34話 死んだ者
デスターンを書き始めて約2年。
未だ足踏み、助走もない。
いつになったら終わるのやら。
ジィーナスの悲報は、避難民の対応に追われるエスタ・カモクの耳に届く。
「冗談にしては面白くない報告だ……」
言葉のそれは冷静だったが、焦りと不安でペンが手から滑り落ちる。
「今は何処だ」
自分の目で確かめるべく、ジィーナスの所在を報告しに来た衛兵に問う。
「第一ホールです!」
「すぐに向かう」
場所がわかるなり、勢いよく立ち上がり、急足で部屋を後にする。
『何故だ……。何故あのジィーナスが死ぬのだ……? 歳で衰えてるとは言っても、この国一番の剣士だ』
足を止めぬまま考える。
『相手は誰だ? あのジィーナスがやられた相手だ。魔人じゃ無いと納得が──いや、待てよ……』
何か絡まった紐が解けたかのように、点と点が繋がったかのように、その結論はカモクの思考を上書きした。
「フィーナか……」
第一ホールの扉を勢いよく開け、ズカズカと怪我人の間をすり抜ける。
「ジィーナスは何処だ」
「右奥の壁際に……」
新人の神官は指を指して案内をする。
「ジィーナス……」
人混みの間、後27メートル、その隙間に横たわった老人。側にはロンレルが目を瞑り祈りをあげているのが見えた。
「ジィーナス!!」
急足は駆け足になり、人を押し除けてジィーナスへ近づく。
「ジィーナス!! ……あぁ──」
「カモク様……」
ロンレルは顔を上げて、カモクを見上げる。
その顔は疲れ切っているのか、やつれていた。
「魔族の女にやられて即死でした……」
「──やはりか」
何処となくやり切ったような、そんな顔をしてたまま眠るジィーナスを眺めてカモクは腰を下ろす。
「死ぬのが禊ぎなんて馬鹿な奴だ……」
両手でジィーナスへ祈りを挙げる。
◇
「遅かったな」
中央区、大広場。
そこには禍々しいほどの門が建っている。
「そうかな? シルバリの方が早いんだよ」
トラペジは花壇に座り、足をぶらぶらさせたまま人差し指をシルバリに向ける。
「ガットレイ様達は?」
「ん? もう行ったよ」
「そうか。まぁ、いいや。ほらこれ」
シルバリが持っていた腐った左腕をトラペジの正面に投げる。
「? だれの?」
「あー、前に戦ったおもしれぇー奴」
「ふーん。やりたいことってこれのこと?」
シルバリは頷き、高い門の上に飛び乗った。
「俺はさっきの白髪のガキが気になるから先に行ってる」
「気をつけてねー……あ! これ忘れ物!!」
トラペジは大きな声でシルバリに向け、花壇に立て掛けていた槍を投げる。
幼い見た目とは裏腹に250メートルは優に超えている場所へ、シルバリの右手へ一直線に飛んでいく。
「あぁ、忘れてたな」
それを受け取ったシルバリは手を挙げトラペジに礼を言うとその場で飛び、北区の元いた場所へ戻って行った。
「ん? シルバリ方向音痴だったよね……、まぁいいや。──さて、先にこれをやりますか」
花壇から降り、花壇の土を掘り出す。
「こんなもんか……」
今度は左腕の近くに腰を下ろす。
「うわー、腐ってるー」
鼻をつまみながらそれを拾い上げ、花壇に埋める。
「さて、これで完成!」
トラペジは埋めた所に腕を突っ込み、腐った腕を持ち上げた。
◇
「あれ? 出すなりいきなりどっか行っちゃった……」
トラペジは困った様子で頭を掻く。
「どうした? 何かあったか?」
トラペジの後ろにある扉から1人の男が姿を現す。
「あ、ガットレイ様! シルバリが先に行くって」
「そうか。墓地は何処にあるのか見当は付いているか?」
「ヒヒッ 俺が同行する」
ガットレイの後をついて来ていたパラペットがそう言って、前に出る。
「なら安心だな。俺は高台から勇者を見つける」
ガットレイはそう言うと、扉に向けて一言。
「『閉じろ』」
その言葉を聞くとでかい扉は勝手に閉まり、跡形もなく消え去った。
「一番高い所は……、あの城か?」
ガットレイは中央に建つ城のてっぺんの屋根を睨み、歩みを進める。
◇
「もう一匹も魔物いねぇな」
「北区はロンレルさん達が行ったし、中央から東区ら辺まで死体しかなかったね」
残党を屠るため、ガエルたちはエスタ領都中を回っていた。
「にしてもひでぇ有様だ」
ガエルは辺りの建物をみながらそう呟く。
「復旧にどれだけかかるか……」
「領主様も大変だな」
「確かにな。よかったぁ、領主じゃなくて」
「ハッ、お前が領主の領都なんかに誰が攻めるか」
仲間の1人がガエルの一言に突っかかる。
「テメェ、どう言う意味だ」
「えっ? 空耳じゃない?」
しらこい顔で両手を挙げて煽る。
「ぜってぇオメーにはお釣り分の分け前やんねぇ」
「嘘だって! ごめんごめん!」
東区の居住区を抜け、東区をぐるっと一周した時それは起こった。
「なんだ!?」
「また巨人?!」
地面が揺れ、周辺の被害を受けた家は崩れてゆく。
「ねぇ!! あれ見て!」
リャンが指を差す方角は中央区大広場。
その方向にはあまりにもでかい扉が建っていた。
「なんだ……あれ……」
「さぁ……? でもやべぇのはわかるな」
ガイル達は唾を飲み込み、扉を見上げる。
「俺らさっきその大広場通ったよな……」
「うん……」
ガエル達はもしもあそこを通ったのが今だったらと、一瞬だけ頭をよぎる。
「考えただけでも鳥肌が立つ……」
ガエルがボソッと言葉を漏らした。
「どうするんだガエル」
「どうするってあれをか?」
仲間の1人の質問にガエルは聞き返す。
「あぁ」
「無理だろありゃ。あれこそ勇者案件だ」
「私もガエルに賛成。せっかく集めた素材もあるし、死んだら全部パー」
リャンもガエルも他の仲間達も皆んな馬鹿じゃない。
わざわざ死ぬためにあの扉へ向かうのは馬鹿がやることだ。
「そもそもあんな扉を召喚できんだ。俺たちじゃあ、時間稼ぎもできねぇほどの魔術師が、いるんだろ」
ガエル達はその場を引き返し、来た道を戻る。
「とにかく遠くへ、東区の端に行こう」
「おいあれ、衛兵じゃねぇーか?」
ガエルは中央区から走る人影に気づく。
「本当だ。何処行くんだろ」
衛兵達は辺りをキョロキョロと何かを探しながら急いでいる様子だった。
「おーい! どうした!! 早く逃げろよー!」
ガエルは衛兵に向けて手を振ると、それに気付いた衛兵が近づいてくる。
「冒険者か! ミーガバードを知らないか?」
「ミーガバード?」
ガエル達は顔を見合わせ首を傾げる。
「なんだそこ。聞いた事ねぇな」
「そこに何にか用ですか?」
リャンが聞き返す。
「ロンレル様からの伝言で、そこにミルナ様がいるらしく……」
「ロンレルさん……?」
「もしかして孤児院じゃねぇか?」
今度はガエルが聞き返す。
すると衛兵達らは頷いた。
「そうです、そこです」
「あー、最近言ってなかったからな……。うろ覚えでよかったら案内するぜ」
胸を叩きながらガエルが答える。
「助かります。お願いします」
「任せとけ」
ガエルは踵を返し、路地裏へと入っていく。
「ん? どうしたリャン。行かないのか?」
1人だけその場に立ち止まり、遠くを見つめていたリャンに気づいたガエルが声をかける。
「いや……あの白髪の人、誰だろう」
「白髪なら俺を負かした子供のエルじゃねぇのか?」
「子供じゃないんだよ。女の人……」
気になったガエルはリャンの元へ近づく。
「女の人って、白髪の人間なんて滅多にいねぇーだろ」
リャンの目線に先にあるものを覗く。
「確かにありゃ誰だ?」
「どうしたんですか? 早く行きましょう」
「あぁ、そうだな。リャン行くぞ、多分敵じゃねーだろ」
「う、うん」
◇
「にしても何だよあれ」
「わかんない。でもやばいのはよくわかる」
俺達は中央区に建つ謎の門を横目にミーガバードへ走っていた。
「早く行かないと……ミルナたちが心配だよ」
クルトはいつにもなく焦りを見せている。
それもそうか、一応ミルナはクルトの弟子だし、ミルナは信用してくれているからこうして俺たちの元に来たんだ。
守れなかったら領主様に何て言われるか……
「ブルルルっ、考えるだけ恐ろしい……」
身震いをしながら目線を正面に変える。
ミーガバードへの最後の角を曲がり、閉じた門を飛び越える。
「着いた……ミルナ! 無事!?」
クルトは急いで裏口の扉を開け、中に入る。
「!!」
ミルナ達は驚いた様子の見開いた目で俺たちを見ていた。
「よかったぁー。無事で……」
「怖いの。びっくりしたの」
ミルナは子供達を抱いたままこちらを見たままそう呟く。
「すまんな。このクルトさん、みんなの事が気がかりすぎて急いで戻ってきたんだよ」
「終わったの?」
ミルナは抱いていた腕の力を緩める。
「んー、まだ終わってないかも……」
俺たちは中へ入り、扉を閉める。
「臭いの」
ミルナは俺を睨みながらそう鼻を摘んだ。
「しょうがないだろ? 血の雨浴びてきたんだから」
俺だって臭いよ。
風呂入りてぇーよ。
「お風呂はロンさんのとこに行くまで我慢し──」
クルトの話が終わる手前で裏口の扉から音が鳴る。
「!!」
その場にいた全員その音に驚き、息を潜める。
「誰だ……」
小声で俺はクルトを見た。
「分からない……もしかしたら兵士かも……」
その言葉を一番クルトが信用していないのか、杖を構えている。
恐る恐る俺はドアノブに手をかけた。
「開けるぞ」
「うん……」
クルトは扉の前に立ち、構えた杖に魔力を流す。
「3……2……1……」
勢いよく扉を開け、すぐさま体勢をとる。
「え……?!」
「うお! びっくりした」
外にいたのは敵ではなく、先ほどの冒険者と城の衛兵5人。
驚いた様子でそれぞれ目を見開いていた。
「なんだ、ガエルさん達か──」
「なんだとはなんだよ。てか、戻ってたのか」
俺とクルトは胸を撫で下ろし、体勢を戻す。
「ついさっきね。てかなんでここに?」
「道案内してたんだよ」
ガエルは親指で後ろに立っている衛兵を指す。
「アズエリック君とクルト君ですね」
「あ、はい」
ガエルの横に立ち、1人の衛兵が喋り始める。
「ミルナ様は奥に?」
「ミルナー、呼んでるよー」
クルトは振り向き、ミルナに伝える。
「聞こえてたの」
ミルナはゆっくりと裏口に近づき、衛兵を見る。
「どうしたの?」
「安否の確認と、皆さんの守護と、最後に悲報を伝えに来ました」
「悲報……?」
ミルナは最後の言葉、その意味がわかっておらず、きょとんとした顔で衛兵を見ている。
もちろん俺とクルトはとっくに気づいていた。
その悲報の内容を。
「悲報ってどう言うのなの?」
「覚悟した方がいいからな、ミルナ」
「え……?」
衛兵は一通の手紙をミルナに渡す。
「これを読むの?」
「はい」
手紙を開け、文字を見て気づく。
「お父様の字……」
一文一文しっかりと目を通す。
「う……、ごめんなさい」
ミルナは手紙に向けて謝罪を述べる。
きっと家出した事が書いてあるのだろう。
「そんな人達が……守ってくれるの」
手紙から目線を衛兵に向け、再び手紙に戻る。
「え……、嘘……」
呆然としながら手紙と睨めっこをする。
片手で口元を押さえ、声にならない悲鳴が溢れ、体は震えている。
あぁ、やっぱり手紙にジィーナスさんの事が書かれているんだろうな。
ミルナは手紙を読み終えると、その場で崩れ落ち、何か悪い冗談だと不気味な笑いを、乾いた笑い声を漏らす。
「ミルナ!」
クルトはすぐにミルナのそばに近寄り、抱きしめる。
悔しいな、本当に悔しい。
もっと俺が早くあの場に駆けつけていれば。
もっと早くジィーナスを見つけていれば。
「あ……あ、あ…………」
クルトの胸の中でミルナが泣く。
持っていた手紙を握りしめて、クルトの洋服を握りしめて泣き喚く。
「おい! 門から誰かが入ってくるぞ!!」
「さっきの白髪の女性!」
ミルナの号泣をよそに外にいるガエル達が何か叫んでいる。
「皆さんは下がって! 家の中に!!」
「おいお嬢! 泣いてる暇はねぇーぞ!」
ガエルは地面で泣きじゃくるミルナを掴み、家の中に入る。
「ちょっ、押さないで……」
「小僧! 何処に行くんだ!!」
「エル?!」
「中に入って!!」
俺は家に流れ込むのに反して外へ出る。
なぜこうして外に出ていくのか分からない。
だが、白髪の女性と聞いて中に逃げるなんて事、したくなかった。
「おい! アズエリック君!!」
「やっぱり……」
衛兵の言葉を無視して、門の前に立つ。
「あのでかい扉の正体。黄泉への門だったんだ……」
俺の目の前には居るはずもない、死んだはず人。
その目は死んでいて、光はなく、格好もズタボロ。
肌も青ざめて、まるで死体が動いているかのよう。
「母さん……」




