51話 才
ネットが最強の環境になりたい。
僕は一生うんちみたいな環境下でしか生きられないのだろう。
あぁ、うんちだ。
セリーヌ・スメールの朝は早い。
朝日が昇るよりも先に目を覚まし、素振りを始める。
雪解けの遅いプレナイは息を白く変え、澄んだ空気が喉を刺激する。
◇
剣を持ってどのくらいの時間が経ったのだろう。
気づけば朝日が私の汗と反射する。
「ハァハァハァ、なんか今……剣が動いた?」
振り続ける剣は真っ直ぐに、音を立てて動き続ける。
今の感覚……まるで剣がどう動かして欲しいかを伝えてきたかのようだった……。
「セリーヌ! 飯の時間だよ!!」
窓から顔を出した寮母は、朝の気だるさを感じさせないほどの大声を上げる。
「ハァハァ……い、今行きます!!」
私は素振りを切り上げて寮へと戻る。
◇
「ニーナはまだ寝てるのかい」
「た、多分?」
食堂にはたくさんの生徒が朝食をとっている中、私のルームメイトであるニーナの姿が見えない。
「はぁー、世話が焼けるね」
寮母は仕方なくニーナのいる部屋へ向かう。
「いただきます」
テーブルに並べられた料理は、パンにサラダ、スープもついている。
ベルセンの食堂と比べると質素なものにはなるが、スープの味は極上だ。
「セリーヌさん、いつも素振りをしていますね」
「あ、おはようございます」
声をかけてきたのは同じ寮に住む二つ上の先輩。
「四年生の私も見習わないといけませんね」
「とんでもない。先輩は神聖術専攻で、トップなんですから、私の方が見習わないといけないですよ」
2個上の品はだいぶ大人びていて、お姉さんに見える風格だ。
そんな人からお手本にされてちゃむず痒い。
「トップと言っても同級生の中だけです。ニーナさんと比べれば私もまだまだですよ」
ニーナの株はどれだけすごいものなんだろう。
聞く先々ニーナは天才とか、神童とか、私は神聖術に疎いから何にもわからない。
「あ、先輩って魔術は得意ですか?」
「? まぁ、人並みにはですかね」
今日の放課後からアリア先生に魔術を教えてもらう予定なため、少し魔術について質問をしてみる。
「昨日の夜、少し予習をしてたんですけど……魔法ってものが出てきたんです」
「あー、魔術との違いですか?」
「そうです! 魔術も魔法も違いがよくわからなくて」
教科書には術式が組み合わさったものが魔術で、術式が条件下されたものが魔法と書かれていた。
何度読んでもクエスチョンマークが頭の上に出てくるだけで、眠くなってそのまま分からずじまいでふて寝みたいになっちゃったんだよね。
「簡単に言えば魔術はみんなが使えるもので、魔法は個人だけが使えるものですよ」
「個人だけが使うもの?」
先輩は頷いて続ける。
「例えば水を出したらそれは魔術でしょうか、魔法でしょうか、どっちだと思いますか?」
「え……魔術?」
「正解です」
先輩は拍手をして、次の問題に移る。
「では、その水の中に砂利を含める場合はどちらでしょう」
「ま、魔法?」
「残念。魔術です」
?????
「ある程度の修練があれば可能になるのでそれは魔術になります」
「あ、なるほど」
「最後にその水に触れると爆発するとします──」
「魔法!!」
先輩の質問の途中で私は答えを出す。
「正解です。流石ですね」
「ありがとうございます! なんかわかった気がします」
教科書に書かれていた条件下っていうのは触れないといけないとかのことだったんだ。
「スッキリしたー!」
「ん、どしたん。朝から」
後ろからニーナがボサボサの髪を掻きながらあくびをする。
「あ、おはよう。今日は怒鳴られなかったんだ」
「んー、鍵はしてないからね」
私の隣に座り水を飲む。
「ニーナさん。朝の礼拝はまだ済んでないですよね」
「あ……」
忘れていたのか、ニーナはすぐに席を立ち、自室に向かう。
「朝はなにかするんですか?」
「聖職者のノルマがありますからね」
「ノルマ……素振りみたいなものですか?」
「んー、まぁ、そんな所です」
先輩は食べ終わったのか、食器を片付けて、席を立つ。
「では、私は準備がありますので」
「あ、はい。ありがとうございました」
先輩は一礼をしてその場を後にする。
私も食べ終わったし、一回シャワー浴びよ。
◇
「皆さん。おはようございます」
朝9時に一限目の魔術の授業が始まる。
「昨日は早めに切り上げてしまい、申し訳ありません。今日は魔術の実践は無くして座学にします」
アリア先生はそう言って板書を始める。
「魔術には基本四つの元素があります。火、水、風、土。これは太古の昔、エルフによって生み出されたと昨日話しましたね。あと外付け元素も」
生徒は頷いて返事をする。
「今日は魔術の術式と、その組み合わせについて教えていきます」
アリア先生は黒板にいくつもの術式を描いてゆく。
◇
10時半専攻科目の授業が始まる。
「逃げずに来たか」
マザードさんが腕を組んでこちらを睨む。
「今日はランニングだ」
助詞に違和感を覚えるが、生徒は返事をして走り始める。
「セリーヌ! お前は合格だ。剣を持て」
「え?」
「昨日は2時間でバテることなく走り続けた。今試験は合格だ。次の段階に進んでいい」
いつの間にかテストを合格してたのか。
「分かりました。素振りですか?」
「あぁ、2時間の素振りだ。根を上げなければ合格だ」
なるほど。そういう風な授業なんだ。
私は剣を持ち、素振りを始める。
◇
13時、授業の終了する鐘が鳴る。
「授業を終わる」
「ハァハァ、ありがとう……ございました」
疲弊した生徒は膝をついたまま挨拶をする。
「今日の合格者はセリーヌだけだな」
2時間ぶっ通しの素振り、毎朝やっているだけあって何とか合格することができた。
「──はい。……ありがとう……ございます」
しかしながら、私も息を切らしながらお辞儀をする。
「皆、しっかり食事は摂るように」
そう言ってマザードはその場を離れる。
「あ、マザード先生!」
後を追う形で私は引き留める。
「どうした」
「今日の朝もさっきの素振りも何か違和感があって……」
いつも通りと違う剣の挙動。
何かの危険な予兆の可能性が高い。
「どんな風にだ?」
「えっと、言語化は難しいんですけど……なんか剣が勝手に指示した? みたいな感覚です」
そう答えると、マザードさんは少し微笑み私の頭に手を置いた。
「意外と早いものだったな」
「へ?」
「それは剣聖の域だ。いい剣が振れるようになる」
剣聖の域……。
いい意味で早いってこと……?
「その直感、感覚に従え。そして共存させろ、そうすればもっと速く、もっと鋭く、もっと強くなれる」
「は、はい」
◇
13時10分、食堂にて昼食を摂る。
「今日はクリームパスタに決めた!」
ニーナがそう声を上げ、さらに盛る。
「パスタ好きだよね」
「パスタはうちにとってマイベストパートナーだもん」
かく言う私は鶏胸依存者である。
皿に乗せまくったタンパク質の上にソースをかけて、サラダ、牛乳、ヨーグルトをトレイに乗せて席に着く。
「セリー! うち、気づいた。ヨーグルトに蜂蜜を混ぜるとチョーウマイ!」
「え! 私もやろ」
ニーナのトレイに乗っていた蜂蜜をもらい、ヨーグルトと混ぜる。
「……確かに、美味しい!」
「やっぱ、うち天才」
高くなった鼻を自慢げに見せ誇りながら、パスタを口に入れる。
「今日もこの後素振り?」
「んー、ちょっと仮眠しようかな。次の授業がキツくなるから」
昨日の失敗を思い出して、居眠り対策をしようと考えていた。
放課後もアリア先生の授業があるし、寝ることも修行の内。
◇
15時、今日最後の授業であるクエン先生による座学。
昼寝の効果は絶大で、全くもって眠気がない。
剣術専攻の人たちも数名目を覚ましている。
きっと私と同様に昼寝界隈なのだろう。
ルトも意外と真面目なのか、目を見開いて授業を聞いている。
「さて、昨日はゴブリンと狼の習性について教えたけど……今日はダンパについて教えていくよ」
『ダンパ』
四足歩行の魔獣であり、全長は10メートルを裕に超える大型モンスターの部類に入るほどの巨体。
大きな耳を持ち、6本の牙、2本の角が生え2メートルにもなる大きな鼻を持った生物。
主食は岩や、鉱石。
長い鼻はまるで魔術の如く、体内に溜め込んだ鉱石を鋭く硬い弾に変え、放つ。
その速度はバリスタなど簡単に追い越せるほどのスピードではあるが、本体はそこまでの機動性を持ち合わせていないため、近づけば負けることがない。
しかしながら放たれる弾は長い鼻を自由に曲げることが出来るため、カーブすることが可能。
牙と角も固く、装備の素材として利用される。
体内に溜め込んだ鉱石たちも同様に混ざり合い未知の鉱石になるため高価で取引される。
「ダンパの体内に生成される鉱石は切って取り出さないと分からないことから、ことわざにもなってるんだ。誰かわかるかな?」
「はい!」
クエン先生の質問に唯一1人が手を挙げる。
「お、じゃぁルトくん!」
「はい! ダンパの腹中です」
「そう! 大正解」
意外だな。
ルトって頭がいい部類に入るタイプだったんだ。
「ダンパの腹中はやってみないと分からない意味を持ってるんだ。冒険者にはうってつけのことわざだね」
満足げのルトは私を見て鼻を鳴らす。
「ダンパの真似じゃん」
隣にいたニーナがそう言ってルトに向けて手を払う。
私じゃなくて、ニーナに向けて挑発してたんだ。
勝手にライバル意識されてたと思っちゃった。
ごめんねルト。
◇
16時、今日全ての授業が終わり、放課後になる。
教室にいた全ての生徒はそれぞれ寮や、家へ戻り始める。
「じゃ、頑張って」
「ニーナは予定あるの?」
そそくさと帰りの支度を終えたニーナが手を挙げて挨拶をする。
「まぁ、同じ専攻の人に買い物誘われたから予定はあるね」
「そっか、残念」
ニーナも巻き込んで魔術の補習に行かせようと企んでたけど、予定があるならしょうがない。
「残念? ……もしかしてうちのこと巻き込む魂胆じゃん」
「ばれたか……」
「うえー。セリー怖」
そう言ってニーナは廊下で待っている友達の元へ向かう。
◇
準備室にはすでにアリア先生とフォルトがいた。
「もしかして待ってました?」
「いえ、今来た所ですよ」
アリアは優しく微笑んでこちらを向く。
「では、2人とも隣の部屋へ行きましょう」
アリアとフォルトは準備室を出て廊下を歩く。
「隣の教室って何があるんですか?」
ここに来てまだ2日目の私はどこに何があって、どんな教室があるかを知らない。
「まぁ、入れば分かります。準備室で魔術を放つのはリスクがありますからね」
「……書類が燃えたら、し、始末書なので……」
「えぇ、あれは一生のうちで一枚で十分です。フォルトさんのせいで私はもう5枚書いてます」
「うっ……」
申し訳なさそうにフォルトは下を向く。
「ここの教室です」
アリアが鍵を開けて扉を開く。
「わ、広……」
いつも使ってる教室よりも3倍以上は広く、机や、黒板も何もない伽藍堂の教室、よく見ると窓すらない。
「ここの壁は少し作りが違うので、多少の衝撃には耐えられます」
「なるほど。もしここで魔術が暴発しても前みたいな被害はなくなるってことですか」
「はい」
アリアはそう言って、部屋の中央に魔術で岩の壁を作り出す。
「まずセリーヌさんには、魔力のコントロールをマスターしてもらいます」
「あ、はい」
「この壁に向かって初級の水魔術を放って下さい」
「え……」
コンコンと岩壁を叩き、アリアは説明をする。
「この壁を壊さないように、中心の的に当てられたら合格です」
フォルトがインクで壁の真ん中に印を付け、それを指して説明が終わる。
「初めのうちは壊して大丈夫です。あの時の威力が最大なら、簡単に破壊されます」
「わ、分かりました」
私は呼吸を整えて、杖を握る。
「あ、あと……その手袋外していいですよ」
「え?」
「水に濡れると気持ち悪くなるかもなので」
「いや……でも……」
アリア先生にはバレてるけど、フォルトがいるのに見せるのは危険じゃ──
「あぁ、フォルトさんにはバレてますよ。彼は目が良すぎるので」
「は? え? バレてる……?」
確認のためにフォルト本人を見ると、口を開かずに頷いた。
「魔術を使う瞬間、右手の甲が輝いたみたいで、今日の専攻授業の終わりに言えと脅されました」
フォルトを見ると、頭が取れる勢いで横に振り、全力で否定をする。
「まぁ、脅されたのは冗談です。とりあえず外して下さい」
「は、はい」
手の甲と、親指、他の指は第二関節までしか隠れない革製の以外にも通気性がある手袋を外して、ポッケにしまう。
「ではお願いします」
「ふー、行きます──」
──心臓がうるさく鳴る。
──自身の呼吸が邪魔をする。
──つま先から後頭部の付け根にかけて熱く燃えているかのような感覚がする。
昨日の夜に詠唱は暗記してきた。
頭の中で詠唱文が流れだす。
あれ……?
まだ詠唱してないはずなのに……
すでに術式が出来上がってる感覚がする……?
「あ……これ、いける」
私は詠唱を省き、術式名を叫ぶ。
「『ウォーターロウ』!!」
「は…………?」
「……え──」
◇
前回同様、放たれる水は高速で正面にある岩壁にぶつかり、破壊する。
「せ、セリーヌさん。今……」
「すみません。壊しちゃいました。今度はもっと弱めて……」
セリーヌの声に被せて、アリアがセリーヌの肩を掴む。
「──違います! 威力の問題じゃなくて、詠唱を省略……いや、無詠唱でしたよね!」
「あ、え、は、はい」
私の返事に呆れたのか、アリアはため息をついてその場に座り込む。
「いや……私が辿り着けない領域に昨日が初めての状態で到達して……『はい』の二文字で片付けられ……」
アリアは少し涙ぐんでいたかも知れない。
今までの努力も、研鑽も、時間も全て才能で片付けられることに対して、失望感か、劣等感か、それとも嫉妬か。
しかし、セリーヌはアリアの過去も、努力も知らない。
「え、どう……したんですか? もう一回挑戦してもいいですか?」
純粋な顔でアリアに近づく。
「──すみません、取り乱しました。もう一度壁を出します」
アリアは立ち上がり、再び岩壁を生成する。
「……し、師匠」
「あなたも分かりましたか……」
私が魔術を何度も放つのを尻目に、フォルトとアリアが会話をする。
「無詠唱でしたね。私が一生かけても辿り着けない賢者の領域です」
「……し、師匠は知識が……あ、あります」
フォルトからの精一杯の慰めはアリアには届かない。
「知識なんてものは時間が経てば勝手に付くものです」
「…………」
「フォルトさん。こんな言葉を知っていますか?」
「……?」
「『時間と引き換えにできるものは、経験と後悔だけだ』 世界に哲学を広めたどっかの誰かの言葉です」
アリアの顔はフォルトが今まで見たことのないほど、悲しく引き攣った笑みを浮かべる。
「皮肉なものですね。今までの人生は無駄だったと、彼女を介して言われているようなもの。結局時間とは記憶にしか残らない、いつか消えてなくなるものです。なのに、なんでこんなに──」
アリアの言葉を遮るように、セリーヌは声を上げる。
「できたー!! なんか分かった気がするー!!」
魔力のコントロールのコツを掴んだのか、セリーヌの放った初級魔術は、先ほどと違い大差ない威力になっている。
「アリア先生! コツ掴みました!」
「そうですか、さすがですね。これで次のステップに行けます」
まるで水道の蛇口の如く威力を交互に変えながらセリーヌは満面な笑みでアリア達を見る。
「やったー!!」
無邪気な喜びをアリアは遠くで見守って、フォルトを見る。
「──しかし……なんで、なんでこんなに……悔しいんですかね」
「……し、師匠」




