27話 戦場へ
今月はちと忙しいなぁ。
長期休みが欲しいなぁ。
なんならニートになりたいなぁ。
「なんだよ……これ……」
「なんでここに魔物が……?」
呆気に取られる光景を目にそんな言葉しか出てこなかった。
脳が思考を放棄し、ただ呆然と眺めるだけ。
その間にもたくさんの人々が苦しみもがく。
「二人は中に逃げて下さい!!」
ボイコット中の脳みそに流れ込んできたのは、剣を持ったロンが走って門に向かいながら叫ぶ声。
その声で無回転だった頭が加速する。
「私は出来るだけ多くの魔物を倒してきます! ここは任せました!」
ロンはそう言うと走り去り街の方へ姿を消す。
「みんな! 静かに、家から出ないでね!」
クルトがそう叫び食堂に逃げ込んだ。
俺もそれに続き部屋に入る。
街の混乱はエスタ城からよく見える。
中央区の広場では火の海に飛び込む槍兎。
東区では狼が人々を噛み殺す。
西区には一つ目の巨人が城壁を破り、建物をまるで障害物のように蹴散らしてゆく。
「あぁ、なんてことだ」
私はただ呆然と壊れゆく景色を、500年の歴史を眺めている事しかできなかった。
その回らない脳みその中で一人たった一人自分の娘をチラつかせる。
「ミルナ……」
最悪のタイミングだ。
息子とは喧嘩をしたことはあった。
それっきり部屋から出てこなくなってしまった。
生まれてから親と喧嘩などしてこなかった私は、どうやって仲を戻すか、分からなかった。
世の家族の方が私達よりもはるかに幸せなのだろうか。
だが、その幸せは今を持って崩れゆく。
「残酷だ……」
今までこの街を住みやすいように、人々が満足できる法令を制度を設けてきて、結局魔物に壊される。
北区の無法地帯も公共事業を通して戻そうとした矢先だったのに。
あと少しでこの領都も私も役目を果たせると思っていたのに……。
「カモク領主様!」
合図も無しに扉を勢いよく開け、一人の衛兵が飛び込んできた。
「なんだ」
「は! 城の騎士団、魔術師団、全て揃いました!」
兵士は敬礼を忘れず、背筋を伸ばして報告をする。
「……ずっと疑問に思っていたのだが、優先するべきは私の許可ではない。街の安全だ、すぐさま向かえ」
「は!」
敬礼をし、部屋から飛び出す衛兵を見て私は椅子に体重を預けた。
「大丈夫だ。大丈夫。ミルナは生きている」
震える手は心配と言う感情だろうか。
それとも不安と言うエゴだろうか。
そう考えてながら手に力を込めて握りしめる。
「ご主人様!」
開きっぱなしの扉から現れたのはジィーナス。
「見つかったのか!」
ジィーナスの顔を見て立ち上がる。
「いえ、まだです……」
「はぁ……そうか」
席に座り直し、ジィーナスを見る。
「どうした」
「私も部隊に入れて下さい」
ジィーナスから出た言葉は意外だった。
そもそも自らを主張することはしないタイプだ。
それに今はミルナの捜索に当たっている。
「どうしてだ」
「過去の禊です」
その言葉を聞いて理解した。
昔交わした二人の口約束。
「そう言うことか……最悪だな」
「はい」
ジィーナスは一言だけそう言って俯いた。
「ここ一週間、冷えた頭で私は考えた」
俯いたままのジィーナスに伝える。
「ミルナを城から出したのはお前だな」
「!!」
目を見開き驚いた顔で顔を上げるジィーナスがそこにいた。
「うちの兵士共は訓練され過ぎている。まだ子供のミスカが一人で外に出れる訳ではない」
「知ってたのですね」
「いや、今のお前の発言で分かった」
ジィーナスはハッとして、口を押さえる。
「ハハハ、安心しろもう怒っていない。お前が絡んでいるなら心配は要らないな」
「申し訳ありません」
再び頭を下げる。
「お前の任を解く。今も持ってミルナの捜索から外れ、第一騎士団団長に任命する」
「ありがとうございます」
頭を下げたままそう答えると立ち上がり私を見た。
「ご主人様、一つだけいいですか?」
「なんだ」
「ミルナお嬢様は思っているほど子供じゃ有りません。自分で道を決めて歩く覚悟と実力があります」
「そうか」
ジィーナスは頭をまた下げて、その場を後にした。
手の震えももう無くなっている。
「リーダーが動かなくて何になるんだろうな」
私は独り言を呟き、席をたった。
食堂の隅で怯えるみんなを抱きしめてただ時間が過ぎるのを待つ。
「大丈夫。きっと兵士さんが倒してくれるからね」
僕はそれしか言えなかった。
ミルナも震えて縮こまっている。
外からは絶えず悲鳴と言う痛ましい音が部屋を包み込む。
そんな中エルだけは外を眺めてソワソワと体を動かしていた。
「エル」
「…………」
「エル」
「……うん?」
目を合わせないまま言葉が返ってくる。
「行きたいんでしょ」
「まぁな」
「行って来なよ」
僕の答えに驚いたのだろう。
エルの目線がこちらに向いた。
「あ、でも約束して。絶対に無茶はしないし、死なないし、一人で行動しないって」
「いいのか? 行っても」
「だから条件を出してるんだよ」
エルはその場で立ち上がり分かったと一言言うと扉に手を掛ける。
「ロンさんには僕が居るから安心してって伝えといてね」
「おーけー、じゃぁ、行ってくるわ」
扉を開けて外に出る窓からはエルが猛速度で走り去る姿が見えた。
「行かせても大丈夫なの?」
「平気だよ。見て来たでしょ、エルの強さを」
「うん」
エルは強いんだ。
それにエルにはなぜか信用できる何かがある。
出会ってまだ半年も経っていないのに、なぜだろう。
「まぁ、終わるのを待とう」
そう言ってみんなを安心させる。
魔族の女は北区と、中央区を挟む城壁の上に立っていた。
「あぁ、これだ。これが見たかったぁ」
前髪をかき上げて絶頂に近い表情で街を見下ろす。
「これはまだまだプロローグ! 夜明けはまだこねぇーぜ!!」
風に靡くローブの髪が更なる恐怖への演出になる。
「待ってろよクソ親父ぃ!!」
「まずはロンさんを見つけねぇーと」
ミーガバードを出た俺は街に溢れかえる狼を殴り殺しながら中央区の方へ走っていた。
「にしても魔物が多すぎる。キリがねぇ程に襲いかかって来やがって!!」
狼の頭部を蹴り、飛ばす。
「! あれロンさんじゃね?」
中央区に続く大通りに立ち尽くす剣士の後ろ姿を見て気づく。
そのさらに奥にはたくさんの人がそれぞれの武器を持ってこちらに進んでいた。
「兵士か? いや、でも格好が見窄らしいな」
あまりにも離れた距離のせいで状況が掴めない。
仕方なく急いでロンの方へ走る。
「ロンさーん!」
大声で叫ぶと剣士は振り向いて驚いた顔をした。
「なぜここに来たんですか!!」
「クルトがミーガバードは任せて行っていいって!」
その返事に納得したのか呆れたのか息をついてロンが言う。
「それよりもエルくんまずい状況です」
「ん?」
ロンは目の前を見つめながらそう呟いた。
よくよく見てみると、前からやってくる人々は逃げゆく住民を刺し、家を燃やす。
「え……人が人を……?」
「これはただの魔物たちの侵攻ではないようです」
「テロ……?」
「えぇ、人為的な何かでしょう。少し心が痛みますが、殺りますよ」
今だに人は殺したはことない俺がこの人たちを殺して止めれるか?
前に戦った誘拐犯も戦闘不能にさせただけで殺してはない。
できるか?
殺すことが……。
「エルくん!!」
その時ロンとは違う声が聞こえる。
「ジィーナスさん!?」
ロンの叫ぶ声に釣られて声の発生源を見る。
そこには息を切らして、こちらに走ってくるジィーナスの姿があった。
「その人たちは魔族に洗脳されてるだけです! 開放条件は頭部への強い衝撃!」
剣の鞘を抜かずにジィーナスは剣を構える。
「なるほど、殴ればいいだけですね」
ロンは納得すると、鞘を腰から外し剣を納める。
「よかった。殴るだけなら得意だ」
俺も皆に習って頬についた血を拭い、構える。
「領主に罰を、北区の解放を!」
俺たちは叫ぶ人らに突っ込んだ。
ジィーナスは老いた年齢とは思えないほど剣筋が真っ直ぐで、素早く次々と住人たちを戦闘不能にさせてゆく。
ロンも負けじと相手の後頭部を狙い振りかぶる。
一般人を殴るのは少し心苦しいが、洗脳されているのならしかたねぇ。
俺も続いて棍棒を持った男の懐に入り、アッパーを決め、流れのまま頭部に回し蹴りを繰り出す。
棍棒を持った男はそのまま二人の味方の方へ倒れ込み、気絶する。
進行する他の北区の人たちは倒れた味方に気づかず、そいつらを踏みながら止まることをしない。
左から急な両手斧の攻撃が振りかかる。
「あっぶ!」
ギリギリで背中をそって避け、右足でそいつの顎を蹴り上げる。
「お、いい武器持ってんじゃん」
攻撃の衝撃で手放した斧を空中で俺が掴む。
「どりゃぁ!!」
後ろにいた3人をその武器の表面で殴り飛ばした。
「うぅ〜ん、手が痺れるぅ」
殴った衝撃で斧を手放してしまう。
「彼に鉄槌を!!」
屋根から飛び降りて来たのだろう、空高くデカいハンマーを構えた敵が俺の頭上を狙う。
強い衝撃で地面は割れ、土煙が舞う。
「む……!?」
しかしそこには俺はいない。
見失ったハンマー男は周りを見渡し俺を探す。
「ばーか、後ろだよ!!」
すでに後頭部に飛び上がった俺は、右手の拳に力を込めて、思いっきり地面に叩きつける。
「灯火の光を!!」
遠くから火のついた矢が飛んでくる。
「うおっ、火は反則でしょうが!」
こちらを狙う矢の矢尻を俺は掴み、狙って来た奴に纏魔を込めて、投げ飛ばす。
振りかぶった勢いで火は消え、矢はそのまま相手の弓を貫き武器を壊す。
「遠くから攻撃しやがって、寝とけや!」
ハンマー男の攻撃で割れた地面の石を掴み、貫かない程度の速度で狙い投げ、デコにクリティカルヒットする。
「まだまだぁ!!」
温ってきた体は最骨頂に達する。
剣を持った敵の頭上を飛び越して、奥にいる槍使いの腹部を蹴り飛ばし、槍を掴む。
相手も武器を取られまいと強く握りしめる。
「飛んでけぇ!」
遠心力を利用して、掴んだ槍を4回転し、5人ほど集まった敵の塊に投げ飛ばした。
「解放の打撃を!」
休む間もなく、ナックルをつけた男が殴りかかってくる。
「見えてんだよ!」
ミスカよりも遅い攻撃を易々と避け、カウンターのエルボーを相手に決める。
「8歳児の攻撃じゃまるでないですね」
「負けてられないですよジィーナスさん!」
ロンは鞘のついた剣で敵を一人ずつ殴打してゆく。
「しかし、ここまで人数が多いとキリがないですね」
「えぇ、一番はあの巨人。早めに対処に行きたいのですが!」
鎖鎌の攻撃を剣で弾き、敵の後ろに周り、頭を叩く。
「先行して私がここに来たので、もうすぐ衛兵が来ると思います!」
後ろから殴りにかかって来た敵を避け、カウンターを放つ。
「エルくん! 衛兵が来たらすぐさま西区に向かいます!」
「了解!!」
俺は両手に短剣を持った女の頭上に飛び降り、両足で相手の両手を押さえて、敵から奪ったメイスで頭を叩く。
「なんか敵増えてね?!」
元は50人ほどの数だったが、今は100を超えている。
「多分北区のすべての住人がいるのでしょう」
「北区だとおおよそ3000人の人が居ます」
まじかよ、まだ1割も倒せてねぇーのか。
キリがねぇ、どうにかしねぇーとこの数だと流石にしんどすぎる。
「遅れましたぁ!! 第一部隊戦闘開始!!」
しんどいと思っていた矢先、約100人ほどの騎士が駆けつける。
「エルくん!!」
「了解っ!」
すぐさまその場から西区に向かうように、ロンが叫ぶ。
「皆さん! ここは任せました!」
「おう! 誰かは知らなぇーが助かった!」
「頭部への打撃だぁ! 皆かかれぇ!」
ジィーナスの咆哮で一斉に騎士団が攻め込んでくる。
「エルさん! ロンさん! ここは任せてください!」
「応!」
俺はジィーナスに返事をして急いでロンについて行った。
「エルの次は師匠がソワソワしてるの」
「え?」
ミルナは僕にそう言ってクスクスと笑う。
「してないよ」
「してるの。本当は行きたいの」
「違うって」
別にエルを心配できるほど僕の実力は高くないし、自ら進んで危険な所へなんて行きたくない。
「じゃぁ、なんで杖を持って外を見てるの」
「そりゃぁ、いつでもみんなを守れるようにだよ」
そう言うとまたミルナは笑う。
「なんだよ、本当のことだって!」
「分かったの」
ミルナはそう呟くと、一言僕にこう言った。
「師匠は強いの。でも、あたしも強いの」
「そりゃそうだよ。そこらの魔術師よりかは強いだろうね」
無詠唱は普通の術よりも高性能、高火力、高スピードで繰り出せる。
ミルナが使えるように、僕が使えるように、当たり前なものになっているが、使える人は一握り。
当たり前じゃない代物だ。
「師匠は素直じゃないの。強いのなら行くの」
「だってここを守らなくちゃ……」
「あたしだと不安なの?」
「うっ……」
そんなことはない。
そういえばいいだけなのだが、言えるものじゃない。
ミルナは実践をした事がないから。
それに僕だって実践はまだ浅い。
みんなに黙って夜中、城壁外で魔物と戦っているが、それでもエルの方が経験値が高い。
基準は僕だ。
だからミルナはまだまだ信頼できるほどの強さじゃない。
「師匠。行って来て!」
「でも……」
「行って来て!!」
ミルナに脅される形で僕はその場に立ち上がる。
「本当に? 行っていいのかな?」
「腑抜けたこと言わないの、早めに外の魔物を倒した方が安全になるの」
「それはそうだけど……」
本当は、一番不安なのはここに居るみんながミルナに命を預けれるかなんだよ。
ミルナがここに来てみんなと打ち解けることは出来ていても、安心出来るかは別問題なんだ。
僕はふと、縮こまったみんなを見る。
「!?」
さっきまで僕のそばにいたはずのケインもルンもメルンもアンも、僕から離れてミルナに集まっていた。
「師匠。私はもう10歳、師匠よりも2歳違うの。お姉さんなの!」
そうか、そうだったんだな。
僕が思っているほどミルナは子供じゃないんだ。
「師匠はまだ金魚のフンが恥ずかしいの?」
そうだよ。
恥ずかしいんだよ。
昔からそうだ。
自分の道を選ぶのが面倒で、親友の後を付いて行ってた。
今度こそは自分の力で進もうと思ってたのに……。
「金魚のフンじゃなくて、助けたいって思えばいいの。師匠は実は優しいし、人を思いやれる人なの」
「なんだよ、急に……」
僕は小っ恥ずかしくなり、耳たぶを触る。
「本当は人を助ける事が好きで、冒険者に向いてるの。そこにタイミングよくエルが来たから勝手にそう思ってるだけなの」
そうなのかな。
自分では何にも分からない。
もしそうだとしたらそれは親友の影響。
僕自身の考えではない。
「僕の考えじゃ──」
「すぐ否定に入るの」
「うぐっ」
「師匠は考えすぎで、後のことを気にしすぎるの」
痛いところをつかれたな。
「ミルナは人を見るのが得意だねきっと」
「話を逸らさないの! 行くの! 行かないの! どっち!!」
「ぐ……」
苦手なんだよ、選択するのは。
全部がランダムで決まるガチャだったらって何度思ったか。
「分かったよ、行くよ! 助けに行く!」
「そうなの、それが師匠の考えなの」
情けないな。
弟子にここまで言われてやっとドアノブに手をかけるなんて。
「もし、何かあったら花火を空に打ち上げて」
「分かったの」
扉を開けてミルナを見る。
そこには笑顔のミルナがこちらを見て、手を振っていた。
ミーガバードは中央区と東区の境目にあるらしいです。




