24話 ミルナの行方
物を探すときに限って見つからんくせに、別に探してない時に見つかるのってだるいよね。
「あん時出てこいよ!!」ってなるよね。
「捨ててやろうか!!」ってなるよね。
捨てたら捨てたで後になって必要になるよね。
人はなぜ争いを繰り返すのか、それは人が賢いからである。
聖神アズエル・グレイライト
エスタ領都、北区。
そこは職を失い、家族を失った者達が溢れかえるスラム街。
誰しもそこを憧れず、誰しもそこを訪れない。
「皆の者! よく聞け!!」
昔は賑やかだった広場はゴミ溜めと化し、常に腐敗した香りが当たりを覆いこむ。
そんな場所に一人の若者が声を大にして立っていた。
「現当主であるカモク・エスタは、王族国家に肩を並べる為、我々を奴隷にし、売り捌くと耳にした!!」
そんな声は耳を貸せるほど余裕も、気力も無い人々に何も届かない。
「我々は、掃き溜めに住み、ハエのたかった飯を食い、泥を啜る毎日だ!」
当たり前の日常に対し、今更何を言っても変わらない。
「だが、そんなことはどうでも良い。腹が立つ理由じゃない!」
若者は息を吸い込む。
「我らよりも遥かに贅沢な暮らしをしている癖に、さらに上へ行こうとするその、強欲に腹を立てているのだ!」
ただの嫉妬だ。
いつの時代も人の欲は争いを生む。
他の生物には存在しない、賢さの産廃。
「かの聖神アズエル・グレイライトは言った。崇められるのは神だけで良い。人は人を信じ、人を守るものだ! と!!」
若者の熱弁は続く。
「ならば我らも我らを守り、それができぬ者を罰せるべきではないか!」
若者の口のうまさか、それとも別の原因か、辺りの空気は震え、北区全ての者の鼓膜に響き渡る。
「さぁ! 皆の者! 革命だ! 立ち上がるのだ!!」
たった一人の演説でどうこうなるはずもなかったそれは気づけば皆立ち上がり、片腕を上げていた。
「やっぱ、人って単純だな」
歓声の中、一人のボロいローブを着た女がフードを被ったまま若者を見上げる。
その目には演説者の周りをドス黒いオーラが纏って見える。
「あと少し。あと少しだなぁ」
フードを深く被り直すと、演説者の方へゆっくりと歩き、肩を触る。
「へ?」
先程までの熱が全て抜けたかのように地面にへたり込み、周りを纏った黒はフード女に触られた途端辺りへ散ってゆく。
その異常な光景に誰一人悲鳴を上げず歓声だけがこだまする。
同時刻、エスタ城にて。
「喧嘩をするって、どうすればいいの」
「そうですね、ミルナお嬢様は初めてのことですから、家出とかでもいいのでは?」
「家出……」
自室にて、ミルナとジィーナスが声量を落として作戦を練る。
「でも、家出するって、扉には見張り、外には門番がいるの」
「えぇ、なので窓の外から出て、兵士に見つからないルートを模索します」
ジィーナスは窓へ近づき、開ける。
「ここから外は8メートルあります。飛び降りることは想定されていないので、ここが穴になってます」
「どうやるの?」
「簡単です。その穴の裏を突くだけです。窓から飛び降りるのはただのブラフ。私がミルナお嬢様と離れる瞬間は寝る時と、トイレの時、後お風呂だけなので、その小柄な体型を活かして、私に隠れて一緒にトイレに行くのです」
ジィーナスは辺りを見渡し、ベッドのシーツを指差した。
「シーツの交換を装い、ミルナお嬢様を包んで連れて行きます。その時、トイレのついでとか言えばなんとかなるでしょう」
「本当なの?」
「はい、何度もトイレついでにシーツを変えていますので」
ミルナは少し嫌悪の顔でシーツを見た。
「シーツをトイレに持って行ったことはないのでご安心を」
「……うん」
「そうなると、朝一番、明日がよろしいです。怪しまれる事もない」
出した実行日にミルナが反応する。
「心の準備がまだなの」
「準備なんて要らないですよ、家出に」
怒りに身を任せるのが喧嘩、突発的に家を出るから家出、そんなものに準備は要らない。
「分かったの。頑張る」
「おはようございます。ミルナお嬢様」
カーテンを開け、窓を全開に開く。
「ついに来たの……」
緊張してあまり寝れなかったのか、いつもより眠たげのあくびをした。
「置き手紙はかけましたか?」
「うん。じぃの言う通り宣戦布告っぽくしたの」
ミルナお嬢様は私に内容を見せてくれた。
内容はあれだが、怒ったご主人様が見ればさらに怒り暴れる内容だろう。
「さて、朝食はここに置いておきます。少し齧っておいて下さい」
「はむっ」
ミルナお嬢様はいつも通り、ミルクを先に飲み、次にレーズンのパン3口ほど齧った。
「シーツを変えるのでベッドから出て下さい」
「じぃ。いっつも起きてすぐシーツを変えるのって、トイレに行きたいからだったの」
バレましたか。
朝はバタバタしてるため、トイレを我慢していたことに。
「早くどいてください。シーツは朝イチに変えるのが良いんです」
誤魔化すため、私はミルナお嬢様を急かす。
「はい、そこに立って下さい」
シーツを剥がし、ミルナお嬢様へ近づく。
「では、トイ……洗濯室に行きますよ」
「やっぱりトイレに行きたかったの」
否定はできないため無言でシーツを抱き抱え、扉へ向かう。
「本当に成功するの?」
「念には念です。こう見えて私は悪知恵が働くんです。なので大人しくしていて下さい」
扉を開くとミルナお嬢様の監視を任された近衛騎士が二人立っている。
「シーツの交換か、ミルナお嬢様は?」
「朝食を食べております」
近衛騎士はそうかと呟くと目線を戻した。
「では私は洗濯室へ──」
「待て」
一歩、歩み進めようと右足を出すと同時に一人の騎士が呼び止める。
「えぇ、どう致しました?」
「そのシーツを見せてくれて」
マジですか……。
恐る恐るシーツを渡し、騎士はそれを広げる。
「うむ。問題無しだ。通って良いぞ」
「それはありがたい。トイレに行きたくて」
それもそうだ。ここにはミルナお嬢様はいない。
念には念を入れておいてよかった。
私は怪しまれないよう、ゆっくりと歩みを進めた。
「ミルナが失踪しただぁ?」
カモクの怒号がこだまする。
「はい、申し訳ありません。朝食の際、目を離した隙に窓から逃げ出したかと……」
カモク直属の近衛騎士は表情一つ変えずそう言い切る。
「なんのためにお前に預けた仕事だと思ってるんだ! 今までの信用が台無しだ!」
「はい、ごもっともです」
「なにが、ごもっともだぁ!! ジィーナスは何処にいる!!」
山積みの書類を怒りと共に近衛兵に投げつける。
「私に用でしょうか?」
何食わぬ顔のジィーナスはシーツを持ち、何も知らない顔のままカモクの前に立つ。
「用とかじゃない! わかっているのだろう!!」
「分かっているとは?」
あからさまなその態度のジィーナスにさらにヒートアップする。
「貴様ぁ! 舐めた態度を取りやがって! 速攻クビだぁ!!」
「申し訳ありません。おっしゃっている意味が本当にわからないのです。態度が気に入らないのであれば気をつけます」
ジィーナスの言葉の裏腹、内面は笑っていた。
それもそうだ。
この作戦はジィーナスとミルナが二人で考え、決めた事。
「ミルナが家出したんだ!! 今すぐ探してこい!! じゃなければクビだぁ!!」
「かしこまりました」
ジィーナスは深々と礼をするとその場を後にし、裏階段を登り、ミルナの部屋へ急ぐ。
「あれ? ジィーナスさん、シーツまだ持ってたんですか?」
階段ですれ違ったメイドに勘づかれないようにジィーナスは言う。
「えぇ、ちょっと緊急事態でして、そのうち皆さんの耳に届くと思います」
「? 緊急事態?」
詳しいことを言えば、作戦の失敗に繋がる可能性が上がるだけ。
だからジィーナスはそれ以上のことは言わず、急足で3階に向かう。
螺旋階段になっている裏階段、建物の北側に位置し、主に使用人が使う通路。
今の混乱には使い勝手が良い。
階段を登り終え、一つ部屋を飛ばした先、そこがミルナお嬢様の部屋。
「大体10分経過ですか」
懐中時計を確認し、ミルナお嬢様の部屋から出た時間を計算する。
やはりここの近衛騎士は仕事が早すぎです。
窓から出ても捕まってましたね。
私はミルナお嬢様のベッドに近づき、声をかける。
「もう大丈夫ですよ」
その声からおよそ20秒。
間を置いて、もう一声。
「シーツを変えさせてください」
「遅いの」
あらかじめ決めていた合言葉。
その言葉を言った直後、ベッドの下からミルナお嬢様が這い出てくる。
「さぁ、急ぎましょう。シーツに包まって」
言われた通りシーツに包まり担ぎ上げる。
「このまま洗濯室に向かいます。そのあと裏口から出て下さい」
部屋を出ると使用人達はさらに慌ただしく辺りを急いでいる。
「あ、ジィーナスさん。見つかりました?」
先程螺旋階段ですれ違ったメイドが声をかけてきた。
「いえ、もしかしたらと思ったのですが、部屋には居ませんでした。ですが、これが机の上に置いてありました」
私はミルナお嬢様の直筆の手紙をメイドに渡す。
「ご主人様に渡しといて下さい。私も直ぐにシーツを置いて探しに行きますから」
「あ、分かりました」
ここまでは完璧だ。
周りの人は窓から逃げたと思い込んでいる。
そしてシーツの中を見せたことでさらに私の信用は上がる。
完璧すぎる。
階段を急いで降り、洗濯室へ急ぐ。
後はミルナお嬢様次第。
私は出来るだけ時間を稼ぎ、ご主人様の怒りを心配へ変える事だけを考える。
階段を降りきり、すぐ右の扉を開け、すぐさま閉める。
「さて、ミルナお嬢様ここからはお一人で頑張って下さい」
シーツを剥ぎ取り、ミルナお嬢様の目線に立つ。
「頑張るの」
「あ、後これを着てください」
私はボロいローブを渡す。
「これを着て、フードを被れば見つかりません」
「こんなのじゃ見つかるの」
流石に説明不足でした。
「いえ、これは着た対象を認識しようとすればするほど対象を不可視させる魔道着です。今の状況なら最高の使い道です」
ミルナお嬢様は困った顔をする。
当たり前ですね。
今まで私が魔道具とか魔道着とか詳しい人間じゃない事を知っていますから。
「亡くなった嫁の物です。私には使い道がないので差し上げます」
「分かったの」
ミルナお嬢様は私の事情をよく知っている。
なぜそれを持っていたのかも察してすぐそれを着る。
「では、いってらっしゃいませ」
「どこに行けばいいの」
この期に及んでそんなことを言う。
「どこって、ミルナお嬢様を快く招き入れて味方になってくれる所でしょう」
「……味方」
そう呟いたミルナお嬢様の脳裏にはきっとあの人達が居るはず。
「決してそのローブを脱がないこと、決して目立つ行動をしないこと、決して裏路地には立ち入らないこと。良いですね」
覚悟を決めたその顔で力強く頷いた。
「じゃあ、少し家出してくるの」
「はい、今度こそいってらっしゃいませ」
「行ってきます」
ミルナお嬢様はその小さな足でトテトテと、走った。
「さて、叱られに行きますか」
私は笑顔でご主人様の書斎へ向かう。
「ふー、今日の日課完了!」
「お疲れ、エル」
朝が苦手なはずのクルトが裏庭で座って手を振る。
ミルナが来なくなってから、いつもクルトは朝ここに居る。
「あれ? ロンさんは?」
「ロンさんならさっき玄関に居たよ。なんか城の騎士の人が話があるって」
城の騎士?
こんな場所になんのようだ……、あぁ、ミルナのことか。
助けた祝いに金でもくれるんかな。
「飯が豪華になるといいな」
「飯? いや、悪い話らしいよ。なんでもミルナが家出したとか」
「え……マジかよ」
「マジだよ」
「確かに、今日はいつもよりランニングコースに衛兵がいたわ」
家出かぁ、そんな年頃だもんな。
何が原因だろうか、ここに来なくなったのもそれが原因か?
「ま、俺も実家飛び出したのと一緒だしな」
「そうだったね。ビーさんだっけ」
「おう、元気かなーBさん達」
そのうち帰らねぇーとな。
心配してるんかな。
「あ、ほら。騎士さんが出てきた」
クルトが指を指す。
「ここに探しに来たってことはバレてたんだな」
「ね」
裏口の扉が開き、ロンが出てくる。
「おはようございます」
「ロンさん今日は鍛錬辞めときます?」
こんな状況だし、ロンさんもきっと探しに行きたいはず。
「何言ってるんですか、サボることは許しませんよ」
真顔でロンが怒る。
「いやいや、急カーブが凄い」
「冗談です。型の練習と、素振りだけで良いです。私も捜索を頼まれましたから」
「了解!」
木刀を手に取り、3ヶ月ロンに教え込まれた技を振るう。
剣術を習ってから暇さえあれば剣を握って振っている。
と言うか暇じゃない時間が無いため、一日中剣を振っている。
お陰で手の豆が潰れてよくわからん液体が出ている。
「だいぶマシにはなりましたね」
「そうですか?」
「はい。これぐらいならそこら辺にいる剣士と同等です」
なんかむず痒いな。
褒められるのは前世でも今世でもなれないもんだな。
「ま、私の足元にも及びませんが」
「くるぶしぐらいにはいってます!」
「いえ、言ったとしても土踏まずです」
土踏まずって、足の裏じゃねーか。
誤差にも程がある。
「クルトはどうだと思う!? 流石に脛にはいってるだろ?」
「何勝手に伸びてるんですか。靴底以下ですよ」
「減ってますよ! 足元は裸足でしょ! なぁ! クルト!」
「何言ってるんです。厚底ブーツです、3メートルぐらいの」
こんな口論はどうでも良いのか、クルトは門を見つめていた。
「ん? どうしたクルト? 足元にも来てないってか? まだ門にいるってか?」
「いや、いるよ。門に」
ついにクルトにまで馬鹿にされたか。
いや、元から馬鹿にされてたわ。
「居るんだよ、門に。さっき騎士の人とすれ違ったはずなのに」
「あ? なんの話だよ」
俺とロンは門が気になり振り向いた。
「「え……」」
そこにいたのは3ヶ月音沙汰無しだった張本人。
そして今回の騒動の主犯人。
ミルナお嬢様だった。




