錯乱拡散
「ごめんねみんな、遅くなって!」
少し息を切らしながら教室に飛び込んだ私。
そこへ子供たちの視線が集中します。
「矢倉さんのことは大丈夫だから、安心して。今から事情を説明するから……」
「せんせー。俺たちからも話があります」
「聞いてください、せんせー」
こちらの言葉を遮って、子供たちが私を囲むように集まってきました。
なんだか思いつめたような顔をしています。
「あのね、もものぎせんせー。みんなで話し合ったんだけど……」
少し言い淀んだあと。
子供たちは顔を見合わせて頷くと、その続きを口にしました。
「七不思議のこと、記事にするのはやめます」
えええ。
なんでですか。
あんなにみんな張りきっていたじゃないですか。
私がいない間に、なにがあったのでしょう。
「なんで急にそんなことになったの?」
「それはね……」
子供たちは、たどたどしくも事情を説明しはじめました。
その内容を聞いて、私はううむと唸ってしまいます。
主張はいたってもっともらしいものでした。
「なるほど。つまり、現実に起こった失踪事件に由来する七不思議を掘り下げて新聞のネタにするのは不謹慎だって、みんなは考えたのね」
みんなの話の内容を整理してみせると、子供たちは首を縦に振りました。
「だって浩二くんの話だと、まだ失踪した人は見つかってないっていうし」
「そういうのを記事にするのって、なんだか良くない気がするもん」
「学級新聞は学校のホームページにも載るから、変なクレームがつくかもしれないし」
案外とまじめに考えているようでした。
学級新聞作りをこれまでリードしていた詠梨ちゃんがああなってしまい、子供たちのモチベーションが揺らいだという面もあるのかもしれません。
子供たちがそう決めたなら、そうした方がいいのでしょう。
そう思っていたのですが。
「それに、もう七不思議を調べるのはやめた方がいいと思うの」
「そうそう。だって、怖いもん」
「呪われそうだし」
子供たちが口々にそんなことを言い出しました。
怖い? 呪われる?
最初は冗談で言っているのかなと思って、教室を見渡してみて。
はたと気付きました。
クラス全体に、なにかに怯えているような暗い雰囲気が漂っていることに。
なかには本気で涙目になっている子も数人見受けられます。
「ねえ、みんな。一体なにをそんなに怖がっているの?」
先週まではそんなに七不思議を怖がっていなかったはずなのに。
今朝まではいつもどおりだったはずなのに。
私の問いに、子供たちはおずおずと打ち明けました。
その、あまりに突飛な推測を。
子供たちは、かつて失踪した男の人についてこう考えたようなのです。
もしかしたら、その人は。
今はこの桜木小学校のどこかの土の下に、埋まっているんじゃないかって。
◇◇◇
「はあ、そうですか。この町で昔そんな事件があったとは。ほほおん」
本来であれば三時限目が始まっている時間。
私は再び自習を言いつけて職員室に戻り、現状を教頭に相談していました。
子供たちの不安と恐怖に怯える様子を見ていると、このままではまともな授業になりそうにないと判断したのです。
もっとも、それは言い訳なのかもしれません、
私の方こそ、今のみんなと向き合ってまともに授業する自信がなかったというべきかもしれません。
六年一組はいつも騒がしくて元気に溢れていました。
今のクラスの雰囲気の陰鬱さに、私は動揺してしまっていたのです。
「ほう。つまりその失踪した男が残した『桜の木』うんぬんのメモが、実は暗号めいた遺言だったと子供たちが解釈したわけですか」
教頭は半ば呆れたようにやれやれと首を振りました。
メモに記載された「桜の木」というのは、桜木小学校を指している。
だから「桜の木の下には死体が眠っている」という書き置きは、つまり男の死体が桜木小学校の下に眠っていることを表している。
これは男の遺したメッセージだったのだ。
というのが、子供たちの到達した推測でした。
「馬鹿らしい。ありえないでしょう。その男が自殺して、自分の死体を学校の敷地に埋めたとでもいうんですか。どうやって? なんの目的で?」
「ですよねえ」
無理がある、と教頭は斬って捨てました。
私もそう思います。
小学生らしい発想の飛躍というべきでしょうか。
だけれど。
重要なのはそれが真実かどうかではないのです。
問題は、子供たちがそれを実際にありえるかもしれないと感じている点です。
自分たちの学び舎の真下にひょっとしたら死体が埋まっているかもしれないという可能性が、みんなを怖がらせている原因なのでしょう。
私だって、自分の住んでいるアパートの真下に死体が埋まっているかもと言われたら多少は怖がると思います。
ひょっとしたら呪いや祟りを連想してしまうかもしれません。
小学生の子供たちが恐怖に震えるのも、無理からぬことでしょう。
失踪した男が詠梨ちゃんのおじいちゃんであるということも子供たちには結局伝えることができませんでした。
むしろ伝えないほうがいいとさえ思います。
これ以上余計な動揺と憶測が広がることが憚られたのです。
「教頭先生、アドバイスをいただけませんか? どうしたらいいか分かりません」
「いやあ、数日経てば子供たちも忘れてるんじゃないですかね」
なんとも呑気なことを言ってくれますね。
教頭は子供たちの様子を見ていないから他人事なのかもしれませんが。
「もちろん私も対応を考えてみますが、まずは担任であるあなたがどう収拾をつけるかについてよく考えてみてください。頼みましたよ」
そう言うと教頭は職員室を後にしました。
校長室の方へと向かったようです。
このあと教室に戻って子供たちとどう向き合うべきか。
残された私は一人、頭を抱えるのでした。