目玉記事
「全員無傷でお家に帰す、とか言ってなかったっけぇ? せんせー」
「か、返す言葉もないです」
昼休み。
学校の中庭にある、大きくて綺麗な池の前。
そんな場所で私は、詠梨ちゃんと一対一で対峙していました。
傍目には教師が生徒を個別指導しているように見えたかもしれません。
だけれど実際には、肩身の狭い思いをしているのはこちらでした。
そう、ことの原因は昨日の放課後のことです。
調査チームの子供たちをちゃんと引率するぞ。
などと意気込んだはいいものの、終わってみれば結果は散々たるものでした。
人体模型の調査のため立ち入った理科室。
そこで目を離したすきにふざけまわった男子たちがビーカーやらフラスコやらを床に落としてしまったのです。
その結果、私の目の前で三人がガラスの破片で怪我してしまいました。
しかも怪我した子たちを保健室に急いで連れて行っている間に、私の帰りを待たずに子供たちが勝手に校内探検を続行してしまったから、さあ大変。
七不思議のピアノの怪を調査するべく、勝手に音楽室を訪れた子供たち。
ふざけてピアノを滅茶苦茶に弾きたおしていると、その振動で重い鍵盤蓋がばたんと倒れてきてしまったそうです。
そしてそのせいで二人が指を挟まれて怪我してしまいました。
幸い骨折まではいかなかったものの、あまりの痛みに大泣きだったそうです。
もしや本当に七不思議の呪いなのでは。
そう思いたくなるほどの不幸の連鎖。
でもこれらはすべて、彼らから目を離した私の責任です。
おかげで今朝は始業前から、こんこんと教頭のお説教をくらう羽目に。
加えて放課後の校内調査の禁止を言い渡されてしまいました。
怪我人が五人も出たわけですから、仕方のない処置でしょう。
みんながすぐに治る程度の怪我にとどまったのは不幸中の幸いでした。
「まあ新米よわよわせんせーには期待してなかったけどねぇ。男子どものやんちゃな性格を考えれば、こうなることも予想済みだしぃ?」
「ごめんね。昨日の一件で、もう放課後の調査も出来なくなっちゃったよ」
がっかりさせてしまったものと思って己の力不足を謝ります。
けれど、詠梨ちゃんはやれやれと首を横に振りました。
「大丈夫よ。すでに理科室と音楽室の撮影は終わったもん。あと残っている七不思議エリアは誰でも出入りできる場所ばかりでしょ。昼休みにでもこっそり調査できるんだから」
「そ、そうなのね。それは良かった」
どうやら学級新聞作りに関しては問題ないとのこと。
「そんなことよりせんせー。放課後にやってもらいたいことがあるんだけどぉ」
「ええと、今日の放課後は大事な用事があるんだけど」
用事というのは、怪我した生徒たちのお宅訪問です。
引率者が付いていながら怪我させてしまったお詫びを保護者の方々にしなければいけません。
ああ、考えると気分が重くなってきます。誰か代わって。
「別に今日じゃなくてもいいよぉ。今週中にやってくれればぁ」
「なにをしたらいいの?」
昨日の失敗を少しでも挽回できるなら、と思って前向きに聞き返します。
「せんせーには、探ってほしいことがあるの」
「なにかな?」
「桜の木のこと」
桜の木。
この小学校には存在しないはずなのに、何故か七不思議があるという、あの?
「他の六つはそれなりの記事が書けそうなんだけどさぁ。昨日みんなで考えてみたけど、桜の木に関してはホントどうしよっかなって感じなのよねぇ」
「矢倉さんでもやっぱり難しいんだ?」
「だってぇ、存在しないものをどうやって調べろっていうのぉ?」
いやまあ、その通り。
でもだからって私に丸投げするのは、どうなんでしょうか。
「きっとみんなが知りたいのは、桜の木の下に本当に死体が埋まっているかどうかじゃないのよねぇ」
「どういうこと?」
「『桜がない学校に、なんでそんな噂が存在するのか』ってことよ」
詠梨ちゃんはぴしゃりと言い放ちました。
「存在しない桜の木。その噂が存在する理由をまるっと明らかにできれば、学級新聞の一番の目玉になるんだからっ」
「そ、そうなんだね」
たしかに、同じようなことを他の先生たちが言っていましたっけ。
桜の木の噂話がどういう経緯でこの学校の七不思議の座を射止めたのか。
これは私も気になるところです。
「他の六つは正直おまけみたいなもんよ。どうせ定番のやつだしぃ」
「身も蓋もないよ。矢倉さん」
「とにかく、桜の件についてはなにかしらアタシたちなりの考察を記事にするつもり。でも今はまだ情報が全然足りてないのよねぇ」
そう言うと、詠梨ちゃんはこちらの目をまっすぐ覗き込みました。
「そこでせんせーの出番よ。この学校で昔から働いてる人たちに、桜の木の七不思議について知っていることを手あたり次第に聞き出してよぉ」
なるほど、要は職員室で聞き込みしろってことですね。
この学校の古株と言えば、学年主任や校長あたりでしょうか。
あまり気軽に話せるような相手ではないのですが。
「やってくれるよねぇ? それくらいならせんせーでも出来るでしょぉ?」
有無を言わさぬ口調。
いつものことながら、大人に対する態度ではありません。
でも、その程度のお願いなら聞いてあげましょうかね。
可愛げはないけれど、可愛い生徒のためですから。
「分かった。やってみる」
「ほんと? ありがとっ。約束だよ!」
満足そうに指を鳴らす詠梨ちゃん。
そしてもう私に用はないと言わんばかりに、とてとてと早足で去っていきます。
私はその後ろ姿を見やりつつ、先ほどの約束を忘れないように手帳に書き殴ったのでした。
ちなみに私はあまり手帳を見返さない派閥の人間でして。
その約束を次に思い出したのは、それから三日ほど経った金曜日の夕方でした。
保護者への謝罪やらなんやらで忙しかったんだから、仕方ないじゃないですか。