スケアリー・ファクト
「知っていることを話してもらう気にはなれませんか?」
「そもそも私は無関係でなにも知らないですからな。佐々木先生のお話はしょせん妄想レベルということです」
あくまでしらを切るつもりですか。
さっきまでこちらの話をハラハラしながら聞いていたくせに。
推理ガバガバの私VS感情バレバレの校長という低レベルな攻防。
そろそろ埒を明けましょうか。
「そうですか。それじゃあ……」
私は池を指さしました。
「池の底になにもないかどうか、警察に調べてもらいましょうよ?」
「……っ!? そ、それはっ!?」
目を見開く校長。
なにも知らない無関係な人の反応じゃないですよねえ。
「私なんかの頭では、たしかに事件の全容に辿り着けませんよ。でもなんとか頑張って、メモの指し示す場所がそこの池じゃないかと推測できました。それだけで十分だと思いませんか、校長先生?」
そう。
私の想像はあくまで想像止まりでしかなくて。
それを証明したりすることは私にはできません。
だけれど、そんなのは警察がやってくれることじゃないですか。
もしも池の底から、失踪事件に関わるなにかが見つかりさえすれば。
メモによれば、中庭の池になにかがあるかもしれない。
その考えに辿り着いた時点で、私の役目は終わっていたのです。
「もし警察が池を捜索して死体の痕跡でも見つけてしまったら、大騒ぎになるでしょうね。二十年以上前の遺体とはいえ、今の技術だと身元を特定できそうじゃないですか? それが失踪事件と関係あると見なされるかは分かりませんけど、警察は捜査を開始すると思いますよ」
「ぐ、ぐぬぬぅ」
頭を抱える校長。
明らかに諦めの気持ちに包まれそうになっています。
まあ私が警察に「死体があるかもしれないんで学校の池の底を調べてください」と言ったところで、すんなり警察が動いてくれるかはかなり怪しいですが。
校長はそこまで頭が回っていないご様子。
ではもう一押し。
「借金取り、じゃないですか? 池に沈んでいる死体は」
「……なっ!?」
この反応。どうやら当たったみたいですね。
「棒銀斎さんとトラブルを起こしそうな相手って私の想像だと借金取りが第一候補なんですよ」
詠梨ちゃんが家族に聞いて入手してくれた、棒銀斎さんに関わる当時の情報。
そのなかには、借金相手のことも含まれていました。
そしてその相手の中には、暴力団絡みの金融業者もいくつかあったそうです。
池に死体が沈められた可能性があると仮説を立てたとして。
それが一体誰の死体なのかを考えたとき、真っ先に私が連想したのは裏社会でしのぎを削る系の人たちでした。
なにしろ人が殺されたり行方不明になれば、普通なら大ニュースです。
もし棒銀斎さんが誰かを殺して池に沈めたのなら、失踪者は同時期に二人いたことになります。
そうなると警察に関連性を疑われる可能性が出てくるでしょう。
だけれど、裏社会の人たちだと必ずしもそうはなりません。
身内が殺されたり失踪したなら、警察を介入させずに自分たちで調べまわるでしょう。
そして身内を消した犯人を内々で始末しようと試みるのではないでしょうか。
まあこれは偏見ですけれど。
「おそらく棒銀斎さんは、闇金融の借金取り相手になにかのきっかけで揉めたんじゃないですか? それでうっかりか計画的かは分かりませんけど、とにかく殺してしまった」
「な」
「そこで棒銀斎さんは、死体をいったんどこかに隠してしまうことを考えたんでしょう。そしてそのときに彼は、当時交流があった校長先生に手伝いを頼んだのではないですか?」
「な、な」
「どちらが言い出したかは分かりませんけど、結局お二人は死体を池の底に沈めてしまうことに決めたのでしょう。違いますか?」
「な、な、な」
校長が驚愕の表情を浮かべながらこちらを見ています。
もう完全に図星を突かれた人の反応ですね。
「なんなんだ! なんで見てきたかのようにそこまで分かるんだ! 誰かから聞いたのか!?」
「ただの想像ですよ」
「嘘を言うなっ!」
余裕も敬語も吹き飛んだ様子で声を荒げる校長。
嘘だと言われても、こちらは本当に当てずっぽうで言っただけですよ。
たまたま正解に近かったかもしれませんけれど。
全てを筋道立てて推理するなんてことは私には出来ませんから。
断片的な事実同士を想像で埋めて、それっぽいストーリーを頭の中に作っただけなんです。
ウミガメのスープを解くようなスタンスで。
とはいえ、まだ私にも推測できていないことがたくさんあります。
だからここから先は、校長から話を聞き出す必要があるのですが。
「どうですか、校長先生。もう隠し通すのも難しそうですよ。知っていることを話してくれませんか?」
「く、くううぅぅ」
声にならない嗚咽を上げて、ついに校長はしゃがみこんでしまいました。
「校長先生?」
「……分かった。分かったよ。話せばいいんでしょうが」
逃げ道がないと悟ったのか投げやりになりつつも、ようやく校長は観念して口を開き始めました。




