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失踪事件

 月曜日の朝。


 始業前のことです。

 私は職員朝礼が終わってから、教室に向かっていました。


 すると六年一組の教室の方から、なにか言い争うような騒がしい声が耳に届いてきました。


 なにかあったのでしょうか。

 そう思って早足で教室に駆けこもうとして、スライド式のドアに手をかけようとしたその時でした。


 ガラガラっと大きな音を立てて勢いよく扉が開いたかと思うと、教室内から誰かが飛び出してきたのです。

 私はすんでのところで横に避けましたが、相手は謝ることもなくそのまま階段の方へと走り去っていってしまいました。


 見間違えでなければ、あれは詠梨ちゃんです。

 そして気のせいでなければ、その顔は少し泣いていたように見えました。


 あの傍若無人を擬人化したような子が目に涙を浮かべるだなんて。

 いったい教室内でなにがあったというのでしょうか。

 喧嘩でもしたのでしょうか。


 おそるおそる教室に足を踏み入れると、クラスの子供たちが一ヵ所に集まって呆然とした表情で固まっていました。


 「一体なにがあったの? 先生に教えて?」


 私自身にも内心動揺がありました。

 ですがそれを子供たちに悟られぬよう務めつつ、状況の確認を試みます。


 すると、子供たちは私を囲むように近づいて、ぽつぽつと今しがた起こったことを口に出し始めました。


 その説明はどれもおぼつかないものの、子供たちの話をまとめるとなにがあったのかが徐々に見えてきました。


 話を整理してみます。



 ◇◇◇


 始業前の朝。


 六年一組の教室内では、ある話題で持ち切りでした。

 なんとクラスの男子が、あの桜の木の七不思議の由来を突き止めたというのです。


 その子の名は、丸田浩二くん。

 日曜日におばあちゃんの家に遊びに行ったときに、情報を聞き出したのだとか。


 そのおばあちゃんは桜木小学校の卒業生ではないものの、ずっとこの町に住み続けている、いわば地域の生き字引のような存在とのこと。

 その人の話によると……。


 「二十二年前、この町に住んでた男の人が行方不明になったらしいんだよ。そんでその時に男ん家の玄関に『桜の木の下には死体が埋まっている』って書かれた直筆のメモが残されてたってハナシらしいぜ。婆ちゃんが言ってた」


 浩二くんは得意げにクラスの皆を集めてそう語ったそうです。

 その内容は、まさかの失踪事件でした。

 しかも二十二年前って、ミレニアムですよ。西暦二千年。


 「この町ではそこそこの有名人だったみたいで、新聞やテレビでも小さく取り上げられたんだってさ。メモの噂も広まったらしくて、その人は桜の木の下で自殺したんじゃないかとか、そのメモは財産の隠し場所の暗号なんじゃないかとか言われてたらしいぞ」


 子供たちは思わぬ情報に沸き上がりました。


 「へええ、じゃあそれが七不思議の元ネタになってるってことなのかなー?」


 誰かがそう尋ねると、浩二くんは首を縦に振りました。


 実際に地域で起きた事件が七不思議のモチーフになる。

 噂話の成り立ちとしてはよくあることですし、十分にあり得る話ですね。

 よくあるプールの亡霊の噂も、元々は溺死事件が土台にあったりしますし。


 「その人は結局どうなったの? まだ生きてるの?」

 「これって記事に出来るんじゃない?」

 「七不思議の真相に一歩前進かも!」


 きゃいきゃいと盛り上がる子供たち。

 そんななか、浩二くんに話しかける子がいました。

 詠梨ちゃんです。


 「ふぅん。アンタにしちゃ、そこそこ使えそうなネタ仕入れてきたじゃん」

 「や、矢倉さん! そ、そうかなあ。えへへー」

 「褒めてつかわすわぁ」


 普段あまり他人を褒めないことに定評のある詠梨ちゃん。

 そんな彼女から褒められて、浩二くんもすっかり気を良くしたようでした。


 「とりあえずそのニュースの内容を詳しく調べてみたいわねぇ。でも二十年以上前だとインターネットの記事を探すのは難しいかもぉ」


 SNSも携帯も今ほど普及してなくて、ネット掲示板がアングラ扱いだった時代。

 その当時の地方記事を探すのは流石に難しいかもしれません。


 「じゃあ町の図書館に行ってみるのはどうかな?」

 「そうねぇ。当時の新聞の縮刷版が書庫保管されていないか、聞いてみるのが手っ取り早いのかも」

 「わあっ! じゃあ今日の放課後はみんなで図書館に行きましょうよ!」

 「おおー!」


 七不思議の調査が進展しそうな期待感がクラスを包みます。


 「それで? その失踪した人に関する情報ってないの?」

 「そうだよ。町の有名人だったって言ってたよね?」


 誰かがそう尋ねました。

 皆に注目されて嬉しいのか、浩二くんはニコニコ顔で答えます。


 「婆ちゃんが言うには、落語家だったらしいぜ。その人は」

 「へええ、落語ってよく分からなーい」

 「有名な人? なんて名前なの?」


 そう尋ねられた浩二くんは、なんの気なしにその名を口にしました。


 「ええと、たしか……『ぼーぎんさい』だったかな?」

 「なにそれ、変な名前ー。日本人なの?」

 「落語家って面白い名前が多いよねー」


 クラス中がわちゃわちゃと盛り上がります。

 そんな時でした。


 「嘘でしょ……」

 「どうしたの? 矢倉さん?」


 何人かのお友達が、詠梨ちゃんの様子の変化に気付きました。

 困惑の表情を浮かべて。

 どことなく青ざめたような。

 そんな変化に。


 そして。


 「デタラメよ! そんな話!」


 なんと詠梨ちゃんは、浩二くんの服に掴みかかって大声をあげたのです。

 急なことに、浩二くん含むクラス全員があっけに取られました。


 「いきなりどうしたの!? 矢倉さん!」

 「暴力は良くないよ!」

 「うるさいうるさい!」


 癇癪をおこしたように暴れながら、喚き散らしはじめた詠梨ちゃん。

 クラスの皆も必死になだめようとして、教室内が騒然となりました。


 そうしてしばらく揉めに揉めたあと、詠梨ちゃんは突然泣きながら教室を出て行ってしまったのです。


 「……なにが悪かったのかな?」

 「……」


 残された皆は、詠梨ちゃんのご乱心の原因が分からないまま、ただ呆然と立ちすくす他なかったのでした。


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