39話 新世代へ
やっと物語が進むのか?
また足踏みするのか?
私にも分かりません。
北方の地、プレナイ共和国。
聖方暦1068年に起きたテリバ国での魔族の行進により難民が溢れかえった。
しかし、プレナイの国家のトップであるライデン大統領が難民の受け入れを積極的に行った結果、全てのテリバ国民が難なく移住できている。
両親を共に失った子供も少なからず、衣食住を与えるため、遠方の教会や孤児院が手を挙げて遺児の保護を行った。
プレナイ共和国の最北端に位置する、小さな教会も同じく協力し、1人の少女を養っている。
◇
「まだ夜は明けてませんよ」
教会の裏庭で真剣を振るう少女に神父が声をかける。
集中しているのか、剣が風を切る音だけが返ってくるだけ。
「こちらとしてもお手伝いを精一杯してくれて、何不自由はしていませんが、少し心配です」
少女は息を切らしながらただ、ひたすらに剣を振り続ける。
神父は少し困った顔をして、少女の視界に入る所へ歩く。
「──? あ、神父様。おはようございます」
少女はやっと気づき、素振りをやめてお辞儀をした。
「おはよう……いや、まだ夜ですよ」
神父は太陽が昇っていない空を見上げてそう言った。
「目が覚めてしまって……」
「そうですか。しかしまぁ、精が出ますね」
神父はタオルを渡し、井戸の石積に腰をかける。
「2年前、あの時から暇があったら剣を振るうって、決めてるんです」
少女はそう言いながらタオルで汗を拭き取って、首にかける。
「復讐……ですか」
「はい」
井戸水を汲み、少女が顔を洗う横で神父は暗い星空を見上げて微笑んだ。
「役職柄、復讐心を贔屓するのは行けませんが、1人の大人として言わせていただくと、美しいものですね」
「え?」
少女は驚いた様子で神父の顔を見た。
それもそうだ。
少女自身、復讐なんてものは汚く、何も産むことのない、身勝手で、自分の理想だけを並べる言い訳でしか無いものだと思っていたからだ。
「世の中なんて、復讐だらけなんですよ。あいつより上に行きたい。上司にギャフンと言わせてやりたい。バカにしてきた奴らを見返してやりたい。そうやって上り詰める人たちがいる。そうやって人は強くなるんです」
少女はポカンと口を開けて神父を見つめる。
「ハハハ、否定すると思いました?」
「……はい」
神父は立ち上がり少女の顔を見た。
「私はただの片田舎の小さな神父。特にこれといった力を持っていません。そんなやつから否定されようが、何言われようが、心に響くわけがないですしね」
「そんなこと──」
少女の言葉を遮って神父は続ける。
「これだけは頭の片隅に、ほんの少しだけ残して置いて欲しい」
神父は少女の肩に手を置く。
「世界は広い、そして君はまだ8歳だ。その復讐だけが人生じゃないんです。もっと楽しいことがあるんですよ。知っています? ノアリアでは甘くて美味しいケーキがあるそうです」
「ケーキ……」
少女はスイーツに食いついたのか、口元から涎が垂れる。
「今度機会があったら買ってきますよ」
神父は笑いながら口元を拭いてあげる。
「色んな世界を見て欲しいってだけの私の意見です」
神父は立ち上がり、少女の肩を軽く叩く。
「ま、どうしようとあなた自身ですけどね」
「はい……」
少女は再び剣を握り素振りをしていた場所へ歩く。
「私は二度寝をします。こんな片田舎の教会には早朝から誰も来ませんし、惰眠を貪るのは田舎の特権ですから」
神父は扉に向かい歩き出す。
「ふふっ、おやすみなさい、神父様」
後ろ姿を見ながら笑い、見送る。
「はい。おやすみなさい、セリーヌ」
神父は振り返らず、手を挙げて返事をする。
神父の二度寝。
少女の毎朝の日課である素振り。
いつもと同じ石鹸の香りがするタオル。
変わらない日常。
それはすぐに変化する。
少女が剣を握り直し、構えた時その変化は起こる。
右手の甲から溢れ出すまばゆい光。
蝋燭を付けていないのに、それ以上の明るさが夜の教会を照らした。
「えっ?! なに──」
「!? セリーヌ!!」
ドアノブに手をかけかけた神父は驚いてすぐに振り返る。
しかしその眩しさに目を瞑った。
エスタ領都にて、勇者が死んだ。
二代目で、1代目は役目を終えて1000年以上経った事もあり、誰も考えていなかった。
勇者とは世界を救うヒーローであり、世間の代弁者でもある。
それを世界が失った現状、次の代弁者が現れることを誰1人として予想していなかった。
いや、勇者が死ぬこと自体、誰も危惧していなかったのである。
神は選ぶ。
次世代の勇者、世間の代弁者、世界のヒーローの肩書きを持つにふさわしい人間を。
光は次第に薄れてゆき、セリーヌの右手に収まる。
「なにこれ……」
おのずと自身の右手を見つめるセリーヌはそれを見て言葉を漏らした。
「セリーヌ!! 大丈夫ですか!?」
その右手の甲は神父の目にも止まった。
「は? それ……え?!」
神父は綺麗な二度見を決めて、セリーヌの右手を掴む。
「八芒星……ではない? いや……これは……どうも……」
セリーヌの甲にはハートに剣が真ん中で刺さっているような、剣の周りを風が纏っているようなそんな紋章が書かれていた。
それは意図をせず男性の下腹部についている陰茎の形に捉えられてしまいそうな形でもあった。
「おちんち──っ!」
神父が最後の言葉を言うために口を閉じようとした瞬間、素振りをしていたセリーヌは真剣の柄で神父の鳩尾に峰打を喰らわせた。
「なんてこと言うんですか!」
「──すみません……」
神父はうずくまりながら咳き込み謝罪をする。
「でも……なんで急にこんな紋章が……」
「右手の甲に紋章……一つしかありません」
腹を押さえながら立ち上がる。
「二代目の勇者も急に紋章が浮き上がったと聞きました」
「え……」
「選ばれたんですよ。3代目の勇者として」
セリーヌは甲を見つめたまま、目を大きく見開く。
「選ばれた……、でも、二代目の勇者がいるはず……」
「居なくなったから、選ばれた。それだけです」
その言葉を聞いて、セリーヌの脳裏には昔助けてくれた勇者、ヒークの横顔が浮かぶ。
「嘘……」
悪い冗談ではないことはセリーヌ自身分かってしまう。
その証拠に自分の右手に描かれている紋章を左手でなぞる。
「勇者……」
◇
私が勇者に選ばれてから、2日が経った。
神父から手袋をプレゼントされ、常にこの紋章を隠すように言われた。
8歳の子供が勇者になったと知られたら、問題になることを恐れたのだろう。
もしかしたら勇者を無理やり変更させるため、殺される可能性もある、だからだろう。
「セリーヌ、紹介したい方がいます。外に来てください」
「あ、はい」
神父様に呼ばれて私は食事の片付けを止め、外に出る。
「セリーヌ。これからこの方が剣を教えていただく先生です」
扉を開けると、目の前にはブロンズ色の長い髪、真紅の瞳、肉体もがっしりと筋肉質のお姉さんがこちらを見ていた。
「マザード・ブルタリアだ」
「ブルタリアさんは南にあるブリタリアの分家に当たる方です。さらにはプレナイの元、騎士長だったんですよ」
「昔の話だ」
落ち着いた雰囲気のマザードは私の顔から足元までしっかりと見つめる。
「よ、よろしくお願いします……」
「セリーヌと言ったか、剣を見せろ」
マザードは右手を差し出して、そう言った。
「え……あっ、剣ですね」
言われた通り私は剣を取りに戻り、マザードに渡す。
「いい剣だな。手入れはイマイチだが」
剣を抜き、刀身をじっくりと見る。
なんか恥ずかしい。
人にキッチンを見せるみたいなこの感覚。
「あぁ、ロッド製の剣か。生産元はテリバ、独特な彫りがあり、柄には宝石が埋め込まれている。刃渡はおよそ65……重さは500いや、600はあるな、柄分が少し重い。刃こぼれは多少あるか、研げばいい」
オタク……?
「鞘は別で買ったのか?」
「はい……実家に置いてきたままだったので、新しく作ってもらいました」
「そうか」
マザードはそう言うと、剣を鞘にしまい、私に渡す。
「準備をしろ」
「え?」
マザードは親指で後ろの庭を指さして、私を見つめる。
「実力をみる」
◇
「あの、実力を見るって何をしたら……」
動きやすい服に着替えて、剣を握りマザードを見る。
「なに、簡単な事だ。相手の力量を見るには実際に斬り合うこと。一番わかりやすくて一番やりやすい」
打ち合い稽古ってことね。
私は剣を構えて、目の前に歩いてくるマザードを睨む。
「いつも素振りは真剣か?」
「え、あ、はい。木刀はないので」
「木刀と真剣は全く違うからな、あまり剣を取っ替え引っ替えしない方がいい」
どうやら正解を引いた見たい。
よかった。
「いつでもこい」
「でも、マザードさん。それ、鞘ついたままですよ」
言葉通り、マザードの持っている剣は鞘に刺したままの剣だった。
「当たり前だろう。もし手加減が出来ず、斬ったらどうする」
「ですよね」
再び剣を構えて睨む。
剣術を学んできたと言っても、自己流で、素振りばかりだった。
実際、こうして人と対面すると、どうしていいかわからない。
「どうした? 震えているぞ」
マザードに指摘されて気づく。
「怖いのか? 人に刃物を向けるのが」
「は、はい」
初めて剣を人に向けたのは実家で親の死体を見せられ、殺されそうになって前世の記憶を思い出してハイになってたから出来てたことだ。
怒りに身を任せただけの感情だけの殺意だった。
「来ないのか?」
大丈夫。これは練習。
マザードさんも私より強い。
殺すことはない。
分かってる。
分かってるんだ。
「ぐ──っ」
でも、なんで、なんで、手が震える?
足が固まる? 呼吸が乱れる?
「来ないのなら、こっちから行くぞ」
マザードは踏み込み、こちらに近づく。
「え──」
気づけば目の前に鞘のついた剣が私の首に触れていた。
「ぐぶっ──!」
手加減があったにも関わらず、私は吹っ飛び、地面に落ちる。
首に殴られたような痛みが走る。
「大丈夫だ。折れてない。立て」
マザードは見下ろして私を睨む。
「は、はい」
震えた手で剣を握り、マザードに向ける。
「ビビるな。動け」
動かない剣を弾き、横腹を剣で殴る。
「──っ!」
「立て」
再度命令するように言う。
「何年素振りをしてきた」
「に、2年」
「そうか」
次は足元をマザードの右足が襲い、体勢を崩され、鳩尾を突く。
「立て」
お腹を押さえて無理やり立ち上がる。
「遅い」
「が──っ」
2度目の同じ場所、横腹への攻撃。
骨が軋む音が聞こえる。
「次の勇者がこれだとこの世も終わりだな」
横腹を押さえたまま膝を付く。
「何をしている? 立て」
「は、はい……」
それは何度も続いた。
剣を弾かれ、体勢を崩され、起き上がりを襲われる。
その都度立てと私を見下ろす。
「剣を振るだけか?」
やっとの思いで反撃をしたが、簡単に避けられる。
「立て、やり直しだ」
「はい……」
「受け身を取れ。そして剣で弾け。目でよく見ろ」
よく見ろって……剣筋が早すぎて追いつけない……。
「やられたら最小限の動きで立ち上がって、反撃をしろ」
反撃って……その隙すら見えないし、身体中痛みで思うように動かない。
「立て」
「立て」
「立て」
「立て」
「立て」
やばい。
何発入れられた?
目が霞む。
頭が揺れる。
足に力が入らない。
「やっとだ」
「え……」
「震えがなくなった」
構える剣は真っ直ぐに、微動だりせず、マザードに向かっている。
「恐怖は消えん。だが、不安は無くせる。来い」
「はい!」
◇
「今日はここまでだ。明日また同じ時間に来る」
「はひ」
あの後、剣を弾かれ避けられた結果、ボコボコにされ、顔は腫れ、思うように喋られなくなった私は地面に倒れたまま情けない返事をする。
「全く歯が立たないってこのことかー」
痛みを我慢しながら起き上がって、マザードの背中を見つめる。
「すごいな……。同じ女性なのにここまで違うなんて」
剣を拾い、構える。
「ただ、素振りをするだけじゃダメだ。もっと振る剣の太刀筋、腰の構え、カウンターに反応するための筋肉の使い方」
全てだ。
剣を振るのはその全てを意味する。
いつどこから攻撃が来るかわからない。
それを踏まえた上で剣を振るうんだ。
空気を切る音を立てながら私は今日言われたことを思い出して素振りをする。
◇
稽古が始まって一カ月が経った。
「もっと腰を落とせ」
「はい!」
マザードの剣をしゃがんで避け、懐へ踏み込む。
「見え見えだ!」
「ぐっ」
マザードの攻撃をガードし、カウンターを放つ。
「全体をみろ!」
足をかけられ、地面に激突する。
「立て」
「はい!」
「視界を広げろ。私の剣の振り以外も情報はある」
マザードの大ぶりが来る。
それを弾くと、次は左手でのストレートパンチがやってくる。
「逸らせ」
刀身で軌道をずらしたままマザードに近づく。
「身長を活かせ」
マザードの股下をくぐり、腰に剣を振るう。
「遅い!」
マザードの回し蹴りが私のこめかみを蹴り上げる。
「今日はここまでだ。よくなってきている」
「は、はい」
◇
さらに2か月が経った。
季節は冬。
雪が積もり、真っ白になった庭でマザードの攻撃を躱す。
気づけばマザードの動きが見えるようになった。
ここで剣を振るえば、ここに攻撃が、カウンターが来る感覚がわかるようになった。
「動きは最小限に」
マザードの懐に入り、剣を弾く。
足をかけられる前に飛び、蹴りを入れる。
「弱い!」
足を掴まれ投げのモーションに入る直前、体を捻り、剣をマザードの横腹に入れる。
しかしその剣は弾かれ、地面に叩きつけられる。
すぐさま受け身を取り、片手で跳ね起き、距離を取って反撃する。
「よくなってる。しかし、まだ甘い」
取ったはずの距離、なのに目の前にすでにマザードが拳を握りしめて待っていた。
「ごぶっ!」
鳩尾にクリティカルヒットし、地面に突っ伏す。
「今日はここまでだな。また来る」
「はい」
◇
「どうですか? マザードさんは」
地面に寝転んだまま空を見上げていると神父が私を見下ろしたまま微笑んでいる。
「全然追いつけないです。まだ手加減されてます」
「ハハハ、そうでしょう。だって彼女はプレナイ最強ですからね」
そんなに強い人だったんだ。
「晩御飯にしましょうか。料理が冷めてしまいますから」
「はい」
私は起き上がり、剣をしまう。
「今日はシチューですよ」
「お腹ぺこぺこです」




