29話 魔術師
ダイエット撤回宣言をして早半年。
春川ガチダイエットを開催する。
目標 マッチョメン
「もう大丈夫です」
地面との衝突で木っ端微塵だったロンの足は、クルトの回復魔術のお陰ですっかり元通りになっていた。
「にしても、あの高さから落ちたエルくんはなぜピンピンしてるんですか」
「鍛え方が違うんですよ」
俺は腕を組んで鼻を鳴らす。
「それよりもなんでクルトがここにいるんだよ」
「ミルナが行けって……」
「なんだよそれ」
新しい杖なんかぶら下げて、俺に当たってたら消し飛んでたぞ。
「まぁ、いいじゃないですか。助けてもらったんだから」
「そうだよエル。結果オーライ、臨機応変ってやつだよ」
確かに被害が最小限に済んだのはクルトのお陰だが、なんかずるいよな。
自分だけ良さげな杖なんか貰って。
「死んでんじゃねーかよ。あの巨人」
「マジかよ……無駄足かぁー」
俺が恨めしそうにクルトを睨んでいると、裏路地から冒険者のパーティがやって来た。
「エル、あの冒険者……」
「ん? どっかで会ったっけ……」
褐色な肌にはち切れんほどの筋肉を持った冒険者は俺の顔を見るや否や声を荒げた。
「小僧!! お前がやったのか!?」
「え?」
「腕相撲大会の人だよ」
クルトの言葉でようやく思い出した。
決勝トーナメント一発目、おれがボコした冒険者のガエルだ。
「俺ってか、ロンさんとクルトで……」
「ガハハハ! すげーな、おれを負かしただけはある!」
痛い痛い。
背中をバシバシ叩くなよ!
「別に誰でも倒せるって。無駄足なのは来るのが遅いからだろ」
「遠征から帰って来たらこんな状況になってたんだ。他の冒険者は逃げてるしよ。どーしょーもねぇーよな」
逃げてんのかよ。
冒険者。
だから人っ子1人見なかったのか。
『グオぉぉぉぉん!!』
「え?」
ガエルがため息を吐いていると、上空から雄叫びが上がり、何か茶色い物体が、ガエルの頭上に落ちる。
真上には大きな翼を持った龍が輪を描きながら飛んでいた。
「飛竜……」
クルトがそう溢す。
ガエルについた茶色い物はゆっくりと顔に滴り、異臭を放つ。
「くっせぇ!!」
茶エルはその腐敗した香りに悶えてわたてふためく。
「飛竜って、どうやって倒すん?」
「あー、飛竜はね。ドラゴンの中でも弱い部類だよ」
苦しそうなガエルを他所に俺たちは上空を見上げていた。
「よく知ってんね」
「書斎にあった本に書いてあったんだよ」
へー。
クルトは勤勉だな。
「素早さを上げるために筋力や皮が薄く体がすごい軽いんだよ」
「じゃあ、どうやって攻撃してくんだ?」
「それは身をもってガイルさんが検証してくれてるよ」
クルトのその言葉に俺はガイルを見る。
悶えていたはずのガイルは痙攣を起こし、いつの間にか地面に倒れていた。
「飛竜のうんこは毒が入ってて、それを使って敵を弱らせる。最悪死ぬ」
「うわー、ご愁傷様です」
俺は手を合わせる。
「マジかよ! ふざけてる場合じゃねーだろ!」
ガエルの仲間が必死にクソを拭き取り始める。
「大丈夫だよ、解毒魔術を使えば治るから」
「おい、リャン! 解毒を早く!!」
すぐに他の仲間の魔術師が駆けつけ、ガエルに魔術をかける。
「で、どう倒すんだ?」
再び上を見上げて飛び回る飛竜を睨む。
「簡単だよ、あれはスピードを求めるが余り、ものすごく羽が繊細なんだ。少しでも穴を開ければバランスを崩して落ちてくる」
クルトはそう言うと、杖を構えて飛竜に向ける。
「無理だよ! あんなに飛び回ってる敵に魔術を当てるのはできないでしょ!」
解毒魔術をかけながらリャンはクルトに言い放った。
が、その忠告は遅く、クルトの土魔術でできた尖った石は高速回転を纏い、飛竜に向かっている。
「あ、避けられる……」
そう誰もが悟った瞬間。
ありえない程その石は飛竜に向かって曲がり出す。
「うそ……」
クルトの放った岩は的確に飛竜の右翼に風穴を開け、バランスを崩す。
「今だよ」
「集団リンチじゃぁ!!」
俺とロン、ガエルの仲間が一斉に地面に突っ伏した飛竜に飛びかかる。
「君! 今のどうやったの!?」
解毒の済んだガエルを放ったらかし、リャンはクルトの両肩を掴み揺らす。
「え、普通にやったけど……」
「普通って、出来ないよそんなこと!」
原型が無くなるほどボコボコになった飛竜をさらにボコボコにしている仲間を尻目に、リャンは付け足した。
「しかもしれっと無詠唱だったよね!」
「え、僕なんかやっちゃいました?」
嬉しそうにクルトが右手を頭の後ろに持ってくる。
「しかもなんであんなに曲がるの!?」
「いやぁ、そこまで驚かれると照れますね」
「どうした? クルト」
俺は戦闘不能になった飛竜を殴り続ける冒険者を置いといて、クルトのそばに戻る。
「なんか僕天才っぽい」
「はあ? 自惚すんな」
「いや、本当にすごいんだって! 無詠唱だし、高精度だし、スピードだっておかしいよ!」
リャンは手を離し、ジェスチャーをしながら叫ぶ。
「いや、クルトは頭がおかしいだけだろ」
「エルの片腕にも風穴開けてあげるよ」
ほらね、頭おかしい。
「てか、何歳なの!?」
リャンは俺ら2人を交互に見て、そう質問する。
「どっちも8歳です」
「子供がなんでこんなところに?!」
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。2人は私が連れて来たんです。ちゃんと実力もあるので、安心してください」
そう言って、ロンは俺らの頭に手を置いた。
「まぁ、ロンレルさんが言うなら……」
「え? 知り合い?」
「はい。現役の頃の知り合いです」
解毒が効いたのか、倒れていたガエルが起き上がる。
「死ぬかと思ったぁ!」
「ガエル! この子達なんなの?」
「何って、あぁそうか。リャンは腕相撲見てなかったな。ほら、この前言っただろ?」
「子供に負けたって?」
「そう。で、そこの白髪がおれを負かした相手だ」
再び俺の背中を叩く。
「はぁ、最近の子供ってみんなこうなの……?」
「いえ、この2人が変わってるだけですよ」
侵害だな、変人扱いなんて。
「ロンさん、エルと一緒にしないでよ」
「そうそう。変人なのはクルトだけだって」
「は!? いやいや、僕は普通だよ。変人はそっち」
「ギルデルト、そろそろ行くぞ」
「え?」
世界樹の真下。魔界ではガットレイが、椅子の肘置きでだらけるギルデルトに声をかけていた。
「言っただろ? 勇者を殺すと」
「嫌だよ。私は今日こうやってダラダラと本を読むって決めたんだ」
「はぁー、ならいい。魔人を連れていく」
「そうしてくれ」
ギルデルトは本から目を離さず手を振る。
「おい、トラペジ。お前もいくのか?」
シルバリは幼い見た目の魔人に声をかける。
「ん? 行くけど……」
「なら俺も行く。やりたいことがあるからな。ガットレイ様、勇者は今どこに?」
「あぁ、パラペットが多分エスタにいると言っていた」
シルバリは少し考え、トラペジに再び質問した。
「ココ村からエスタはどんぐらいだ?」
「あー、20分じゃね?」
「なら、先に着いとく。おいディレイク、ココ村に門を繋げ」
シルバリは鬼の見た目をした魔人に命令をすると、ディレイクは無言のまま親指を立てた。
「どこに行くのだ?」
「少し忘れ物を撮りに戻るだけです」
「そうか」
ガットレイはシルバリの思考を読み、納得して踵を返す。
「さて、どこにいるかな?」
シルバリは頬を上げ正門に向かった。
西区の魔物はガエルたちに任せて、俺たちは中央区に向かっていた。
「いいこと思いついたってなんだよ」
俺は西区から出るタイミングでクルトが言い放った言葉に疑問を持っていた。
「だから今、それをやるために中央区に向かってるんでしょ」
「もう着くぞ、そろそろ教えろよ」
走りながらクルトはため息をついた。
「せっかく杖を新調したから、新しい魔術を使おうと持っただけだよ」
いや、それぐらいはわかるわ。
だからどんな魔術を使うかを知りたいんだよこっちは。
「ほら、着いたぞ」
「よし、やっとできる」
クルトはワクワクしながら杖を回して構える。
「中級雷魔術のシンライが、あの強度だったんだ。だから大分威力を弱めて────」
クルトはブツブツと何かを言いながら杖に魔力を流す。
普通、魔術師は杖を変えると極端に弱体化することが多い。
その理由は使い慣れた杖と同等の魔力を使い、自爆することが大半。
制御をするために魔力を弱めて前よりも弱い魔術になるとこが小半。
それにクルトは気づいていない。
前まで愛用していた杖はただ魔術を一つ貯めれるだけの杖。
魔力の抵抗も魔術の精度も何もかも杖なしと変わらないただの木の棒であったことに。
つまり、クルトは初めて杖を持った魔術師と遜色ないほどの初心者である。
それがどれほど難しいか、例えるならば目を瞑り、利き手じゃない方の手で箸を持ち、米を一粒摘む程である。
しかしそれは一般論であり、圧倒的魔力操作のセンスがあるクルトには簡単なことであった。
魔力を込めた杖を空に掲げると一つの陣が上空に現れる。
さらにはクルトの魔力量は一般魔術師の魔力量と雲泥の差。
完全に回復することのないほどの魔力の量、さらには魔素に近い程の濃度。
そして驚くべき物はもう一つ。
圧倒的な発想力である。
そんな魔力と、アイデアを持った魔術師は、誰も到底思い付かない、成し遂げれない魔術を放てる。
一つだった陣はそれを起点に二つ、四つ、八つとどんどんと増えていく。
数えれる程の数だった魔術陣は上空を覆い尽くす程の魔術陣に変わる。
その数なんと2800個にも及んだ。
「マジかよ……」
素人の目でもわかる。
この圧倒的な魔力量をたった1人の子供が捌ける異常さは。
「穿て!『ロックマグナム』!!」
クルトの声に共鳴して、魔術陣は一つ一つが淡い光を放ち、一斉に鋭さを無くした拳ほどの石が北区の人々に向かう。
その石は的確に北区の後頭部に方向を変え、1つのミスもなく、完璧なエイム力であっという間に、北区の全ての住人を無力化させた。
「なんだ……、何が起こった……」
「急に倒れ出したぞ……」
「術者が死んだのか?」
さっきまで相手をしていた敵が地面に倒れ込む状況に疑問を覚える衛兵がそう呟く。
「あれ? 250個ぐらい余っちゃった……」
「お前、バケモンだな……」
「えぇ、流石に恐ろしいです……」
あれ?
ジィーナスさんの姿が見えんな。
「ジィーナスさんは!?」
俺は一番近くにいた衛兵に叫んで質問をした。
「ひと足先に北区に向かったぞ!!」
「了解ー!!」
両手で丸を作り衛兵に伝える。
「じゃぁ、北区に向かいますか」
「魔力切れは平気ですか?」
「ん? 全く問題ないよ」
その答えに少し顔を引き攣ったロンは、返事をして落ちている剣を拾い、持っていた剣を俺に渡した。
「なら行きましょうか」
北区、城壁上ではピンク髪の魔族が城下町を見下していた。
「一番乗りはやっぱりお前かよ」
魔族の言葉には少しだけため息が混じっている。
「少々やりすぎでは?」
ジィーナスは剣を抜き、座っている魔族に向け、構える。
「やりすぎだ? 腑抜けるなよ。誰のせいだと思ってる」
魔族の女は立ち上がり、ジィーナスを見る。
「大分老けたな」
「まぁ、40年振りですからね」
「北区の洗脳が全員途切れた。しかもガキの魔術師に」
ジィーナスから目を離し、中央区を向く。
「クルト様ですからね」
「随分と仲がいいんだな」
「嫉妬ってやつですか?」
その言葉を聞いて魔族の女は何かが切れたように叫び出す。
「お前のせいで! 俺がどんだけの思いをしたのか! 俺がどんだけ悩んだか!」
「マーフィーのことなら私も苦しい思いをしまし──」
「黙れよ! お前がいなけりゃ、お前さえいなければぁ!!」
両手を振り、全力で否定をする。
「今まで貯めた魔物も! 魔獣朧だって使役したんだ! なのにまた、また無駄だった!!」
「それはあなたが弱いからですよ」
その言葉に引っかかったのか、さらに暴言はヒートアップする。
「お前の成果じゃねーだろうがよぉ!! 俺がぁ! 俺がぁ! なにをしたんだぁ?! なぁ!? 教えてくれよ!!」
「フィーナ。君はわがままなんですよ」
「その名で呼ぶなぁクソジジイ!!」
最後の言葉で完全に自我を保てなくなった魔族の女はジィーナスに飛びかかる。
「やっと反抗期になったんですね──っ」
鋭い爪でジィーナスを引き裂こうとしたが、ジィーナスに弾かれる。
「──っ!!」
「確かに私のせいだ。私の責任でしかない。しかし、この惨状はフィーナが起こした事です」
剣で弾かれたため、少し腕に切り傷が入る。
「だから私はフィーナ、君を止めるんですよ」
「その他人行儀も腹が立つ!!」
腕を押さえて歯軋りをする。
「縁を切ったのはそちらでしょう」
「死ねよ!! クソ親父!!!」




