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誰も知らない

 金曜日の放課後。


 毎週その時間帯になると、第六学年を受けもつ先生たちが集まってちょっとした会議が開かれます。

 教頭や校長もオブザーバーで参加している、本格的な週末の定例会です。


 各クラスの授業の進捗確認だったり、テスト問題の難易度調整だったり。

 議題は様々ですが、とても大切な打合せの時間なのです。


 「主任! 三組では算数の時間にインド式暗算を教えてるそうですぞ!」

 「なにぃ!? 三組だけ受験に有利なスキルを手に入れてしまうじゃないか!」

 「チートだろ、そんなの。ナーフしろナーフ!」


 アプリゲームの運営会議かなにかですかね。


 「下手したら他のクラスの保護者たちが不公平だと騒ぎだしかねないですな」

 「いやでも、これからの時代はそういうのも積極的に取り入れていく必要があるのではないですか?」


 今日も白熱した議論が繰り広げられています。

 私はそれをどこか他人ごとのように眺めていました。


 今日を乗り切れば明日は土曜日。

 推し活に邁進して気分をリフレッシュできる貴重な休暇が待っています。


 まあこの会議が終わったら、山のような小テストの採点と学習プリント作りが待っているんですけどね。

 今日中に家に帰れるのでしょうか。もちろん残業代は出ません。


 「おい、もものぎ先生! さっきから聞いとるんか!?」

 「すみません! 聞いてませんでした!」


 大きな呼び声にはっとして、思わず素直な返事をかましてしまいました。


 私を呼んだのは六年生の学年主任、東先生です。

 校長や他の先生たちもこちらを見て苦笑していました。


 教頭はとくに笑うでもなく、手元のノートになにかを書き込んでいます。

 もしかして勤務態度評価かなにかですか?

 お給料減っちゃいますか?


 「もう会議は終わるけど、なにか最後に共有したいことはないんか?」


 東先生は呆れ顔でそう尋ねてきました。

 会議終了間際のお決まりのやりとり。もうそんな時間でしたか。


 ここで「とくになにもありません」と返事すればスムーズに会議が終わる。

 というのが参加者一同の暗黙の了解的なやつです。

 なので私もそう答えようとしたのですが……。


 そこでふと、火曜の昼休みに詠梨ちゃんから頼まれたことを思い出しました。

 危ない危ない。今の今まで完全に忘れていましたよ。

 三日前のことをちゃんと思い出せる私って、偉くないですか?


 「ええと、共有事項というわけではないんですけど、その……」


 そんな前置きをしつつ。

 私はその場にいた先生たちに尋ねました。


 桜の木の七不思議についてなにか知っていることはありませんか、と。


 「この前も言ったけどさあ。知らんよ、そんなことは」

 「僕も知らないですね。東先生はどうですか?」

 「東先生はこの学校の卒業生っすよね? 昔も七不思議ってあったんすか?」


 話を振られた東先生は、少し考えるそぶりをしてから真顔で口を開きました。


 「七不思議は昔からあったな。でも桜の話はなかった気がする。俺が小学生のときはたしか、深夜のプールを泳ぐ亡霊が七不思議に入ってたぞ」


 プールの亡霊ですか。わりかしメジャーなやつですね。


 「へえ、東先生がこの学校を卒業したのって、何年くらい前ですか?」

 「二十八年前だな。でも俺が教師として戻ってきた時には、すでに桜の木の七不思議は定着していたと思うぞ。最初聞いた時びっくりした覚えがあるな」


 なるほどなるほど。

 ということは桜の木の噂話は、東先生の小学校卒業から教師採用までの間に生まれたということになりますね。


 「教頭先生はなにかご存知ですか?」

 「いや、自分は沖縄育ちですし。この学校に来たのもつい最近ですからねえ」


 質問が回ってきた教頭は、のらりくらりと首を横に振りました。

 あまり興味がないといった感じにみえます。


 「自分は正直よく分かりませんな。校長先生はどうです?」

 「そういや校長先生は、俺が小学生のころからすでにここの校長でしたね。桜の木がいつ頃から七不思議にエントリーしたか、ご存じなんじゃないですか?」

 「校長もこの学校の卒業生ですもんね。その頃から噂はあったんですか?」


 教頭が校長に話を振って、東先生がそこに追い打ちをかけました。

 他の先生たちも興味ありげに校長に視線を注ぎます。


 この人は一度定年を迎えつつも再任用で校長をやっていると聞きました。

 四十歳くらいのころからずっと校長をやっているらしいので、かなり長い間この学校に君臨していることになります。

 ちなみに来年には二度目の定年を迎えるそうです。

 つまり六十四歳くらいなのでしょう。


 「え、ええと、その」


 急に注目されたからでしょうか。

 とっさに言葉が出てこないのか、歯切れの悪い校長。

 数秒ほど沈黙が流れ、その場が微妙な空気になり始めます。


 ようやく吐き出された言葉は、次のようなものでした。


 「うちの学校は、桜木小学校という名前でしょう。そんな名前だから子供たちが面白がって、架空の桜の木の七不思議を作って広めたんでしょうな。きっと」


 そう言われればそうかも、と多少は納得出来そうな返答でした。


 桜木小学校という名前なのに桜がない、というのがすでにおかしな話。

 だったら七不思議の上でだけでも桜を登場させようと、昔の子供たちは考えたのかもしれません。


 「いつ頃から広まったかは、昔過ぎてさすがに覚えとらんですわ。まあ所詮は子供たちの戯言のようなものですから、そう真面目に考えなくでも良いかと」

 「そうですよ。学級新聞に載せるんでしたっけ? あまり子供たちがはしゃぎすぎないようにしっかり指導してくださいね」


 校長の言葉を引き継いで、教頭が釘を差してきます。

 ナチュラルに私へのお小言に移行しないでもらえますかね。


 ともあれ、その後は流れでその日の会議も終わり、先生たちは各自の仕事に戻っていきました。


 桜の木に関しては、来週の月曜日に詠梨ちゃんに報告しましょう。

 新聞作りに役立つ情報はあまりなかった気がしますが、聞き込みは一応ちゃんとしたということで一つ。


 この時の私は、そんな呑気なことを考えていました。


 ところが、週明けに待ち構えていたのは思わぬ展開だったのです。


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