33話 エルとクルト
お外に出たく無い僕からすれば免許更新は禊ぎのようなもの。
あんな人の多いところに自分から近づくなんて、恐ろしくてたまったもんじゃない。
「俺の魔法を自力で解いたのか……?!」
瓦礫の中から起き上がったフィーナは、言葉と共に血を吐き出す。
「よぉ! フィーナ! 最高なもんだったぜぇ!!」
「過去に未練がねぇーのか!?」
城壁を見上げるフィーナがそう叫ぶ。
「ガキだから、経験無かったかぁ?」
「はっ! バカ言うなよ、全部片して来ただけだ」
エルの言葉に、そうかと言い放つと、目にも止まらぬ速さでフィーナはエルに突っ込んだ。
「もう条件は分かってんだよ!!」
フィーナの手がエルの頬に触れる前に、その腕を剣で切り落とす。
『キンッ!』
フィーナは腕を切られる前に自身の硬い爪で剣を弾く。
「おらぁっ!」
切れないとふんだエルはすぐさまフィーナの横腹に蹴りを入れて、真横に飛ばして距離を取る。
「何であんなに速ぇーんだ!? さっきと大違いすぎるだろ!」
エルはクルトに向かって叫ぶ。
「多分……魔族の覚醒?」
「……。あーね、なるほど……」
その言葉に理解したエルは、城壁の壁に埋もれたフィーナへ視線を変え、剣を構えた。
「仇撃ちと行こうか、クルト」
「分かってる。作戦続行だね」
クルトも杖をフィーナに向けて魔力を込める。
◇
「これであらかた片付いたか?」
「あぁ、多分な」
西区にて、焦げたトカゲの皮を剥いでいる仲間に返事をしながら辺りを見渡す。
「こりゃ復興に時間がかかりそうだな」
「そうだね。後はあの子達が何とかしてくれれば……」
リャンは少し悔しそうな顔をする。
「子供に頼るってのは良いもんじゃねーな」
「うん」
トカゲの皮を剥ぎ終えた仲間が立ち上がり、ガエルたちを見る。
「この素材も、飛竜の素材も俺らがパクっちまって良いもんなのか?」
「貰えるもんなら貰いてーが、ダセー事はしたくねーな」
ガエルは少し考え、答えを出す。
「復旧の為にこの街にやるか」
「えっ! ガエルってそんな事考える人間だったの!?」
リャンは驚いて、声を上げる。
「おい、どう言う意味だ。俺にだって良心はあるだろ」
「子供に負けてからなんか丸くなったよな、ガエルって」
「殺すぞ」
ガエルが腰の剣を抜くふりをして、仲間に威嚇する。
「ごめんごめん。やっぱ丸くなかったわ」
◇
「さっきから蹴り飛ばしやがって……」
瓦礫をどかし、フィーナが起き上がる。
「瓦礫の中がそんなに心地よかったか?」
「殺す。白髪も、魔術師ごっこも」
フィーナは懐に隠していたナイフを取り出し、俺に向ける。
「そんなリーチの無ぇナイフでどうする気だ? 飯でも食うのか?」
「学のねぇガキに教えてやるよ。リーチってもんはただのチキンが考える事だ」
ナイフを握り直し、フィーナが走る。
ナイフの刃は俺の首をまっすぐ捉え、振るう。
それを剣で上に弾き、すぐさま剣を振り落とす。
「バカが、狙いはこっちだよ!!」
フィーナの足が、俺の鳩尾を蹴る。
その瞬間、フィーナの顔に何かが直撃した。
「───!!」
「バカはオメーだなぁ!」
それはクルトの放った岩、俺の真後ろ、フィーナの死角になっている所から放たれた魔術だ。
俺は剣を振り落とし、フィーナの首に王手をかける。
「遅せぇーよ!」
フィーナは直撃した岩を気にせず、俺の剣筋、クルトの魔術、それらを安易と避け、ナイフを左に持ち替え、俺の胸へ目掛け刺そうとする。
「ちっ!」
しかし、再び次の岩が邪魔をして、それをフィーナがナイフで弾き、懐がガラ空きになった。
そこへ剣を横へ振りかぶるが、フィーナは飛び上がり、俺の頭上を越え、地面に着地。
「邪魔な奴から殺すか!」
フィーナはクルトの方へ走り始める。
「やばっ!」
咄嗟に持っていた剣をフィーナへ投げる。
「サンキュー!」
投げた剣をフィーナが右手でキャッチし、左手に持っていたナイフをクルトに投げた。
左手だったからか、クルトの運が良かったからか、ナイフの軌道がズレ、左耳を掠る。
「クルト! 防げ!!」
俺の言葉通り、すぐさまクルトは高い壁を作り、距離を取る。
「無駄だ!」
その壁を飛び越え、クルトの頭上を狙う。
「無駄じゃないね!」
クルトの頭上に剣が触れる前に、壁から円柱の岩が勢いよく生え、フィーナの側面に打撃。
「あがっ!」
吹っ飛ぶフィーナに狙いを定めて、尖った岩を3発撃つ。
3発全てヒットするが、ダメージはそこまで無い。
現にフィーナは、標的をクルトにしたまま睨んでいる。
だが、最高だ。
お陰でフィーナが上空へ飛ばされているから──
「俺が間に合う!」
地面を蹴り上げ、壁を飛び越し、拳を握り、フィーナの後頭部目掛けて地面に叩きつける。
さらに着地はせず、クルトの出した円柱に足をかけ、飛び上がり、ついでに宙を舞っている剣を回収。
落下地点、フィーナを標的に踵を上げる。
何度も何度もミスカに喰らわせられたこの攻撃、威力は身をもって保証する技。
「『落華星石』!!」
◇
ジィーナスを背負ったロンレルは、避難地になっているエスタ城に足を運んでいた。
「ハァハァハァ、急患です!!」
叫ぶ声に駆けつけた女神官は目を見開いた。
「ジィーナスさん!?」
「はい。応急処置は済んでいるんですが、完全には完治してません!」
「わかりました。すぐにそちらのスペースに運んでください!」
重傷を負っている住民達の間を通り抜け、空いている布団にジィーナスを寝かせるとすぐに、慌てた神官は急いで横になったジィーナスの脈を測った。
「…………」
ロンレルは邪魔をしないように横で静かに見つめる。
「──とりあえず回復してみます……」
神官は胸に手を当てて、圧迫を始める。
「ジィーナスさん……」
ロンレルは神官の行動に少し不安がよぎる。
圧迫を一定のリズムで行い、回復魔術を施す。
「…………」
再び心臓圧迫、回復魔術を行う。
「…………」
再度圧迫、回復。
圧迫、回復、圧迫、回復、圧迫、回復……。
「何で……」
神官の額から汗が噴き出る。
「代われ」
女神官の肩を叩き、ベテランの神官がジィーナスの胸の音を聞く。
「…………まずいな」
神官はそう口を溢すと、詠唱を始める。
「──天命の認知、運命の人智、使命の禁忌──」
ロンレルはその詠唱を聴いて思い出す。
「霊魂魔術……」
それは最後の頼み綱。
普通、回復魔術には詠唱は存在しない。
魔力の共鳴によって成り立つものだからだ。
しかしこれは違う。
共鳴ではなく、魂への誘いだ。
生物は死ぬ直後魂が世界を彷徨う。
それは魂の糸が切れるまで。
その魂へ問いかけるため、呼び戻すための詠唱だ。
「──生の所在に魂の招待──」
ロンレルはただ両手を握りしめて祈ることしか出来ない。
「──霊魂よ、答えろ」
詠唱は終わり、再び心臓圧迫を始める。
しかしジィーナスは動かないままだ。
「……無理だ。糸が切れている、もう死んでいる」
「…………」
ロンレルは両手を離し、ジィーナスを見つめる。
「……そうですか」
「気に病むな、応急処置は完璧だった。ただ、腹を貫通してんだ。即死だったろうな」
神官はすぐさま別の怪我人へ向かう。
ロンレルはジィーナスの側へ近寄り、その場で座り込み、一言。
「ジィーナスさん。お疲れ様でした」
ジィーナスの胸に手を置いて、目を瞑った。
◇
「落華星石!!」
爆発のような、隕石のような、鼓膜が破裂しそうになるほどの轟音が起こり、城壁が崩れる。
「威力やばっ!!」
クルトもその技の被害で、崩れゆく城壁と共に落ちてゆく。
「ごめん! クルトっ」
すぐさまクルトを掴み、住宅街の屋根に飛び移る。
「どうせあの威力でも生きてんだろうな……」
クルトを離し、すぐさま戦闘態勢をとった。
「どうするの?」
「うーん。フィーナが飛んできたら何でも良い、とにかく足止めと、広範囲の攻撃出来ないか?」
剣は取り返したし、フィーナは近づかねーと攻撃出来ないだろ。
「広範囲……、やってみるよ」
「あとはクルトに合わせる。自由にやって良い」
「え……?」
クルトの後ろに歩き、剣を構える。
「邪魔しないようにするのと、相手に合わせるのは得意だからな」
「あ、うん!」
クルトが杖に魔力を込めたタイミングで、フィーナは予想通りこちらに飛んできた。
「頼む!」
「分かったっ! 『フロー・スピア・ツリー』!!」
クルトの杖が魔力で輝き、フィーナへ放たれる魔術。
それは広範囲に張り巡らされた木の枝の如く、全てを包み込み、全てを貫く勢いの氷であった。
「邪魔くせぇ!!」
フィーナは氷を両手で薙ぎ払いながら、こちらへ距離を縮める。
すぐさま、俺は駆け出し、飛び上がる。
本当に最高だ。
クルトの放ったこの魔術。
足場にもなるし、武器にもなる。
尖った氷、その先端を剣で切り落とし、フィーナへ蹴り飛ばす。
「──!」
驚いたフィーナは紙一重で氷を躱す。
その隙に俺は氷に飛び乗り、さらに飛び上がって、フィーナの元へ。
俺が足を離した途端、氷が一瞬だけ全て溶けた。
「ぶあっ!」
フィーナは溶けた水を顔面に被り、目を瞑り、顔を拭おうと手を使う。
その瞬間、フィーナの周りに砕かれて、溶かされた水は再び凍り、右手は顔に引っ付いた。
剣の全てに全力の魔力を纏い、凍り直した足場に乗り、フィーナの首に狙いを定める。
「おらぁぁぁ!!」
剣筋はしっかりと、フィーナの首の左側を捉えていた。
「──!」
だが、斬ったのは首ではない。
フィーナは首を斬られる寸前、目が見えない状況で、左手を犠牲にガードをしたのだ。
「マジかよっ……」
フィーナは地面に着地をすると、勢いよく右手に力を込め、顔から離す。
「痛ぇ……まぁ、そのうち生えるか」
切れた左手を見下げた後、俺を睨む。
「よくわかんねぇ剣術だ。その切れ味も、武術との織り合わせも」
落ちている剣ほどの長さの氷のつららを足で拾い上げ、右手で握る。
「来いよ。殺すんだろ? 俺を!!」
先端を俺に向けたまま、突っ込んでくるフィーナに、急いで剣を構えて交戦する。
つららは先端だけに攻撃威力がある!
ならば初手は突き!
予想した通り、顔面への突き。
つららを剣で弾き、左側へ回り込む。
後ろの家の屋根にいるクルトからの岩が、フィーナの首元へ放たれる。
フィーナはそれを背中を反らし、回避。
しかし回避したところで、真横にいる俺が攻撃をしやすくなるだけだ。
纏魔を込めた剣でフィーナの横腹を貫いた。
「がふっ──!!」
貫通しているその剣が刺さったまま手を離し、フィーナの足を後ろから左足で蹴り、そのまま俺は回転。
足を持ち替え、右足の踵で倒れるフィーナの下顎を蹴り飛ばした。
「ぶべっ──!」
フィーナは吹っ飛び、ボロい家に突っ込んだ。
◇
やばい……、やばすぎる……、このままじゃ死ぬ……。
あの白髪のガキはやばすぎる。
チビの魔術師とは訳が違う。
いや、あの魔術師もサシだったら致命的だったかも知れねぇ。
フィーナは瓦礫に埋もれたまま、横腹に刺さった剣を抜き取る。
「ふー、ふー、落ち着け、傷は治る。腕も生える。だが、このまま戦えば必ず死ぬ……」
フィーナの頭によぎったのは一つ。
最後の手段に残していた、ここには連れてこなかったもう一匹の飛竜。
剣を投げ捨て、残っている片腕で指笛を吹く。
「ピュー!」
その音と共に一匹の飛竜が空に飛び上がる。
その飛竜はエルとクルトに見向きもせず、フィーナの元へ飛んでくる。
フィーナの残していた最終手段。
それはここから速やかに逃げ出すことだった。
右手を上げ、近づいた飛竜の足を掴む。
「いい子だ。そのままどこか遠くに連れて行け」
フィーナの言葉を理解しているのか、飛竜は声をあげて上空に飛び立つ。
「はっ! じゃぁな! ガキども!!」
フィーナは捨て台詞を吐き、エルたちを睨む。
「逃す訳ないでしょっ!」
クルトはすぐさま岩を形成し、飛竜の羽へ打ち込んだ。
バカだろ、飛竜に魔術はほぼ当たらねぇ。
こいつの最高速度知ってんのかよ。
フィーナは勝ちを確信した。
このまま逃げ切れば、もうここへは用はない。
こいつらとも会うことがない。
強くなった俺を見れば魔族たちも迎え入れてくれるはずだ。
「──は?」
しかし、その思いは無意味だった。
クルトの放った岩はまるで飛竜を追尾しているかの如く、薄い羽へ貫通した。
「! 魔術の域超えてんだろ!」
バランスを崩しながらも、飛び立つ飛竜は自身のスピードを忘れたのか、あまりにも遅い。
「ナイスだ! クルト!!」
すでに、フィーナが抜いた剣が落ちている場所に立っていたエルが、纏魔を込めまくった剣をフィーナに投げる。
「ふん!」
「──っ!!」
その剣はフィーナの背中を刺し、腹から刃が飛び出る。
「──がはっ!」
握力の失ったフィーナは、飛竜から手を離し、地面へ落ちた。
◇
「クルト! 拘束!!」
「分かった!」
すぐさま落ちたフィーナにクルトが駆け寄り、岩で作った足枷で拘束し、右手と腰を輪っかの岩で固定した。
「気絶してんのか?」
「そりゃ剣が貫通してるんだもん。無理もないよ」
死んでないよな……。
まだ、人生で殺しはしてない、ポリヌは殺して食ったけど……。
「息はあるよ」
鼻に手を当てたクルトはほっとした声でそう呟いた。
「どうする? ここに置いていくか?」
「どうだろうね、僕たち子供が主犯を連れて行っても大丈夫なのかな?」
クルトは膝を曲げ、フィーナを見つめる。
確かに、こんな見た目のガキがこいつを「魔族倒しましたー」って連れて来ても、信じられるかわかんねーな。
もしかすると怪しまれるかも知れねーな。
「下手すりゃ共犯者オチか」
「うん」
クルトは立ち上がり、俺を見る。
「ここに置いて行こうか、この様子だと拘束もしてるし、逃げる気力も無いだろうし、大丈夫でしょ」
まぁ、腹に穴が空いてる状態で、足縛られて腕も片方無い状態だしな、そのうち誰かが見つけるだろう。
「よし。じゃ、放置で」
俺は手を合わせてフィーナにお辞儀をする。
「いい人に拾ってもらってくれよ」
「動物捨てる人ってこんな感じなのかな?」
腹に刺さった剣を抜いてあげ、剣についた血を飛ばす。
「さて、ロンさんの元に、ジィーナスさんの所に戻りますか」
「そうだね。ミルナ達も心配だし」
俺らは北区を後にして、中央通りへ戻る。
「あ!」
「ん? どうしたのエル」
一瞬、フィーナの心配が頭をよぎる。
もし、誰にも見つけられなかったら……、あの重傷だ、死んだっておかしくないよな……。
「まぁ、いっか」
戻るのも面倒だし、ジィーナスの仇だし、それに兵士さん達が残りの魔物を退治するためここを通るだろ。
「行こうぜ」
そうクルトに伝えた瞬間、地震に似た何かが、辺りを震わせる。
「うおっ! なんだ!」
「地震!?」
それはほんの数秒続き、すぐに静まった。
「……エル、あれ……」
クルトは震えながら中央区の方を指差した。
「え……何だあれ……? デカい門……?」
そこには存在するはずも無い、あの巨人を遥かに超える程高く、どす黒く、不気味な門が街中に現れていた。
扉のてっぺんにある悪魔が、嘲笑うようにこちらを見つめたまま、デカい音を立てて門が開く。
「ミルナ!!」
クルトは門の方向に、ミーガ・バードがある事を思い出し、すぐさま走り始めた。
「薄気味悪りぃ……! おい、クルト! 待てよ!」
走るクルトを追いかけて、俺もミーガバードへ走る。
◇
「ん? あの白髪……どっかで……」
エルとクルトが走る後ろ姿を、一体の魔人、シルバリが見つめる。
「気のせいか……」
シルバリは頭を掻きながら地獄門へ目線を変える。
「俺の方が早かったな──ん?」
シルバリは倒れているフィーナを見つけ、側による。
「何だこいつ? 魔族? いや……人間の感じがするな……ハーフか」
「────んっ……」
「お、生きてんのか」
気絶していたフィーナの目が少し開く。
「この惨状はお前が?」
「だ……誰だ……」
「巨魔獣朧はお前の仲間だったのか?」
シルバリは名乗らず、質問を続ける。
「俺らが目を付けてた魔獣朧だったよな?」
「……知ねーよ。もう死んだしな……」
シルバリは頭を掻きむしり、フィーナの顔面の上へ右足を運ぶ。
「面倒くせぇことしてくれたな。まぁいいか」
そう言うとシルバリは右足でフィーナの頭を踏み潰す。
「まて────っ!」
風船が割れたような、トマトが潰れたような、鈍く大きな音が地面へ伝わり、フィーナの声がかき消された。
「早くトラペジにこれ渡さねぇーと」
右手に持っていた、腐った誰かの腕を見つめ、シルバリはあの門へ向う。




