46話 リューベルセントラル養成学校
嫌々風呂に入ったのに、シャンプーを切らしてて、詰め替えも家にない時、人は最も惨めになる。
聖神祭が開けて10日が過ぎた。
私は神父さんに見送られて馬車に乗り、およそ2時間ほど揺られている。
「ベルセンかー、俺の息子が昔通ってたな」
馬車に乗っている客は私1人、御者が気まずさを無くすためかちょいちょい話をかけてくる。
「そうなんですね、どんな所って言っていましたか?」
「そうだな、入学してから一年過ぎたあたりから辞めたいの一言だったな」
そんなにきつい所なんだ。
「まぁ、3年も経てば楽しそうに話してたからそんなに悪い所じゃないと思うぞ」
御者は笑い話のように話す。
「試験期間の時は顔は死んでいたがな」
「…………」
「お、もうすぐ着くぞ」
御者の一言でやる気が少し落ちた気もするが、目の前に広がる首都リューベルを見て気が変わった。
「すごい……」
生まれ故郷のテリバとは全くもって比較できないほどの大きな城壁に覆われたリューベル。
プレナイ共和国の首都であり、人口50万人が暮らしている場所である。
城壁を抜けると色とりどりの家が横並びに列を組みこちらを出迎えてくれる。
雪が積もり過ぎぬように急勾配の屋根、赤青黄色さまざまな色で少し可愛く見える。
「ノルウェーのベルゲンみたい」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、独り言です」
綺麗な街並みを通りながらまっすぐに伸びる道を進む。
「こっから先は馬車が入れないんだ。なんでも学生が多いから安全面のためらしい」
御者が馬を止め、こちらを向く。
「分かりました。ありがとうございます」
「おう。こっから真っ直ぐ言ったところにあるでかい建物がベルセンだ。気をつけてな」
馬車から降り、背伸びをする。
「んー、この道を真っ直ぐね」
◇
「すみませーん」
馬車から降りておよそ二十分、大きなレンガ作りの建物に、大きな文字で養成学校と書かれた看板が目を引く『リューベルセントラル養成学校』に到着した私は事務室へ赴いていた。
「? 誰もいない……?」
カウンターの奥に続く部屋からは静寂だけが帰ってくる。
「すみませんー!」
「……いますよ」
「へ!?」
カウンターの下からした声に驚く。
湿ったような声に引きずるような音。
「え? え!?」
カウンターに体を乗り上げて下を見る。
「……早朝からなんですか……まだ春休み中ですけど──」
薄目を開けただらしない格好の男が頭を掻きながらあくびをして答える。
「あっ、す、すみません。編入届を──」
「…………はい」
のそのそと起き上がり、再びあくびをする。
早朝ってもう昼間のはずだけど……。
「…………」
「…………」
私は驚きと把握できない状況で言葉が出ない。
「…………あの……書類を──」
「あ、はい」
カバンから神父からもらった書類を取り出す。
「……えーと、はい。セリーヌ・スメール。2年生への編入ですね……」
やる気のない態度のまま書類にサインを書き、違う書類を取り出す。
「えっと……こちらが寮の申請。こっちが教材の貸し出しサイン。あ、支払いは済んでいますので……どちらもサインのみで……おねが……しま……Zzz」
寝た!
え?! 寝た!?
「ふごっ! すみません……書類とか文字の多いものを見ると……眠くなって……どうもこの仕事……向いて…………な……い……Zzz」
また寝た?!
「ハッ! 危ない……。こちら制服と教材の入ったカバンです。寮の鍵はこれしか無いので無くさないで下さい」
「は、はい」
意外と重いカバンを受け取り、一緒に鍵をもらう。
「え……寮はこの先外に出て左手です。……部屋番号は鍵についてるキーホルダーに……かい……ます……Zzz」
「…………」
大丈夫なのかなこの学校は。
◇
「えっと、605……あ、ここか」
寮の鍵に書かれている部屋番号と同じ部屋番号の書かれた扉に鍵を挿す。
「あれ……?」
鍵穴にしっかりとフィットしたはずなのに、鍵を捻ってもうんともすんとも動かない。
番号合ってるはずなのに……。
何度か鍵を抜き差しし、回すが初めと同じくびくともしない。
「──あのぉ、うちの部屋に何か用ですか?」
背後からする声にビクついた。
「えっ──! あ、ごめんなさい!」
咄嗟のことで何故か誤ってしまう。
「ごめんなさい……? やっぱ不審者?」
振り返ると、後ろには声の主であるオレンジ色のショートヘアの女の子がそこにはいた。
◇
「なーんだ。編入してくるって言ってた子ね」
クルクルと髪を指で遊ばせながらその子はベッドの上に座り込む。
「……あの、貴方は?」
「ん? うち? うちはニーナよ。あんたのルームメイト、よろしくね」
ルームメイト?
寮って2人部屋だったんだ。
ニーナの助けで部屋に入った私は周りを見て、ベッドや机の数が二つずつなのに気がつく。
「よろしく……。私はセリーヌ、今年からここに編入してきた」
「知ってる。寮母から聞いてたし」
ニーナはそう言ってベッドに寝転がる。
「あーぁ、今まで1人部屋で満喫してたのに、ついに人が来たかぁー」
仰向けでブツブツと文句を並べながらため息をつく。
第一印象は最悪。
その一言。
「まぁ、いつかは来るって思ってたし、変な人じゃないだけマシか」
すみませんね、凡人で。
「あ、そう言えば鍵、開かなかったでしょ?」
「うん」
私が苦戦しても開かなかったのに、ニーナがドアノブに触れた瞬間、錠が開く音がして扉が開いた。
「あれね、うちが魔術掛けてたんだ。施錠の魔術ね」
「?」
「ポカンとしてるじゃん。ウケる」
あー、なんとなく分かってきたかも、この子ギャルだ。
「ここの寮、定期的に寮母が管理を理由に入ってくるの。そんなの嫌じゃん。プライバシーじゃん?」
起き上がり、あぐらをかく。
「だから複雑な術式でロックをかけてたんだ」
人差し指を立ててそう胸を張る。
「もしかして魔術専攻?」
「いや、うちは神聖術専攻。まぁ、魔術は基本ぐらいならチョチョイのちょい」
神聖術って聖職者のことだよね。
言ったら悪いけどなんか似合ってない気がする。
「あ、今ひどいこと思ったっしょ。まぁ、よく言われるから良いけど」
言われるんだ。
「その荷物解きなよ。教材とかまとめとかないと後が辛いって」
机の上に置いていたカバンを指差してそう笑う。
「そうね、昼過ぎに荷物届くはずだし、それまでに片さないと」
◇
にしても多いな。
「多いっしょ? 今年から魔術は必修になったし、法令と座学もあるから面倒なんだよね」
前まで魔術はなかったんだ。
「セリーの専攻はなに?」
「セリー……? あ、私?」
ニーナは頷き私を見る。
「どんな専攻があるかよく分かってないけど多分──」
「セリーヌ!! あんたに届けもんだよ!」
扉の外から怒号のような叫び声が聞こえる。
「うわっ、来たよ」
ニーナがあからさまに嫌な顔をしだす。
「ん! なんだ!! こらっニーナ!! まぁーた鍵掛けたなぁ!!」
扉が出しちゃいけないほどの音を立てる。
床にまでその振動が伝わり、私は不安になる。
「おばさん! 今開けるからやめて!! 壊れるって」
ニーナは急足で扉に向かい解除する。
「何度言えばわかるんだい!! 勝手に鍵を掛けるなって!」
「……うるさいなぁ! じゃぁ、勝手に部屋に入るなって言ってるじゃん!!」
部屋に入るなり、ニーナへの説教。
まるで絵に描いたような寮母の見た目をしたおばさんが大荷物を担いでズカズカと部屋に入る。
「あたしがここの寮を管理している寮母だよ。好きに寮母か、ねぇさんって呼びな! ただし、ババァって言ったら殺すからな」
寮母の覇気が身体中を駆け巡る。
あ、この人は強い。
マザードと同じ感じがする……。
「は、はい。寮母さん」
「ほら! あんた宛の荷物。部屋を散らかすんじゃないよ」
呆気に取られる私を鼻で笑い、寮母はニーナに目を向ける。
「なに? 用がないなら早く帰ってよね」
「あぁ? 用ならあるさ、あんたの部屋の扉。これで何度目だい!!」
「プライバシーの侵害っていってんのよ! 部屋に入らないって約束守るんなら、普通の鍵で閉めるし!」
意外にもニーナには度胸がある。
「黙りな! ルールはルール! あんまり言う事聞かないなら扉ぶっ壊すからね!」
「大声で叫ばなくても聞こえてますー!! そんなに嫌なら自分で解除すれば良いじゃんか!」
「あんたの術式なんて解けるわけないよ、誰もね!!」
寮母はそう言って部屋を後にする。
「ね、嫌でしょ?」
「フッフフ──あはははははっ、なにあの人怖すぎる」
「え……おかしくなった……? こわー」
急に笑い出す私にニーナが怯える。
「ごめんごめん。おかしくて、あんなにおっかない人に強気なニーナが──」
「え……えぇ……?」
◇
ベルセンにきて2日が経った。
今日から始業式らしく、ニーナが制服の着方を教えてくれた。
「最近のトレンドは胸のリボンを軽く解いて第一ボタンを外すんだー」
「意外と可愛い制服なんだ」
姿見と睨めっこしていると前世の制服を思い出す。
「あの制服も可愛かったな……」
「ん? なんか言った?」
「いや、独り言」
カバンを持ち、靴を履き替える。
「さ、行こう」
部屋を出るとチラホラと同じ制服を着た子達がいる。
「春休みの帰省から帰ってきた人たちがいるんだ」
「昨日まですっからかんだったのに……」
人が嫌いなのか、ニーナは肩を落として歩く。
「あー、だる。今日からまた学校始まるぅ」
「授業も今日からなんでしょ? なんか身軽じゃない?」
運動着やら教材やらを持った周りの人たちとは違い、ニーナだけカバン一つのほぼ手ぶら状態。
「あ、わかる? このカバンも何にも入ってないんだよねぇ」
「え? 大丈夫なの?」
「まぁ、置き勉? 神聖術は着替えもないし、教材もロッカーにぶち込んでます」
右手でVサインを出して舌を出す。
「ほんとはダメなんだけど、課題もあるし」
「えぇっ!? ダメじゃない。課題はちゃんとやらないと」
あくびをするニーナに指摘をするが本人はなんとかなるの一点張り。
「課題なんて1時間あればヨユーだし、それに忘れた体にすれば怒られない」
なんか前世にもいたなそう言う人。
「そう言えば知ってる? なんか新しい先生が来るって」
「? 新任……、あ。マザードさん?」
「そう。ま、うちには関係ない剣術専攻の人だけど……セリーの専攻って剣術だったよね。ダルい人じゃないことを願ってる」
ダルい人ではないと思うが……。
「厳しい人ではある……かな」
「知り合い?」
「まぁ、前に剣を教えてもらってた師匠? みたいな人?」
「へー、なら安心じゃんか」
んー、安心は出来ないけどね。
いつも文字通りコテンパンにされてたし。
◇
新学期恒例の全校集会が広場にて行われている。
「続きましては学校長のお話です」
来た。
学校行事の一つ、話の長い校長の話し。
「えー、皆さん。進学おめでとうございます。後、新一年生は入学おめでとうございます。と言うわけで頑張ってください」
「学校長ありがとうございました。次に新任の先生の紹介です」
え……校長の話し短。
と言うか軽い。
登壇には知らない顔が並ぶ中、唯一私が知っている人が立っていた。
マザードさん……。
いつもと変わらず、堂々とした立ち振る舞いに周りの生徒はざわめき出す。
「なんだあの女の先生……」
「他の先生達とオーラが違う」
「おっかねぇ」
「剣術を指導していただくマザード先生です」
「よろしく」
紹介された先生方は一言プラス意気込みを言っていたのだが、マザードはただ一言。
「マジかよ。俺剣術専攻に選んでるわ」
「どんまい。私、弓だから関係ナシ」
ただの一言なのにいや、ただの一言だからか、それだけで覇気があるように見える。
「マザードさん。もしかして緊張してる……?」
いつも見る様子が少しだけ違って見える。
引き攣っているような顔に、一言の後のため息。
「マザードさんもこう言うの苦手なんだ」
「続きましては各授業の担当教師の紹介です」
そう言って司会は最高学年の5年生から紹介してゆく。
4年か……。
4年後には勇者として世界を巡る。
それまでにはマザードさんに勝ってないと……。
「2年生の紹介です」
ステージの上に先生が並び出す。
「この人達が……」
「まずは剣術専攻のマザード先生」
マザードは一歩前に出て一礼をして元の場所に戻る。
「魔術必修、魔術専攻兼任のアリア先生」
薄い紫色の髪をしたいかにも魔術師な帽子を被った人が礼をする。
「法令、座学兼任のクエン先生」
眼鏡をかけた背の高い男性が一礼。
「神聖術専攻のテレス先生」
綺麗な見た目をした女性が一礼。
「弓術専攻のゲン先生」
気怠げな見た目の男性がゆっくりと一礼する。
あれ?
あの人事務室にいた人だよね……。
ここに来てすぐの頃に編入手続きをしてもらった人って先生だったんだ。
「以上続きましては新一年生の教師の紹介──」
「ニーナ、ニーナあのゲン先生って事務室の人だよね」
前に立っていたニーナの肩を叩いて質問をする。
「ん? そうじゃない? 事務室は基本先生達がいるし」
あくびをしながら回答が返ってくる。
職員室みたいな所と一緒になってるんだ。
「以上で始業式は終了します。生徒の皆さんは各教室にて待機して下さい」
「終わったー」
ニーナが背伸びをしながらこちらを向く。
「さ、教室戻ろ」




