30話 フィーナの父
今回長くなりすぎました。
ごめんなさい。
あと僕には恋愛ものは無理でした。
経験しときます。
私は昔から剣を振るのが好きだった。
だからずっと剣を振った。
とにかく振り続けた。
16の時、気づけばエスタ領で開催された剣術大会で優勝し、騎士団にスカウトされるほどの剣技を身につけていた。
その思いは騎士団に入っても変わらず、休みの日も寝るのも忘れて惜しんで剣を振り続けた。
恋人も友人も作らずただ無心に剣を振る。
そうするだけで1時間前の自分よりも強くなった気がして、1分前の自分より鋭い気がして、1秒前の自分より忍耐がある気がして、気持ちが良かったからだ。
そして最年少の19歳で副団長に上り詰めた。
私なんかは剣だけで良かったんだ。
剣さえ振り続ければ幸せだったんだ。
他の何も得ようとしなければ良かったんだ。
魔物の討伐のため、騎士団は精鋭の騎士を集めて半年に一度遠征を行うしきたりがある。
「今回の遠征は例年通り、北の森林にて魔物を討伐する!」
半年前同様、団長直々に指名を受け、共に森の奥へ進んだ。
「ゴブリン……数が15……」
団員の1人が木陰に隠れ、報告をする。
「よし。訓練通り、ポジションを取り慎重に蹴散らすぞ」
「「はい」」
1人の団員が木陰から飛び出し、一匹のゴブリンの喉に剣を突き刺し殺す。
それが合図に他の団員も団長も私も飛び出し剣を振り回した。
「死ねぇー!!」
「くたばれぇ!」
野蛮な言葉通りにゴブリンは汚い声と血飛沫をあげて倒れていく。
「おい! 一匹逃げたぞ!!」
「うそっ……」
「私が追います!」
2匹目のゴブリンを蹴り飛ばし急いでその背を追う。
「はぁはぁ、どこまで行くんだ……」
どんどんと森の奥へ逃亡するゴブリンに、目を離さないよう必死に追いつこうとするが、ゴブリンは死界になる入り組んだ所へ、潜り込んだ。
「くそ……どこ行きやがった……」
ほぼ諦めモードに入った状態で追いかけていると、木の根元にゴブリンとは違う何かが倒れ込んでいるのを見つけた。
「え?……ひと?」
自分よりも若いだろうか? ローブを着て、淡いピンクの髪はウェーブを巻いて、体型は余りにも細い。まるで天から舞い降りた天使のような女性だった。
「嘘だろ……」
思えば一目惚れだったんだろう。
敵を見逃して気がつけば彼女の手当をしていた。
「ありがとう……」
「いえ、お名前はなんと言うんですか?」
見ず知らずの人に名前を聞くのは少し失礼な事だと思いながらも、単純にその人のことが知りたくなった私はそう質問した。
「……マーフィー」
「マーフィー……素敵な名ですね」
少し照れながら答えるマーフィーはとても美しく愛らしい。
「何故こんなところで倒れてたんですか?」
「……ポリヌにやられて……」
「美しい体なんですから気をつけて下さい」
その言葉は彼女を驚かせたのか、俯きながらも頷いた。
「応急処置は終わりました。宜しければお家へお送り致しましょうか」
「……大丈夫、近いから」
マーフィーはそう言うと、足を引きずりながらその場から去ろうとした。
「…………負ぶりますよ」
私はマーフィーの前に立ち、背を向けた。
「……ありがとう」
遠慮されるかと思っていたが、マーフィーは私の背中に乗ってくれた。
「近くに集落があるんですか?」
「……ずっと真っ直ぐ」
マーフィーが指示した方角に歩みを進める。
「エスタ領都って知ってますか?」
「何処」
「ここからずっと南に行ったところある街です」
「……そこから来た?」
「はい」
あまりにも軽いマーフィーはそうと言って私に抱きついた。
「どうしたんですか?」
「…………」
?
不思議に思い振り返ると、目を瞑り寝息を立てる天使がそこにいた。
「マジかよ、可愛すぎる」
相手が寝ているとはいえ、ついつい言葉が溢れてしまった。
約30分歩いたところで小さな集落が見えてきた。
「ここか……?」
私はゆっくりと体を下ろし、マーフィーに声をかけた。
「マーフィーさん、ここですか?」
「……ん」
何か寝言を言いながら、起きる気配がない。
仕方がなく、マーフィーを地面へ下ろし、肩を揺らして起こす。
「着きました。マーフィーさん」
「……おはよう」
「おはよう御座います」
目をこすりながら辺りを見渡す。
「着いた」
「はい、着きました」
「ありがとう」
彼女はそう言うとびっこを引きながら村の中へ向かう。
「では、ここで」
「待って」
マーフィーは踵を返し、私を呼び止める。
「お礼したい」
「大丈夫ですよ」
「そう……、じゃあ住所教えて」
「え?」
「遅かったじゃないか」
「すみません。手こずってしまって……」
急いで仲間の元へ戻ると、すでに団員たちが薪木に火をつけ、寝床を作っていた。
「珍しいな、お前がそんなに手こずるとは」
「ははは、気が緩んでたのかもしれません」
私がいない間に狩で取ってきたのだろう。
ポリヌの血抜き作業をしている団長が笑う。
「ジィーナスが緩んだことないじゃん」
「そんなことないですよ」
「まあ、まあ、副団長は自分に厳しすぎるだけだって」
そんなこと無いと思うが。
「明後日の休暇でその気の緩みを治しておきます」
「堅いなぁ」
他の団員たちは声を揃えてそう言った。
次の日の夜、無事にエスタ領都に着いた私たちは休むなり、自主練するなり、自由時間を与えられた。
「ねっむ」
マーフィーに出会って、寝付きが悪くなったのか、あまり睡眠時間がとれなかった。
「綺麗だったな……」
布団に入り、思い出す。
あの肌触り、寝息、髪の香り、声色、暖かさ。
どれもが心地よかった。
「はぁー、剣振ろ」
立ち上がり、真剣を手に取ると外に出た。
「この時期だと少し冷えるな。動けば暑くなるか」
騎士団の寮の玄関にタオルを掛け、鞘から剣を抜き、素振りを始める。
剣を握るとやっぱり思う。
自分はこれがあっていると。
剣を振るとほど研ぎ澄まされる感覚。
剣がどう振って欲しいか教えてくれる。
空気を切る音、その度に散ってゆく汗、足音、その全て集中力を高めてくれる。
「────」
この一振りでほんと少し、薄皮一枚、強くなれる。
昔は1万回振れば手のひらが爛れていたが、今じゃ何万回振っても血は出ない。
「───さん」
手のひらの皮が硬くなったからだろうか?
それとも気合?
「ジィーナスさん!!」
「え?」
集中していて気づかなかった私に何度も声をかけていたのか、息切れをしている郵便屋がそこに立っていた。
「ジィーナスさん、こんな夜中に素振りですか?」
「あ、ちょっと考え事してたので」
「答えになってませんけど。これ、ジィーナスさん宛の手紙です」
こんな時間に手紙だなんて騎士団の招集か?
「全く、速達だからってこんな時間に仕事させるなんて、郵便屋はブラックだ。給料上げてもらうか」
手紙を受け取ると、郵便屋は愚痴を言いながらプンスカと帰っていった。
「誰からだ?」
手紙を開け、宛名を見てみると目を見開いた。
宛名にはマーフィーと書かれ、昨日の感謝の言葉や、足の傷のことが書かれていた。
「律儀な人だな」
そして最後の文には彼女の住所が書かれ、返事が欲しいと綴っていた。
「ひゃっほう!」
ついに来たんだ。
この私にも春がなぁ!!!
余りにも嬉しいその言葉にテンションが上がった私は素振りを切り上げ部屋に戻った。
「っんご……寝てた……」
机に突っ伏したまま寝ていた私は涎を拭き、机に置かれた紙を見る。
「あ、そうだった。手紙の返事を書いていたんだ……」
まぁ、今日は休みだし、ゆっくり考えて返事をしよう。
「…………」
返事を……。
「…………」
趣味でも書くか?
「…………」
今日のご飯のこと書くか?
「…………」
マーフィーの好きなことってなんだろう。
「…………」
仕事のこととか?
「……だめだぁ!! 何にも思いつかん」
何を書くんだ?
てか、手紙ってなんだ?
世の中のカップルはみんなこんな修行のようなことをやっていたのか……。
いや、まだ付き合ってもいないし、気持ちが悪いな私。
「まぁ、ありきたりな手紙でいいだろう」
慣れない手つきで手紙を書き終え、マーフィーに送る。
すると二週間ほどで返事が返ってきた。
「ムフフ。文通楽し」
気づけば、マーフィーと文通をするのが当たり前になっていった。
手紙の内容なんて覚えていないが、最近あったこととか、今の流行りとか、美味しいお店を見つけたとか、そんなことばっかだった気がする。
時が経つのは早いもので、文通を始めて約2年がたった。
私は思い切って長期休みを取り、マーフィーと会う約束をした。
「確か、この辺りだったはず……」
2年前の記憶を頼りに森の中を進む。
「ジィーナスさん」
私を呼ぶ綺麗な声が後ろから聞こえた。
「お久しぶりです。マーフィーさん」
そこには、前と変わらず綺麗なマーフィーが立っていた。
マーフィーが作った料理を食べ、手紙でできるような会話で盛り上がる。
他愛のない時間が、本当に好きだった。
「帰るのはいつ?」
「一週間の休みなので後5日は大丈夫です」
「よかった、ここに泊まっていい」
「ならお言葉に甘えて」
気づけば外は暗くなっていた。
「もう寝ましょうか」
「うん」
マーフィーは自分のベッドに、私はその隣にあったソファーに寝そべり目を瞑る。
不思議とその日はすぐに眠りに付けた。
「おはようございます」
「スー、スー」
寝顔も可愛いな。
ずっと見たくなる。
マーフィーのそばに寄り、座って顔を見る。
「いや、気持ち悪いな私は」
「ん……おはよう」
「おはようございます。すごい寝癖ですよ」
私がそう言うと、恥ずかしそうに顔を赤らめ頭を押さえる。
「顔洗ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
テトテトと、足早に水の入った桶で髪を整え、櫛でとく。
なんかいいな。
この風景。
「今日、村を案内する」
「いいですね」
村の案内の後は一緒に買った食材で料理をしたり、釣りに行ったり、剣を教えたりして、あっという間に5日と言う時間は過ぎていった。
「ありがとう、楽しかった」
「私もです」
「帰ったら手紙出して」
「はい」
村の外で別れの挨拶を済ませてエスタ領都に戻る。
明日からはまた騎士団の仕事だ。
いい気分転換になったな。
「最近調子がいいな」
「おはよう御座います団長」
素振りをしていると、団長が声をかけてくれた。
「いいことあったか?」
「ええ、休みを頂いたお陰です」
「女か?」
「えっ!?」
ニヤニヤと団長がそう質問する。
「いや、野暮なことは聞かないでおこうか」
そう言いつつも表情筋は吊り上がったままの団長は私の顔を見つめる。
文通を始めて3年が経った。
なんとマーフィーが村を出てエスタ領都に引っ越すかもしれないと言う内容の手紙が来た。
嬉しくなった私はその日の夜すぐさま手紙の返事を書く準備を始めた。
「ジィーナス、客が来たぞ。めちゃくちゃ美人の客だ」
ペンをインクにつけたタイミングで、団員のカズが自室のドアを開けそう伝える。
「え?」
「詳しい話は後で聞く。外で待ってるってよ」
カズはニヤつきながら扉を閉める。
「まさか……」
急いで髪を整え、服装を正し、一応、本当に一応、部屋のゴミを片付けて、外に出る。
「お待たせしました……」
「さ、サプラーイズ……」
そこにはオシャレをしたマーフィーの姿があった。
「え、なんで……」
「えっと、本当は昨日会いに行こうと思ってたけど……準備が大変だった」
前に会った時よりも数倍、いや、数万倍可愛くなったマーフィーは頬を掻きながら、笑顔を見せた。
「昨日引っ越したんですか?」
「うん。あ、手紙」
「今日届きました」
「フライングした」
へへへと笑うマーフィーは本当に愛らしい。
「いいサプライズですね」
「そう。これから毎日会える」
最高だろ。
こんな幸せなことがあるんか。
いや、ないだろ。
「? なんで自分のほっぺを抓る?」
「いえ、夢かと思いまして」
「変なの」
その日から私は毎晩寮を抜けてマーフィーに会いにいった。
手紙に書いた美味しいご飯屋にいったり、おすすめの服屋、アクセサリー屋、趣味の武器屋にも興味を持ってくれた。
「カズ、彼女いますよね」
「いや、超可愛い彼女がいる」
「そんなあなたに相談です」
「なんだよ」
訓練の休憩中、同期であるカズの隣に座り、相談を聞いてもらう。
「付き合うとき、なんて言いました?」
「そんなん簡単だ。普通に好きって言や良いんだ」
「簡単かぁー」
相談するやつ間違えた。
「もしかして前に言ってたあの子か?」
「はい」
「まだ付き合ってなかったのかよ。てっきり婚約済みかと思ってたわ」
気が早すぎる。
まだ手すら繋いでない状態だよ。
いや、手は繋いだな。
それにおんぶもした。
「まぁ、100%付き合えるだろお前なら」
「え?」
「自分に厳しいお前は、どれほどのスペックを持ってるか気づいていないだろうが、周りからすればお前はイケメンだし、剣も上手いし、頭も切れる」
そんなことはないと自覚している。
外見も別に周りと遜色ないし、剣術も団長と比べれば雲泥だ。
頭の良さも平均だろう。
「そこら辺の女はお前がフリーだと思ってないだけで、相手がいないと思われたら引っ張りだこだぜ」
「そこまで褒められるのは慣れていないのでやめてください」
「褒めるって、ただの事実だがな。ま、告白してみりゃ良い。結果は分かってるがな」
やっぱ間違えてた。相談相手。
その日の夜。
勇気を出して正装で、レストランに来た。
「なんでこんなオシャレなとこ……」
「嫌でした?」
「ううん。たまには良い」
「良かったです」
あの後カズから色々聞いた。
私には王道テンプレがいいと言ってレストランの予約を即日にさせられて、正装まで買いに行かされた。
まさか自分には縁がないと思っていた婚約用のペンダントを買うなんて、昔の自分は思いもしなかったな。
「お待たせいたしました。こちら前菜のサラダになります」
テーブルにはいつも食べているサラダとは似ても似付かぬものが出された。
このサラダだけで給料の三分の一。
なんでこういうところの料理は皿の縁にドレッシングがかかってるんだろう。
「すごい……」
マーフィーも驚いた様子で目を輝かせている。
「いただきましょうか」
「うん」
「お待たせいたしました。こちらメインディッシュの、合鴨のステーキです」
合鴨……。
カモって食えるんだ。
「鴨……、村で食べたことある」
「流石はお嬢様育ちですね」
「むぅ」
マーフィーは頬を膨らませ、私を睨む。
さて、そろそろ言うか。
いざそのタイミングになると手が震える。
胸ポケットに手を入れてペンダントの入った箱を取り出す。
「はぁー、ダメですね。緊張して」
「ん? ここの雰囲気?」
ステーキを頬張りながらマーフィーは首を傾げた。
「マーフィーさん。これを受け取ってください」
「これは?」
マーフィーは困惑しながら箱を開ける。
「ペンダント?」
「はい、ここの人たちは好きな人にこのペンダントをあげるそうなのです」
その言葉を聞いてマーフィーは顔を真っ赤にして俯いた。
「マーフィーさん、いや、マーフィー。私は貴方と結婚したい」
「う……」
「そのペンダントをつけて欲しい」
婚約の返事はそのペンダントを相手の女性が付けて成立する。
付けずに貰ってくれれば保留、返されれば断られたのと同じ。
せめて貰って欲しい。
「ありがとう……、これってどう付ける?」
「え?」
「初めてで、付け方が分からない」
付け方が分からないってことは……オーケーって事!?
「えっと、そこの引っ掛ける部分を曲げながら外して首に回して、曲げながら突起を入れ込むって言ってました……」
「ん? あれ? わかんない。ジィーナス付けて」
「あ、はい」
席を立ち、マーフィーの後ろへ回り込む。
ペンダントを受け取り、不器用な手つきで首に付ける。
「できました」
「ありがとう」
「おいジィーナス、どうだった」
次の日の朝、訓練に来たカズは私にダル絡みを始めた。
「成功しましたよ」
「ういー! おめでとう!!」
「ありがとうございます。カズのおかげでもあります」
「えぇーーーー!!! ジィーナスさん結婚したんですか!!!」
私たちの会話を聞いていた後輩がでかい声をあげて駆けてくる。
「おいバカ! 声がデケェーー!! しかもまだ結婚してねぇーよ! 婚約しただけだ!」
「カズもでかいですよ」
カズと、後輩のお陰?
いや、2人のせいであっという間に私の婚約の話が騎士団に回った。
婚約をして約半年、だいたいこのぐらいで結婚する人たちが多いと聞く。
今はマーフィーが借りていた家を私名義にして同棲している状態だ。
「ジィーナス、婚約したけど結婚はいつ?」
「うっ……」
まさかマーフィーの口からそんなことを言うとは……。
「早く籍入れに行こう」
「もう!? てか、今から!?」
マーフィーは玄関に手をかけて私を見る。
「じゃぁ、いつ?」
「え、いや、なら今日します?」
「うん。入れたい」
案外大胆な人だな。
いや、前からそうだった。
急にこっちに引っ越すし、住所を聞いて手紙をくれるし。
「子供は2人」
マーフィーはピースをして笑う。
「それは気が早すぎです」
籍を入れて5ヶ月、めでたいことが一つできた。
いつも通り自分の家の庭で素振りをしていると窓からマーフィーが声をかけてきた。
「ジィーナス、パパになる」
「え?!」
その言葉に私は驚かされた。
「本当ですか!?」
「うん。最近調子が悪いから病院行った」
「うっひょう!」
ブンブンと剣を振り嬉しさを体で表現する。
「ジィーナス頑張りすぎないで」
「わかってます!」
それからというもの団長に直談判して、定時に帰ってマーフィーの様子を見に行って、料理や洗濯、掃除など、できる限りのことをやっていった。
「ありがとう。いつも」
「いえいえ、団長も快く帰してくれるのでよかったです」
団長は元々結婚をして子供もいるが、奥さんの妊娠中や子育て、家事その全てを任せっきりで仕事していたのが罪悪感があったらしく、自分が団長になったら半ば強制に育児休暇を取らせると考えていたらしい。
なんと素晴らしい上司だろうか。
一生ついていきます。
出産は急にやってきた。
団長に今月から無期限の休日を取らされてはいたが、鈍らないよう剣を振っていると、家の中からマーフィーが倒れる音がした。
「マーフィー!!」
家に戻ると寝ていたマーフィーは、寝室のドアを開けリビングに向かう途中で倒れていた。
急いでマーフィーを背負い、病院に駆け込む。
「先生!!」
「! 早くベッドに連れてこい」
病院の先生は慌てて準備をしながら病室に入りマーフィーを見る。
「もう頭が出てるじゃないか」
「ジィーナス、すごい痛い」
「大丈夫、大丈夫、先生がついてる」
先ほどまでの焦りが嘘のように先生は落ち着いて対処している。
「ここまでよく耐えたな。もうほぼ全部出ている。すぐ終わるぞ」
先生の言葉の通り、赤子の泣く声が病院中を駆け巡る。
「はい、もう出ましたー。元気な女の子だぁ」
「ジィーナス手、痛い」
「あ、! すみません。力んでしまって」
先生は赤子をマーフィーに見せて抱かせてあげる。
「赤子って本当に赤いんだ……」
マーフィーはそう言って私を見る。
「やった」
「ありがとうございます……」
「うん」
「フィーナ、マーフィー、ただいまぁ!」
「おかえり」
生まれた子供の名前は2人の名前を取って、フィーナになった。
ちゃんと遺伝子を継いでいるのか、マーフィーと同じピンクの髪色をしている。
「フィーナももう一歳になるんですか」
「ジィーナスも26歳」
「やめてください」
はいはいをしながら私の方へやってくる。
かわいいなぁ。
フィーナを抱き抱えて頭を撫でる。
「え……?」
頭に何か違和感がある。
ツノのような突起が。
私は気になり、髪の毛をかき分けて肉眼で確かめる。
「マーフィー……これって……」
そこには小さいが、確かに黒いツノが生え始めていた。
「ごめん、ジィーナス。ずっと言おうとした」
「何を……」
マーフィーは着ていたローブを脱ぎ私を見た。
「嘘……」
そこにはいつも見ていた姿のマーフィーとは少し違う姿、ツノが生え、爪は尖って、瞳孔は鋭い目。
「魔族……?」
あまりにも突然で、あまりにも失望した感情。
出ない声を無理やり上げて掠れた声で質問する。
「うん」
異種族とのつがいは禁忌に触れる行為。
忌むべきものであると、幼い頃から教えられたこと。
さらには魔族は人間に敵対心を持ち、古の頃から嫌われている者。
「あ、あぁあ──」
「ごめん。でも、好きなのは本当」
マーフィーはその姿のまま私に近づく。
「人間に見えたのはこのローブのお陰……」
「…………」
私は言葉にできない感情に押しつぶされ、ただ目の前のマーフィーを見つめることしかできなくなってしまう。
「オシャレな服も同じ効果があった」
そんなことを聞きたいわけじゃない。
私はただ、これがサプライズのような、いつもみたいに驚かせるためだけの嘘であって欲しいだけ。
「魔道ローブを作るのが得意──」
「──少し空ける」
私はそう言って、外に出る。
行くあてはないが、ただそこに留まるのが出来なくなってしまっただけ。
そうだ。騎士寮に行こう。
剣はマーフィーの家に置いてきたけど、素振り用の剣がある。
剣を振ろう。
これはきっと俺から逃げるなと剣が言っているだけだ。
剣を振れば剣が教えてくれる。
きっと大丈夫。
剣を振ろう。
「あれ、ジィーナス! なんでここに!?」
「あ、カズ……」
寮の外で剣を振っていると、カズが装備をつけて急いでいた。
「なんだその顔! 喧嘩でもしたか!? 話は後で聞いてやる! 緊急だ! ここに魔族が出たんだ、お前もこい!」
「え、?」
「団長は先に行ってる。応援に行くんだよ!」
魔族なんてずっと前からこの街にいたんだ。
何を今更対峙するんだ。
「何してんだ! 早くしろ!!」
「あ、あぁ、わかりました」
回らない頭の中、ただカズについて行く。
「あれ?」
どんどんと進むカズは私が寮に来た道を戻る形になっていた。
こっちの方?
「ここら辺のはず……あ! 団長!!」
「おう、ん? ジィーナスもいたのか! もう終わったぞ」
団長の足元には魔族の体が寝転がっている。
その死体には頭はなかった。
団長が首を切り落としたのだろう。
「団長、頭は?」
「あぁ、ここだ」
団長は左手に持っていた物を私たちに見せる。
「──あ、あ、あ、う、おえぇぇぇ」
「ジィーナス!?」
それを見た時、胃の中にあったものが全て地面に吐き捨てられた。
ピンクの髪色を掴んだ団長は驚き、カズは何かを察したのか、口元を押さえる。
何度も見たその髪色、目元、鼻の形、唇、ほっぺが少し赤みがかった輪郭。
全て知っている、知っている人物。
さっき見せてもらったその黒いツノが真実だと私に殴りつける。
「マーフィー…………」
「ジィーナス……。まじかよ……」
「カズ、どう言うことだ……」
思考できなくなった私に変わり、カズが知っていることを全て団長教えてくれた。
「嘘だろ……ジィーナス」
「でも団長、ジィーナスは知らなかったんだ」
必死にカズは訴えかける。
「あぁ、わかってる。罪を犯す人間じゃないことぐらいは。だが、世間がなんて言うか……」
「あぁ、フィーナちゃんか……」
2人は多種族との子供。
私の娘であるフィーナを思う。
「子供には罪はない。ジィーナスにも罪はない。しかし、これは掟なんだ。世界を救った神の掟」
「苦しいな……」
カズはため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
「誰かに知られる前にやらなければいかんが……」
その2人の会話はフィーナを殺す事なのだろう。
「あぁ、夜空が綺麗」
私は建物に背を預け、へたり込み、空を見上げる。
溢れそうな絶望と、涙を堪えて。
「ジィーナス、エスタ領都から永久追放とする。フィーナを連れてどこか遠くへ消えてくれ」
「団長?」
団長は私の方へ近づき夜空を見ていた目線に入り込む。
「お前は次期団長になる予定だった。だが、その罪は重い。これは禊だ。2度と顔を見せるんじゃない」
その顔は真っ赤に染まり、目を潤していた。
あぁ、優しいな団長は、カズもそんな顔して……。
「わかりました……その魔族はどうなるんですか?」
「あぁ、一般人への傷害も私への攻撃もしてこなかった。焼いて捨てられることはないだろう」
「そうですか」
よかった。
え?
よかったってなんだ?
誰にも攻撃しなかったことが?
酷い扱いを受けないことが?
分からない。
もう何も考えたくない。
散々だ。
フィーナを連れて誰も居ないところに行こう。
責任を持ってフィーナを育てよう。
独り立ちできるまで育てて私は罪を償うためマーフィーの所へ行く。
それだけでいい。
それだけでいいんだ。
あぁ、剣を振りたい。
北区城壁上
「あぁ、剣を振りたい」
「最後の言葉がそれか? 笑わせる。他人行儀で、正義感が強くて、自分が死ねば全部解決って馬鹿馬鹿しい」
ジィーナスの腹にはフィーナの腕が貫通していた。
「魔族と人間のハーフってだけで、どこにも居場所がなかった俺に、酷い仕打ちをされた俺に、何もしてくれなかったお前は父親と思えねぇーなぁ」
「申し訳ないな……、フィーナ愛してる……グフっ──」
「ぐ……。もう死ね!」
「ジィーナスさん!?!?」
第三者の声。
ジィーナスでもフィーナでもないその声が2人の耳に届く。
「エルくん……」
「ジィーナスさん!?!?」
「エルさん……」
高い所からだったらじぃを探せると思い、城壁に飛び上がって走っていると、探し人は魔族に腹部を貫かれていた。
「チッ、ガキが来た」
魔族は貫通していた腕を抜き、ジィーナスを城壁から蹴り落とす。
「お前……お前がこの惨状を作り出した本人か?」
「そうだといえば?」
「殺す」
「ガキ1人が何できんだよ!!」
魔族の女は高らかに笑い空を仰いだ。
「舐めるなよ、こっちはやることを終わらせたんだ」
「はぁ?」
女はこちらを睨み、口角を上げる。
「知ってるか? 魔族はなぁ、肉親の死が自分を強くさせる。昔は魔族の王になるため、王子が自分の父を殺し、さらに強い王になる儀式があったんだ」
知らねーよそんなもん。
「今の俺は気分がいい、最高だ。最高にハイってやつさぁ!!」
「そうか、ならハイになりすぎて脳みそぶっ壊れてろ!!」
俺は飛び出し、女顔面に蹴りを入れる。
しかし、その蹴りは女の細い腕でガードされる。
「まじかよ──」
「まじだよぉ!」
女はカウンターで反対の腕の拳を俺にぶつける。
「ぶっ……!」
咄嗟のガードで致命傷は避けてれたが、その威力を殺しきれず、城壁の外へ投げ出される。
「じゃぁな、ガキ」
フィーナは踵を返し、城壁を歩く。
「まだ終わってねーぞ」
後ろから聞こえた声に驚いた様子を見せる女は俺を見て笑う。
「あははははは!! お前飛べるのかぁ!?」
魔族の言葉の通り、俺は宙を浮き、女を見下ろしていた。
タイミングよく俺が落ちた先にクルトがいたお陰だ。
クルトの放った岩が両足を支え、魔術操作でバランスをとっている。
「クルトくん、そんなことできたんですか……」
「いや、咄嗟にやったら出来ただけ、僕も正直ビビってるよ。それよりもあの上にすぐ行かないと」
「いや、その前に──」
下にいる2人がジィーナスに駆け寄る。
流石に1人で倒すのは難そうだし、時間稼ぎするか……
「おい、女ぁ、お前名前はあるか?」
「あ、あぁ、フィーナだ。魔族とそこのジジイのハーフだよぉ!!」
え?!
そこのジジイって、ジィーナスさんの?!
まじかよ……。ジィーナスさんやるなぁ。
いやいや、そこじゃないだろ。
「そんな嘘よくペラペラと出るなぁ! 焦ってんのか?」
「バカ言え、まじもんだよ」
んなわせねぇーだろ。
あのジィーナスさんだぞ。
「ジィーナスさんの娘がこんな可愛くて胸がでかいわけねぇーだろ!!」
「てめぇ! どこ見てんだ死ねっ!」
あら照れてる。
案外シャイなのカナ?
「はぁー、またエルは変なこと言って……」
城壁に上がって来たクルトがが頭を抱えてため息をつく。
「遅かったな、よっと」
城壁に降り、クルトの前に立つ。
「命を賭ける所でふざけないでよ」
「ごめんなさい」
クルトに頭を下げて再びフィーナを見る。
「おい! お前のせいで怒られたじゃねーか」
「自業自得だろ!」
胸を押さえて睨みつけられる。
「ロンさんと、ジィーナスさんは?」
「ジィーナスさんは応急処置で回復をしたけど心配だって、ロンさんが連れて行った」
「なーるほど」
じゃぁ2人でコイツを倒すんか。
「クルト、前言った作戦出来るか?」
「うん。いつでも、でも当たっても知らないよ」
「避けるから大丈夫」
そう言いながら体勢とり、フィーナを睨む。
「忘れてねぇーか? 俺の魔法を」
「は?」
フィーナは余裕がある顔で俺らを指差した。
「俺の魔法で苦戦したんだろ? その返り血が物語ってる」
俺の返り血?
あぁ、あの血の雨ね。
「あぁ、おかげで臭いよ」
「はは、余裕だなぁ」
「そっちもだろ? お互い様だ。仲良しだな俺ら」
そういうと、後ろにいたクルトが杖で俺の頭を軽く叩いた。
「あいた」
「ふざけないで」
「はい」
「その余裕も、俺の魔法に掛かれば一発だ」
魔法魔法うるせーな。
「魔法なんざ喰らわねーよ。チンケな攻撃だろうしよ!!」
俺は再び飛びかかり今度は相手の懐に潜り込む。
「もう遅いなぁ!」
フィーナは俺の攻撃を避けることなく、逆にこちらに向かって来た。
「近っ!」
俺の頬に手を置いて、顔をさらに近づける。
近すぎて攻撃ができねぇ。
一旦下が──
「愛してる───」
フィーナはそう溢すと俺に口付けをした。
「嘘……」
クルトはその光景に顔を隠して恥じらった。
「エル、また剣振ってるんだね」
「おう、やる事もないし、暇だからな」
「暇かぁ」
いつもと変わらない日常。
ミーガバードの庭で木刀を振る。
ロンはその隣で洗濯物を干す。
クルトは木陰に向かい、ミルナに魔術を教える。
他の子供達はかけっこをしたり、クルトの魔術を見よう見まねでやってみたり、ロンの手伝いをしている。
何気ないその光景に俺は不思議と違和感を覚えた。
「あれ? 俺、さっきまで何してたっけ……」




