49話 4時間目
A、花粉です。
「法令等の座学を教えるクエンです」
昼休憩、2時間を終えて、今日最後の授業である、クエン先生の授業が始まる。
「実はマザード先生と同じく新任だから初めての授業で少し緊張してるけど……お手柔らかに」
クエンは優しそうな笑みでそう話す。
「……あれ? みんな眠そうだね」
教卓から見える生徒の瞼は重そうで、船を漕いでいる。
特に剣術専攻の人たちは寝ている人もちらほら見える。
かく言う私ももう限界。
あんだけ体を動かして、お腹いっぱいになるまでご飯を食べて、しかもあの後素振りをしたせいで、今にも意識を失いそうだ。
「みんな一回立とう!」
クエンは皆の目を覚ますため、背伸びをさせる。
「セリー、うちらの机に新品になってんじゃん。ラッキー」
「……本当だ……ね」
神聖術専攻のニーナは眠たくないのか、元気に背を伸ばす。
「ウケる。めっちゃ眠たそうじゃん」
「うん。昼寝しとけばよかった」
背伸びをして、声を出す。
「先輩たちの言ってたキツさってこれだったんだ」
ニーナは笑いながら席に着く。
そういえばこっちに来た時に乗った馬車の御者も言ってたな。
2年目に入ってからキツかったって。
きっとこれの事だったんだろうな。
「さて、みんな目は覚めたかな? 後、1時間で今日は終わりだから頑張ろう!」
クエンの言葉で生徒は気怠げにノートを開いてペンを持つ。
「みんなは将来何になりたい?」
はじめにクエンはそう言って全員を見ていく。
「冒険者かな? 騎士団かな? それとも別のもの? ここに入学して来たって事はそれなりに目標があって来てるはず」
生徒はそれぞれ頷く。
「大半は冒険者だと思う。そうだよね」
それを聞くとほとんどの人たちが返事をした。
「じゃぁ、これから言う事はよく覚えておいて」
そう言ってクエンは板書を始める。
「冒険者は一番死ぬ職業だ」
その言葉は重く、鋭い。
「5%の油断。15%の無謀。30%の傲り。50%の無知で人は死ぬ」
板書を終え、教卓に両手を置いてこちらを見る。
「これはジーランドの法則って言ってね、有名な言葉だよ。この割合は実際に起こりうる死亡事故と全て当てはまるんだ」
まるで見て来たかのように語るクエンの目は大きく見開く。
「そしてジーランドの法則はもう一つ。10割の無知は10割の死である。あ、ジーランドって人は昔の哲学者で、僕が一番尊敬している人だよ」
この世界にも哲学は存在しているんだ。
「さっきの言葉の意味は、何も知らない人間は死んでいる人間となんら変わりのないものって意味。つまり、君たちにこれから教えていくものは君たちが死なないための必要な知識」
気づけば眠気は無くなっていた。
「さぁ、目も覚めた所みたいだし、授業を始めよう」
クエンは手を叩いて板書を始めた。
◇
「終わったー!!」
クエンが教室を出てすぐに背伸びをして席を立つ。
「いやー、クエクエの授業面白かった」
「……ク、クエクエ──」
ニーナのネーミングセンスに少しツボりそうになったが、失礼に当たるため、喉の奥で押し殺す。
「セリーこれから遊び行く?」
「あ、ごめん。放課後はちょっと用事があって……」
内心はすごく行きたくない。
きっと怒られるだろうし、もしかしたら──
「そっか、じゃぁ、先に部屋に戻ってる」
「うん」
◇
「失礼します……」
私は事務室兼職員室にやって来た。
扉を開き中に入る。
う……
やっぱり職員室ってのは空気が違う。
大人しかいないこの空気感。
ピリピリとした感じが体を突き抜ける。
「2年のセリーヌです。アリア先生はいらっしゃいますか?」
私は扉に一番近い先生に助けを求める。
「ん、アリア先生かい? あの人ならいつも準備室にいるはずだよ」
「ありがとうございます」
お辞儀をして踵を返す。
準備室……?
どこにあるんだろう……。
「セリーヌさん、準備室は2階の北側だよ」
後ろから先ほど返答をくれた先生が付け加えてくれた。
「わかりました。ありがとうございます」
振り返り、再び頭を下げてその場を後にする。
やっぱり職員室怖い。
優しい先生だったからいいけど、もし怖い先生だったらそこまで教えてくれなかったはず。
と言うか先生苦手になってる?
昔はどちらかと言うと先生によく質問したり、世間話だってしてた記憶があるんだけど……。
特に男性の先生は抵抗感が──
あぁ、そうだった……忘れてた。
私高校の時の件でトラウマになってるんだ。
◇
昔から私は拒否をしない子供だった。
自分で言うことでは無いんだろうが、優等生だったし、コミュ力もあった。
小学、中学の頃はそれだけで人気者になれたし、テストだって80点以下を取ったことがなかった。
誰からも慕われて、羨ましがられて、気分が良かった。
中学2年頃になってから発育が他の女子より早く、男子たちの目が変わっていった。
そこで気づけばまだ道はあった。
それなのに私は体だけ発達していって心までは成長しきれなかった。
いつも通り、男女分け隔てなく喋り、今思えば気分が悪くなるようなスキンシップもやっていた。
子供のまま大人になっていった。
高校に入学してもそれは治らなかった。
いつも通り子供の友達感覚で、先生に対してもフレンドリーで……だから、だからこそ目をつけられた。
高校の担任であり、唯一私の大学進学の相談をしていた本庄先生に──。
昔から断ることができない私は、NOと言えず、ただ首を縦に振った。
徐々にエスカレートする対応。
段々と変化する私への反応
完全に全てを奪われて、私は少しづつ壊れていく。
それでも断れない。
ここで嫌と言えば、はっきりと口にすればきっとこの人は私の大事なものを全て奪って壊してしまう。
──なら、私だけが壊れて仕舞えばいい。
そう思った矢先、事件は起きた。
夏休みの終わり、私は本庄先生に呼ばれていつもの場所へ向かっていた。
もう戻れないのならば進めばいい。
一歩でも間違えた道を進んでしまえば、すぐ後ろは崖になる。
震える手で本庄先生にメッセージを送る。
「これでいいんだ」
口にするほど胸が痛む。
ちょうどこの時期、タイムリープものの漫画が流行っていた。
街の広告もその色に染まっている。
「戻れるなら中学……いや、一から初めから生まれてくるその瞬間からやり直したい」
「やぁ、待った?」
「い、いえ。今来たとこです」
引き攣った笑みで私は相手を見る。
うまく笑えてるだろうか。
気づかれていないだろうか。
「じゃぁ、行こっか」
「はい」
本庄先生の後を歩く。
行き先は聞かされていないが、向かう先は分かっている。
ただ、私の体目当てだけの待ち合わせだ。
いつも通りにしておけば、なんて事ない。
そう。なんて事ないだけなんだ。
1回も10回も100回も変わらない。
なのに……なんで……今日に限ってこうも足が震えるんだろう。
いつものことのはずなのに、なぜこんなにも恐怖と後悔とほんの少しの希望が見えてるんだろう。
誰かがここで助けてくれる未来なんて今までもこれからもないはずなのに、なんで今日は誰かに向けて哀願なんてしているんだろう。
「どうしたの? 入らない?」
気づけばいつものホテルの入り口だ。
いつも見る風景。
いつもと違う息のしづらさ。
いつも見る担任の表情。
いつもと違うこの感情。
「本庄先生……もうやめませんか」
初めて自分の感情を否定を相手に出した気がする。
その時の本庄先生の表情はわからない。
とりあえず怖くて、怯えて目線を合わせられなかったから。
「あみちゃん? なんで?」
その声は私の心の中にある何かが畏怖するように、足が震え出し涙が出る。
「僕はこんなにも愛してるのに?」
その時本庄の手が私の腕を掴む。
「ホテル代はいつも僕持ちだよね。あみちゃんも僕を愛してるよね。予定もあみちゃんに合わせてるよね? なんで? ねぇ、なんで?」
繰り返される同じ言葉。たった3文字の言葉がどれだけ私を苦しめていたか。
「いや──誰か……」
「なんでかなぁ? 僕の問いに答えてよ。嫌なところは直すから。ねぇ、教えてよなんでそんなに否定するの?」
必死に掴まれた腕を振り切ろうとするが、男性の力に敵うわけがない。
「誰か──助け……」
そう、小さな声で、圧倒される恐怖の前で救いを求める時、もう一つの腕が私を掴んでいた本庄の腕を握る。
「手を離せよ。外道」
その声はクラスで聞いたことのあった声。
パッとしない見た目と成績の同級生の男子。
「駅前で見かけて怪しいと思って追ってたら、生徒への強姦か? 本庄先生よう」
「──高橋!!」
目を見開いた本庄の目には高橋秋人がスマホを耳につけて睨んでいた。
「くっ──手を離せ!!」
本庄は必死に振り切ろうとするが、秋人の手はしっかりと腕を掴み、離れない。
「弓道部舐めんな、文系のあんたには負けねぇよ」
秋人はそう言って本庄と私にスマホの画面を見せる。
「すでに通報済み、ここの近くに交番があるんだ。もうすぐ来るぜ、警察がよ」
「くそっ!!」
意外にも呆気なく、本庄は私の腕を離し諦める。
「覚えておけよ、高橋秋人。地獄を見せてやる」
「最後の捨て台詞にしては安っぽいな、それでも国語教師かよ」
私はその場でへたり込み、ただただ涙を流していた。
その後あまり覚えていない。
確か、駆けつけた警察に連行され、私と秋人も警察と同行で警察署に行ったんだっけ……。
◇
「失礼します」
準備室の扉を開き、中へ入る。
「お待ちしてましたセリーヌさん……? どうしました? 顔色が悪いですよ」
「あ、大丈夫です。少し考え事をしていただけなので」
嫌なこと思い出しちゃったな。
もう関係ないのに……。
「アリア先生、話ってなんですか?」
「はい。とりあえずセリーヌさんの髪の毛を下さい」
へ?
今なんて?
「セリーヌさん? 髪の毛を下さい。どうしました? まだ顔色が優れなそうですが」
「何に使うのですか……?」
「何にって、あぁ説明不足でしたね。今回の授業で魔力量が気になりまして、それを図るために髪の毛一本必要なんです。大丈夫です、それ以外の用途で使うことはありません」
魔力量……。
あぁ、そっか。
さっきまで嫌なことを思い出していたから敏感になっていただけか。
それにアリア先生は女性だし心配はない。
私は勢いよく毛を抜き、アリアに渡す。
「ありがとうございます。では」
アリアはそう言って透明な液体に髪の毛をそっと入れる。
「それは?」
「魔力量と、魔力の質を図る溶媒液です。紫色に近ければ近いほど質が良く、髪の毛の溶けるスピードが遅ければ遅いほど魔力量が多い」
「なるほど」
なんか化学っぽい。
勝手に水晶玉とかに手を触れて魔力を注げば分かると思ってた。
「……溶けましたね」
「……はい。スピードは一般的です。だけど──!?」
透明だった液体は瞬時に紫色に変化する。
「やっぱり濃い色です。ですが金髪からはこの色になる特例がないはず……。そもそも魔力量は平均以下ぐらい……ここまでの色は魔素に近い色なら……!!」
アリアは何かを思い出したのか、本棚へ向かい片っ端から本を引き出し、ページをめくる。
「違う。これじゃない。これも違う。どこだ……確かこの段に……あった!!」
アリアは目的の本を見つけ、穴が開く勢いで目を通す。
「セリーヌさん。その手袋は理由があってですか?」
「え?」
「古い文献には魔力量は変化することがないが、質はその全てではない。唯一神に近づける呪いを授かるものには変化が訪れると書かれています」
呪い……?
変化……?
「もしかして、セリーヌさんの右手の甲には、紋様が書かれているのではないのでしょうか」
「ギクっ」
アリアは私の目を見て結論をだす。
「風の噂ですが、二代目勇者はエスタ領都で戦死したと聞きました。では3代目は誰になった問題が発生します」
アリアの右手の人差し指は私の紋様が描かれている手の甲に向けられる。
「セリーヌさん。あなた勇者ですね」
ぎ、ギクゥ。
私の反応を見て、アリアは笑みを浮かべる。
神父さん。ごめんなさい。
入学初日にしてバレました。




