七不思議
土曜日。
市内の小さな新聞社を尋ねた校長は、常駐記者を相手に過去の行いを全て自供しました。
かつて矢倉棒銀斎は人を殺していたこと。
校長が死体遺棄に手を貸したこと。
その事実を長年秘匿しつづけたこと。
そして、矢倉棒銀斎はもしかしたら今も日本のどこかで生きているかもしれないこと。
自供内容は新聞社を通して警察にも伝えられるとのことでした。
中庭の大池はいずれそのうちに死体捜索が行われることになりそうです。
もっとも、今さら死体が見つかるかは分かりません。
白骨は長年残るようにも思いますし、すでに年月とともに粉々になって水中に溶けだしたり魚の餌になってしまっているのかもしれません。
まあ捜索が始まれば、その答えも出るのでしょう。
校長は死体遺棄の罪で捕まるのでしょうか。
それとも二十年以上前の犯行はすでに時効成立なのでしょうか。
法律的なことはよく分かりません。
少なくとも確かなことは、これを機にかつての失踪事件の真相が世間に広まっていくのだろうということ。
そしてそれはつまり落語家、矢倉棒銀斎に関する世間の評価が一転するということでもあります。
生死不明で心配されていた立場から、殺人加害者の立場へと。
それがその家族への風当たりへと変わるのは容易に想像できます。
詠梨ちゃんのことも心配ですし、お母さまやお父さまにも影響は及ぶでしょう。
本当にこれでよかったのでしょうか。
真相を明らかにすることは、本当に正しかったのでしょうか。
きっと私だったら、事実を闇に葬ったまま素知らぬ顔をしていたでしょう。
だけれどこれは詠梨ちゃんの問題であり、そしてこの結末もまた彼女自身が出した答えです。
だから今はそれを信じることにしたいと思います。
「ねえ、もものぎせんせー」
「ん? どうしたの、矢倉さん」
校長より先に新聞社をあとにしての帰り道。
詠梨ちゃんが私に話しかけてきました。
これから先の、世間からの声に対する不安のことでしょうか。
それとも今後の学校生活のことでしょうか。
「せんせー、ありがとね」
「え、なんで?」
急に殊勝なこと言わないでくださいよ。どうしたんですか。
「アタシ一人では絶対にあんな事実なんて突き止められなかったからさ。せんせーがいてくれてよかった」
「えへへ、照れる」
「でも校長を追いつめてた時のせんせーは正直グダグダだったよねぇ。もっと話の持っていき方とか工夫しないとダメだよぉ」
「そんなあ」
「まだまだよわよわせんせーだねぇ。でも新米ってのはそろそろ撤回してあげてもいいかなぁ」
それはなによりの誉め言葉ですね。
これからも精進しますよ。
そんな感じでしばらく歩くと、ようやく詠梨ちゃんの自宅に辿り着きました。
玄関には彼女の両親が二人して待ち構えています。
もう少ししたら家に着くという連絡を詠梨ちゃんがすでに入れていたからでしょう。
「ママ! ただいま!」
「あらあら、お帰りなさい」
詠梨ちゃんにいきなり抱き着かれたお母さんが、彼女を優しく受け止めました。
「今日の晩御飯はなに?」
「もう、先生にちゃんとご挨拶しなさいよ」
「じゃーねぇ! もものぎせんせー! また学校でねぇ!」
そう言うなり詠梨ちゃんは家に入っていきました。
彼女のお母さんも、私に向かって一礼すると後につづきます。
「いやはや。このたびは娘がお世話になりました。あなたがもものぎせんせーなんですね。話は聞いていますよ」
家の前に残されたのは私と、詠梨ちゃんのお父さん。
長いので便宜上、矢倉パパとお呼びしますね。
かつて落語家の矢倉棒銀斎が失踪した際に捨てられたという、一人息子。
目の前のその人は、そんな過去の影を感じさせない温和な雰囲気をまとっていました。
「親父が人殺しだったかもしれないことに、二十年以上経った今になって気付くなんて凄い方だなあ。さすがに先生ともなるとかなり頭がいいんでしょうねえ」
「いえいえ、そんな大したものでもないですよ」
「謙遜なさらずに。僕なんか中卒だから羨ましいですよ」
そんなことを言って、笑う矢倉パパ。
つられて私も笑ってしまいます。
その場に小さく響く、互いの乾いた笑い。
どこか遠くの方で、風が強く吹く音がしました。
「ふふふ、実は先生に会えたら聞いてみたいことが一つあるんですよ」
「奇遇ですね。私もです」
「そうですか、では失礼して私から」
矢倉パパは愉快そうに笑うと、私の目を覗き込むように近づきました。
「桜木小学校にはなぜ桜がないのに『桜の木の下には死体が埋まっている』という七不思議があるのだと、先生はお考えになりますか?」
それは、予想外の質問でした。
この人からこの場でこんなことを聞かれるとは、さすがに想像できません。
ただ、その意図だけは私には薄々分かっていました。
「それに答えるまえに、私からも一つ質問していいですか?」
「どうぞ、先生」
期待するような眼差しを向けてくる矢倉パパ。
そんな彼に向かって、私は問いかけます。
「その七不思議を桜木小学校に広めたのは、あなたではないですか?」




