17話 無詠唱
え……ゴールデンウィークは?!
いつの間に終わった?!
「はぁ? 当たり前だよ! 詠唱しなきゃ魔術は使えないんだよ!」
目を見開いたクルトが、当たり前だと言わんばかりに声を荒げる。
あれ?
まずいこと言っちゃった?
「え……あ、いや、独り言だ。ただ単に俺の父さんは詠唱してなかったなって……」
少し困った俺は、頭を掻きながらそう答える。
「そんな人間いるはずかないよ。そもそも魔術は、魔力を言葉のイメージ力で変換させてるんだか……ら……、いや、待って出来るかも。言葉のイメージ力を言葉無しでただのイメージ力だけで……」
クルトはそう呟きながら右手で、右耳の耳たぶを触る。
あ、やべ、なんかスイッチ入れちゃった見たい。
ずっとブツブツ喋ってるよ。
「あーあ、クルト兄ちゃんが向こう側いっちゃった」
「あっちで遊ぼー」
先程までの興味は何処へ、子供たちは全員離れて行く。
「イメージ力って言っても、想像力? それとも妄想力? これだけでも全然変わる。なら、頭の中で詠唱する? いや、違うな……それだと詠唱するのと何ら変わりがない──」
左手で顎を触りながらひたすらに考え込む。
「おや、始まってしまいましたか……」
食堂の裏口からロンが、出てくる。
「こうなるとクルトくんは長いですからね」
「魔術ができるっていいっすね」
俺は少し嫉妬を混ぜ込み、ロンに言った。
「エルくんは魔術が嫌い?」
「嫌いってわけでは無いですけど……まぁ、好きではないです」
その言葉にロンは乾いた笑いでその場を濁す。
「ま、良いです。俺には神体術という体術がありますから」
「やっぱり」
やっぱり?
俺そんなに熟練の立ち姿してた?
「子供にしたらすごくガタイが良いですから」
「え……そっち系……?」
「ちがいます! ただ武道を鍛えていた身として、気になっただけです」
慌てふためきながらロンが反論する。
「ロンさんも体術を?」
「いえ、私は剣術のみですよ。こう見えて昔は名を馳せた冒険者だったのです」
ほほう。
それはとても興味深い。
今度手合わせしたいもんだ。
「一度手合わせしませんか? 久々に身体を動かしたい」
タイミングよくロンがそう言うと、壁に立て掛けられた木の棒を取り、慣れた手つきで振り回す。
「良いですけど、俺剣士と戦ったことないです」
「手加減はしますよ。それに神体術ってものを見てみたいですし」
振り回していた棒を止め、華麗な姿勢で戦闘態勢をとった、
いや、それが目的なだけだろ。
「手加減? それって負けた時の言い訳でしょロンさん」
俺もその場で構える。
「いえ、煽りです」
そう言い放つとロンは右脚を地面に踏み締め、飛び出した。
──キタ!
相手は武器持ち、リーチが違うのは馬鹿でもわかる。
ロンは棒を俺の右肩から左横腹にかけて振り下ろす。
俺はそれを右側へ、回り込み回避──それと同時に左足で態勢を崩す。
そこを崩したらロンはきっと受け身を取るか、カウンターだろ?
「甘いですね。エルくん」
言葉の通り、ロンは俺の左腹へ水平に棒を振るカウンター。
「いや? 俺のは辛口だ」
態勢を崩すために左足を回転させたその力のまま、俺の右拳ストレートがロンの顔面へ引き寄せられて行く。
……あれ? うそっ……!
アズエリックはそこで困惑した。
いつもならその拳は避けさせるためのブラフに過ぎなかった。
だが、纏魔で格段に上げられたスピードと、パワーはロンの目には見えておらず、このままいけばロンの顔面は潰れ、醜い院長に成り果てる。
──やばっ! 止めねぇーと!!
拳と顔面の鼻先の間が、産毛一本分になった時、右側から強い衝撃が伝わった。
「──あがっ!」
その衝撃でエルの中にある違和感が弾け飛んだ。
あぁ、そっか。
いっつもミスカとしかやってこなかったから、こんなにも遅く感じたんだな。
そこでエルの思考は途切れた。
「あーーー!! クルトくん! なんてことを!」
「できた……。無詠唱……」
倒れたアズエリックにロンが近づく。
「エルくんが魔術の衝撃で気絶してますよ! どんな魔術を撃ったらこんな……」
「いやー、水魔術の中に細かな土魔術を混ぜ込んだやつです……」
ロンはそれを聞いて少し呆れたため息を出す。
「クルトくんは今後、庭での魔術を禁止します」
「えぇっ! ロンさん、それはあんまりだよ!」
クルトはロンの足に擦り寄り泣きじゃくる。
「ダメです! 魔術を使いたいなら街の外でお願いします!」
「ホントに許してぇ。靴舐めるし、なんでも言うこと聞くし、ロンさんの椅子にもなるからぁ」
「そんなことしないで下さい! 気持ち悪いですよ!」
ロンは子供に対して、見せるべきではない目を向ける。
「あ、でも土下座だけはしたくないよ、ロンさん」
「土下座は簡単でしょ!」
優しい口調だったロンは、その時だけクルトに叫んでいた。
「あー痛かったなぁー」
ベッドで目が覚めた俺はクルトに嫌みたらしく、魔術が当てられたところを摩る。
「ごめんって、もうしないから」
「痛いなぁー、痛過ぎて串焼き食いたいなぁー」
本当のことを言えば、纏魔状態だったから痛みは全くない。
だか、なぜだかクルトをいじるのがやめられない。
「分かったよ。奢るからもう許してよ」
「よし、言ったな。今すぐ行こう。はよ行こう!」
先ほどの演技が嘘のように飛び上がり、外に出る。
「おい! 本当はなんとも無いんでしょ!」
再び腰に手をやる。
「あぁー痛いなぁー」
「白々しっ!」
領都エスタ城にて、一人の少女が外を眺めていた。
「どうされました?」
スーツを着た老人がそう質問する。
「さっき、街から大きな火が上がったの。すごく綺麗だった」
青髪の少女はそう言って窓に触る。
「作用ですか。街中で魔術を使う輩はロクなもんがいませんよ」
「じぃはいっつもその話ばっかり、なんでそんなに冒険者を嫌うの」
ため息混じりで少女が呟く。
「それは、旦那様からミルナ様が冒険者になると言う夢を捨てさせるためですよ」
ミルナはさらにでかいため息を吐く。
「何度言われても、あたしは冒険者になる。これだけは絶対どんなことがあろうとも譲れないの」
「作用ですか」
じぃは少しだけ悲しそうで、少しだけ微笑ましい顔つきで頷く。
「いやぁー、人の金で食う飯は美味いですなぁ。クルトくん」
大量の串焼きを両手で持ち、頬を肉で膨らましながら、俺はそう言う。
「これで魔術放ったことはチャラでいいでしょ」
「そりゃ、もちろん、もちろん、ロンさんよ」
クルトは自分の財布を開きため息を吐く。
「これでまた、遠ざかっちゃったな」
「ん? 金貯めてた?」
串焼きを一本クルトの口の中に突っ込む。
「うん……、本買おうと──むぐっ!」
「何の本買うつもりだったん?」
美味いと言いながら肉をもぐもぐさせるクルトが、財布をポッケにしまう。
「ほら、ウチに魔術関連の本が一冊もないでしょ?」
「おう」
「だからさ、魔術教本買おうとお金貯めてたんだよ」
魔術教本?
あんなもん当てにならんぞ。
ゲールだって100ページも読めて無いって言ってたし。
「高いんだよ。あの分厚い本、金貨一枚ってバカなんじゃ無い」
「魔術教本か、あれ、一生かけても読めんぞ」
俺が一年ちょいかけて10ページ読めたぐらいだ。
単純計算で500ページ、70年以上。
それプラス後半に行けば行くほど無理難題になる代物だ。
死ぬまでに半分理解できればいい方。
「しかも、文字ぎっしりに、専用語彙がつならってる。あれはもう、見たくねぇ」
「そうなんだ……でもなぁ──?!」
クルトが目を見開き俺の両肩を掴む。
「読んだことあるの!?」
「お、おう。昔な」
怖いよ、クルトくん。
急に目が血走っちゃって。
「いつ!? どこで!? 内容は!?」
「落ち着け、落ち着け、実家にあったんだよ……」
「エルの実家太っと、金持ちなの?」
いや?
そんなことはないと思う。
飯はいつもそこら辺にいる動物だの魔獣だのだったし、口は悪くなるが家も貧相だ。
「そんなに欲しいなら取りに行く?」
「え!? いいの!?」
目を輝かせ、嬉しそうなでかい声をあげる。
「いいんじゃね、俺の家鍵掛けてないし、そのまま出て行ったし、会わないといけない人もいるから」
そう言うと、クルトは俺の手を掴み、来た道を走って戻る。
「おい、どこ行くんだ?」
「どこって、そりゃエルの家!」
えぇ、今から行くのかよ。
もう昼過ぎだぜ?
「明日朝一じゃだめか?」
「え……あ、そっか、もうこんな時間だったね。ロンさんにも伝えて行かないとだし、そうしよう」
少し冷静になったのか、納得して掴んでいた腕を放した。




