16話 孤児院ミーガバード
ゴールデンウィークは良い。
嫌な仕事を忘れて寝まくれる。
ゴールデンウィークは良い。
一切外に出なくても問題がない。
ゴールデンウィークは良い。
自分のしたいことだけが出来る。
ゴールデンウィークは良い。
ゴールデンウィークは良い。
ゴールデンウィークは良い。
「腹減ったな……」
最後に食べたのは昨日の朝、何も口にせずひたすら歩いてきた。
屋台から香ばしい香りが漂う道を歩きながら、俺はそうポツリと呟いた。
「やばい……、めまいがする……」
ふらつく足取りで目的地もない街をただ歩く。
昼時もあり、街はおおいに賑わっている。
「おっ、すまん坊主」
「あ……あぁ」
ガタイの良い冒険者の足にぶつかる。
その衝撃と、めまいのせいで俺は顔面を地面へとぶつけた。
「……! おい! 坊主大丈夫か!?」
「デイ! 何したんだよ!」
「ただぶつかっただけなんだって!」
後ろがやけにうるさいな。
もう、一人にさせてくれよ……。
「クルトにーちゃん! 人が倒れてるよ!」
「嘘っ! 大丈夫!?」
ダメだ……力が……入らん……。
瞼も重くなってき……た……。
死ぬのか……?
「回復魔術が全く効かないよ! ルン、ロンさんの所へ!」
「うん!」
もう……無理……。
俺はたまらず瞼を閉じた。
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「え?」
目を覚ますとそこは知らない天井だった。
「ここは?」
大人用のベッドから体を起こし、俺は当たりを見渡す。
約5畳ほどの部屋、一人用の机と椅子、少しばかりの本の入った本棚に、壁には剣が飾られている。
「おや? 起きましたか」
キョロキョロと当たりを見ていると部屋に一人の男が入ってくる。
「おはようございます。1日中寝てたんですよ君は」
「……おはようござ……1日っ?!」
「えぇ」
ゆっくりと俺の方へ近づきデコを触る。
「うん。平熱、ご飯は食べれますか?」
「ご飯……」
『ぐぅ〜〜〜〜〜』
俺が呟くとタイミングよく腹の虫が鳴る。
俺は羞恥のあまり顔を赤くし、下を向く。
「食欲はありそうですね。昼食を持ってきます」
「……すみません、ありがとうございます」
男は微笑み、部屋を出る。
そうか俺、領都でぶっ倒れたんだな。
不甲斐ないな、ミスカが知ったら呆れて修行増やされるよ。
「あ……あぁ、」
フラッシュバックのように俺はミスカの死体を思い出す。
頭を抱え、目には大量の涙が溢れ出す。
「スープと、硬いパンしかうちには無いですけど……!? どうしたんですか! まだ、体調が優れないので!?」
プレートで料理を持ってきた男が俺を見て慌てふためく。
「い、いやなんでも無いです。ありがとうございます」
涙を拭き取り料理を受け取る。
「そうですか……ではゆっくりでいいのでしっかり食べて下さい」
「はい」
男は心配そうな顔をしながら優しい声をかけてくれる。
スープを木のスプーンですくい口に運ぶ。
「味、薄いでしょう?」
「いえ、美味しいです」
再びスープをすくう。
確かに薄味だが、今の俺にはちょうどいい優しい味だ。
「あの……あなたは?」
「名乗ってなかったですね。私はこの孤児院の院長、ロンレルです。周りからはロンって呼ばれてます」
ロンは優しい笑顔でそう答える。
「君は?」
「アズエリックです。アズエリック・フォール」
「聖神様の名からですか?」
「はい。親からはエルと言われてました」
ロンはかっこいいですねと言って椅子に腰をかける。
「あの……ところで、俺なんでここに?」
「あぁ、うちの子が連れてきたんですよ」
「うちの子?」
「そろそろ来ると思います」
「え?」
「この上階段ですから」
そうロンが言うと上からドタドタと足音が聞こえてくる。
「ロンさん!! 目覚めたんですか!?」
勢いよく扉を開いたのは、俺と年齢が変わらない黒髪の子供。
「そのセリフだったら、私がずっと眠っていたことになってしまいますよ」
ロンが失笑し、席を立つ。
「心配したんだよ! 回復魔術でも治らないから!!」
「お、おう……」
なんか、勢いがすごいな……。
うちの神父に引けを取らない勢いだ。
「エルくんは疲労困憊に睡眠不足、さらには飢えまであったんですから、回復魔術で治らないに決まってます」
少年を落ち着かせる為、ロンは肩に手を置き、椅子に座らせる。
「エルって言うんだ。英雄譚みたいだね」
「両親の趣味ってやつです」
苦笑いをして頭を掻く。
「かっこいいと思うよ僕は。ね、ロンさん」
「はい、素晴らしい名です」
そこまで言われるとなんか照れるな。
いや、別にこの名が嫌だったらとかでは無いんだけどな。
「僕はクルト。ただのクルト、姓は捨てた」
「こう見えてクルト君はすごい魔術師なんですよ。まだ8歳なのに」
「へぇー。俺とは大違いだ」
生まれてこの方魔術を使いこなせたことが無い俺は魔術師の凄さがイマイチわからん。
「エル君は魔術を習ってたのですか?」
「いや、習ってたわけでは無いけど初級の水魔術すらロクに使えこなせない、ただの雑魚です」
「…………」
俺がそう言うとその場は少しダンマリしてしまう。
あれ?
俺なんか言っちゃいけないこと言った?
「さて、エルくんはなぜ一人で領都エスタへ?」
ロンがベッドに腰掛けると長い足を組み、咳払いをして話題を変える。
「あ、」
「両親は?」
「父が、父がロム王国に出稼ぎ中です」
俺がロム王国と言うとロンは少し邪険な顔をしたが、すぐに優しい笑顔へ戻る。
「母は……先日死にました」
「…………」
ロンとクルトはまたもや黙ってしまう。
「俺はどうしたらいいか分かんなくて、ずっと歩いて、そしたらここに」
「失礼だけれどお母さんは病気で?」
「……いえ、殺されました」
ロンとクルトの目が見開く。
「誰に!?」
先程まで落ち着いていたロンは身を乗り出して俺に近づく。
「魔人です。破壊の魔人」
俺がそう言うと、ロンはベッドに座り直し、ため息を吐き、一言。
「またか……」
またか……?
「ここの孤児院には魔人に両親を奪われた子達ばかりなんですよ……」
「僕はただ単に捨てられただけだけどね」
クルトが鼻で笑いながら手を振った。
「ならロンさん、エルもここに住んじゃダメ?」
上目遣いでクルトがロンに近づく。
「うっ……、クルト君は自分が可愛い事知ってて、わざとそれやってるでしょう」
「うん!」
満面の笑みをロンに見せ頷く。
それを見たロンは下を向いてため息をつく。
「そうですね。まぁ、エル君の希望次第でしょうけど」
「ありがとう! ロンさん。じゃぁ、元気になったらこの家案内するね!」
いや、まだ俺はオッケーって言ってないんだけど……。
「エル! こっちこっち!」
ここに来て2日経った。
お陰で体調は万全。
今すぐ修行を再開したいまである。
「はやくー」
だが、それもまだお預けのようだ。
「すぐ行くって」
俺がここに住まわせてくれといった為、今日は孤児院の案内をクルトがやってくれるそう。
クルトに言われるがまま俺はロンの部屋を出る。
「ロンさんの部屋を出て、すぐ右の突き当たりの部屋が書庫室」
指を指した方向を見ると突き当たりの部屋から左側へと道が続いている。
その正面、書庫室の扉をクルトが開く。
「おぉ」
中へ入ると本特有の紙の匂いが鼻の奥を突き抜ける。
天井にまで伸びる本棚にはびっしりと難しそうな本が並ぶ。
それなのに本棚に入りきらない本たちがテーブルや床に積み上げられている。
「すげぇーな、これ。 千冊以上あるんじゃないか?」
「でしょ? でも、僕が読みたい魔術の本は全然無いんだよね。あるのは歴史とか、生物とか、料理の本ばっかだよ」
「ロンさんの趣味だな」
クルトが部屋から出たので俺も続いて部屋を出る。
「で、この隣がトイレ、その奥がお風呂場だよ」
突き当たりを左に曲がった方に指を向ける。
「男子と女子の入浴時間は決められてるから気をつけてね」
「分かった」
「じゃあ、次は上に行くよ」
俺らは道を引き返し、ロンの部屋の右側にある階段を登る。
「こっちは僕らの寝室だね。男子は左、女子はその奥」
男子の寝室へ入る。
「意外と広いんだな」
「大部屋だからね、女子は少し小さいらしいよ」
「ふーん」
二段ベットが両方の壁沿いに三つずつ並んでいる。
「エルのベッドはこれね、ちなみに僕はこの上を使ってるから」
案内されたのは一番奥の窓際。
ベランダから差し込む日の光がベッドを照らす。
「昼寝できねぇーなこれ」
「ハハハ、確かに。でも星は綺麗だよ」
そう言ってクルトは近くにあるタンスを漁る。
「はい。これ前にいた先輩達のだけど着る服ね」
「助かる。ずっとこれ着てたし、汗で臭くなってたんだ」
俺は渡された服を貰い、今着ている服をその場で脱いだ。
ロンさん、ベッド臭くしてごめんなさい。
「すごっ、そんなに歳離れて無いはずなのにムキムキだね」
「毎日欠かさずやってたからな。サボった分早くやりてぇーよ」
着替えたらすぐ外に行っていつもの日課をこなしたい。
俺はもっと強くならないとダメなんだ。
「じゃあ、庭に行こう。みんなそこに居るから」
「了解」
服を着替え、クルトに付いて行く。
寝室を出て、階段を降り左に曲がる。
「? 玄関こっちじゃね」
「ん? あぁ、こっちからの方が行きやすいから」
一言をそう言うと、クルトは食堂へ入っていった。
「ここが食堂ね。ご飯食べたり、勉強したりするとこ。ご飯はいつもロンさんが作ってくれる」
食堂の中を突っ切るように歩き、奥にある扉に手を掛ける。
「で、ここがみんなのいる庭だよ」
「うわ、なんか緊張してきた」
「大丈夫だよ。きっと仲良くなれる」
不安しかねぇー。
俺子供と会話するの苦手なんだよ。
ま、俺も子供だけどな。
クルトが扉を開くと、外から元気な声が溢れてくる。
「あ、クルトにーちゃん! 帰ってたんだ」
「ただいま、ルン」
小さな体でトコトコ歩きてきた子供がクルトに抱きつく。
「ルン、新しいお兄さんが来たよ」
ルンは俺の顔を見る。
「あ、道で倒れてたやばい人だ!」
うん。
第一印象くそ最悪じゃん。
「こらっ、ダメでしょやばい人は。せめて変わった人にしなさい!」
そう叱ったのはクルトではなくその隣にいた金髪の女の子だった。
「いや、変わった人でもだいぶ失礼だよミーナ」
「そうそう。変わった人じゃなく、変な人でしょ」
「いや、変わってねぇーよ」
さらに隣からやってきた茶髪の男の子にたまらず俺はツッコミを入れる。
「紹介するよ、この金髪の子がミーナ。茶髪はケイン。ミーナは7歳、ケインは6歳ね」
さっきとは打って変わって、二人とも礼儀正しくお辞儀をする。
「みんなおいでぇー! 新しいお友達だよー!」
クルトがそう声を張るとバラバラで遊んでいた子供達が一斉に駆け寄ってくる。
「はい。この白髪の人がエル君です」
おい、急に自己紹介コーナーになったじゃねぇーか。
何にも準備してないよ。
心も何もかも。
「髪の毛綺麗ー」
「背高ーい」
「お兄さんだ!」
俺を見るや否や子供達はキャッキャとはしゃぎだす。
さて、ここはお兄さんらしく礼儀正しく自己紹介をせねば。
「あ、どうも。こっからずっと西に行ったとこにあるココ村から来たアズエリック・フォールです。不束者ですがよろしくお願い致します」
「堅苦しっ」
クルトが横槍を入れる。
「これが俺の限界だ」
「限界の度合いが桁違いだよ」
クルトが笑ってそう言った。
「ねぇ、ねぇ、クルトにいちゃん。魔術教えてよ」
「俺も俺も」
俺の自己紹介なんてものはなかったかのように、子供達はクルトに集まって行く。
くっ、舐められたモンだな俺。
「いい機会だし、エルにも僕の魔術の凄さを見さらせてやろうか」
「魔術に負ける俺、魔術を使えぬ俺、魔術にバカにされる俺、魔術は俺の敵、魔術嫌い」
「漏れてる漏れてる。負のオーラが。まぁ、見ててよ」
クルトに背中を摩られ俺は正気に戻る。
「とくとみよ! 僕の最強魔術!」
そう言うと、腰につけられていた小さな杖を取り出し、構える。
「赤く燃える紅蓮、熱く焼ける陽炎」
クルトが詠唱を始めると、杖の先端に赤い炎が集まり出す。
「鉄は散り、その破裂音と共に高く咲け」
どんどんと大きくなる炎は周りに爆風を生み出す。
「さぁ、僕に酔いしれろ!」
でかくなった炎が杖を空へ掲げた途端に小さく凝縮される。
「風光明媚昇華『ティフレイブ』!!」
そう言い放った刹那、杖から放たれた火の玉は空へ高く高く駆け昇る。
「おい……まさか」
俺はそれを知っている。
夏になると見れる日本の風物詩でもあり伝統のやつだ。
火の玉のスピードが落ちたタイミングでそれは起きる。
『ドーンッ!!!』
その爆音と共に、美しい花のように開いたそれは、下にいる者全てが釘付けになる。
「花火……」
「ね! すごいでしょ」
鼻息を荒くして胸を張るクルトを横目に俺は空を見上げたままだった。
「魔術の詠唱の炎魔術に、色々付け足してたら出来たんだよ」
「はへー」
すげーな。
こっちにきて花火が見れるなんて。
きっと、ゲールも口を開けて見るだろうな。
「でも……詠唱はするんだな……」
その言葉は別に貶している訳ではなく、ふと疑問に思ったことが口から滑り落ちただけだった。
だが、それはクルトを本気にさせる言葉だった。




