11.5話 テリバ国壊滅
最近怪我が多くて困る。
転けた傷が治ったと思ったらカッターで手ェ切るし、しかも刃が深いし、その傷も落ち着いたと思ったら違うところでまた指切るし。
そろそろ冷静にならないとね。
次は骨折るかもしれんから。
テリバ国、北央大陸にある世界樹の西側に位置するその国は観光客で溢れており、いつも経済が回っている国である。
しかし、それは昔の話。
6年前急激に枯れ果てた世界樹のせいでその数は激減し、潤っていた経済も乾いてしまった。
そんな中ではあるが、少女『セリーヌ・スメール』は、幸せな日々を過ごしていた。
「ただいまぁ!!」
可憐な黄金色の髪を靡かせ元気よくセリーヌは声をあげ、母の元へ駆けて行く。
「おかえり、今日はなにをしたの?」
少女と同じ髪色をした女性、母レイス・スメールが、足元に飛びついて来たセリーヌの頭を撫でる。
「今日はね、サーシャちゃんとおままごとしたの」
「楽しそうね」
「うん! 楽しかった」
満面の笑みで母を見上げるセリーヌはえへへと笑う。
「ただいまぁー」
「あっ! パパだ!」
抑揚のない声でセリーヌの父ラッド・スメールが家に入る。
「おかえりぃ!」
「ただいまセリーヌ、元気だったか?」
「うん!」
玄関に走って来たセリーヌの両脇を掴み高く持ち上げる。
「遠征早かったわね、どうだった?」
「やっぱし、魔力切れで枯れただけだったよ。魔物類いの原因じゃない」
ラッド・スメールはテリバ国では知らぬものはいないほどの冒険者であり、毎年急に枯れた世界樹の定期調査を1ヶ月ギルドから依頼されている。
レイス・スメールも同じパーティの冒険者であるが、今回もセリーヌの子守をしないといけないため、留守番をしていた。
抱いたセリーヌを下ろし、リビングの方へ向かおうとする。
「緊急招集です! ラッドさん!」
「ん?」
玄関の扉がノック無しで開かれると、息切れをした男がそう叫ぶ。
「タールくんじゃないか。どうしたそんなに慌てて」
「どうもこうもないですっ! 正門に全冒険者集まって下さい!」
タールと呼ばれた男はギルドの事務作業を主としている局員だ。
そんな役職がこうも慌てて呼ばに来ることは本当に緊急なのだろう。
「分かったすぐ行く。セリーヌ、良い子で待ってるんだぞ」
「うん!」
娘の頭を撫でるとラッドはすぐさま家を飛び出した。
「レイスさんも、早く正門に来て下さい!」
「わたしも!?」
「そうです! 全冒険者の緊急招集なんです!」
「そうよね、すぐに準備して向かうわ。セリーヌ勝手に外に行ってはダメよ」
「わかった」
レイスはセリーヌの側でしゃがみ両肩を叩くと、すぐさま立ち上がり着替えのある部屋へと駆け足で向かう。
テリバ国東正門、世界樹側にある大きな門構え。
その麓にはテリバ国全ての冒険者約600人が、ずらりと並んでいる。
その真上、門に隣接した高台にてギルドに配属されてはや三年の俺は遠くの平原を望遠鏡片手に生唾を飲む。
「おい、にーちゃん魔族達はまだ来ないのか」
下から大きな盾を持つ男が口を出す。
「まだ姿は見えません」
「なんだよ、早く来やがれってんだ」
「びびって逃げたんだろ」
他の冒険者が笑いながら冷やかす。
「ハハハ、それ言えてる」
クソっ、うるせーな。
少しは緊張感を持ってくれよ。
「すまん、遅れた。通してくれ」
正門の後ろから男女二人が前へと割り込んでくる。
「お、ラッド帰ってたのか」
「おう、今さっきな」
「そりゃ可哀想に、今から残業だな。おい、にーちゃん残業代ぐらいは出してやれよ」
だからうるせーよ。
残業代なら俺も欲しいし、なんなら今日休みだったんだぞ。
手当でねー仕事だぞこっちは。
俺はそう思っていると平原の奥から人影がチラホラ見え隠れする。
「! 来ました。魔族軍が!」
「何人だ?」
「数は…………!? 皆さんすぐさま逃げて下さい! 圧倒的な数です!!」
「何人だって聞いてんだ!」
何人って言われてもざっと見ただけで1000……いや、一万……。
「一万越えです! それに比べてこっちは600人。分が悪いにも程があります!!」
身を乗り上げて俺は冒険者に忠告をする。
しかし、その声はまるで聴こえていないのか、剣を取り出し、盾を構え、杖を握りしめる。
「何やってるんですか! 今すぐにでも遅くはないですよ! 早く逃げて───」
俺の叫びをかき消すように一人の冒険者が口を開く。
「あんちゃん、ここにいる奴らはこの国から出たことのない奴らばっかりだ。なんせ北央大陸はどデカい島みたいなもんだからな」
「そうだぜ。生まれも育ちもここテリバだ。俺らはこの国が大好きだ」
魔術師が叫ぶ。
「俺はこの間子供が産まれたばっかなんだ。その幸せを壊されてたまるか」
戦士が拳をぶつけ合う。
「今までこの拳で壊せなかったものはねェ。今日もそんなもんはねェ」
くそっ、逃げろよ。
まだ間に合うんだよ。
「リーベくん! 逃げたいんなら君だけでも逃げればいい。ここは俺らに任せてな」
そう言ったのは先陣を切って出て来たラッドだ。
「俺らにも可愛い娘がいてな。最近お絵描きにハマって俺の似顔絵を描いてくれたんだ」
知らねーよ、そんな惚気話。
今してる状況じゃねーだろ。
「明日は家族で遊ぶ約束をしてるんでね。もし、ここで国を捨てて逃げれば娘が悲しむだろう?」
「はぁーー。わかりました、明日の平和のために頑張ってください」
聞き分けのない冒険者たちの説得に俺は折れ、頭を抱えながらため息を吐き出す。
「でも、本当に危なくなったら火球出すんでそしたら逃げてくださいよ!」
「「へいへーい」」
なんだこいつら。
冒険者ってみんな脳みそすっからかんなんか?
「ほう、随分と賑やかな歓迎だな」
テリバ国の正門に集まった人集りをみて紫がかった黒色の髪をたなびかせた男がニヤリと笑う。
「準備には苦労したが、予想通りの期間だった。しかも、ギルデルトの知識のお陰でより多くの戦力を蓄えれた」
「嬉しいこと言ってくれるね」
隣に歩いていたギルデルトが鼻を啜り照れる。
「しかし、あみというお方は見つかりませんでました」
少し後方に歩く魔人が横槍を入れる。
「まぁ、それはしょうがない。何せ世界は広い。その中の一人を探すことは難しいだろう」
「ガットレイ様、あいつらは殺しても良いのですか?」
「あぁ、いいぞシルバリ。だが、女の幼児は殺すなよ」
「はい」
長い槍を持ったシルバリは嬉しそうな笑みをこぼし、返事をするや否や先陣を切って飛び出してゆく。
「さぁ、我らの新たな門出だ。みんな、はしゃげ。平和ボケした人間どもに真の恐怖というものを引きずり出して思い出させてやる」
「キタキタキタ! めっちゃきたぁ!」
冒険者たちは一斉に武器を握り締め、それぞれ戦闘体制をとる。
「があぁ!! こっちはクソみたいな王にイライラしてんだぁ! 全員ぶっ壊す!」
「いや、本人すぐ後ろにいるんだよ。口に出すなよ」
どの魔族よりも早く走って来た槍使いはそう叫びながら先頭にいる冒険達の頭上を超える勢いで高く飛び上がり、爪を剥き出しに突っ込む。
「植物は枯れ、生物は腐り、元の貌へと変わる。
波及を凌ぎ、堅牢は壊落を散ずる。『ロックフェンブ』」
手だれの魔術師が、でかい岩の壁をシルバリの行手を挟むように作り出す。
「そんなヒョロイ板なんぞ意味ねぇーよ!」
爪が剥き出た右手一本で岩の壁が藻屑と化す。
「はぁ?! 最大魔力で固めた壁だぞ!?」
気に食わない魔術師は再び最大魔力を込め、今度は3枚の岩壁を重ねて作る。
「鬱陶しいなぁ!! 無駄って言葉しらねぇーのか!!」
シルバリの言った通り、先程と同じように右手一本で粉砕され、その壁は無駄に終わる。
「まずはお前からだぁ!」
「──っ!」
シルバリが片手を開き魔術師の頭部を掴もうとすると──。
「俺の拳は無駄になるのかぁ!?」
「ぶへぇっ!!」
左横から強烈な右拳が顔面をクリティカルヒットを決めた。
その勢いでシルバリは吹っ飛んで行き、テリバ国の防壁へと衝突する。
「ほら、バチ被った。ざまぁ」
その様子をケラケラとギルデルトが指を刺しながら笑う。
「──ぁあ? あいつもポチ持ちかよ」
瓦礫の中から血をプッと吐き捨てながらシルバリが、這い出てくる。
「ポチはお前だよ、世間知らずの負け犬くん」
殴った拳についた血を舐めながら武闘家はニヤリと笑う。
それを見たシルバリは怒りの標的をそいつに変え、再び突っ込んでいく。
「おいおい、いいのか? あんなんほっといて」
「ん? まぁ、大丈夫だろ」
その少し後方、ギルデルトと、ガットレイは人ごとのように会話をしている。
「さて、このまま作戦通りに事を進めよう。わかってるなお前たち」
「おけ、」
「了解」
「ヒヒっ、わかってる」
魔人はそれぞれ返事をし、今から起こる事を楽しげに待っている。
「スゥーーー。恐怖、惨憺、絶望、皆は極上の病み」
ガットレイは一呼吸をすると、手のひらを正門に向け、詠唱を始めた。
一気に快晴だった空は真っ黒く分厚い雲に覆われて荒々しい姿に変貌する。
「喚け、喚け、哥え、踊れ。我名はガットレイ。死の枢りはここに刺さる。『開け、地獄門』」
雷霆が辺りを照らし、怒号がなる。
光のせいでその場にいた者は目を瞑り、再び目を開いた瞬間、さっきまで活気で満ちていた冒険者たちの顔色が一変する。
見張り台から皆の様子を見ていたリーベは真上を向いて絶望していた。
「……なんだよ、あれ」
それはあまりにもでかい門。
鉄でも石でもない不思議な材質、禍々しいほどの黒は周りのもの全てを飲み込んでしまいそうな、そんな恐怖を植え付ける。
扉の縁を覆うような真っ白な肋骨、てっぺんには不気味な悪魔が不適な笑みを浮かべ、こちらを睨む。
その扉はゆっくりと音を立てて開門する。
「さぁ、来い。鬼番のディレイク」
ガットレイの命令に従うように、大きな手が扉の枠を握り、ギジリと音を立て、見上げるほどのでかい扉を屈んで出てくる。
「無理だろ……、これ」
リーベは肌に触れる嫌な空気をいち早く察知をし、空高く火球を三発打ち上げた。
ディレイクは巨木のようなでかい棍棒を真上に上げると、正門に集まっている冒険者に向け、振りかぶる。
「だぁーーーー!!!」
誰よりも速く、その状況を打破するため、でかい盾を持った男が前に走る。
「みんなぁ! 下がれ!!」
屈強な体よりもでかい盾を地面に刺し、男はディレイクを睨む。
「なぁ、ガットレイさんよ。あいつあんなにデカかったか?」
「ん、会った事なかったか本体には」
緊張感などゴミ箱に捨ててきたかのようにギルデルトは腕を組んで質問する。
「前にあったのはデカすぎて邪魔になるから我が作った形代だ。本体はこっち」
「へー、そんなこともできるんですな」
「ぬん!」
振り下げた棍棒は、頑丈ででかい盾に弾かれ、ディレイクは少しだけよろける。
「今だ! やれ!!」
他の冒険者たちが、その声に従うように一斉に攻撃をぶつけた。
「俺らもやるぞ! レイス!」
「えぇ、そうね。まずはあのフード野郎」
それぞれ剣を構えてガットレイに近づいていく。
「ほう、この我を先に倒そうと思う狂ったやつが今だに居たとはな」
ガットレイはギルデルトや他の魔人たちに先に行けというと禍々しい杖を地面に突き刺す。
「高そうな杖だな。魔法使い!」
「わかるか、結構思い切ったんだ。この杖は」
ガットレイは刺した杖を引き抜くとホイっと、後ろへ投げ捨てた。
「───!?」
魔術を警戒していたレイスはその一瞬の出来事に戸惑い、目線が杖へ持っていかれる。
そのほんの少しの隙で、ガットレイの拳が顔面にめり込んだ。
「魔術師だと、勝手に思われるなんて、侵害だ」
そう言い捨てると、ラッドはフッと鼻で笑う。
「お前は少し違うようだな」
「あぁ、見た目で判断するやつは三流だからな」
「へぇ、じゃあ死に急ぐ奴は二流だな」
「わぁー、きれぇー」
三発の火球を窓の外から見ていたセリーヌはそう呟く。
「お祭りでもしてるのかな? いいなー私も行きたい」
外にいる人たちはその火球を見るや否や、反対方向へと走り出す。
「やっぱり向こうで何かやってるんだ……。でも、ママがお外に出ちゃダメだって言ってたからな……」
駆けて行く人たちを見ながら、少し悲しそうな顔を浮かべる。
「早く、帰ってこないかな……」
「落ち着いて、順番に船に乗って下さい!!」
私や他の職員は西門に群がる人達を、運河の大船へ避難を仰ぐ。
「皆さん! 船はまだあります! 押さないで下さい!!」
三発の火球は、テリバに住む大人たちにとってどんなことよりも優先すべき危険信号。
お陰で大勢の人が我先にと、船へ乗り込む。
「タールさん! こっちの船、定員オーバーです!!」
「船を先に出して、次の船を持ってきて!」
新人の職員が、船を出す準備をする。
にしても、人が多すぎる。
まだ大船はあるにしても、こんなに混雑してたら魔族が攻め込んでくるんじゃないのか?
「この船はもう出ます! 次の船を待ってください!」
「早くしろよ!!」
「せめて、うちの子だけでも先に乗せてください」
はぁー、なんでこうも自分勝手なんだ。
今、冒険者たちが時間を稼いでいる間が勿体無い。
ラッドさん達が頑張ってくれているのに……。
「あ!!」
ふと、思い出した私はでかい声を出す。
「ごめん、一人子供が残されたままだ!」
人混みを潜り抜け、火球の上がった方向へ走る。
「タールさん!? どこ行くんですか!」
「すぐ戻る! それまで頑張って!!」
「頑張ってって……だから、押さないで下さい! 一人抜けたら結構きついって」
新人職員が愚痴を吐きつつ、誘導する。
「早く戻って来て下さいよ!! だから、押すなよ!!」
「やはり、人間は素晴らしい!! なんでこんなにも唆るような表情を見せてくれるのだ」
ガットレイは両腕を広げて空を仰ぎ、止まらないニヤケを浮かべていた。
足元にはラッドと、レイスだった頭部が転がっている。
「嘘だろ……」
リーベはその残酷な景色をただ、見つめているしかできない。
「ほう、こいつはラッドと、言うのか。いい名前だな」
ラッドだったものの髪の毛を掴み顔を見るとさらに頬が緩む。
「ケースで飾るついでだ。台座に名前を掘ってやろう。隣にいた足手まといの女はこいつの女か……」
目線を逸らし、落ちているレイスを見る。
「夫婦揃って寝具の隣にでも飾ってやるか」
両手で二つの頭を掴み、テリバの正門へと近づいて行く。
「おい、お前ら遊びは終わりだ。早くしないと、人間共が逃げちまう」
「ヒヒっもう終わりか」
「まだ遊び足りねーな」
「妥当」
各魔人達は返事をすると戦っていた冒険者達をあっという間に蹴散らした。
「同じポチでも、素で俺のが強かったな」
シルバリは血の混じった唾を、頭部を潰し原型を止めていない武闘家に吐き捨てる。
「今まで……手加減してたんかよ……」
「そこの見物塔から見下げることしかできない小僧。こいつらに倅はいるのか?」
リーベが絶望から人生への放棄に変わったところでガットレイが見せびらかすように、ラッド達を持ち上げる。
「…………」
「いるのか、娘が。よし、決めた。コンプしてやろう。そして毎晩眺めながら寝よう」
ガットレイはそう言うと、持っていた生首を他の魔族に渡し、リーベに腹に魔術を放ち、ズカズカとテリバ東正門を通過する。
「みんないなくなっちゃった」
セリーヌはがらんとした町を見つめながらそう呟く。
哀れな顔が窓に反射する。
「あ、誰かいる」
正門から歩いてくるローブを着た男が二人の魔族を連れてゆっくりと歩いてくる。
セリーヌがその男を見つめていると、男もそれに気づき、優しい目で笑って手を振る。
「ふふふ、手振ってる」
それに嬉しくなったセリーヌも手を振る。
「見つけた。お前がセリーヌか」
優しい目は一変にして穢らわしい笑みに変わり、窓の方へ歩いて行く。
「?」
目の前に来たところでセリーヌは首を傾げて男を見上げる。
「──?!」
突如として男の腕がガラスを突き破り、セリーヌの首を掴む。
「ぐ……!」
「ダメじゃないか。知らない人に手を振っちゃ」
パラパラと舞い散るガラスの破片がガットレイの手を傷つける。
それすらもお構いなしに、目の前のおもちゃに笑みが止まらず手の力が増す。
「あがっ──」
「ん? パパとママに助けて欲しいのか。だが残念だなっ!」
家の壁にセリーヌを投げつける。
「──がはっ」
ガットレイと他の二人は律儀に玄関から家の中に入ってくる。
「ほら、助けて欲しいパパとママはここにいるよ」
しもべの魔族から頭部を二つ受け取ると、倒れたセリーヌの横に投げ捨てた。
「ひぃっ!」
「いい顔だ。美しい。人間は恐怖と、絶望が本当によく似合うな」
再びセリーヌに近づき首を掴む。
「そんないい顔しないでくれ、興奮でどうにかなってしまいそうだ」
苦しそうに悶えるセリーヌに、愛くるしさを感じたガットレイは幼女の頬をぺろりと舐める。
「前世の記憶も無いようだし、あみでは無いな。安心して遊べる。さぁ、今すぐ親と同じところへ逝かしてやろう」
首を絞める力を少しずつ上げていき、苦しそうな表情をニンマリとみつめる。
「やめろぉ!!!」
剣を握ったタールが、勢いよく部屋に入ってきセリーヌを掴んでいた右腕を切り落とそうとする。
「!?」
ガットレイは分かっていたかのように、左手で剣先をつまむ。
「なんだ貴様。折角楽しんでいたのに、こんなしょぼい剣で我の邪魔をするとは」
掴んだ剣先を軽々と割る。
「お前の恐怖はクソほどまずいな」
怯えたタールの顔を見て唾を吐き捨て、首を掴んでいた手を緩めタールの正面へ立つ。
「セリーヌ、大人に救いを求めるのがいかに無駄なのか教えてやろう」
そう言うと、ガットレイは足が震えたタールの頭部に飛び蹴りをし、タールがキッチンの方へ飛んでゆく。
「ほらな。勇気だけあって行動できん。それが大人だ」
タールからセリーヌに目線を変える。
「君はやっぱりいい顔をする。最高だ、幸いだ。こんなに心躍る日は1000年ぶりだ」
もう一度セリーヌの首を掴み上げる。
「さぁ、もう一度──」
力を強めようとしたところで、まだ息のあるタールが起き上がった。
「お前、うざい」
そう言って、ガットレイが指を鳴らすとタールは炎に包まれ、のたうち回る。
「……あ゛、……た、…け」
「助けに来た奴が助けを乞うか。矛盾だな」
「た……るさ、ん」
「セリーヌ、心配してやるな。こいつは自分の力を知らないからこうなったんだ。自業自得って奴だ」
ガットレイは三度目の正直で、首を力一杯握りしめ、セリーヌを今度こそ絞め殺す。
その時、セリーヌに思い出が走馬灯のように溢れ出す。
ラッドとレイスでお出かけした日。
友達のサーシャちゃんと遊んだ日。
お店のおじさんにおまけでもらった美味しかったお菓子。
お父さんの仲間から聞いた冒険の話。
小学校の入学式で、お母さんと撮った写真。
枯れた世界樹の近くで魔物をカッコよく倒したパパとママ。
中学の卒業式で友達と離れ離れになるのが嫌で泣いた日。
高校の時美香と同じクラスになって二人で大はしゃぎした日。
担任に言い寄られて断れなくて毎日怯えていた日。
あれ?
知らない記憶が、蘇る。
「がぁっ!」
セリーヌはいや、あみは死の直前で覚醒する。
「なんだ!? 急にこいつの思考が変わった……」
「思い出した。全部思い出したわ。あんたのおかげでね」
首を掴んでいた腕を両手で握り、セリーヌはニヤリと笑う。
「まさか……こいつがギルデルトの言っていた──」
両手に力を込め、セリーヌは体を縦に回転する。
ガットレイの手が緩み、セリーヌは地面に着地、そのまま床に転がった両親の顔を見る。
「なるほどな。アイツには悪いがまぁ、殺してもバレやしないだろう」
「お父さん、お母さん、ありがとう。お陰で少しは幸せになれた」
目線をガットレイに戻す。
「約7年育ててくれた。愛情をくれた。その人達を殺したお前を私は殺す。もう、誰も私のせいで不幸にさせない」
「やってみろ。記憶が戻ったとして、ただのガキには変わりない」
セリーヌはそう啖呵を切ると奥の部屋へと駆け込んでいく。
「どうした。殺害予告しといて逃げるのかよ」
「いいや、違うわ──」
部屋から出てくると、小さな子供には大きすぎる剣を両手で持ち、ガットレイに向けていた。
金色の柄、透明なほど美しい剣身。
それは、金髪の色とマッチして素人のはずなのに、剣を持ったこともない子供のはずなのに、なぜか見惚れてしまうほど美しかった。
「ほう、あの男よりかはいい武器だな。だがな、格ってのが我と貴様とでは違う」
「格なんて、いらない。必要なのはやる気と勇気っ──!!」
セリーヌは重い剣を握りしめ、ガットレイへ突進し、遠心の力で剣を振り回す。
「雑な捌き方だ。そんなんだと手首を蹴るだけで終わりだ」
ガットレイの宣言通り振り回す剣を易々と掻い潜り、右足でセリーヌの手首を蹴り落とす。
その反動で剣は金属音を奏でながら床に落ちる。
「──ぐがっ!」
止まることなくガットレイはセリーヌの首をまたもや捕まえる。
「恐怖を感じないか。これだから素直じゃないやつは嫌いだ」
セリーヌはその手から抜け出そうともがき苦しむ。
「やめだ。貴様は飾らない。ここで殺す」
先程みたいにゆっくりと首を絞めるのではなく、躊躇いなく一気に締め殺す。
「……が──」
セリーヌの口から白い泡が溢れ出す。
「死ね」
追い討ちをかけるか如く最大まで握力を強めようとした時、その腕を見知らぬ男が骨ごと潰す勢いで掴む。
「やめなさい。お嬢さんがかわいそうだ」
掴むその右手には眩い光の紋様が浮かぶ。
「……勇者。最悪のタイミングだな。我に気づかれず二人の魔族を殺し、我の腕を掴むとは腹が立つ」
入り口には綺麗な切り口で倒された魔族が寝転んでいる。
「離してやりなさいって言ってんだ。このままお前の右腕を握り潰すことだって、できるんですよ」
さらにガットレイの腕を握り潰す。
骨の軋む音が聞こえ、ガットレイはたまらず手を離す。
「がはっ! ゲホっ、ゲホ」
「お嬢さん、早く逃げなさい。今ならまだ船が一隻残ってる。ここは勇者であるヒーク・レイナリアにまさせなさい」
ガットレイを掴んでいた手を離し、鞘から剣を引き抜く。
「ゴホッ、ゆ、勇者様……。ありがとう」
セリーヌは咳き込み、ふらつくめまいの中必死に立ち上がり、外へと逃げる。
「お嬢さん。忘れ物!」
ヒークは落ちていた剣を投げると、それを朦朧とする意識のままキャッチする。
「走りなさい! 君が死ぬのはここじゃない!」
言われた通り、セリーヌはおぼつきながらも必死に走る。
「さぁ、どうしますか? 私はここであなたを殺してもいい。どうせ一人じゃ何もできないんでしょう。堕神様」
「くそエルの二番煎じが何をほざく。貴様こそただの人間だろう」
ヒークに指を刺して嘲笑う。
「一番煎じに慈悲で生かしてもらってよくほざきますね。私だったら恥ずかしくて死にたくなりますよ」
ピクリとガットレイの眉が動く。
「なら、死ね。今から慈悲で生かしてやる」
「ほー。初めて見たな……。こんなにでかい帆船」
「まだ、いるじゃねぇーか人間が! 一人しか殺せなかったからムシャクシャしてたんだよ!!」
テリバにまだ残っている人間を探していたギルデルトと、シルバリは最後の大船に人々が、乗り込んでゆくのを遠くから見つめていた。
「おい、シルバリ勝手な行動するなよ」
「黙れ。俺はお前に従わない」
一目散に帆船の方へ走り出す。
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!」
「はぁ?! もう魔族が!」
「早く船を出せぇ!!」
最後尾の職員が乗り込みながら船長にでかい声で催促する。
「おーけぇー! 飛ばすぜ」
「いや、飛ばせねぇーだろ帆船で」
ギルデルトが船長に対し、冷静なツッコミを入れる。
「逃さねぇ!!」
シルバリが離れて行く帆船に飛び込むために高く飛び上がる。
「させないよ!」
あと一歩のところで勇者パーティの一人が放った矢がシルバリの首筋を貫く。
「──っ!!」
シルバリは大勢を崩し、川へとダイブ。
「さぁ、早く行って! 魔族達はこの勇者パーティの紅一点、ミーラが引き受ける!!」
ピンク髪をかき揚げ、遠くの河口を指す。
「待ってください! まだタールさんが戻って来てない!!」
新人職員が舵を取る船長に走って近づき、息を切らしながらそう伝える。
「引き返してください! 戻ってくるって言ってたんです!」
だか、船長は聞く耳を持たず口笛を吹きながら舵を切る。
「船長さん!」
「タジ、諦めろ」
船長の肩を揺らす新人職員にベテランのギルド職員が、止める。
「タジ、お前はこの仕事に入ったばかりだから分からないと思うが、この仕事を長くやっていくと嫌でも残酷なもんを見なきゃならないんだ」
「でも……」
船長の肩を掴む手が離れる。
「それに一人を助けるためこの場にいる人らを天秤にかけるのには理に合わな──」
「おい!! 誰か女の子が走ってくるぞ!!」
スキンヘッドの男がそう声を荒げると、周りの人達も一斉になって河川敷に目を向ける。
そこには大きな剣を握りしめながら必死に走る金髪の少女がいた。
足は擦りむいて血だらけ、必死にここまで走って来たのが見てわかる様子だ。
「はぁ、はぁ、はぁ、あれ最後の一隻……止まってぇ!」
乱れる呼吸で声を出す。
「嬢ちゃん飛べぇ! まだ間に合う!!」
「誰か、ロープっ! ロープもってきて!!」
「飛べって……はぁ、はぁ、届かないでしょ」
船に乗っている人たちが慌てふためきながら、あーでもない、こーでもないと策を考える。
「いいね。人の優しさってのはこっちも嬉しくなる」
一人の男が船から軽やかに飛び降りる。
「あっ! いないなーと思ったら、避難船に逃げてたんだ!」
ミーラが指を刺して叫ぶ。
「侵害。逃げたわけじゃない、こうなるって予測しただけだ」
「よくゆうよ。いっつも戦闘になったら逃げるくせに」
集まってくる魔族群に、矢を放ちながらジト目になるミーラ。
「虚言。俺は逃げない、勇者のパーティ、コルネ。見つめる先は遥か未来。己を信じるスーパーヒーローだ」
「はいはい、なら早くあの子助けてあげて」
そう話ながらもミーラは一発も、外したりしない。
それどころか、全ての矢をヘッドショットで決めてゆく。
コルネも、スピードに乗った船に置いて行かれたはずなのにあっという間に追いつき出す。
「失礼。嬢さん、ちょっと体持ち上げる」
セリーヌはいつの間にかコルネの腕に抱かれる。
お姫様抱っこされたまま体感したことのないスピードで船を通り越し、飛び上がる。
「天翔る。飛鳥の俺、からの嬢さんの翼!」
距離があるはずの帆船に近づき、セリーヌごと投げ捨てた。
「え……、いやあぁぁぁぁ」
セリーヌは予期せぬ事態に悲鳴をあげる。
「やばい、やばい、やばい、このままじゃ甲板にぶつかる──」
「安堵。俺が見るのはもっと先だ」
決めポーズを取りながら川へ落ちてゆくコルネ。
「いや、甲板じゃない! 少しそれて川に落ちる──!」
「捕まれ嬢ちゃん!!」
スキンヘッドのおっさんが手を差し出す。
「うん!」
ギリギリの距離でセリーヌの手とおっさんの手が触れる。
「掴んだ!! 上げろぉーー!!」
落下の勢いでセリーヌに持っていかれるのを他の人たちが協力して押さえつける。
「「せぇーのぉ!!」」
持ち上げられたセリーヌは帆船の甲板へ投げ出した。
「ぐへぇ」
「届いた……。嬢ちゃんやったな! 船に乗れたぞ!!」
「ありがとうございます……」
「それより、なんだその傷。首元も青あざできてる。早く医者に診てもらえ」
倒れたセリーヌに手を差し伸べるスキンヘッド。
その手をセリーヌは掴まず、自力で立ち上がる。
「大丈夫か、」
「えぇ」
心配そうに見つめるスキンヘッドに、俯きながら返事をする。
船に乗れた安心感か、思い出した記憶のせいなのか、セリーヌの目には涙が溜まっている。
河川敷の方を見るため、ふらついた足取りで船の端へ向かう。
「はぁー、腕貸してみろ」
今にも倒れそうなセリーヌに見かねたスキンヘッドが肩を貸し、一緒に甲板を歩く。
やっとの思いで見えた運河の河川敷ではミーラが、的確な攻撃で魔族を葬り、川から這い上がって来たコルネが親指を立てて笑っている。
セリーヌは涙を拭き取り、神に誓う。
「ありがとう。お父さん、お母さん。仇は絶対私が取る。これから死ぬ気でこの剣を振り続け、二人よりも強くなって、あいつをぶっ殺す」
握っていた剣は力む握力でプルプルと震える。




