れるミルナは、俺に合図を送る。
「おし! いっちょ派手になぁ!!」
力強く、拳を握り、ドアを殴り飛ばす。
「ちょっ! 加減しろよ──」
嫌な予感がしたのか、クルトが殴る瞬間に忠告をするが、すでに扉に拳が触れている。
「え? なんか言った?」
聞き返す俺はクルトを見るが、それと同時に扉が破壊されて、吹き飛ぶドアと共に爆音が鳴る。
「……はぁ、なんでも」
頭を抱えたクルトがため息を吐き、ミルナは誇らしげに腰に手を当てて鼻息を荒げ、モナは目を見開き、驚いていている。
「お邪魔しまーす」
ズカズカと部屋に入り、辺りを見渡す。
「な、なんなんだ! お前らは!!」
部屋の中には1人の子供がベッドの上でシーツに包まり、うずくまっている。
「ん? あれがシギョウさん?」
「はぁー、こうなったらもういいや」
クルトは俺を横切ってベッドの横に近づく。
「初めまして、僕はクルトです」
「近づくなぁ!!」
シギョウと思しき子供は大声で威嚇をする。
「……すみません。ですが顔を見せて頂けませんか?」
「嫌だ!!」
頑なに拒否を続けるシギョウに困った様子を見せる。
「しょうがねーな」
俺はシーツを掴み、おもいっきり剥ぎ取った。
「うわー!!」
シーツの中にいたシギョウはボサボサの青髪で、痩せ細っており、両手で顔を覆っている。
「シギョウ! 情けないの!! 男なら正々堂々と、顔を見せるの!!」
泣き叫ぶシギョウにミルナは腕を掴み、力強く引き剥がす。
「いやー!! むりー!! まじでやめて!!」
何をそこまで嫌がるものか、シャイなのだろうか?
「……? 特に何も……? 普通じゃね?」
シギョウの顔を見る限り、特におかしな所はないし、隠す要素も見当たらない。
「やめ──、見るな……」
「実の姉を呼び捨てなの」
「ち、違……」
何か様子がおかしい。
見られて困るものは無い。
それなのに、シギョウはまるで苦しそうに、声を荒げる。
「痛っ──僕を見ないで……頼む……」
「おい。大丈夫か?」
過呼吸になり始めたシギョウに俺は心配になり、顔を近づける。
「あ──っ、がっ…………」
まるで痙攣を起こしているかの如く、シギョウの反応が悪くなる。
「なに……これ……知らない世界──?!」
頭を抑えてうずくまり、嗚咽する。
「出て行け……ここから」
「エル……」
「分かったよ」
奪ったシーツを再度被せて、距離を取る。
「ぐ──っ、…………」
「シギョウ様。申し訳ございません」
クルトは頭を下げて謝罪をする。
「──はぁ、はぁ、はぁ」
落ち着き始めたのか、発作はなくなり、呼吸が戻る。
「……出ていってくれ。お願いだ」
シギョウはそう言い放ち、喋らなくなった。
◇
部屋から出て客室に通された俺らはお茶を啜っていた。
「ごめんなの」
申し訳なさそうにミルナは俯く。
「いや、今回は俺が悪い。まさかあそこまでとは」
「ミルナは悪く無いよ。僕らがもっと慎重にしていれば……」
にしてもアレはやばいよな。
あそこまでの症状は俺らじゃどうしようもないだろ。
「エル。どう感じた?」
「どうって、反省してるよ」
カップに入った紅茶を覗き込みながら俺は答える。
「違うよ。シギョウ様の様子だよ」
「あー、なんだろうな……。単に人間不信って年齢でも無いだろうし、俺らの顔を見るや否や、気持ち悪がられた感じ?」
「だよね」
クルトはカップを持ち、口につける。
「クルトはどう思う」
「まぁ、気になることは言われてたね」
「?」
クルトには何か引っかかることがあったのだろうか。
「ミルナ、ちょっと書庫を借りてもいい?」
「もちろんなの」
◇
クルトが本の虫になって1時間近くたった。
俺は特にこれといって本に興味がない為、ぶらぶらと城内を散歩していた。
「広いな。迷子だ」
一直線に広がる廊下を呆然と眺めながら、ポツリとこぼす。
「にしても、ここの使用人さん達は礼儀正しいな」
孤児院に住んでいるただの子供が横を通るだけで、頭を下げてくれる。
前世で一度は妄想したシュチュエーション、目に入る周りの人たちが敬ってくれるこの状況。
「んー、実際されると申し訳ない感じがする」
どこか場違い感を覚えながらひたすらに前に進む。
「お、訓練中か?」
ふと、窓の外に目をやると、中庭で兵士達が剣の打ち合いを行っていた。
「混ざりてぇ」
最近ロンさんは避けているのか、打ち合いをしてくれない。
子供の俺があそこに行っても、かまってもらえるのかな。
「久しいな」
「?」
窓の外を覗いていると、後ろにいる誰かが声をかけてきた。
「あ! 久しぶりです。領主様」
声の主はカモク・エスタ。
このエスタ城のトップである、領主だ。
「相方の方はよく顔を合わせるが、君は本が嫌いか?」
「あ、いやー自分は体を動かしたいタイプなんで……」
「若いな。私も君と同じ年齢の頃は勉強なんて、大っ嫌いだった」
カモクは笑いながら俺と同じように外を覗く。
「気になるか?」
「めちゃくちゃ気になります。最近剣術を習い始めて」
まぁ、ほぼ素振りしかやってないが。
「そうか、いつでも騎士団に入るがいい。歓迎するぞ」
おっと、それはまずい。
騎士団に入ったら安泰ではあるが、俺の目的と離れてしまう。
「ハハハ。冗談だ」
俺の曇った表情を見て、カモクは笑う。
冗談だじゃねーよ、領主様直々に言われると、怖くて否定できねーだろ。
「シギョウには会ったか?」
カモクは話を変え、俺の目を見る。
「はい。でも、出てけって言われました」
「そうか」
元々怖い見た目のカモクの表情がさらに濃くなる。
「聞いたぞ、扉を粉々にしたと……」
「! あ、えっと……」
誰だ!
俺が壊したことをチクった人間は!!
領主公認じゃなかったのかよ!!
「別に怒ってる訳ではない。そのうち私がやろうとした事だ。むしろよくやった」
「ホッ」
胸を撫で下ろし、顔を見上げる。
「領主様。失礼な質問かもしれませんが、シギョウ様に怒ってます?」
「? なぜだ?」
見上げた時、カモクの顔は怒っている様で、諦めている様な表情だった。
もしかすると、5年も引きこもった息子なんて、必要ないと、切り捨てているのかもしれん。
「いえ、ただ単にどう思っているのかと」
「……どう、そうだな。まぁ、怒りはある」
カモクは目線を中庭に戻して話を続ける。
「あの子は物覚えが早かった。と言うか、赤子の頃から人の考えを読み解くことが出来ていた。アレは私よりも天才だった」
親バカかよ。
「歩くのも、喋るのも誰よりも早く成長し、誰よりも早く理解した。……だが、文字を理解し始めた頃、部屋から出てこなくなったんだ」
「文字……」
え?
待って、5年前に引きこもったんだよな?
今9歳……え?
4歳で、文字を理解したの?!
「理由も話そうとせず、顔も合わせたがらない。まるで自分が一番可愛いと、苦労もせずに楽な方へ逃げる。そんなところに私は怒っている」
まぁ、この時代に多様性などは存在しないわな。
前世ではその言葉は刃となり、よく燃える燃料になっただろうに。
「──だが、それよりも、シギョウは私の息子だ。長男であり、末っ子だ。怒りよりも、失望よりも、無関心よりも、どんな感情よりも、それらを通り越して、心配が勝っている」
「領主様……」
「どんな穀潰しでもどんなバカな息子でも、私の本心は変わらない。一緒に夕食を囲みたいと思ってしまうものなんだ。それが父親なんだ」
パパ……。
「まぁ、君もそのうち分かるようになる」
「そうですかね……」
俺の脳裏には実の父、ゲールが浮かぶ。
「長くなったな。私のつまらん話を聞いてもらってすまない」
「いえ。大変興味深いお話で──」
「──領主様! エル! 多分分かったよ!!」
クルトが大声の呼び止めが俺の言葉を遮った。




