42.5話 甘いケーキ
甘いものは苦手です。
ですが、ミルクレープは好きです。
「おはようございます。今日は早起きですね」
「おはようございます」
プレナイ共和国最北端。
小さな教会には勇者がいる。
「今日は聖神祭ですから」
まだ日が昇り切らない朝、いつもは昼近くまで寝ているはずの神父はあくびをしながら身支度を始める。
「もうそんな時期……」
セリーヌは鞘におさまった剣を見つめながらそう呟く。
「時間が足りない……、もっと強くならないと……」
「あ、セリーヌ。今日の夜、話さなければならないことがあるので、教会で待っていて下さい」
「?」
セリーヌは目線を神父に向ける。
「それとマザードさんがここに来るのは今日で最後になります」
「え……」
神父は身支度を終えドアノブに手を掛ける。
「元々無理を言って来てもらってましたし、今年からプレナイの首都に戻らないといけないらしいですよ」
「まだ教えてもらうこと沢山──」
「詳しい話は夜にしますので、では行って来ます」
セリーヌが何かを言いかけるが、神父は急いでいるのか話を聞かずに外に出た。
◇
足りない。
足りない。
時間が足りない。
強さが足りない。
速さが足りない。
私は朝食を食べずに外で剣を振るう。
もっともっともっともっともっともっと剣を振らなくちゃ……。
ただひたすらに剣を振るう。
「暑い……」
雪解けを知らないこの地域。
気温は常にマイナス。
だが振り続ける剣のせいで、自身の熱で、周りの雪は溶け始める。
まだ……まだ……まだ……。
「もっと速く、もっと鋭く、もっと力強く、もっと──」
「セリーヌ」
時間がない。1分が1秒が惜しい
「セリーヌ」
速く早く疾く捷く夙く──
「セリーヌ!!」
「──?!」
正面から聞こえる怒号に私は振る剣を止める。
「時間だ」
「あ、マザードさん。すみません」
「自主練も程々にしろ。体が先に潰れちゃ意味が無い」
「はい……」
正午……。
もうそんな時間……。
『ぎゅるるるるる』
「はっ!……すみません」
「飯を食べてないのか?」
「はい」
「なぜだ?」
マザードは静かに腕を組んだままそう質問をする。
「……忘れてました」
「私が今日で最後だからか?」
「うっ……」
図星を突かれる。
「まぁ、いい。極限の空腹状態は集中力を高める」
「はい!」
「だが、その年でそれをするのはただの馬鹿だ」
「はい……」
マザードは手を下ろし、教会へと歩く。
「あ、あの、何処へ?」
「教会だ。昼飯にする。ちょうど私も忙しくて食べ損ねていた」
◇
「さぁ、食え」
「こ、これは?」
机の上に出された料理は何故か全て黒色。
「いや、なんだ……私が作ると啖呵を切ったが、剣以外はてんでダメなんだ」
「なるほど……いただきます」
焼かれた魚の料理……いや、焼かれすぎた魚料理の焦げていない所をフォークでほぐして口に運ぶ。
「どうだ?」
「……食べられない程ではないです」
「そうか。食ったら鍛錬だ」
「はい……」
◇
う……口の中が苦い……。
「今日でここは最後だ。本気でかかってこい」
「はい!」
私が先に踏み込みマザードに近づく。
「遅い」
マザードは腰に剣を付けたまま微動だりしない。
前に言われた身長差を活かし、限界まで地面に近づく。
狙いは足!
「バレバレだ」
マザードは飛び上がり蹴りを入れる。
「まだ!!」
無理やり体を捻り、回避。
止まるな。
相手の全身を見ろ。
いつか言われた教えを思い出す。
マザードの右肩が少し上がる。
『来るっ──』
右ストレート!!
マザードの拳を剣で弾きさらに一歩前に詰める。
今度は左!!
マザードの左手が剣を掴む。
逆手持ちの攻撃。
弾けば簡単だが、利き手じゃない左手でも私には弾ききれない。
「なら──」
マザードの鞘付きの剣筋が私の首元へ向かうその瞬間、自身の剣を斜めに傾かせマザードの剣筋をそらせる。
『チャンス!!』
マザードの右手左手が上がっている今、防ぎようがない状況。
今日初めて私はマザードに一本取る。
剣を振り、マザードの腰に狙いを定める。
「──っ!!」
腰に剣が当たる直前、マザードは飛び上がり足の裏で剣を止めた。
「嘘──?!」
「本当だ」
そのまま蹴りがセリーヌの頬を襲う。
「ぶへっ──っ」
「今のは一番良かった。だが、経験が足りん」
そんなもの知っている。
だから足りないんだ。
「今日は終わりだ」
「……はい」
約3ヶ月。
本当に短い期間だった。
「今までありがとうございました」
「? 何を言っている?」
「え?」
私は起き上がりながら情けない声をあげる。
「次は首都リューベルで会おう」
「は?」
マザードはそう言って剣をしまい、その場を後にする。
「首都リューベルで会おう?」
私は理解が追いつかず情けない声のまま、マザードの後ろ姿を見つめる。
◇
「戻りましたーぁ」
夜、神父が教会に帰ってくる。
「お疲れ様です」
「いやー、ほんとに疲れましたよ。朝から夕方まで無限に人人人。頭がおかしくなる」
椅子に腰掛けため息をつく。
「そもそも、私はここの配属! なんで首都にまで行って他の神父の手伝いをしなくちゃいけないんですか!!」
「まぁ、一年に一回ですから耐えましょう」
神父は私に手招きをして、片手に持っていた箱を渡す。
「お土産です。リューベルに売ったましたので」
「?」
「ケーキです。前に話したでしょう」
ケーキ!
この世界にも存在しているケーキ!!
「夕食にしましょうか」
「はい!」
垂れる涎を拭い、準備していた料理を机の上に並べてゆく。
◇
「どうでした? 今日の修行は」
「ダメダメでした。もっと修行しないと歯が立たない」
「でしょうでしょう」
いつもの夕食を頬張りながら神父はそう頷く。
「あ、でもなんか次はリューベルでって言ってました」
「そうでした。朝の話の続きをしましょう」
私の言葉で思い出したかのように、神父は手を叩く。
「今年からマザードさんが首都リューベルの養成所に勤務する運びになったんですよ。なのでここにマザードさんが来るのは今日で最後だったんです」
「養成所?」
養成所ってなんの養成所?
アイドル?
「養成所は簡単な話、冒険者や国の騎士の卵が通う学校です。基本8歳から入学して文字の読み書き、算術とかの基本的な学力を学ぶんです」
「そんなんですね」
この世界には義務教育なんて制度なかったから気にもしなかった。
「まぁ、セリーヌはこっちに来た時から基本以上の学力を身につけていたのでスルーしてましたが、9歳からは本格的に剣術、魔術等を習い始めるのです」
「剣術……」
神父は私の顔を見て優しい顔で微笑んだ。
「行きたいですか?」
「──でもここの手伝いが……」
「気にしないで下さい。と言うよりもう入学手続きを今日してきました」
きょとんとした私を見て神父は手拭いを掴み私の頬を拭う。
「入学手続きのついでで聖神祭に行ったんです」
「逆では?」
「つまりは首都リューベルの養成所でマザードさんが今年から剣術の指導をするので、セリーヌもそこで教えてもらって下さい」
と言うことは、まだマザードさんの剣術が学べるって話……?
「いいんですか?」
「はい。どうせここの教会に来る人は居ないですし、掃除等も自分で前までやっていましたし、まぁ、大変にはなりますが無理するつもりもないです」
神父は食べ終わり席を立つ。
「しっかり勇者として最強になってきて下さい」
「はい!!」
神父は買ってきたケーキを開け、皿に移す。
「デザートにしましょう」
「ケーキ!」
出されたケーキは王道のイチゴの乗ったショートケーキ。
元の世界にあったものと全く変わり映えのしないクオリティで、美しく輝いて見える。
「美味しそう」
「乗ってる果物は見たことあるんですが、この白い柔らかいものはなんでしょうか」
「クリームですよ」
「クリーム……」
フォークでショートケーキを分断し口に運ぶ。
「おいしー」
見た目通りに前世で食べた味と全く違わず、甘く、酸っぱく、柔らかい食感。
「忘れてました。私、甘いもの苦手なんでした」
神父は一口食べて渋い顔をしながらケーキを私の方へ置いた。




