23話 喧嘩
金木犀、嗅げば感じる、便所感
エスタ領都、エスタ城にて、無詠唱を習得したミルナは目を輝かせ、早足で父の元へ急ぐ。
「お父様!」
「なんだ? ミルナ」
書斎で書類と睨めっこしていたカモクは目を離さないまま返事をした。
「見て欲しいの!」
そう言われてやっとカモクは視線を上げた。
その先には手のひらを開いた実の娘が、満面の笑みで目を輝かせ、こちらを見ていた。
「どうしたんだ?」
そう問いかけるもミルナは無言で手のひらを見つめる。
「用がないのなら他のやつにかまってもら──」
そう、言い終わる直前に、手のひらから小さい火花が音を立て、飛び散る、それは赤から黄色に、緑から白に色を変えた。
「ほら! お父様!」
「…………」
カモクの顔は依然変わらず、ミルナを睨む。
「はぁ、最近頑張ってるとジィーナスから聞いていたが、よりにもよって魔術? その上無詠唱ができる? お前はどこに嫁ぐか、わかっているのか?」
ミルナの目の光が薄れゆく。
「嫁ぎ先の男より、魔術が出来てどうするんだ」
カモクはペン先をミルナに向けて、そう続ける。
「ミーガバードは元冒険者がやっている所だろう? 私も馬鹿ではない。娘が何処に行くかわからないはずもないだろう」
持っていたペンを置き、カモクは肘をついた。
「突然消えたあの日から、ずっと私直属の近衞兵に跡を付けさせた」
カモクは扉を見て、合図を送る。
後ろの扉から、いつ何時も側にいた、見慣れた顔の近衛兵が現れた。
「私は冒険者が嫌いだ。礼儀も知らん、我流の剣技で驕り昂り、プライドが高い」
それに汚い、と反吐を吐き、席を立つ。
「ジィーナス、お前は聖騎士あがりだ。冒険者嫌いで、剣の実力も、礼儀作法も知っているから雇ったんだ」
じぃはその場で黙って立っているだけで、反論はしない。
「お前をクビにしたら貰ってくれる所はあるのか?」
「お父様!」
カモクのゆすりにミルナが反応する。
「お前の過去は私の力で消しているってことを自覚しろ」
「…………はい」
じぃの声はか細く、そして少し不服そうな声だった。
剣術を習う初日。
朝早くから俺は習慣のランニングから帰ってき、筋トレを始めていた。
「おはようエル」
「おう」
クルトがミルナの修行の為、裏口からあくびをしながらやってきた。
「あれ? ミルナはまだ来てないの?」
今日は魔術の授業は休講ではないが、ミルナの姿は何処にもない。
いつもなら俺がランニングから帰るとじぃと一緒にクルトを待っているはずだが。
「確かに、まだ見てねぇーな」
目をこすりながら二度寝でもしようかなと、クルトが地面に腰をかける。
「もしかしたらもう来ねぇーかもよ」
「え?」
「習得したかった魔術を使えるようになったし、無詠唱まで出来るようになったから、来る必要はほぼ無いだろ?」
クルトは少し俯き、間を置いて
「そしたら寝る時間が増えるね」
と、笑顔で答えた。
「はは、クルトらしいな」
「おはようございます、二人とも」
「待ってましたよ、ロンさん」
ロンが扉を開けて清々しい笑みを見せる。
「お待たせしましたね、これ練習用の木刀です」
「え、もう実践するんですか?」
ロンが右手に持っていた二つの木刀の片方を、俺に差し出した。
「えぇ」
「基礎とかは?」
「要りません。すでに出来上がってるじゃないですか」
まじか。
てっきりお前に剣を握らせれるのは、武の心が出来てからだとか言われるんかと思ってた。
木刀を受け取り、自分なりに振り回す。
「早速打ち合いでもしませんか?」
「早くない?」
技の型だとか、剣の扱いだとか俺、何にもわからんぞ。
「何処までやれるのか初めに知りたいだけです。それに私の剣術は独学の我流ですので、弟子を取るのも初めてです。なので勝手がわからなくて」
なるほど。
ロンさんも手探りってわけか。
「いいですよ、やりましょう。本気でね」
俺は剣をない鞘に納め、居合の形を作る。
「うん。削るところは多そうですね」
ロンも剣の先端を俺に向けて、体重を前に、左手も前に構える。
「いつでも良いですよ」
「了解っ──!!」
返事と共に駆け出した。
もちろん纏魔を発動したままで。
加速する剣筋はロンの胴体に一直線で向かう。
前のロンだったら目に追えず負けていただろう。
だが、今回は少し違った。
俺が踏み出したその瞬間にロンの木刀は横に振られていた。
俺はそれをバク転で回避し、ロンの後ろに回り込む。
ロンの懐に入り込み、背中を叩く。
が、しかし、ロンは振り返り、一歩後ろへ下がり木刀で俺の剣筋の邪魔をする。
「────へっぶっ?!」
纏魔で強化していたはずだ。
強化していたはずだからロンが受けたその木刀は折れていなきゃいけないはずだ。
俺は受けられたその木刀に弾き返され、柄で溝を抉られる。
「嘘……」
クルトがそう溢した時、勝負は付いていた。
溝に入ったその木刀は気づけば俺の首折っていたのだ。
「クルトくん。回復お願いします」
「あ……あっ! はい!」
急いでクルトが俺の首に回復魔術を施した。
「どうですか? エルくん。何かわかりましたか?」
「……敗北を知りました」
「そうでしょう、そうでしょう。負けた理由は?」
負けた理由。
纏魔を使った剣筋、纏魔で底上げされた筋力、纏魔で加速したスピード。
その全てだったはずだ。
それなのにロンに弾き返され、カウンターをもらった。
その理由────
「分かりません」
俺はその言葉しか出せなかかった。
「魔力を纏っていましたね」
「はい。てか、見えるんですか?」
首筋を優しく包むクルトの右手が心地よい。
「鍛錬によって魔力は見ることが出来るのですよ。まぁ、木刀の周りに青白い色が薄く見えただけですけど」
「え? 青白い色……?」
そう聞き返したのはクルトだった。
「なんだよ、しょーもない魔力だったてか」
包んでいた右手を放し、軽く俺の首を叩く。
痛みはもうなくなった。
完治のお知らせのようだ。
「いや……僕はエルの全身が青白い……ってより紫に近い色を纏ってたと思って……」
むらさき?
そんなもん俺にはわからんが?
「私の目は万能では無いですからね。魔力を可視化出来るのは生まれつきではなく、努力次第。クルトくんの方が魔力について努力している賜物ですよ」
「努力の賜物って……へへへ照れる」
にやけ顔になったクルトが手を後頭部に回す。
「さて、私に負けた理由は簡単です。木刀の長さはエルくんの足よりも長い」
「リーチっちゅうことでっか?」
「いえ、遠心力です。エルくんは単に近づきすぎたんですよ」
ああ!
なるほどね。
持ってる剣のリーチをテコの原理を理解せず、いつもの神体術のリーチで突っ込んだ、ただのアホってだけだったのね。
「じゃあ、もう一本!」
理解ができたらすぐ実践だ。
木刀を構えてロンを睨む。
「んー、今日はやりすぎてしまいましたから、明日から本番としましょうか」
えぇ?! 勝ち逃げするんかロンさん!
逃さんぞ!
「別に今日からでも良いですよ」
それに首の痛みは殴られたことを忘れたかのように、なくなっている。
「いえ、ミルナお嬢様も来ないみたいですし、もう朝食の用意を始めないと」
都合よく、俺の腹が鳴り始めた。
朝飯ならしょーがない。
明日からはもっと早めに起きて自主トレ終わらせて、ロンさんをコテンパンにする時間を増やしておくよ。
だから今回ばかりは束の間の勝利をロンさんに差し上げよう。
「違います! 構えはもっと、体重を意識して!」
まだ日が上がりきっていない朝、ロンの体を鏡のように真似をする。
「剣先は相手へ、空いた左手は狙いを定めやすくするようなイメージで顔の前に持ってくるんです!」
すでに筋トレで震える腕に、足に、腹筋に、それらを使って小一時間同じ体勢を取らされる。
「どうして! 剣先が落ちるんですか!!」
「…………」
「なぜ! 体重を移動させるんですか! 腰を落として、もっと不動を意識するんですよ!!」
「…………」
「こら! 目線が違う!!」
「…………」
「顎はもっと、引くんです!!」
「…………」
「どうしたんです! 黙りこくって!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あまりにも理不尽な鍛錬に嫌気がさし、木刀を地面に投げつけた。
「……おはようござ……え? どうしたの? この状況……」
クルトが扉を開けると木刀が宙を舞い、アズエリックが駄々をこねている。
「腕がぁ! 足がぁ! 腰がぁ! 筋肉がぁ! 悲鳴をぉ! 上げてるんだぁ!!」
「はぁ、弱音を吐いた所で習得は出来ませんよ!」
筋肉バカなアズエリックがここまで不満を溜め込むのには訳があった。
ただ、剣術が自分に合わなかったとか、ロンさんの教えが下手だからとかではない。
単に思い出しまったのだ。
ミスカにしごかれ、コテンパンにされた過去の記憶が脳よりも先に体から思い出されてしまったのだ。
「はぁ、はぁ、殺される……。きっとここでスパルタが原因で……過労死して……死ぬんだ……」
「死ぬって、そこまできついなら魔力纏わなければ良いんじゃない?」
クルトの一言がアズエリックの頭上にクエスチョンマークを産む。
「だって、きついきつい言ってて、纏魔解いてないもん。それに、風呂に入る時だって、寝る時だって、常に纏ってるでしょ」
「え?」
さらに二つクエスチョンマークが加わる。
「え? 気づいてないの?」
「え? 解けてないの?」
アズエリック自身、戦闘や、自主練以外では纏魔を使っていない自覚があった。
「うん。だって今も、右腕と、脚に纏ってるよ」
「そんなわけ無いじゃん。解いてるよ」
しかし、クルトの目には紫色のオーラがアズエリックを包んで見えている。
「もしかして……今まで纏魔を解いたこと無い……?」
「僕が見ている限り体の何処かしら纏ってるね」
「……まじかよ」
アズエリックは顎に手を置き、黙り込む。
「ならエルくん。一回全て解いてみましょうか」
「自分では解いているんですが……」
アズエリックは自分の体を見下ろした。
「どうですか? クルトくん」
「んー。まだ、脚が残ってる」
「脚……」
脚の纏魔を解こうとする。
が、クルトの目には脚が消えた途端、腕に魔力が纏って見える。
「次は腕だよ」
「腕ぇ……?」
腕を解除したら今度は肩に。
「次は肩」
「肩ぁ?」
肩の力を抜くと今度は腿に。
「次は腿だね」
「はぁ? 腿?」
腿を解除したら今度は脚に。
「一周したね、今度は脚」
「エルくん、一回寝転んで見ては?」
ロンの言葉に従い、地面に倒れる。
「全身の力を抜いて、これでもかと思うぐらい虚無になってみてください」
「虚無……虚無……虚無……虚無……虚無……」
アズエリックの顔がアホみたいな顔に変わった。
「はへぇ〜、これでぇどぉうぇ〜」
「アホ面だ。でも、纏魔はないね」
「どうです? エルくん。何か変わりました?」
「あぁ〜、なんかぁ、よくわからんなたぁ」
全身全霊のだらけ具合。
アズエリックは纏魔を習得してから初めて全ての纏魔を解除した為、初めての体感をしていた。
「じゃぁ、それを意識して、纏魔の発動、纏魔の全解除をいつでも出来るようになりしょう。それから剣術の修行に入りましょうか」
「はひぃ」
纏魔の全解除修行は本当に過酷だった。
意識をしなければ纏魔を発動してしまうし、意識しても、アホになる。
アホにならず、纏魔を全解除出来るにはまだまだ時間がかかると思っていた。
「どう? クルト、纏魔はある?」
「いや、ないよ」
筋トレをしながら纏魔を全解除する修行は一週間で出来るようになった。
纏魔解除出来るようになった途端、前のような筋肉の疲労がないような気がする。
「多分だけど、纏魔は筋肉を力んでる状態だったから、休息を知らなかったんだろうね」
「確かにな、言われてみればちゃんと休むことは最近無かったな」
纏魔のオンオフはもう出来る。
今度は部分的に纏魔の威力を上げる感覚でも覚えてみようか。
「ロンさん、剣術修行再開で」
「分かりました」
完全復活だ。
こっからスピードアップでやってやる。
「そういえばミルナお嬢様、ずっと来てねぇな」
「うん。そうなんだよ」
ここ一週間、ミルナもじぃも姿がない。
こりゃ、本当に来ないかもな。
「エルは気にしないでいいよ」
気にするなって、別になんとも思ってねぇけど、いや、少しは気にしてるな。
ミルナのあの目は本気で楽しそうだった目だった。
神体術を学んでいる時、自分自身が感じていたあの目。
そんな目をしていた奴がそう簡単に、少し出来るようになった所でやめるタチじゃないことは誰よりも分かっている。
「気にはしてる、勿体ねぇーな程度だけどな」
「勿体ないか……」
「ミルナお嬢様。無断欠席、今日で3ヶ月ですよ」
「…………」
カモクの発言により、魔術を遠回しに禁じられたあたしは、自室の窓からミーガバードを眺めていた。
「クルトくんにまだまだ習いたい魔術があるのでは?」
うるさい。
「私のことは気にせず行ってきても良いのですよ」
うるさい。
「いずれ償おうと思っていた所です。私はこの世にしがみつく権利がないのです」
うるさい。
「知っているんです。いや、知ったんです。冒険者にだって善人はいることを」
「うるさい」
じぃの言葉に反射的に言葉が出る。
「あたしはもう、何もしないの。魔術も、冒険者も、何もかも捨てるの。だからうるさいの」
気色を見る気力が無くなり、ベッドに向かう。
「はぁ」
じぃのため息だけが部屋にこだまするほどここは静寂だ。
あたしはこの静けさが大っ嫌いだ。
使用人の足音だけが城の出す音、楽しさも明るさも何もない、クソみたいな場所。
枕に顔を沈める。
そもそも許婚との結婚なんてしたくない。
二、三回しか会ったことのない人と、あたしよりも魔術ができない人と、結婚なんてしたくない。
「ミルナお嬢様……」
今までお父様の言い付け……命令を無視しないで生活していた。
それが自分の為だと、そう周りから洗脳されていたから。
楽しいことを我慢して、気持ち悪いぐらい顔を作って、自分の素を思い出せないくらい演技してた。
うつ伏せの状態から窓を睨む。
あの華麗な火球を、花火と言うものを見るまでは……。
鮮やかで賑やかで楽しい。
私があたしに戻れたきっかけをくれた師匠の魔術。
「ミルナお嬢様、────」
「なに?」
不貞腐れたあたしの声が耳に届く。
「私はミルナお嬢様直属の執事です。雇い主はミルナお嬢様の実の父であるカモクさまです」
そんなこと今更言われても意味がわからない。
だからこそわかることがあります。ミルナお嬢様がやりたいこと、やれること、なりたいもの、するべきこと、全てわかっています。当然、カモク様よりも」
「だからなんなの」
私の方があたしのやりたいこと知っている。
魔術を極めて冒険者になって、困っている人を助けながら旅をする。
仲間が出来て、イケメンの剣士と付き合って……結婚して…………。
「ミルナお嬢様は魔術の才能がおありです。やるべきです」
「…………」
「いえ、やらなくてはいけません」
やらなくてはいけない?
やってはいけないの間違いでしょ。
やってはいけない。
冒険者に、魔術師に、反抗期に。
ならなくてはならない。
ブリタリアの繋ぎ役に、清楚で礼儀正しい令嬢に、民衆の手本に、
しなければいけない。
我慢に、勤勉に、上品に、
息が────
「──息が詰まる」
「?!」
その声はあたしの考えから出た私の声ではない。
「そう、言いたげな顔ですね」
気づけばあたしはじぃの顔を見上げていた。
「なんで……」
「なぜとは? 当たり前なことです。どれだけミルナお嬢様のお世話をしてきたと思っているんですか」
「…………」
「今年で9年。世話係をしてきました。ミルナお嬢様は今年10歳、それぐらい時間があれば考えていることぐらいすぐ分かります」
そうだった。
お父様よりも、お母様よりもじぃといる時間の方が断然多い。
「だからこそ、やるべきなんですよ。やるべき覚悟をするべきなんですよ」
「やるべきやるべきうるさいの! 冒険者はやりたいことなの!」
今、やるべきことは我慢一択だ。
簡単なことだ。
「何をおっしゃっているんですか?」
「何って……!」
「私は別に冒険者をやるべきとは思っていません」
ほら、結局あたしを否定するんだ。
「でも、これは冒険者への侮辱でも、夢の否定でもありません」
何が言いたい。
何を伝えたい。
「私の言ってるやるべきことはそんな事ではありません」
「だからって、じぃは我慢をしろと断言、言い切るの?」
じぃはただ微笑み、あたしの頭を撫でる。
「私はそんな酷い事言いません。それは断言できます」
「じゃぁ、じゃぁ、……」
気づけば、あたしの目から溢れんばかりの粒が生まれる。
「もうわかっているのでしょう。9年も私のそばにいたのですから」
あたしは涙を我慢するので一杯で、言葉をこぼせば一緒に涙もこぼす気がして、頷くことしかできなかった。
「もっと早くやればよかったですね。世の中の親子は皆やってる事なのに」
「ゔぅ、ゔぅ、じいぃ」
じぃに抱きつき、離れない。
じぃもあたしを剥がそうとせず、ずっと頭を撫でてくれる。
「ミルナお嬢様。あなたのやるべきことは一つだけです。やってやりましょう」
もう、我慢ばかりしなくていい。
もう、言いなりなんてならなくていい。
許婚ぐらいなら我慢出来る。
でも、やりたいことを禁止することは少し違うと思っていた。
だからあたしは今日、初めてやる、やるべきこと。
「ミルナお嬢様の初めての親子『喧嘩』を!!」




